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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第24章 遠回り ―ルテゼル―
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24-2.謁見

 翌日の夕刻、予定通りシャツェランは、領都ルテゼルに着いたらしい。

 到着ほどなくして、周辺の他の領主たちも参加する歓迎の晩餐が、ゼイギャクによって開かれたという。

 その日美しく着飾った年頃の子たちが多く城にいたのは、やはりシャツェランの縁談がからんでいるのだろう。


「ゼイギャクにも娘や孫娘がいるんだから、その誰かにすればいいのに」

 せっかくゼイギャクが部屋を分けてくれたというのに、郁とリカルィデは結局江間の部屋に入り浸って話し込んでいる。

「……そんなに気になるのか、シャツェランの結婚相手」

「あたりまえじゃない。だって……」

 微妙に不機嫌そうな顔をした江間に、郁は深刻に顔を顰めた。

「彼の趣味は、佳乃だよ?」

「……なるほど。俺が悪かった」

 なぜ謝るのかはわからないが、江間が同意してくれたことで、郁はなんとなくほっとする。危機感を共有してくれる同士がいるというのは心強い。

「あの子に関わって、そうなる人は珍しくないけど、シャツェランも何ひとつ言葉が通じなかった。あの状態になるとまずい」

「アヤの妹……ヨ、ヨシノだっけ? ってどんな人なの?」

 また眉をひそめ、「だから、なんでおまえまで郁になってるんだよ」と文句を言う江間を、今回もリカルィデはさらっと無視する。

「人を操ることに才能を全振りしている子」


 シャツェランの場合は、まず佳乃の見た目と可愛らしい性格に魅了されたのだろう。

 その間、彼女はアヤのことを「カオル姉さま」と言い続けていたはずだ。当然シャツェランは疑問を持って、それが郁への不審に繋がっていった。

 話すうちに、トゥアンナが向こうの世界に渡った経緯について、シャツェランが疑念を持っていることに、佳乃は気付く。

 そして、彼女はトゥアンナ本人が語った事実に反していると知りながら、彼が信じたがっている話を肯定し、彼の郁への不審を決定的なものにした――。


「自分が良ければ、人の気持ちも事実も道徳もどうでもいい――いつもと同じやり口だな」

 吐き捨てるように言った江間に、「前はひたすら怒っていたけど、今はシャツェランがなんで佳乃を信じたか、少しわかるようになった」と、郁は苦笑する。

「彼は王子に生まれた特権を享受する一方で、責任も自覚している。だから、トゥアンナの無責任さが、到底信じられなかったんだろうなって」

「あいつ、真面目だからな……。あの良心ゼロの疫病神相手じゃ、やられるかもな」

 しみじみと呟いた後、江間はいつものように佳乃への嫌悪を露にした。


「その妹、エマのところにも来たんでしょ? やっぱ不真面目だから、騙されなかったの?」

とリカルィデが訊ねた。

「あのな、お前は俺を一体何だと……。まあ、似たようなタイプの人間を見たことがあったし、大体、見てりゃわかるだろ、どっちが信用できて、どっちが胡散臭いか」

「あー、なるほど。エマはそん時からアヤを特別よく見てたってことだ」

「……」

 ひどく意外なことを聞いた気がして、郁は目を丸くして、江間を見た。

 彼はコミュ力に加え、観察力も冷静さも併せ持っている。あっちでもこっちでも人の些細な言動から作意や悪意を敏感に感じ取り、巧妙にかわしていた。佳乃を嫌がるのも、そのせいだと……。

「べ、別にそういうわけじゃ」

 焦ったように言う彼の顔は、微妙に赤い気がする。

「あるくせにねー、アヤ」

「っ、だからなんでお前まで郁になったんだっ」

「いいじゃん、別に。「ココロセマッ」って言うんだっけ、そういうの?」

「お前は次から次へと、ろくでもない言葉ばっかり……!」

 自分を間に挟んで進んでいく会話に、リカルィデには江間ですら敵わないのだ、自分が勝てるわけがない、と郁はあきらめを覚える。

 それから、リカルィデと言い合いを続ける彼の横顔を見ながら、昔、「論外」と言われたこと、それで逃げ出したこと、逃げ続けてきたことを思い出して、視線を伏せた。


「アヤはいいでしょ、私もそう呼んでも」

「え」

 いきなり話を振られて、郁は慌ててリカルィデに顔を向けた。

 自分に信頼を寄せてくれているのが分かる青い瞳が本当に愛しくて、郁は笑みをこぼす。

「私の名前、祖父がくれたの。漢字を考えてくれたのは祖母で、ものすごく大事なんだけど、呼んでくれる人がもういなくなっちゃって……。だから、リカルィデと、その、江間、が呼んでくれるなら、すごく嬉しい、かな、と……」

 照れを隠して何とか伝えれば、まだ幼さの残る顔が、同じように照れながら笑ってくれて、ひどく幸せな気分になった。


 背負われてリバルの温泉から帰った時もそうだ。江間が名前を呼ばせてほしいと言ってくれて、気恥ずかしくなるのと同時に、泣きそうにもなった。

 郁の名を呼ぶ人は、祖父が死んでみんないなくなってしまった。父母や妹はカオルと呼ぶし、トゥアンナたちに至っては名を知っているかどうかすら怪しい。

 シャツェランはアヤと呼ぶけれど、カオルだと決めつけられたことも一緒に思い出してしまって、その度に微妙な気分になる。

 シハラが呼んでくれた時、懐かしくて泣きたくなるくらい嬉しかったけれど、その彼女もすぐにいなくなると言う。寂しくて仕方がなかったから、江間が名前を呼んでくれて、本当に救われたのだ。


