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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第23章 レジスタンス ―リバル村―
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23-6.王の資質

「……あーと、種籾の選別、だよな?」

「あ、うん、湯とバケツがいる」

 残された郁と江間は気まずさを押し隠して、次の作業に取り掛かった。

『なあ、エマは本当に稀人じゃないのか?』

 そのぎこちない空気は小屋の暗がりに一人残った男、ジィガード・フォレッツによって救われる。

『さっきの話、聞いていただろう? そもそもその問いに意味はない。昨日そう言ったはずだ』

 郁は安堵と感謝を倦怠に混ぜつつ、彼に淡々と返す。

『というか、お前、よく顔出せるな……』

 江間は江間で、じろりとその彼を睨む。江間を狙い、郁をさらい、挙げ句ゼイギャクに一撃を食らって拘束されたことを言っているのだろう。

『戦神のゼイギャク・ジルドグッザさまが、この村同様俺たちのことも見逃してくれたんだ、何も悪くないだろ』

(いつの間にか「さま」扱い……。さすがゼイギャクというべきかな)

 思わず片眉を跳ね上げた郁の横で、江間が苦笑を漏らしていて、なんだかホッとした。


 小屋の奥で、バケツと湯を沸かすための鍋を探す。

 高所に引っ掛けてあった木製のバケツを取ろうとしたが、手が届かない。踏み台を探せば、後ろからすっと手が伸びてきて、「ほら」と手渡された。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

 そう言って江間は笑うと、探し当てていた大鍋を抱えて小屋の外に出た。

「風が温かいな」

 曇り空の下、流れてくる風が、頬にあたる。

「向こうでの二月だけど、こっちの方が暖かい気がする」

「二期作、勝算がありそうだ」

 江間とそんな会話をしながら、小屋の外に据えられた簡素なかまどに薪を入れていく。

『火を起こすのか? 手伝う』

 後ろで様子を見ていたジィガードが、懐から火起こしを取り出した。


『お前ら、大神殿から来ただろ? サノに会った?』

 小さく、煙がちだった炎が、赤い舌を見せながら大きくなっていく。

 こっちの世界で必要に迫られて、自ら火を起こすようになったが、江間も郁も中々うまくできない。ジィガードの手際の良さに感心していると、唐突に質問が来た。なるほど情報を取ろうという気らしい。

『サノが誰かわからない』

『昨日お前が言っていた、処刑されそうになって川に身を投げたって女の稀人だ。大神殿に拾われて保護されているんだろう? すさまじい美人だと聞いた』

『神殿に保護される者は多いし、美人もたくさんいる。誰のことだかさっぱりだ。大体それが事実なら、彼女はバルドゥーバに狙われる。軽々しく口にするな』

 郁は冷たく言い、ジィガードを睨んだが、彼は気にした様子もなく、ひどく不快そうに『あの国ならやりそうだな』と呟いた。


『……バルドゥーバ内に結構伝手がありそうだな?』

 江間の言葉に、ジィガードはエメラルド色の目を光らせ、意味深に笑いを零した。ワセズッル連合国出身の奴隷たちを中心にした組織というあたりだろうか。

『バハルでイェリカ・ローダの馴化を行っていると聞いた。それがどの程度進んでいるか、知っているか?』

『聞いてどうする?』

『邪魔する方法を考える』

『……砂漠のど真ん中だぞ? しかも、軍もイェリカ・ローダもいる。相手は人の命なんかなんとも思っていない、完全に頭のイカレた連中だ』

『頭がイカレてるならなおさらイェリカ・ローダなんか持たせておけないだろう』

 江間が『少なくとも俺には嫌な未来しか見えない。絶対に阻止する』と言えば、ジィガードは唇を引き結んだ後、息を吐き出した。

『惑いの森から連れ出した成体が卵を産んだ。孵化したのは従順で攻撃性がない』

『繁殖に成功したってこと……? 卵はいくつだった? 親は「抱卵」、ええと、卵を温めるとかの世話をしたか? 孵化後の世話は? 餌は何を与えている? 攻撃性がないというのは、』

