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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第22章 同胞 ―コントゥシャ大神殿―
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22-10.自省

『肌、きれいです。いいなあ』

『……そうですか』

 身にまとっている、神官たちのような薄手の白いローブが寒くて、椅子に座った郁は気もそぞろに答える。

(神官たちは足腰だけじゃなく、寒さにも強いのか)

 石作りのこの部屋には一応敷布も布かれているし、ゴーゴで火も焚かれているが、あまりに底冷えが激しい。ローブとは特に相性が悪いだろうに、と脛とふくらはぎをこすり合わせた。

『「もうっ」、そうですか、じゃなくて! 自慢できる、レ、レベル?じゃないですか』

 真剣な顔で筆を郁の瞼の上に走らせていた、フュバルこと佐野が『普段から、おしゃれをすべき。もったいない』と真面目に言ってきて、郁は至近距離にある彼女の顔をまじまじと見つめた。

『あー、と……、ありがとう、ございます?』

 惑いの森で、肌が白いのだけが取り柄と同じ口から出たことを思い出して、郁は苦笑した。

(私を私だと認識できなければ、こんな感じなんだなあ、やっぱり悪い子じゃないよなあ)

 それから、江間が「お前は自分に無頓着すぎる」と怒っていたことを思い返した。

 本来こんな感じの佐野が悪意を見せたのは、自分にも責任があるのではないか、と眉根を寄せる。

 自分で自分をどうでもいいと思っている人間を、誰が敢えて尊重しようと思うのか。まして、妹を含め、誰に何を言われてもやられても、郁は「大した害はない」と何の行動もとらなかった。それを見ている周囲が郁をやられても平気な人間・やってもいい人間だと思ったとしても、何も不思議はない。だからと言って、やっていいとはもちろん思わないけれど。

 そんな中で郁を気にかけて怒っていた江間は、やっぱり桁外れにいい奴だ、と結論付ける。

『本当、本気、です。「お世辞って何て言うんだっけ? ええと、あっ」、お世辞?じゃないです。ええと、背も高いし、すすす、らっと、で通じる? すらっとしてて、ローブがすごく似合います。「モデル……は、いないか、うーんと」、女神、様みたい』

 その苦笑を勘違いしたのだろう、佐野が一生懸命言ってきてくれて、思わず頭をなでた。

『あ、すみません』

『……いえ』

 こちらの人は向こう以上にごく親しい間柄でかぎり、人の頭に触れない。無礼だと怒られても仕方のないことだが、佐野は目をみはった後嬉しそうに、そして、どこか寂しそうに微笑んだ。やはり向こうの人だ、彼女も。


 向こうの世界での口紅に当たる色油を筆で唇に塗り終わり、佐野は筆をおいた。そして、郁を見、眉根を寄せると頭を下げた。

『ごめんなさい、私の代わり、でしょう? だから、日本人のように見る、見えるよう、私に化粧を頼んだ』

 寺下が神殿に来ることが決まって、佐野には以前佐野がバルドゥーバにいたこと、そこで諍いがあったこと、結果彼の国を追われたようだということが伝えられたという。だから、安全のためにバルドゥーバ及びそこに属する者との接触を避けるように、と。

『私たちもあの国に目をつけられていますから、この際です』

 バルドゥーバ人にはバルドゥーバ国に恨みを持つイゥローニャ人として、かの国の中枢にいるという福地には同胞の江間和樹と宮部郁として警戒されている可能性が高い。

『あと、化粧は、その、そもそもあまりやり方を知らなくて』

『……そうなの?』

 信じられない、という顔が突き刺さる。

(まあ、確かに終わってる……)

 それなりに努力しようと思ったことがないわけじゃなかった。だが、あの妹がいる限り、何をしようがしまいが人生ごと終了済み確定だと悟ってからは、もうどうでもいいとか思ってしまった。

(ああ、そうか、こういうところも問題だったんだ)

