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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第24章 遠回り ―ルテゼル―
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24-12.好敵手

『で、寝不足なのは?』

『……そういう時もあるって言うだけ』

『エマか』

「……」

 今まさに考えていたことに触れられて露骨に息を止めたせいか、あっさりとばれてしまった。

『艶事、じゃない、よな……?』

 彼には珍しく、どこか気まずげに探るように見られて、郁は首を傾げる。

『『ツヤゴト』?は、ごめん、知らない。けど……どうせろくな意味じゃないだろう?』

 睨んだというのに、肩をすくめたシャツェランに『その色気のなさじゃあり得ない、すまん』と傷口に塩を塗られて、郁は顔を顰めた。

『それで、ついに別れたのか?』

『……てない』

 そもそも、付き合っているかどうかからしてあやしいのに、とはもちろん言わず、郁はとりあえず否定する。そして、無意識に左腕の腕輪を服の袖越しに握った。

 その郁の仕草にシャツェランは目を眇める。

『ま、時間の問題だろ』

『……なんで?』

 そうだろう、と郁自身思っているのに、だから『だろうね』と返すはずだったのに、口からまったく違う言葉が出てきた。その事実にこそ動揺する。

『エマが好きなのか、答えられないじゃないか』

「……」

 郁はシャツェランのこういうところが嫌いだ。

 彼は基本竹を割ったように物を考える。今のもそうだ。貴族でもない者が付き合っているなら、相手が好き。好きならそう言えるはず、と。

 昔もそうだった。ぐじゃぐじゃ考えがちな郁を、彼はよく愚かだと言った。その通りだと自分でも思う。

『アヤのことだ。昨日私が教えてくれと言った以上、考えただろう? なのに、言わない――考えてもわからなかったということだ』

 シャツェランの目はまっすぐにこっちに向いている。

 彼は嘘をつかない。その代わりに嘘を許さない。こうやって見つめられると、逃げ場がなくなる。

『なら、別れろ』

 命令調なのになぜか偉そうに響かない不思議な声音で言われて、郁は顔を伏せた。

 右手でつかんでいる左手が、シャツェランの手によって包まれた。引っ張られて自由になったその手は、彼の横、柵の上で、ぎゅっと握られる。

「……」

 幼い頃、郁が落ち込んでいると、彼がよくそうしてくれたという記憶がよみがえった。昔と違って触れ合う場所から温かみが伝わってくることもあって、鼻の奥がつんとしてくる。

『答えられなかったら……わからなかったら、ダメなのかな』

『アヤ……?』

 自分でも驚くくらい、子供のような物言いだった。

『シャツェランの言う通りだ。私は江間のことが好きかどうか、わからない。釣り合わないのもわかっているし、いつか彼も離れていくだろうと自分でも思ってる。江間だって……この世界にいる日本人同士だから、勘違いしているだけだと思う』

 昨日だってそうだ。江間や同じような年齢の人が、普通にしてきたことができない。食べ歩きとか、自然に手をつなぐとか、そんなことすらうまくやれないのだ。おそろいのアクセサリーを選ぶのもキスも動揺しまくった。それ以上なんて絶対無理だと自分でも思っていたけれど、事実そうだと確認してしまった。異世界にいるということを考慮に入れたって、江間が愛想をつかすのは時間の問題だと思う。

