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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第22章 同胞 ―コントゥシャ大神殿―
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22-4.そっくり(リカルィデ)

「……口説かれたわけだ」

「話、ちゃんと聞いていたか……?」

 窓枠を挟んで、地の底を這うような低い声と鋭い視線で江間が宮部を睨み、宮部が馬鹿を見るような冷たい目と声で応じた。

『……』

 発端を作ったリカルィデは、シハラの棟の部屋でしゃっくりをあげながら、強く後悔する。

「差し出せと言われたんだろう」

「差し出す気はあるかと聞かれただけだ」

 押し殺した声に、切り捨てるような声が応じる。

「欲しがってなきゃ、言わねえだろうが……っ」

「最初に江間とリカルィデについても、どちらがいいかと聞かれている。弱みを握って、私たちのうち、最低でも一人を確実に押さえたいんだろう」

 苛つきに耐えかねたのか、江間の語気が強まった。が、宮部は変わらない。


(一緒に三人で笑って……ああいうほうがいいのに)

 朝のやり取りで宮部とリカルィデに抱きつかれた江間がすごく幸せそうだったこと、宮部も珍しいくらい嬉しそうだったことを思い出して、リカルィデは香草茶のカップに顔を伏せる。

「……ひ、っく」

 もう何度目だろうという、江間と宮部の言い合いを前に、リカルィデはまたしゃっくりを漏らした。

 自分は、多分江間が言うところの「ハンコウキ」だけど、それでも江間と宮部と一緒にいたいと思う。できれば仲良く。


「それで? なんて答えた、俺とリカルィデの代わりにって言われて」

「答える前にリカルィデが怒って泣いた」

「な、泣いてない!」

 顔を真っ赤にして否定したが、二人ともリカルィデを見ない。

「はぐらかすな。どう答えるつもりだったのかと聞いている」

 江間の顔から怒りは消えていた。真剣そのもので、抗議しようと思っていたリカルィデは、張り詰めた空気に口を噤んだ。

「……断るに決まっている」

 宮部の答えには不自然な間があった。やっぱり、と思ったリカルィデと同じように感じたのだろう、江間が顔を歪める。


 開け放した窓から冷たい空気が流れ込んできて、リカルィデは身を震わせた。

 外にいる江間はなお寒いのだと思う。空を仰いで大きく息を吐き出した瞬間、空気が白く濁った。首に巻かれたマフラーから見える顎と首の線、喉仏がひどく目につく。

 横に立っている郁の顎と首の細さと、差が際立って見えた。


「宮部、お前、シハラから得た情報で、俺に話していないことがあるだろう」

 沈黙を破った江間の声は、何かをはらんで爆発しそうな響きを持っている。

「……さあ?」

「言わないことはある、か?」

「嘘のほうかもよ」

 その江間を見る宮部の顔からは感情がそぎ落とされていて、何も見えない。

「江間、私も聞く――王弟から何かつかんだだろう」

「……どうかな」

 江間も平坦に答えた。

「言わないことというやつ?」

「言えないことのほうかもな」

 二人は静かに見つめ合う。

 なぜかは分からないけれど、二人とももう怒っている感じではなくなっていた。


「性質わりぃな、マジで」

「何をいまさら。嘘を吐くと言い切っている分、私の方が性格が悪いし、有利だ」

 半眼でため息を吐いた江間に宮部は乾いた笑いを零し、視線を伏せた。江間はその宮部から目を逸らさない。

「まあ、嘘の有無に関わらず、元々俺の方が不利だからな――惚れてる方が弱いって言うだろ?」

 しれっと言った江間に、宮部は固まったかと思うと、見る間に上気していく。そして、真っ赤になったまま、江間を睨んだ。

「江間のそういうところ、嫌い」

「つまり他の部分は好きってわけだ」

 嫌いと言われたのに、江間はその宮部に余裕で笑った。

 その顔を見て、リカルィデは思わず「……心配して損した」と呟く。

「無駄にポジティブでムカつく」

「お前が無駄にネガティブすぎるんだ」

 拗ねながら怒るなんていう宮部の表情はすごく珍しくて、ちょっとかわいい。江間もしれっとした顔を繕っているけど、多分同じことを考えているのだろう。


『……』

 二人とも何か隠し事があるらしい。そして、お互いそれを知っていて、お互い知られていると知っている。なのに、それ以上踏み込まない。踏み込まないのに、お互いが大事なのは、変わらないらしい。

