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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第22章 同胞 ―コントゥシャ大神殿―
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22-9.寺下

 シハラにようやく室内に入れてもらえた江間とシャツェランは、香草茶のカップを握りしめ、冷え切った手を温めている。

『となると、あっちの国の宰相と女王の伯母の嫁ぎ先の対立に巻き込まれて、宰相派の寺下は積極的に佐野の処刑を煽った……あいつらそういう揉める方するタイプだっけ?』

 シャツェランから佐野のバルドゥーバでの経緯を聞き終わった江間が、首をひねった。

『アヤはどう?』

 シハラの緑の強いはしばみ色の目が、こちらを向いて、郁は肩をすくめた。

『寺下さんは佐野さんみたいなタイプが嫌いなんだろうな、と思ったことはある』

『そうなのか?』

『ついでに言うと、江間も嫌われていた』

『あー……』

『正確に言うと、怯えられていた、かな。ちなみに、私は佐野さんどころじゃなく、嫌われていたと思う』

『お前も?』

 再度首を傾げた江間に対し、シャツェランは鼻を鳴らしながら、椅子の背もたれにもたれかかった。

『殿下は納得していらっしゃるようね』

『まあな。ひどく自尊心の強い女だった――実力に不釣り合いに』

 シハラの問いに、シャツェランは『身の程知らずとも言う』と皮肉に笑った。

『殿下に対しては、どんな――』

『シャツェランでいい。アヤに殿下などと呼ばれると、全身が痒くなる』

『……寺下さんは、どんな風に接してきた?』

 全員にじっと見られた気がした郁が、とっさに彼の名を呼ぶことを回避すれば、江間はテーブルに肘をつき、そこに顎を乗せて横目で郁を見る。

『媚びてきた』

 シャツェランの答えにその光景がありありと見えた気がして、郁はげんなりとした。


『ミヤベはフュバル、サノよりその人の方が苦手?』

 言い当てられて、内心ぎょっとしながらリカルィデを見る。

『そうなのか? お前に絡むのは、いつも寺下以外じゃなかったっけ? 寺下は一緒にいて、止めるわけでもなかったけど、積極的にってわけでもなかっただろ』

『そういう人間の方が鬱陶しい』

 不思議そうな顔をした江間にも、切って捨てたシャツェランにも、きっと理解できない。

 能力に恵まれ、容姿に恵まれ、環境に恵まれ、性格もよく、努力することもできる彼らは、陽のど真ん中、例えるなら、正午に南中した太陽の真下で生きてきた人間だ。傾いた日の光を受けて生まれる長い影と一緒に生きてきたわけじゃない。

 こういう時、遠い、と思う。

「……」

 苦笑して視線を伏せた郁の手を、大きな手が包んだ。

『話せ。理解したい』

 江間に真剣に顔を覗き込まれて、息を止めた。

『理解する必要があるとは、別に思えないけど……』

 無視してくれていいんだけど、と思いながら発した言葉の続きを、律儀に待つ江間の様子に、

(本当に馬鹿真面目。誰だ、彼がチャラいなんて思っていたのは)

と思わず笑いを零す。


『寺下さんは良心じゃなくて、自分の有利不利に基づいて行動する人だと思う』

『つまり……自分が有利な状況、相手であれば、逆に一切の配慮をしない?』

 きっと佐野や菊田なら、逆の立場にいたとしても寺下を処刑しようとまではしなかったのではないか、と郁は頷いた。

『であれば、テラシタは有利だった自分の立場が、サノと女王の従弟の結婚により脅かされることを恐れた。なのに、処刑に失敗。事態を収拾しようとして、“稀人らしき者”を保護したという神殿に押しかけてこようとしている、というところか』

 シャツェランは嫌気を隠さず吐き捨てると、手にしていたコップを置き、テーブル上の香草茶の茶皿に手を伸ばす。

「あつっ」

『おっと、すまない、エマ』

 中の茶が、郁の手を握っていた江間の手にかかった。

 睨む江間にシャツェランはにこりと笑い、『アヤは大丈夫か?』と訊ねるが、郁は『平気』と言いながら江間の手をとって、真剣にその状態を確認する。三者三様の顔にシハラが人の悪い笑みを漏らし、リカルィデがため息をついた。