『でも、』

 声が震えた。唇を噛み締めて気を落ち着けると、郁はシャツェランへと顔を向けた。

『ひとつだけはっきりとわかってる――私は江間が大事だ』

『……エマはそうじゃなかったら? お前以外の人間を選んだら?』

 少し眉根を寄せ、じっと見つめてくる青い目から、目を逸らしそうになるもなんとか踏みとどまった。

『江間が幸せなら、本当に幸せなら、それでい――』

『選ばない』

「っ」

 突如響いた声に息をのんだ。振り返れば、江間が「いい加減気付いてくれ」と泣き出しそうな、笑っているかのような顔で、郁を見ていた。


『何度も言っているが、別れさせようとするの、やめろ』

 江間は邪魔者を見る目を向けたシャツェランをじろっと睨み、ずかずかと歩み寄ってきた。

『お前に言っても全然だからな。動揺するほうを狙うのは当たり前だ』

 挑戦的に告げたシャツェランに、江間は『性質わりぃな』と顔を歪めた。

「……」

 彼は郁の手を握るシャツェランの手を鋭く一瞥すると、身をかがめた。固まったままの郁を強引に自分へと抱き寄せる。

 だが、シャツェランは手を放さず、郁の左手だけが柵に残った。

『……放せ』

『断る――と言ったら?』

 二人の間に漂ういつになく険悪な空気に、郁はようやく我に返った。


(『どうよう』は動揺、『ねらう』は狙う…………狙う?)

『……シャツェラン、』

 郁は自由になる右手で、江間を押し返す。シャツェランの青い目を見据え、低い声で微笑めば、その瞬間、彼は郁の手をぱっと手を離した。

『狙うって何』

『いや、その』

『お前に言っても全然……? つまり、江間にも別れるように話していた。となると、目的は、そう、さっきのリカルィデと同じかな? 二人とも見た目がいいものね? ゼイギャクあたりの養子にして、シャツェランの都合のいいところに縁付かせる――そんなところか』

 薄笑いを浮かべながらシャツェランを眺めれば、彼は息をつめた。彼の表情に郁は自分の予想が当たったことを確信する。

『ま、あ、別れれば、そんな手ももちろんなくは――』

『っ、シャツェラン、やめろっ』

『――庇うの?』

『え、いや、そういうんじゃ、』

『そう? 私がシャツェランをどうしようもなくわがままで性悪だと言った時も、そこまでじゃないって毎回言うのに?』

 シャツェランを庇った江間へと矛先を移せば、彼の顔色も変わった。

『す、くなくとも、性悪だとアヤに言われる覚えだけはな――』

『っ、だからお前は黙ってろっ』

『エマ、お前まで一体誰に向かって命令して――』

『そうね。この性格に加えて、“目いっぱい着飾らせたところで、悪くないという程度にしかならない見た目”だし、つまりは“江間たちとは違って、どこにも貰い手がない”?』

『……』

『あとは、そうだね、“江間の趣味を疑う”とか? それは、江間自身そう思っていると思うけど』

『なんで俺まで……』

『そういう顔をしている時があるの、気付いていないとでも思う?』

 江間を冷たく一瞥してから、青くなるシャツェランへと『どう? 全部あたってるでしょ?』と半眼を向けると、郁は踵を返した。


 スタスタと去っていく後ろ姿を呆然と見送ってから、シャツェランと江間はそろって呻き声をあげた。

『だからやめろって言ったのに……。傷つけるなって言ってるだろっ、俺までとばっちりじゃねえかっ』

『あそこまで可愛げのない反応をするとは、さすがに思わないだろっ。お前、本当にアヤの何がいいんだっ』

『だーかーらーっ、そういうことを口にするんじゃねえ!』

『口にしなくても、ばれていたくせに』

『っ、俺はいいんだよ、そういうところも、全部含めて惚れてんだからっ』

『――だからさ、そう言うのは本人に言いなよ』

 リカルィデが遠ざかっていく宮部を見ながら、呆れ顔で『また怒らせたの?』と近寄ってきた。

『殿下、ご無沙汰しております』

 そして、シャツェランへと向き直ると、リネルの裾を摘まむ女性の跪礼をし、自然な笑みを向けた。彼女がこういう顔を向ける相手がごく限られていることを知っている江間は、眉を跳ね上げる。

『……殿下? わあ、ほんとだ、シャツェラン殿下だ』

 彼女の後ろから顔をのぞかせた少年が目を丸くし、こちらは男性版の跪礼をとる。慌てているのかもしれないが、どこかのんびりして見えて、しかも顔に土がついていて、微妙に和んでしまう。