 リカルィデはため息をついた。

 江間と宮部のこういうやり取りを見るたびに、ついていけない、と思ってしまう。

 前、宮部が「ハンコウキ」は大人になる準備の期間だと言っていた。まだ大人かどうか微妙な彼らにすらついていけない自分は、ちゃんと大人になれるのだろうか?


「で、お前は、王弟に素性がばれたかもって?」

「う」

 実際、絶対に隠せと言われていたのに、大神官長たちもそう仕組んでくれたっぽいのに、他ならぬ自分がアーシャルだとばれるような行動をしてしまったし。

「ごめん、なさい。サチコの話をしていて、その、どんな人だったか、殿下が聞かせてくれて、その時の反応で、多分……」

 情けなくて小さくなりながら言えば、江間と宮部は顔を見合わせて息を吐き出した。

「っ、本当にごめん……っ」

「違う違う、そりゃ仕方ないってため息だ、今のは」

「嬉しかったでしょう、彼女のことを一緒に話せる人がいて。私たちはサチコさん、知らないものね」

『……っ』

「私もシハラと祖父のことを話せて嬉しかったから」

と宮部が苦笑してくれて、リカルィデはまた泣きそうになった。


「宮部はどう見る?」

「とりあえず私に対してそこには触れてこなかったから、今すぐばらしてどうこうというふうには考えていないと思う。ただ……」

「場合によっては、利用してくるかもしれない、か……。俺かリカルィデか選ぶなら、と言ってきたあたり、リカルィデの素性を盾に俺たちを思い通りに動かすという選択肢があることを、少なくとも認識しているんだろうしな」

「……あの人、そんなに悪い人には思えないよ? サチコのことがあるからじゃなくて、その、なんとなく、だけど」

 おずおずと口を挟む。

 リカルィデが泣きながら抗議した時、彼は唖然としていたし、微妙なニュアンスではあったけど、一応謝ってもくれた。

「あいつが悪い奴じゃないというのは、良く知ってる」

 宮部が困ったように眉を寄せる横で、江間が苦笑し、リカルィデの頭に手を置いた。

「でもな、リカルィデ、彼は“王”だ。個人としての善悪や感情を殺して動くことを要求される立場にいて、それに応えることができる人間なんだよ。必要であれば、他人を道具として扱うこともできる」

「……うん」

(エマもミヤベと同じようなことを言う……)

 気遣うかのような江間の諭しに、リカルィデは一応頷いた。

 それでも王弟は、リカルィデがアーシャルだったことを、ばらさないような気がしてならない。彼はリカルィデのというより、宮部の嫌がることをしない気がするのだ。


「言い忘れていたけど、リカルィデ、ありがとう」

『?』

「私のために怒ってくれたでしょう? そんな選択を迫るなって。嬉しかった」

「……別に。自分か、エマとミヤベか選べって言われたら、私も嫌だと思っただけ」

 顔全体を柔らかく綻ばせて笑う宮部から、リカルィデはそっぽを向く。宮部のこういうところにいつも調子を狂わされる。

「俺からも礼を言う」

「なんでエマまで」

「俺やリカルィデのために、宮部が犠牲になるなんて、死んでもごめんだからな」

 息を止めた後、微妙に顔を背けた宮部を目で捉えて、江間はため息をついた。そして、苦笑に愛しくて仕方がないという表情を混ぜて微笑む。

『……』

(今の、そっくりだ……)

 『また明日な。約束する』と言いながら、宮部を見た時の王弟の顔と――

「……するな」

「その顔、リカルィデと同じだ。お前ら、ほんと似てきたな」

 呆然とするリカルィデの前で、江間が宮部の頭をぐしゃぐしゃと撫でれば、宮部が子供のような顔でむっとする。

 吹き出した江間に釣られるように、宮部も小さく笑顔を零した。


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