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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第2章 邂逅 ―惑いの森―
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2-7.馬鹿

「それじゃなにか? ディケセルとかいう国の王子があの子供で、後ろからつけてくる国、なんつったけ?」

「バルドゥーバ」

「に内通してるのに、その内通先の国にも切られかかってる? 原因は……俺たち?」

「その辺は分からない。ただディケセルの方が分が悪そうなのは確かだと思う」

「稀人を望む理由は?」

「稀人の存在はこちらではちゃんと認識されていて貴重とされている。向こうの知識をもたらして国を繁栄させると言われたり……」

「言われたり?」

「あー、単純に物珍しいからだと思う。時々神だか、悪魔だかの生贄にされたりするそうだ」

「……冗談じゃねえ」

「だから私も逃げ出したんだ。もちろん厚遇されることもあるみたいだけど、相手の事情次第で変わる運命に身を任せるのは嫌だ」

「確かに、得られるか分からない他人の好意を前提に世渡りの算段を付けようってのは、善人ってより考えなしのすることだが……てか、ほんと、何で知ってんだよ」

「……」

 郁が片眉をひそめて口をへの字に曲げれば、江間は同じ顔でその郁を見る。

 祖父の話によれば、祖父の父が連れてきた稀人は、当時日本に進駐していたアメリカ軍人もしくは軍属だったのではないかということだった。彼は肺の病にかかり、気候の乾燥したバルドゥーバへと療養に行ったが、まだ若かったにもかかわらず、結局亡くなってしまったそうだ。


 この世界の夜を支配する二つの月は中空を微妙に過ぎ、ごく近くに並んでいた。足元の影が昼のように濃い。

 その明かりに照らされて、時折後方のトカゲたちの姿が視界に入る。

 郁は江間と共に始まりの場所まで、不自然にならない程度にゆっくりと歩を進めていく。


「なあ、あっちに帰る方法も知ってるのか?」

「まったく心当たりがないわけじゃない。というのも……」

 言っていいだろうか?と迷った挙句、郁は事実を口にすることにした。知らず呼吸が浅くなる。

「母方の祖父がディケセルの出だ」

 ――今回も半分だけ。

 ディケセル王族だった父方祖母のことは、できるだけ伏せておきたい。祖国を捨てた彼女の孫だとばれれば、悪いほうに事が運ぶ可能性もある。お人よしらしい江間がそれを利用してどうこうすることは、少なくとも今はないは思うが、不用意に話したくない。

「彼が向こうの世界に行ったのは、狙ってのことだったらしいから、方法はあるはずだ。だから私はいったんディケセルに行く」

 「クォーターってそういうことかよ……」と唖然とした江間に、「もっと詳しく祖父に聞いておけばよかったんだけど」と返し、郁は視線を足元に落とした。

 平静を装っているが、彼の顔を正面から見れない。自分には異世界の“人間”の血が混ざっている、言うなれば異物だ。不快、拒絶、嫌悪――考え得る彼の反応が微妙に怖かった。

 だが、驚いていたはずの江間に「十分助かってるじゃん」とあっさり返されて、拍子抜けする。


「つまり、こっちとあっちは何らかの条件がそろった時に繋がる、と言うわけだな。それで、ええと、その、福地たち、どうする……?」

「バルドゥーバの他国人に対する扱いは悪いと聞いていたんだが……」

 祖父の話の時点とは、大きく状況が大きく違っているように思う。先ほど見た限りでは、福地たちは大事に扱われているように見えたし、相手国の王子を駒として扱えるバルドゥーバの方が、国力としても上だろう。

「行ってすぐ生贄にされるような状況なら、と思うんだけど、そうでもなさそうだし、このままのほうがいいのかも……」

「……そこで迷う必要はないだろ」

 横で声をぐっと落とし、「あいつらへの対応を確認したかっただけだ」と続けた江間を、郁はぎょっとして振り仰ぐ。邪魔なフードを人差し指で持ち上げると、目があった彼は視線を揺らした。

「その、あいつら、お前のこと、あれだ、あんまり気にかけてなかったじゃないか。夕方の件もだし、さっきだってそうだろ? お前が責任を感じて気にしてやる必要なんかない」

「……死のうがどうでもいい存在だとはっきり言って構わない。まあ、だから、無理をする気も頑張る気もない」

(バカだな、気にすることなんかないのに)

 言い難そうに続けた江間に、郁は苦笑を零した。

「……助けに戻ったくせに」

「後味が悪くなりそうだったというだけ」

 菊田たちから何をどこまで聞いたんだろうと思ったが、面倒くさくなって、郁はただ肩をすくめる。


「正直、今の状況で積極的にどうこうするのは避けたい。私が言葉を使える、こちらの世界に関わりのある人間だと知られたくないんだ。特に福地に」

 郁のその台詞に江間はすっと目を眇め、「――だな」と頷いた。それを見つめて、郁はぼそりと口にする。

「それさえ黙っていてくれれば、江間が福地たちと行くのは自由だ」

「……宮部?」

「さっきも言ったように、バルドゥーバの方が安全な可能性も高い。私はディケセルに入るけど、私のことを黙っていてくれるなら、代わりに得た情報はなんとかしてバルドゥーバのお前に届」

「宮部、俺は賢いやつも要領のいいやつも嫌いなんだ、福地たちみたいな」

 郁の言葉を遮って、江間は静かに言った。

「計算高くあいつらを見捨てる気満々だったくせに、いざって時に怖気づいて、わざわざ化け物から逃がしに戻る馬鹿のほうが、一緒にいて飽きない。さっきもこっちの言葉を話してまで、俺を逃がそうとしたしな。ほんと、頭の悪い奴だ」

 横目で彼を見れば、ちょうど月明かりが顔にあたったところ。フードの下に見える口元がからかいを帯びて、弧を描いている。

「……もうちょっとなんとかした言い方はできないのか」

 眉根を寄せ、ため息と共に返せば、「お互い様だろ」と江間は白い歯をこぼして笑った。


「となると、ディケセルとバルドゥーバが遭遇した時点で、隙を見て逃げ出すか?」

 それが最良だ。だけど、その場合、あの子はどうなるのだろう?

「……それが妥当だと思う」

 郁は迷いを振り払おうと首を振った。会ったこともない親戚、下手をすれば、あのシャツェランの息子だ。絶対に係わり合いにならないほうがいい。自分には何の責任もないし、この先も取れっこないし、取る気もないのだから。

 そう自分に言い聞かせながら、郁は始まりの場所、コクラミの洞窟へと向かった。


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