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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第23章 レジスタンス ―リバル村―
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23-4. 涜神

『なぜそんなにひどい? ここは王の直轄地だろう? 直轄領の昨秋の税率は、下げられたと聞いた』

 郁の疑問に統官は眉根を寄せ、首を横に振った。

『王と領主両方へ税を払う他領と比べて、王への納税だけで済む直轄領は負担が少ないというのは、元々まやかしだ。確かに王税の率は他領と同じだし、去年は下げられもした。だが、飢餓対策やら戦備品調達やらの名目で常に“臨時”徴収があって、他領と同じかそれ以上の税を毎年取られている。昨年は加えてシガや家畜を直接持って行かれて、さらに生活が苦しくなった。神殿が炊き出しをやってくれているが、もう餓死者が出始めている村もある』

 警護隊長も『メゼルディセル領のあんたたちにはわからない』と吐き捨てるようにつぶやき、後ろの多くの村民が頷いた。

『力のある、賢くて慈悲にあふれる領主のいるところはいい。メゼルディセルもカードルテもシジニラも昨年の不作を乗り切ったと、この秋の対策も始まったと聞いた。でも自領だけ、派内の領地だけだ。救いはここまで来ない』

『そんな時、そこにいる彼らに聞かされたんだ。今なら稀人がたくさんいる。エマはその一人だと、手に入れれば国を、世界を変えられると』

(――シャツェラン、時間がない。もうみんな追い詰められている)

 郁は一週間前に別れた、幼馴染の青い目を思い返す。そして、彼がその肩に載せようとしている物の重さを思って、顔を歪めた。


『メゼルディセルはメゼルディセルで、難民であふれてる』

『っ、メゼルディセルにはあんたが、稀人がいるじゃないか! あそこは豊かでシャツェラン殿下もいて、土地にも気候にも恵まれているっ。なのに、なんで稀人まで……っ。なんでセルじゃないんだっ、どれか、どれかひとつぐらいあれば、カナンもズニアーキの娘も、死なずに済んだ……っ』

 江間の言葉に村人の一人が叫んだ。すすり泣く声がどこからともなく響いてくる。

『あのなあ、お前ら、稀人を何だと思ってるんだよ? 稀人だってただの人だ』

 江間は『俺が稀人だって言ってるわけじゃないぞ?』と言いながら、ガシガシと頭をかいた。

『江間の言う通りだ。バルドゥーバの砂漠に追放された菊田という稀人は、囚われたままそこから脱出できず、イェリカ・ローダの世話をさせられている』

 郁は先ほど菊田のために怒りを見せた男たちを一瞥し、続ける。

『ある稀人の女はバルドゥーバの権力争いに巻き込まれて、処刑されることになった。逃げようとしたものの失敗して、結局河に身を投げたと聞いた』

『寺下という稀人は、彼女たちのようにならないためにか、バルドゥーバ宰相の言いなりになって周りの機嫌を取り、媚びているそうだ』

『……正確には立場が上の者にだけだ。奴隷も邪魔な奴も殺しまくってるよ、テラシタも、フクチってやつも』

 水色髪の誘拐犯のリーダーがぼそりと補足した。


『な? 稀人と言っても、空が飛べるわけじゃないし、魔法のように敵を蹴散らすことも、人を癒すこともできない。何もないところから食べ物を出して、人を飢えから救うこともできない。剣で突かれれば、普通に死ぬし、特別に慈悲深いわけでもない』

 江間は『夢を潰すようで悪いけど、そんなもんだ』と苦笑しながら、統官たちに告げた。

『メゼルディセルやカードルテなんかが豊かで、難民が押し寄せても持ちこたえているのは、シャツェラン・ディケセルや彼と志を同じくする人たちが、そうなるように必死で努力しているからだ』

 そう言いながら、ゼイギャクたちを見れば、コルトナは照れたように笑い、ゼイギャクが静かに頷いた。


『じゃあ……じゃあ、どうすればいいって言うの? 死ぬしかないってこと……? 稀人が助けてくれるんじゃないの……? そのために来てくれたんじゃないの……』

 悲痛な声にすすり泣きが続き、広がっていく。

『人に頼って叶えられないから、泣いて嘆いて……それで? 何か解決するか? もういい加減わかっているだろう――自分たちで何とかするしかないって』

『ただし、確実な方法でしたたかに、な。こんなやり方は意味がないだけじゃなくて、悪手も悪手だ』

 真顔で郁が言えば、江間がにやっと笑いながら後を受けた。

『手始めに昨年の徴税の帳簿をいじれば? ボルバナがいい。あいつ、元々セルにいたのをシャ、殿下が引き抜いたんだろ? 今なら春の徴収を減らせる』

 江間は悪そうな顔で指折りを始めた。

『次は今年の収量を操作する。土蟲は今の調子なら、駆除の効果が出るはずだ。その効果を低く見せかける。あくまで低く、だ。疑われるから、ゼロにはしない。あと、四の五の言ってないで、小さい土蟲は燻製にでもして、いざという時食べられるように保存する』

『この地方の他地域も、一緒に土蟲の防除を進めたほうがいいのだけれど、そういう事情なら、セルを介さないほうがいい。代わりに、地方神殿を中心に土蟲の防除ができないか、大神殿に働きかける』

『コレの栽培も二期作を狙ってみるか……。夏の収穫は無理でも、秋の収穫なら食料として当て込めるかもしれない。ただ、ここで栽培していることは、セルに隠す』

『目くらましのために、主に祠にあった種籾を一部、シャツェラン殿下からセルに献上してもらう。同様にあなたたちからも別途セルに報告して、「なにかよくわからないが、メゼルディセル領主が興味を持っていたもの」という風に』

