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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第25章 狐狸 ―バルドゥーバ―
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25-3.エンバとリィアメ

 時間がないというのに、寺下はコントーシャ大神殿のどうでもいい話を語っていく。大神殿の美しさ、稀人の到来を知らせるという月石の透明な輝きとその大きさ、大神官長と大神官による祈祷――。

『ディケセルのシャツェラン殿下と、お会いしました』

 ようやく聞く価値のある話題が出て、福地は微かに眉を上げた。寺下の口角のあたる部分がにぃっと上に吊り上がっている。福地には、彼女の顔は紙に一筆描きしたように見える。

『シャツェラン殿下は、私、稀人に、やはり、とても興味を、お持ちみたいで……』

 もったいぶっているのか、それとも情報の軽重が判断できないのか、彼が日本語を話してくれたとか、ディケセルに来てほしかったと言われた、とか、やはり不要な情報ばかりを聞かせてくる。


『ご歓談中、失礼いたします。フクチさま、そろそろ陛下とのお約束の時間です』

『福地くん、シャツェラン殿下のところ、の、ユーロニャ人を知っていますか?』

『洗衛石、「せっけん」を作ったという人のことかな?』

 先ほどまで考えていた人物に、寺下がいきなり触れて来て、福地は微妙に動揺する。

『私、見ました』

 それを見て取ったのか、寺下の目の部分の線が歪に見えるまでに弧を描いた。福地の中に苛立ちが湧き上がる。さっさと話せばいいものを、と。

『稀人、でないかと、言われるいる、らし、のですが、それが佐野さんが、生きてる、コントーシャ神殿にいる、噂になるった、みたいで……』

『つまり、神殿にいたのは佐野さんではなく、そのイゥローニャ人だと?』

『ええ、日本語、話さないかった、ですし、そ、そもそもそも? 今この世界にいる稀人は、私たちだけ、のはず。佐野さん菊田先輩でなく、江間君宮部さんでも、ありませんでした』

『その人の名は?』

『……なぜそう、いっぱい、気にするのです?』

 つい勢い込んで聞いてしまったからか、不審に思われたようだ。寺下の声音が変わった

『その人が疫病を治めたと聞いたからね』

『そんな、すごい者で、ありませんっ。山の、ば、ばんそく?、ユーロニャぞ、族?と聞きますっ』

 寺下は、目を鋭く細め、きつい調子でそう言い放った。そして、洗衛石が山間部では珍しいものではないこと、疫病を治めたのは、その洗衛石の効能を見出した、ギャプフ村の管理者であること、なんとかという布も、結局は雑貨店主や織物職人たちとの合作であることを、片言のディケセル語で奇妙なほど熱心に言い募る。


『とても口がよく動くということを、シャツェラン殿下が、おしゃていました。自分の価値を、大きく見せるために、て、手柄?を、全部、自分たちのものに、している、です』

 そして、顔を伏せると、「中身も見た目も大したことないくせに……」と暗い声で日本語を呟く。顔の線がひどく歪んだ。


(……嘘だな)

 呟きを拾って、福地は目を眇める。

 彼女が“イゥローニャ人”を見たのは確かだろう。彼女の従者に確認すれば、その真偽はすぐにわかる。いくら思考の浅い寺下といえど、そこまで稚拙な嘘は吐くまい。

 そして、それはイゥローニャ人を称する江間か宮部のどちらかで、その人がディケセル王弟に重用されつつあることに“嫉妬”した――その結果があの呟きなわけだ。

(出会ったのが江間君であれば、大したことがないとは言わないだろう。彼女は江間君の前では委縮していた……では、出会ったのはリィアメこと宮部さん? だが、そうなると僕が得ていたリィアメの情報と辻褄が合わない……)

 再び微笑を顔に貼り付け、福地は寺下の顔を見つめる。

(会ったのが宮部さんだとしても、寺下さんが大したことないなんて間違っても言える相手じゃないだろうに)

 決められたことを決められたとおりにするしか能がなく、こちらの意を酌み、従順であることしか価値がないというのに、随分と思いあがったものだ。


『メゼルで噂になっているイゥローニャ人は、少なくとも二人いるはずなんだけど』

「……」

 寺下の薄い唇に微笑みが浮かんだ。この笑い方は確か“優越感”に分類されるはずだ。なぜ寺下ごときにこの自分まで、と顔をしかめそうになるのをこらえて、福地は柔らかく訊ねる。

『寺下さんのことだから、きっとそこも抜け、抜かりなく抑えてくれている――正しいかな?』

 鼻を鳴らして、寺下は“得意満面”と言われる顔を見せた。以前であれば、照れているという顔をしていた気がする。


 寺下がちらりとイォテビへと視線を向けた。福地が目配せすると、彼は『女王陛下に少し遅れる旨、お詫び申し上げてまいります』と言って退室する。

 これで満足するはずだ、と福地が寺下へと向き直れば、その通りの表情を彼女は浮かべた。相変わらず底が浅い。

「隠しておきたいようでいらっしゃいましたが、私には気を許してくださっているのか、特別にエンバという男とも話をさせていただきました」

(つまり寺下さんが見たのはリィアメ、話をしたのがエンバ……)

 日本語に切り替えた寺下の言を分析する。

「シャツェラン殿下に、友人が生きてメゼルにいるのではないかという噂がある、心配で仕方がないとお話ししたら、同情してくださって……私だからと特別に会わせてくださったのです。絶対に秘密にお願いします」