「だから、その……ありがとう、江間」

「どういたしまして……」

 彼はいつも郁自身が諦めてしまった望みをかなえてくれる――何とか顔を見て礼を吐き出せば、江間はものすごく複雑そうな顔をして天を仰ぐ。

 横でリカルィデが忍び笑いを漏らした。


 * * *


 翌日、ジィガードのシャツェランへの謁見は、ゼイギャクの私的な部屋の一つで行われることとなった。

 参加者は、メゼルディセル側がシャツェランとゼイギャク、シドアード、アムルゼ、ケォルジュ。そこに郁と江間も呼ばれた。対するジィガードの方はリバル村の小屋で見かけた男を二人連れていた。


 バルドゥーバの抵抗組織のリーダー、ジィガード・オーゲン・フォレッツは、旧ワセズッル連合国の陽位、つまり王族に次ぐ最高位の貴族の出らしい。しかも母親が最後の王の妹だったそうだ。

『ジィガード・オーゲン・フォレッツと申します。拝謁叶い光栄です、シャツェラン・ディケセル殿下』

 ジィガードは、リバルの村で見せていた粗野な言動からは想像できない整った所作で、慇懃にシャツェランへと挨拶をした。彼の出自が簡単に納得できるふるまいだった。


 探るような会話を、お互いにこやかに交わしていく。

 シャツェランがジィガードに脅かされることは、少なくとも今の時点ではないが、逆はあり得る。現状、敵とまで言えなくても、殺されてもまったくおかしくないのに、ジィガードは特に条件を付ける訳でなく、ゼイギャクの城にやって来た。

「……」

 郁はちらりと江間を見る。

 その顔に微妙に懸念が乗ったのを見て、小さく肩をすくめた。本当に勘がいい。


 二人の対談の話題は、次第にお互いの利益の核心へと近づいていく。

 シャツェランは、ジィガードの持つバルドゥーバの奴隷のネットワークの価値を測っていて、対するジィガードはメゼルディセル領からの協力を引き出すことと、シャツェランの資質と国づくりについて興味があるようだ。

 ゼイギャクから、ジィガードが自ら国を作ろうとしていることをシャツェランは聞いているだろうし、ジィガードもそれを承知しているだろうに、お互いそれには触れない。

 元の性格としては、二人とも直情型で、はっきりした物言いを好むほうだと思う。結構子供っぽいと思うこともあるのに、今は作り物めいた笑顔を顔に貼り付け、迂遠な物言いで婉曲に自分の意図を伝え、同様の相手の発言を探っている。

(つくづく面倒な立場……)

 郁はしみじみと二人を見比べる。逃げたくなったりはしないのだろうか。


『鉄を川から……』

 バルドゥーバの奴隷たちが砂鉄を集めているという情報を、ジィガードが提供する。ただし所在など詳細には言及しない。

『エマ、どう思う?』

『その製鉄方法が俺たちの知るものであれば、高品質な鉄が取れる一方で、量産は難しいかと。ジィガード、彼らが使っている炉がどんなものか、わかるか? 得られる鉄は取り出しの時点で固まっているか?』

『……あっさり聞くな』

『あー、なるほど。「……めんどくせ」』

 駆け引きの都合上、出せる情報と隠すべき情報がある――ジィガードの苦虫を噛み潰したような顔を見て、江間は瞬時にそう悟ったようだ。彼が自分と同じ感想を漏らしたことに、郁は笑いを噛み殺す。

『まあ、いいや。もし炉が使い捨てなら、こっちでもそうだったように人手がかなりいるはずだ。砂鉄の採取にも人がいるはずだし、何より「ええと、環境ってなんていうんだっけ……ってまあいいや」、地形、例えば、山とかの破壊も起きているんじゃないか?』

『……』

 ジィガードの目が見開かれた。それから面白くなさそうに、半眼で何かつぶやいた。

 シャツェランにはそれが聞こえたらしい、『ところで、』と一際笑みを深めた。

『稀人を欲しているらしいな?』

『状況の改善を望む者であれば、誰でもそうでしょう』

『手に入れてどうする?』

『その知識による恩恵を求めます』

『当たり障りのない、ごく一般的な答えだ』

 口角をあげるだけのシャツェランの微笑に、ジィガードも同じ顔を返す。

『バルドゥーバの稀人は三人、フクチ、テラシタ、キクタ――』

『そちらの稀人は二人、エマとサノ』

『……』

 シャツェランは肯定も否定も返さず、ただ笑う。直後に、彼はその美しい瞳を郁へと向けてきた。

 目線が交わったのを機に、郁は無表情に口を開く。

『バルドゥーバのバハルに忍び込もうと思う』

 菊田が軟禁され、イェリカ・ローダの馴化が行われている、敵国の砂漠のオアシスへの策謀を口にした瞬間、室内に耳が痛いような沈黙が広がった。


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