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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第23章 レジスタンス ―リバル村―
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23-1.リバル村

『こいつじゃなくて、背の高い、黒髪の方だって言っただろうが。あのかわい子ちゃんならまだ慰めになったのに、よりによって一番はずれかよ』

『いや、だってこいつも背が高いし、黒髪だし』

『もっと高くて、もっと黒いんだよ……』

(勝手にさらっておいてはずれ呼ばわり――)

 ゼイギャクと共に、後ろ手に両手を縛られた郁は、惑いの森との境にある小屋の床の上で、その発言の主に半眼を投げる。

『……』

 横にいるゼイギャクの紫の目が、フードの下からその郁へと向けられた。

 そこにあるのは、いつもの通りの落ち着きで、焦っている様子も憤っている様子もない。

 巻き込んでしまったことを目線で謝罪しつつ、ゼイギャクの強さが常軌を逸していることを知っている郁は、当面問題がないことを確認して、息を吐き出した。

 惑いの森近くまで出たまま戻らない郁とゼイギャクを、江間たちはきっと心配しているはずだ。そろそろ探し始めているかもしれない。


 大伯母シハラの存在に後ろ髪を引かれながら、大神殿を出、リバル村に米探しに来て、既に一週間が経った。

 メゼルの内務処官、タグィロの叔父だという、ここリバル村の統官は頬のこけた、目の下に濃い隈のある陰気な男だった。

 シャツェランからの書状を受け取って読んだ瞬間、『……羨ましい』とぼそりと呟く。無気力で何かを倦んでいる空気が、出会ったばかりの頃のタグィロによく似ていた。

『できる限り協力いたします。が、その……』

『もちろん、得られた成果はリバルの皆様にもお返しするよう、シャツェラン殿下から申し付かっております』

 江間の言葉に統官は顔を跳ね上げると、『ありがとうございます。ただ、その、厚かましいことですが、そのコレというのは、今年の秋には……』とすがるように口にした。

『申し訳ないのですが、コレについては発見でき、植え付けに成功したとしても、今年の収量はさほど見込めないと思っています』

 郁の言葉に、統官は『やはりそうですか』と肩を落とした。

『土蟲が出ているのですか?』

『っ。……ああ、そうか、つまり他の地域でも出ているということですね……』

 彼は顔を跳ね上げて郁を見た後、『援助も見込めないというわけだ』と力なく笑った。

『取り除きましょう』

『とっくにやっている。だが、減らない。除いても除いても、次から次へと……』

 統官の横にいたリバル地域を受け持つという警護隊長が、苦々しく吐き捨てた。

『減るようにやり方を変えます』

 ギラっと殺気立った目を向けてきた老年の警護隊長に、郁は『詳しくはこの子に聞いてください』とリカルィデを指した。

『っ、ふざけているのか……? 我々がこれまでどれだけ努力したと思っている。こんな子供に何ができる!』

『――あなたたちにできなかったこと』

『っ』

 こぶしを振り上げた警護隊長と郁の間に、江間が咄嗟に入った。

 だが、その拳が彼に届く前に、フードをかぶったままのゼイギャクが警護隊長の肩あたりにすっと触れる。その瞬間、警護隊長は体勢を崩してよろけた。

『あー……、連れが色々すまん。けど、嘆くのも自棄になるのも、やることが全部なくなってからにしないか?』

 江間が苦笑しながら、尻もちをついた警護隊長に手を差し出した。

『……』

 警護隊長はその手を無視し、背後の郁とゼィギャクを睨みつける。

『睨んでいる暇があるなら動け。時間がない』

『っ、お前たちのやり方にも効果がなかったら、どう責任をとるっ?』

『代替案を考えつかない者が、言っていいセリフじゃない』

『っ』

『やめろ。宮部、お前、もう少し言い方があるだろ……』

 江間が疲れたような声を吐き出した。

『効果がなかったら、か……。悪いが、俺たち、シャツェラン殿下にこき使われているだけで、地位も財産も持ってないんだよ。だから、詫びに差し出せるものも特に持ってない』