『さて、そろそろ最初の話に戻っていいかしら?』

『ミヤベをテラシタに会わせようという話なら、ごめん、反対』

 シハラの言葉に、リカルィデはおずおずと声をあげた。

『惑いの森で二人だけ別行動になった理由を考えたら、テラシタだけじゃなくて、キクタという人にもサノにもミヤベに関わってほしくない』

『俺も同じ意見だ』

『アヤ、あなた、彼女たちと揉めたの?』

 リカルィデと彼女に同意を示した江間に対して、シャツェランは眉根を寄せ、シハラは郁に直球で質問して来た。

『まあ、あまりうまくはいっていなかったかな。けど、彼女たちだけが悪いという話ではな――』

『気が合わない、お互い様とかいうレベルじゃない。悪気があろうとなかろうと、あいつらは限度を超えた』

 吐き捨てるように切り捨てた江間に、リカルィデが渋面のまま頷いた。

『特にテラシタは、ミヤベを、その、下に見ていた、ということでしょ? 絶対に会わせたくない』

『どういうことだ? アヤがあれより下?』

『……元をたどればお前のせいじゃないのか?』

『はあ?』

『――江間、話をややこしくしない』

 言い合いになりそうなのを無理やり遮ると、郁はふとシャツェランを眺めた。

『その件、佳乃が絡むことなんだけど、またの機会でいいから、話を聞かせてくれない?』

『は? ヨシノ?』

『時間のある時でいいから、シャツェラン、お願い』

『……わかった、約束、する』

 目を丸くし、郁を凝視したまま、シャツェランが頷いた。

『ありが――』

『話、進めるんだろ』

 礼を言うために開いた口を江間に塞がれて、話に引き戻される。


『――シハラ、会えとは言ったが、話せとは言ってないよな?』

『……だね』

『そうねえ、理解が早くて助かるわ』

 江間と郁がそろってシハラを見れば、彼女は茶目っ気を含めて肩をすくめた。江間は眉根をきつく寄せる。


「……江間、このままだと佐野さんはいずれ殺される」

「それを防ぐために、お前が危険に晒されるのを許容しろって?」

(ああ、本当にいい奴だ……)

 ひどくつらそうな顔を見せた江間に思わず微笑む。握りしめられた彼の拳を両手で取って包み込んだ。

「昨日も言ったように、今の状況を見たら見捨てたのは彼女じゃなくて、私の方じゃない?」

「ただ置き去りにしただけなら、そう言えるかもな。でも、違うだろ、イェリカ・ローダを前に、助けようとしたお前を囮にして、自分たちだけ逃げた奴らだ」

「そこまで深く考えてやるような子じゃないって、本当は知ってるでしょう?」

「……それでも、あんな思いはもうごめんだ」

 本気で言ってくれているのは知っている。でも、ここで頷いて、もし佐野が傷つけば、それはそれで彼は苦しむだろう。それはさせたくない。

「実際生き残ってるし、今後は彼女たちのやりたい放題を許すこともしない。何より、分の悪い勝負をする気はもうない。そう約束した」

 向けられる悪意を放置しないということ、そして、江間を大事にするということ――。

 筋張った彼の拳を撫でながらそう伝えれば、江間は唇を引き結び、「ここでそんな風に使うか……」と天を仰いだ。

「福地はどうせそろそろ気付く、か……」

「うん、だから、寺下さんからこっちに都合のいい情報を入れよう。さっきのシャツェランの話によれば、福地は女王派にいて、かなりの権力を持っている。それでも彼は佐野さんの処刑を止めなかった――利益が上回るなら、他者の命を犠牲にすることも厭わない人だ。私たちもいずれそういう扱いを受ける可能性がある」

「…………わかった」

 不承不承という顔ではあったが、江間が頷いた。


 シハラへと寺下との面会について了承を告げた。頷き返したシハラは、次にシャツェランに声をかける。

『殿下にもご協力いただければ、と』

『いいだろう』

 皆を見比べ、『どういうこと? ミヤベは大丈夫なの……?』と不安そうに呟いたリカルィデの頭を、郁はすかさず撫でた。

『リカルィデの、寺下さんが私を見下しているという理解は正しい。違うのは、だから避けるんじゃなくて、それを逆手にとろうということなの』

 そして、『問題は私にそれが可能かって話なんだけどね……』と言いながら、と遠い目をした。

『できるだけ話さずに、となると外見勝負になる――取り立てて不美人だとは思わないが、特に特徴もないからな。髪も短いし、何より地味だ』

 シャツェランの言葉はあたっている。あたっているが……。

「……」

 なんとなく江間を見れば、目が泳いだ。もちろん自分でも自覚がある。あるのだが……。

『――情けをかけて、部屋に入れた私が馬鹿だったわ』

 やりとりを見守っていたシハラが、嫣然と、だが、目だけはまったく笑っていない顔で指さしたのは――窓。

「……」

(……出て行け、と? しかも、窓から……?)

 流石に呆然とした郁の前で、リカルィデが立ち上がり、窓を開け放った。冷たい風が流れ込んでくる。

『ええと、もうすぐ登の九刻ですし、どうぞ』

 はにかんだ彼女の顔を、シャツェランと江間が信じられないものを見る目つきで見ている。


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