「随分とシャツェラン殿下に気に入られたようだね」

 エンバは江間だったのかどうか――問い質したいのを堪えて、福地は何でもないことのように話を続ける。

「あの方は才ある者を正当に評価してくださるので。……いえ、私がというわけではなく、その、稀人にご興味をお持ちのようで」

 そのセリフを日本語とはいえ、ここ、バルドゥーバで言うのか、と内心あきれた福地に気づいたのかもしれない、寺下は慌てて取り繕った。

「エンバは背の高い黒髪の男性でした。見目はいい方ですが、少々軽薄な印象を持ちました」

 それから「江間君によく似ていましたね、調子が良いところとか特に」と歪んだ笑いを見せた。

「ということは、江間君ではなかった……」

「彼はやはり亡くなったのでしょう。だって……生きられるわけがないもの、あの森で」

 何でもないことのように言い放った後、今回、惑いの森を強行に抜けて大神殿に行ったことを思い出したのか、寺下は身震いした。

 彼女がごり押しした強行軍のせいで、相当数の奴隷のみならず、軍の正規のグルドザ達が数名死亡、十人以上が負傷したと苦情が届いている。


 エンバは江間ではなく、稀人でもない……と眉根を寄せる福地の前で、寺下は顔を伏せ、「なのに、」と小声で呟くと、ぎりっと歯ぎしりした。

「寺下さん?」

「っ、江間君ではありませんでしたが、エンバは日本語を話しました。前セルにいた稀人から習ったそうです。得意そうに披露してくれて、中々お上手でした」

「そう。やはりアシャル王子やシャツェラン王子の他にも、日本語話者がいるんだね。ところで、もう一人のイゥローニャ人の名前、やっぱり教えてもらえるかな?」

「さ、あ……聞いたけれど、なんだったかしら。本当につまらない者だったので」

「リィアメというのに聞き覚えはある?」

「あ、そうですね、確かそんな名前だったと……」

 視線を左右に揺らした寺下を追い込みすぎないよう、福地は泥作りの助け舟を出す。

「メゼルディセル領主の腹心がそんな名前なんだ。ディケセル人でないのであれば、その家が後見しているのかもしれないね」

 ほっと息を吐き出した彼女に、福地は気づかないふりをした。本当に間抜けな女だ。


「リィアメは、シャツェラン殿下のお気に入りと聞いているけれど」

「そ、それはないわっ」

「そう? ひどく寵愛されていると」

「っ、あり得ない……っ」

 重用ではなく寵愛――福地のかけたカマに、寺下は簡単に引っかかった。頬を紅潮させ、目尻を吊り上げて答えてきた。

 冷めた福地の視線に気づいたのか、彼女は「殿下は私に会わせるような価値のある者ではないと仰って、すぐにその者を下がらせたくらいですから」ともごもごと口にする。


「そう」

(すぐに下がらせた……?)

「ええと、そんなことがあるはずがない、というのかしら。殿下自ら、私を手にしたかったと仰っていましたし、第一、彼女はエンバと婚約したと聞きました――くだらない者同士、釣り合いがとれているということでしょう」

「彼女? 二人とも男だと聞いているんだけど」

「……ごめんなさい、“彼”の間違いだわ。ほら、あの国では、同性愛も普通だから」

 ひきつった笑いで「母国語であっても使っていないとだめね」と口にした寺下に、「僕も、最近中々日本語が出てこないんだ」と福地は笑って見せる。

 間違いない、先ほどの反応といい、リィアメは女だ。そして、寺下はリィアメその人と話したわけではないのに、つまらない者だと言う。

 それらの情報源は、すべてディケセル王弟であるメゼルディセル領主――ということは、彼はエンバではなく、本当はそのリィアメこそ隠したかったということにならないか? 実際エンバには寺下を会わせ、話をさせた。

(――……宮部さんだ。生きているのは、彼女のほうだ。そして、リィアメと呼ばれている彼女の存在に、寺下さんは気付いたのにもかかわらず、僕にもバルドゥーバにも隠そうとしている)

 後で、下の従者に金でも握らせて、神殿での様子を聞き取る必要はあるが、多分間違いない。


 メゼルディセル領主が江間を隠しているだけの可能性は、おそらくないと福地は結論付ける。

 江間は宮部をひどく大事にしていたから、江間が宮部をかばって、前面に出てくることはあっても、逆はない。宮部は江間に興味がなさそうだったし、むしろ嫌っていると示す行動や表情ばかりだった。

(つまり、宮部さんはあの森で生き延び、彼女を助けようとした江間君が死んだ……)

 気分が沈んで行くことに、戸惑いながら、福地は寺下に集中しようと試みる。

「残念だね。さっき寺下さんも言っていたけど、メゼルの彼らが稀人ではないかという噂が出ていると僕も聞いていて、江間君と宮部さんが、もしかしたら生きているんじゃないかと、期待していたんだけど……」

「本当に悲しいことですね。ただ、どちらも二人ではありませんでした。間違いありません」

 悲しそうに見えるはずの顔で残念そうに聞こえるよう呟けば、寺下も同じような顔を作り上げて、ただし不自然に念押ししながら、相槌を打つ。福地の様子をちらちらと窺う彼女の様子に、福地は自分の考えにますます確信を強めた。


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