 そう言って、勝手に警護隊長の手を取り、引き起こす。

『でも、子供が腹を減らして死んでいくのは嫌だろ? それは俺もこいつ、宮部も同じなんだ。やれることはやる。誓う。だから手を貸してくれ』


 疫病の時もそうだったように、江間は人を動かすのがうまい。

 今、リカルィデがまとめた土蟲の知識をもとに、村民も警護隊員も総出で土を掘り返し、大きい土蟲を中心に見つけては陽光や火で殺していっている。小さい蟲も例年より多いそうなので、数を減らすことにした。

 その傍ら、米も無事見つけた。

 まず、川沿いの河川敷のそこかしこに細々と生え残っているのを見つけ、周辺に落ちていた種籾を拾い集めた。

 次に、周囲を見渡せる丘の上にあった土地神‟コレ”の祠の中、薄い金属を内に張った木箱に入ったものを発見した。大半がかびていたものの、元の量が多く、無事な種籾もそれなりにある。発芽能力が残っているかが問題だろう。とりあえず発芽させてみる予定だ。

 そして、もう一つの収穫は霧――ここに来て、三日目のことだった。朝食の時に深い霧が出、郁と江間は急いで食事を切り上げた。

「外に出るぞ」

「ちょ、ちょっと待って、今帰ったら……」

 迷いを見せるリカルィデの気持ちがわかる一方で、気が急いた。

「多分だけど、まだ帰れない。とにかくせっかくのチャンスなんだから、霧の中に入って何が起こるか、もう一度確かめて見よう」

「リカルィデ、手を離すなよ?」

 青い顔をしたリカルィデを連れて、宿の部屋の戸を開けば、ゼイギャクが待ち構えていた。

『どこに行く?』

『食後の散歩を兼ねて、村の散策です』

『コレの栽培に向けて、周辺の土地を調べたいので』

 二人はしれっと嘘をつく。

『霧が深い。八日前にもイェリカ・ローダが森から出てきたそうだ。出歩くな』

 内心で舌打ちしつつ、警戒されないよう、大人しく部屋に戻った。改めて窓から、と思ったら、外にはゼイギャクの配下のグルドザたちがいる。

 その中に、“アーシャル”と共に、惑いの森に来ていたグルドザの一人、ピンク色の髪のケォルジュを見つけて、江間は窓を開けた。

『おはよう、ケォルジュ。何やってんだ? ゼイギャクが、イェリカ・ローダが出て来るって言ってたぞ?』

 江間が素知らぬ顔で声をかければ、彼が戸惑いを露に『イェリカ・ローダは、さほど問題ではないが……』と返してきて悟った。彼らは理由を知らされぬまま、郁たちを霧の中に出さないよう監視している。

 元はシャツェランの命令のはずだ。そして、彼はメゼルの霧より、神森やリバルのそれを、より強く警戒している。

 神森やリバルの辺りは、元々惑いの森だったという。となると、帰るための条件である霧は、ただの霧ではなく、惑いの森由来の霧である必要があるのではないか。シハラも『森が世界を繋ぐ』と言っていた。

 やはりシャツェランは、帰る方法について、かなりのことを知っていると、郁は確信している。


 そう、すべては順調だったのだ。その惑いの森の様子を一度見ておきたいと思い立った郁が、ゼイギャクに付き添ってもらって森境まで行き、十人くらいに取り囲まれてしまうまで。

 その時もゼイギャクはまったく動揺しなかった。郁をかばうように立ち、静かに男たちと対峙する。

その落ち着きに、きっと彼であれば大丈夫なのだと悟って、せめて足手まといにならないようにスオッキを抜いたところで、そのグループのうちの、ひょろりとした男に声をかけられた。

『――エマだな。俺たちと一緒に来てくれ。助けがいるんだ』

 その口調にも彼らの表情にも悲愴なものがあって、ただの物取りや刺客には思えない。それで、剣を抜こうとしたゼイギャクを咄嗟に止めてしまって、今に至るのだが――。


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