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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第24章 遠回り ―ルテゼル―
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24-14.月聖岩

「……?」

(キラキラしてる……のは、二人の雰囲気や関係性の問題じゃない)

 窓から差し込んできた日差しを受けたカガィエとリカルィデの姿を、郁は凝視した。手指と顔を中心に、うっすらとだが青と金の光が彼らを取り巻いている。

『? どうかしましたか、ミヤベ?』

『何?』

 郁はつかつかとリカルィデに近寄り、その白い手を取った。指先を光らせているのは細かい粒子だ。

『……これ、どうしたの?』

『? ああ、この白いの? 月聖岩を砕いて粉にしたやつで、おまじないってカガィエがくれたんだ』

『稀人が現れたら、まめにこの粉を体に塗るか振りかけるかするようにって、僕らの土地では教えられています』

『稀人……?』

『稀人が来る年は霧が出やすくなる。霧が出ると、イェリカ・ローダが惑いの森から出てくることが増えるので』


 月聖石は、郁が持っている祖父の肩身のネックレスや江間とおそろいの腕輪についている石のことだ。半透明で青と金に光る。稀少性に加えて、イェリカ・ローダを寄せ付けない効果があることで、こちらの世界ではあちらの世界でのダイヤモンドなどよりよほど珍重されている感じがする。

 月聖岩は月聖石より透明度や青や金の輝きに劣るものを言う。ぱっと見その辺の岩とあまり変わらないことも多いが、それでもそれが集まっている場所はイェリカ・ローダを寄せ付けない。郁たちが惑いの森から出る際に点々と野営した“コントゥシャの御許”も、月聖岩の鉱床が露出した場所だった。


『シジニラ領でもイェリカ・ローダが出てきているの?』

『はい、最近はただでさえイェリカ・ローダが増えていたのに、霧のせいでさらに増えました。昨年からシジニラ軍は連日、森境でのイェリカ・ローダの討伐に駆り出されています』

『メゼルディセル領にも森と接している場所があるけど、そこまでの被害は聞いてない』

『メゼルディセルは南部ですから、そもそも霧が出にくいし、出てもすぐ消えてしまうと聞きました。霧が多いのは北部で、接しているシジニラ領にも比較的多いです』

『私たちが先日まで滞在していたリバル村にも、イェリカ・ローダが出て来ていたよ。森もかなりの勢いで広がってきていると聞いた』

『リバル村は大神殿と惑いの森の間にあるんじゃなかった? 元々あの辺全部惑いの森だったって聞いた。その分被害は大きいのかも』

 二十センチほど下にある、年下の少年のオレンジがかった茶色の瞳が郁からリカルィデに移った。


 郁も彼同様リカルィデを見つめ、今度はその頬に触れる。人差し指の先についた白い粉を親指の腹とすり合わせれば、輝きを増した気がした。

『……イェリカ・ローダ対策のおまじないに使うのは月聖岩? 月聖石じゃなく?』

『月聖石は貴重ですし、高すぎます。でも、月聖岩だって細かくしたら、光って見えるでしょう?』

 郁は指先の粉を窓辺の光にかざした。

(……やっぱり勘違いじゃない。光って“見える”とか言うレベルじゃない……)

 ただ光を反射しているのではない。その粉自体、光を放っている――月聖石と同じように。

『……月聖岩は簡単にとれる?』

『はい、質に差はありますが、うちの領地にも、惑いの森の中にもその辺に転がっています。ここでも見かけましたよ?』

『ありがとう』

『ミヤベ? 何かあるの?』

 話しかけてくるリカルィデへと、手のひらを向けた。今は話しかけるな、という合図だ。


(使える――短期的には。ただし長期的には諸刃になる……。その兼ね合いをどうとるか……。いずれにせよ、使うならバハルを何とかしてからのほうがいい。その前にカガィエの処遇を確認しなくては。江間と相談して……)

「……」

 距離をとりたいと思っているはずの江間をごく自然に思い浮かべた自分に気付いて、郁は口をへの字に曲げた。

 彼を避けたい。が、避けて通れない。避けて通るには彼は優秀過ぎる。

 そして、それこそが自分の情けなさを倍増させた。ここに来て江間と一緒に行動するようになるまでは、何でも自分一人で決めて行動してきたのに、いつの間にか彼に頼ってしまっている。

 呼びかけた時に自分を振り返って目元を緩ませ、手を伸ばしてくる彼の姿が、脳裏に浮かんで郁は両手で頭を抱えた。

 彼は信頼できる。体だけじゃなくて精神も強くて、でも他人に優しくて、当たり前のように、その強さを誰かのために使う。郁もずっと助けられてきた。

 彼が側にいてくれることが、どれほど幸運なことか理解しているし、感謝もしている。シャツェランにも言ったように、大事にも思っている。

 でも……、と昨日のことを思い出して、郁は呻き声をあげた。


『ええと、ミヤベは、一体どうしたのかな?』

『あー、気にしないで。時々ああなるんだ。ああなったら、しばらく何を言っても聞こえないから、ほっとこう』

『なあ、カガィエ、ああやって目ぇ眇めて、捕まって檻に入れられた獣みたいに右往左往して一人でぶつぶつ言って、挙げ句呻いたりしても、ミヤベは美人だって言うのか?』

『はい、真剣な顔こそ綺麗です。あれだけ集中できるってすごい』

『カガィエ……』

 これまで黙ってやりとりを聞いていたエナシャが呆れを露骨に訊ねるも、カガィエは素で『あれほど美しい人はいない』と繰り返した。横のリカルィデが『よくぞ言ってくれた』という顔でその彼を見つめる。

『……真正だな。俺はお前を尊敬する』

 エナシャは右手を額にやると、天井を仰いだ。

『コルトナの失恋記録はやっぱ五人になる……、いや、ヤバいのは案外エマじゃね?』

 土蟲の統計計算に戻っていった二人の耳に、生憎とエナシャの続きの呟きは届かなかったが。


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