『ま、待て、待てって。そこまでは知らな――』

『知ってる連中を連れて来い』

『っ、ミヤベとか言ったな、お前一体何さまのつもりなんだ……っ』

『メゼルディセル領主もしくは神殿のお使いなんだろ? 昨日お前がそう言っていたじゃないか。いいから、さっさと連れて来い。昨日小屋にいた黒髪の男と、頬に傷跡のある男なら、もう少し知っているはずだ』

 ジィガードの青緑の目が大きく見開かれる。

『まさか、お前……昨日捕まったの、俺たちから情報を引き出すためか……?』

 あの程度の人数のあのレベルの人間相手に、ゼイギャク・ジルドグッザが捕まるわけがない。考えればわかるだろうに、とは敢えて言わない。

『そんな悪人そのものの発想を私がするとでも?』

 しれっと言ってみれば、ジィガードには憎々しげに睨まれ、江間にはため息をつかれた。


『まあ、それだけじゃさすがになんだから……。神殿に保護されている彼女、サノかどうかは知らないけど、美人だったよ』

『性格は?』

 郁のふりに食いついてきたジィガードに、江間が『なるほど稀人と結婚して王位を狙うってのは、まだあきらめてないわけだ』と呆れの目を向けた。

『稀人云々関係なく、その考え自体が王に向かないと思う』

 稀人なんて怪しいもので、自らを神格化しようとは、他力本願もいいところだ。

『……昨日も聞いた。お前は本気で失礼だ』

 その郁にぶすっと返した後、ジィガードは眉根を寄せて、地面へと視線を落とした。

 広がる沈黙に、薪が爆ぜる音が大きく響く。長めの水色の髪が風に揺れた。

『希望がいる。そのために中心になる人間が必要なんだ』

『……そう』

 おそらく彼は、ワセズッル連合国の王家に近い生まれなのだろう。だから、象徴として担ぎ上げられた――。

 彼は奴隷だったと言っていた。顔にも首筋にも手にも傷跡が見えるし、手の指は五本あるが、どちらも不自然に間隔が空いている。郁が『奴隷の子の命などどうでもいいのか』と言った時、彼が見せた怒りも本物だった。

(高位の貴族だったというこの人は、ワセズッル連合国が滅んだ後、バルドゥーバでどんな扱いを受けていたんだろう……)

 思わずその横顔を見つめる。


『……シャツェラン・ディケセルはどんな人間だ?』

『有能で信頼に足る為政者だ』

『個人的には? 夫妃になるのではという噂を聞いているぞ』

『俺の婚約者はこっち、ミヤベだ。個人的には……まあ、悪い奴ではないかな』

 江間の答えに、ジィガードは眉根を軽く寄せた。

『婚約者を見る目が怪しいエマが言う“いい奴”を信頼していいのか、迷うところだな。ミヤベ、お前の印象は?』

『たった今喧嘩を売った相手に聞くか、普通?』

『いいから答えろ』

『……彼が王であれば、幸せになる人は増える』

 じろりと睨みながら答えた郁に、ジィガードは『そうか』と呟いて、曇天を仰ぎ見た。

『……一度会わせて欲しい』

『そういうことは俺たちじゃなくて、あっちに頼んだ方が早い』

 江間が指さした先に、『ということです、ゼイギャクさま』と郁が声をかける。

『承知した』

 小屋の影からゼイギャクが静かに姿を現し、ジィガードに真面目な顔で頷いて見せた。

『……なあ、エマ、お前、やっぱ稀人だろ? でなきゃ、ゼイギャク・ジルドグッザが護衛につくわけがない……』

 唖然としていたジィガードに、苦虫をかみつぶしたような顔を向けられて、江間は肩をすくめる。

『そんなことにこだわるから、王に向かないとか、言われるんじゃね?』

『そのしつこさだけは、資質と言えるかもよ?』

 顔を盛大に歪めたジィガードは、最後諦めたように、『シャツェラン・ディケセルの器が広そうだってことは分かった……』と肩を落とした。


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