『リカルィデ、元気そうで何よりだ。リバル村はどうだった? そっちは……カガィエだったか。自領でも土蟲を調べていると聞いている。何か新しい発見はあったか?』

 先ほどまでの小学生のような顔を引っ込めて、王の顔を咄嗟に貼り付けたシャツェランに、二人はそろってぱあっと顔を輝かせる。

『殿下も土蟲にご興味がおありなんですか?』

『すごいんです、カガィエの発見も合わせると、駆除の効率が上がるかもしれません』

 キラキラした目で詰め寄られて、シャツェランが微妙に引いた。

『エマもこっち来て。あ、エマ、この子が昨日話してたカガィエ』

 無邪気に笑いかけて来たリカルィデにも和んで、江間は『名前、聞けたんだな』と彼女の金の頭に手を落とした。

 郁がここにいたら、リカルィデのことだ、彼女の機嫌もきっと直してしまうのに、とちょっと口惜しい。


『初めまして、カガィエです。ええと、エマはミヤベの旦那さんですよね?』

『――違う』

『わない。すぐにそうなるから。初めまして、カガィエ。リカルィデと仲良くしてくれてありがとう』

 シャツェランの不機嫌な声を無視して、まだ幼い少年ににこりと笑いかければ、彼は真剣な顔で江間を見つめてきた。

『ミヤベに「トウケイ」を教えてもらう約束をしたのですが、許可をいただけますか?』

『? トウケイって……「統計か」。ああ、もちろん。だが、なぜ確認を?』

『僕、一応男ですし、ミヤベは女性ですから』

 日本人の道徳観に武士道が影響したと言われるように、ディケセル人の道徳にはグルドザの規範意識が影響を与えている。その中には、弱き者を保護せよというものがあるらしいのだが……。

 リカルィデとほぼ同じ、百五十センチあるかないかのまだ可愛らしい顔立ちの少年が凛々しく言うのを聞き、咄嗟に返事に詰まる。

『……』

「……」

 色々な思いを込めてシャツェランを見れば、同じ目線が返ってきた。

『ミヤベは男だぞ……?』

 彼らの背後に立つコルトナが顔を顰めれば、カガィエは『女性だと思いますが』と首を傾げた。

『あれほど美しい方はそういません。絶対に男性じゃない。すごくかわいらしいし』

 真顔ではっきり言い切った後、カガィエは『だよね?』とでも言うように、リカルィデを見た。

「……」

 彼の意見に江間ももちろん同意するが、自分より三十センチ近く下方にある幼い顔を、呆然と見つめてしまった。

 ついでに、横のシャツェランが『かわいい……?』とぼそりと呟いたのが、リカルィデの耳に届いていないことを真剣に祈る。

『わかってくれてありがとう! そうなんだ、ミヤベ、実はすっごくかわいいんだよっ、本人を含めて中々理解してくれる人がいないんだ……』

 心底幸せそうな顔でリカルィデが、カガィエの手をとってブンブンと振りまわせば、彼は照れたように笑った。


『じゃあ、行ってくるね』

『うん。でも、ミヤベ、どこ?』

『多分部屋』

『うーん、女性の部屋に伺っていいのかな』

『いいよね、エマ?』

『え、あ、いや……』

『私も一緒だし、行ってくるね』

「……」

(俺も今から彼女を訪ねて、話をするつもりで……)

 にこりと笑って踵を返したリカルィデに手を引っ張られながら、カガィエは江間を振り返り、握った拳を胸にあてた。日本での会釈にあたる動作――礼儀正しさと抜かりのなさを感じる。

『あの年であれかあ、あいつ、すげえな。美形より、案外ああいう普通っぽい見た目で、細かく気がきく、優しい奴の方がモテるんだよなあ』

 エナシャは感嘆を漏らすと、コルトナに『俺、あいつらについて行くから。コルトナ、お前も見た目だけなら何とかなるんだから、そう凹むなよー』と声をかける。

 そして、江間に、

『ところで、あいつ、十四――見た目はともかく、多分ガキじゃないぞ?』

と人の悪い笑みを向けて、駆け出していった。


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