 悪だくみを指折り挙げていく郁と江間に、統官も警護隊長も村人たちも信じられないものを見る目を向けてきた。


『あんた、たち、正気か……? セルを、国王陛下を騙すと言っているんだぞ……』

 統官のすぐ後ろにいる老人が喘ぐように呟いて、郁は眉を跳ね上げた。

(――しくじった)

 彼らにとってディケセル王は神様の子孫だ。それゆえに神聖な存在だととらえているのだから、騙すという発想がなくて当たり前。それどころか、郁や江間の発想は罰当たりそのものだ。

「……」

 異端者として排除、下手をすれば殺される可能性を思い出した郁は、冷や汗を流す。だが、江間は『やらなきゃ死ぬところまで、来てるんだろ?』と不敵そのものの顔で笑った。

『王さまも神さまも稀人さまもあんたらを救ってくれねえよ。自分で救え』

 挑発するような言葉が消えた後、耳が痛くなるような沈黙が広がった。


 たくさんの目が江間を凝視している。異様なものを見ているとしか形容できない彼らの目つきに、郁は焦燥を加速させる。

 村人だけじゃない。コルトナやゼイギャクのところのグルドザたちの多くも同じ目で江間を見ている。

「……」

 郁はいつでも彼の前に飛び出せるよう、じりじりと江間の斜め前、村人たちの方へと移動していく。

(もし彼が攻撃されるようなら、彼に覆い被さって代わりに攻撃を受ける。私であれば、いくら攻撃されてもかまわない。むしろそれならそれがいい……ああ、でも、リカルィデが――)

「……宮部?」

 プレッシャーと迷いと焦りで、多分悲惨な顔をしていたのだろう、江間はすぐ傍らに来た郁を見た瞬間、目を丸くする。視線が絡むなり微笑んで、頬に触れてきた。

「……」

 なんでそんなにのんきなんだ、と思うのに、温かい感触に力が抜けてしまう。同時に、落ち着きを取り戻した。


(探せ、足搔け、最悪の手の前にできることを――)

 深呼吸を一つ吐きだすと、郁は村人たちの方へ一歩踏み出した。

『難しく考えるのはやめよう』

 そう言って、郁は村人たち一人一人の顔を見渡した。

『愛する人と幸せに生きていきたいという願いは、人としてごく当たり前のことだ。だから、そう望んでいい――江間はそう言っているんだ』

 まず、村人が稀人だと疑う江間を使って、彼らの望みを肯定する。

『江間だけじゃない。彼が仕えている、ディケセル国王弟であらせられる、シャツェラン・“ディケセル”殿下も、同じようにお考えになっている』

 次に、コントゥシャ神の子孫はセルにいる現王だけじゃないと匂わせて、信仰ゆえの罪悪感を払拭する。

『だから、大丈夫。足搔こう。あなたたちのために、あなたたち自身で――ちゃんと助ける』


 強張っていた村人たちの顔から、一人、また一人と悲愴な色が抜けていった。警護隊長がナイフを下ろしたのを合図に、皆が手にしていたこん棒や鍬、鋤などの武器を下ろす。

『っ、ごめんなさい……っ、ずっと助けようとしてくれてたのに、今もそうなのに、ごめ、なさ……っ』

 リカルィデの緑の外套を着せられた少女が泣き出した瞬間、郁は詰めていた息を吐き出した。思惑通りに事が運んだ安堵で全身が震えた。

『最初から知っているから、泣かなくても大丈夫』

 演技とはいえ、剣を突き付けられて怖かっただろう、と郁は少女へと歩み寄ると頭を撫でた。リカルィデと同じくらいの背だ。だが、ひどく痩せている。育ち盛りのはずなのに、と、眉根を寄せた。


『……いいのか?』

『かまわない』

 ゼイギャクが拘束されていた水色頭の男の縄を外せば、彼の配下のグルドザたちやコルトナも他の男たちの縄を次々に解き始めた。

『また狙いに行くかもしれないよ?』

『問題ない。その時はまたこうして返り討ちにする』

『……なあ、あんた、一体何者なんだ? 付き添いのただのジジイかと思ってたのに』

と目を眇めた男に、ゼイギャクは『まず自分が名乗るべきではないかな?』と小さく笑った。

『ジィガ、ジィガード・オーゲン・フォレッツだ』

『ワセズッル連合国の、フォレッツ家か』

 ケォルジュが眉を跳ね上げた。ワセズッル連合国はバルドゥーバが滅ぼした国の一つとして聞いた覚えがある。ケォルジュの反応を見るに、フォレッツ家はそれなりの地位にあった家なのだろう。

『私はゼイギャク・ジルドグッザだ』

 その瞬間、静寂が広がった。

『……』

 呆然と彼を凝視しているのは、ジィガードだけではなかった。

 震える指でゼイギャクをさし、喘ぐように口を動かす者、へたり込む者、真っ青な顔で跪く者――苦笑するケォルジュたちの横で、郁と江間は、顔を見合わせる。

「英雄?」

「聞いてはいたけど……」

 バルドゥーバ兵があれほど怯えるくらいだ。国内でこの扱いは当然なのかもしれないが、目の当たりにして引く。本人に言われるまま、呼び捨てなんかしたら、周りに殺されるかもしれない。

 ざわめきと謝罪の言葉が広がる中、ゼイギャクは口を開いた。

『――メゼルの“我が主”には、私からも話を通しておく』

 ディケセルの戦神が、公然とシャツェラン・ディケセルへの忠誠を口にした――人々の間に漂う空気がざわりと揺れた。


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