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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第23章 レジスタンス ―リバル村―
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23-5.大切な人の名

『「ネンドシツ」……?』

『陶器を作るような細かい土なんだけど、心当たり、ない?』

『ああ、それなら、大レタの木の辺りはどうだ? あの辺は水も出る。街道からも遠くて目立たない』

『そこを耕して、平らにすればいいのね?』

『そこに水を流し込んでいくから、周りを少し高くして、水が流れ出ないようにして。水量を調整できるような仕組みも必要だ』

 リバル村の村役場近く、共用の農業用資材などを保管しておく小屋で、郁はリバル村の若い男女に田の作り方を説明していた。どの顔も真剣で、緊張している。


 江間は郁と共にいるが、リカルィデは手分けしたほうがいいからと、村の子供やお年寄りたちと一緒に、土蟲駆除に出ていった。コルトナやエナシャが付き添っている。

 あの晩、村人に人質としてさらわれそうになったリカルィデは、到着したばかりだったエナシャに危ういところで助けられ、村の外れの林へと身を隠したそうだ。その後は彼らに怒ることも怯えることもなく、まったく普通にしている。

≪悪いのは王だ。国の頂点にいながら、何もしない・出来ないのであれば、退くべきなのに、それすらしない≫

 血縁上の父親をそう断罪した彼女の顔は、ひどく大人びていた。

 同時に、彼女はこの村の統官をひどく気にかけている。彼は本来の業務を夜にほぼ寝ないでこなして、その上で飢餓対策に走り回っているのだと言う。

≪ちょっと話したんだけど、あの人、親戚を探しているんだって。それってタグィロたちのことだと思うんだけど……勝手に話していいと思う?≫

 そう言って、頭を抱えていた。害意を持っている雰囲気ではなくて、むしろひどく苦しんでいるようだったんだけど、と。

 ここを発つ前に、郁からも探ってみて、話せるようなら話してみようと思っている。


 小屋の奥から、家畜であるロロのフクロウそっくりの鳴き声が聞こえてきた。

 今の時点では、目を付けられているわけでも何でもないはずなのだが、皆人目を忍びたい気分らしい。隠れるようにして稲作の準備を始めた若者たちがいるこの小屋は、屋根と壁の隙間から漏れ入る光があるだけで、中はひどく薄暗い。


『用意した畑に水を入れたら、その状態で土をかき回し、静置して、を繰り返す。そうすることで水が地中に滲み出て行かなくなる。「稲」――コレはある程度大きくなるまで水を張った場所で育つんだ』

『つまり……土蟲にやられない?』

『試した。コレの育つ条件の土で、土蟲は生きられない』

 頷けば、集まった人々の顔が明るくなった。


 そうして、一通り説明を終えたところで、郁は『責任から逃げようとするわけじゃないけど』と前置きして、彼らを一人一人見つめる。

『メゼルや大神殿でコレの栽培についての記録や方法を調べた。でも、種の状態も微妙だし、ここで育てたこともない。私たちも手探りなんだ』

 これまでの郁であれば、こんなふうには言わなかった。確信がなくても「大丈夫だ。信じろ」と嘯いて信頼させて、彼らを操ろうとしたと思う。

 彼らの顔に戸惑いと疑心が浮かんで、郁は苦笑した。この顔に耐えて人を動かしていける江間はやはりすごいと思う一方で、少し悔しい。

『だから、何か気付いたことがあったら、その都度教えて欲しいし、改良していってほしい。私たちもそうする。協力して進めていきたい』

 どんな顔をされるだろう、と内心で怯えながら、郁は皆を見渡した。

『……魔法が使える訳じゃない、かい?』

『そうだよ。調べて、考えて、努力して、力を合わせる、それしかできない』

『俺らと変わんねえなあ……』

『ほんと、とんだ“稀人”がいたもんだ』

 彼らの顔に苦笑が浮かんだのを見て、ほっとした。

『勝手に思い込まれて、勝手に期待されて、勝手にがっかりされてる俺って、結構かわいそうじゃない?』

 それまで黙って聞いていた江間が、げんなりした顔で呟いた瞬間、笑いが起きた。


『今一番心配しているのは、日当たりなんだ。リバルは野生化したコレが生き残っていたことからも、本来はコレの栽培に向いている土地だと思う。ただ、稀人が来た年の前後は霧が多くなりやすいと聞いたんだけど、どんな感じかな?』

『大レタの林の日当たりは本当なら悪くないよ。けど、去年ほどじゃないにしても、今年も霧は出てるから……』

『去年は霧のせいでシガやカッバルに加えて野菜もダメだったし、今は土蟲だ。昔から神隠しの霧とも言われているし、イェリカ・ローダも出てくるし、ほんと、ろくなもんじゃない』

『神隠し?』

 稲のための日当たりを訊ねる質問に、自分たちの最大の興味に関わる答えが返ってきた。勢い込んで聞きそうになるのを抑え、何気なさを装う。

『“コレ”さまの話は聞いたか? この種があった祠の神さまの方なんだけど、この種をもたらして広めたコレさまは、ある日霧に乗って、ハラージョの地に帰ったと伝わっているんだ。それで、この村で霧の日に消えた子は、コレさまに見込まれてハラージョに行ったと言われてきたんだけど……身内からすれば、たまったもんじゃないよね』

『ひいじいさんの幼馴染も消えたって聞いたなあ。去年よりましだけど今年の霧もいつもの春より多いし、これ以上何も起きないといいが……』

『稀人と間違えられるような人だ。エマ、あんた、気を付けないと、神様に引っ張られるよ?』

『気を付けろって言ったって、そんなんどうすんだよ?』

 江間はいつもの軽い調子で返すが、声には微かに緊張がある。

『大切な人の名を呼ぶといい。本当に愛し合っていたら、神さまが憐れんで諦めてくださるってさ』

「……」

(たいせつな、ひと……)

 なんとなく江間を見てしまった郁は、彼と目が合って、慌てて顔を逸らす。顔に血が上っていくのが自分でもわかって、消えたくなった。そういうのじゃないのに、一体何をやっているのだろう。

『二人とも初々しいねえ』

 村人たちはまた大笑いして、作業のために出て行った。


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