 郁は口をへの字に曲げた。


『好きな人に、エマにきれいって、思ってほしいと、思いませんか?』

「……は?」

 その発想はなかった。というか、何をしたってあっちの方が絶対整っているような……とはさすがに言えず、目を泳がせれば佐野は苦笑した。

『見た目、関係ないですね。エマはミヤベのこと、今のまま、ものすごく好き』

『そ、こまででは……』

 誤解がすぎている、と思うものの、真っ向から訂正するわけにもいかず、ごにょごにょと濁す。佐野の悲しそうな顔も気になった。

『エマ、すごくかっこいいです。ちょっと、「ときめいたってなんだっけ? ええと」、素敵?と思ったのに、ミヤベと一緒のところ見て、か、か……「あー、そうだ」、可能性、絶対ないって。あんな、愛す、されているのに、信じられない』

『あい、され……』

 異世界で身を守るための成り行きで婚約者を名乗っているだけで、とはやはり言えず、また口を不自然に閉じた。


 江間もだが、郁の方にしたってよくわからないのだ。

 郁にとって江間が大事な存在なのは、もうはっきりしている。笑いかけてくれて、怒ってもくれて、何度も助けてくれて、恩を感じてもいる。でも、それが好きとかいう恋愛感情なのか、郁にはわからない。

 生きていてほしい、笑っていてほしいと切実に思う。でも、それが約束されるなら、彼の横に他の人がいてもいい気がする。

 正直に認めるなら、多分悲しくもなるだろうし、嫉妬もすると思う。それでも、何でもいいから、とにかく彼に幸せでいてほしい。

 何度も何度も自分を救い上げてくれた、あの明るくて優しい空気を陰らせたくない。笑っていて欲しい。そのためであれば、自分の命であろうと特に惜しくはない。

 大事にされているとは思うが、多分江間だって似たようなものなのではないか。多少の理由や重さの違いはあるだろうが……。

 自分たちはこの異常な世界で、お互いに依存しあっているだけなのかもしれない、そう思えてならない。


 後ろめたさとか色々なものが出てきて、思わず眉根を寄せれば、佐野が顔を沈ませた。

「私の大事な人はバルドゥーバにいたのかしら……」

 ぼそりと日本語で呟いて、胸元へと手をやる。その内容はもちろん、不安と悲しみが混ざった声に胸が痛んだ。

 佐野の婚約者はバルドゥーバの陽の位、一番高位の貴族の息子で、女王の従弟にあたるという。だが、政治的な思惑での関係ではなかったようだ、とシャツェランが言っていた。

(なのに、権力闘争に巻き込まれて引き離された――)

「……」

 佐野のてのひらの下、合わせた襟の隙間から、ソーシャと呼ばれる横笛が顔をのぞかせていた。


『――これで、おしまい』

 気を取り直して、色粉を頬にはたいていた佐野は、郁の顔を満足そうに見る。

『ミヤベ、お化粧が、ええと、「映える」は……似合う?はまる?顔。やる、やりがいがありました』

「……」

 取り立てて特徴のない地味な顔――シャツェランの憎たらしい顔が、浮かんでくる。

『もうちょっと嬉しそうにして』

 そうむくれる佐野はかわいらしくて、少しまぶしい。


 ノックの音と共にドアが開いた。

「……宮部?」

 ああ、一番会いたくないのによりによって、と顔が歪みそうになる。

『わあ、きれい、すごい、すごいね、ミヤベ、うわあ』

 真ん丸にした目をキラキラさせて駆け寄ってくるリカルィデに、意識を集中させる。

『佐、フュバルさまの腕がいいんだよ』

『それだけじゃないと、さっきから言っているのに』

『……自分の腕がいいのは認めるんだ』

『……本当。私、じつは?自信、持ち? なのかも』

 思わず口に出し、しまったという顔をしたリカルィデに、佐野は目を丸くすると笑いをこぼす。

 目を見開いてその佐野を見ていたリカルィデは、ほっとしたように『それを言うなら、自信家だよ』と笑った。

『あら、あなたもミヤベと一緒、お化粧嫌い? もったいない。こんなに「かわいい」のに』

『え、あ、いや…』

『ねえ、せっかくだから、ちょっとやらせて、ね、お願い。「かわいい」ものを、さらにそうするのが、私の、ええと、使命?なの』

『え、ええええと、』

 リカルィデは佐野に先入観、それも悪感情を持っているようだったから、顔を赤くしたリカルィデと佐野のやり取りに、郁は胸をなでおろした。


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