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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第2章 邂逅 ―惑いの森―
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2-5.同郷人

『……お、お、そこなる、は、稀人か? 既、に見つけたとは――』

 動揺を必死で押さえつけるが声が震えた。隣の江間が自分と福地たちへと忙しなく意識を往復させているのを感じて、郁はゆるい袖の下で拳を握り締めると、祈るような気持ちで彼へと目を向けた。

(しくじった、それも最大級のしくじりだ。よりによって福地たちがいるのに、こちらの言葉を話してしまった。ああ、それより問題は江間だ――)

「……」

 だが、視線を交えた江間は一瞬目を見張っただけで、開きかけていた口をつぐんだ。が、厳しい顔に変わりはない。心臓が痛いほどのスピードで鼓動し続けている。


『いただいた情報通り、コクラミの洞窟におりました。喜ばしいことに四人』

「っ」

 目の前から響いた声に郁はびくりと体を震わすと、慌てて先頭のトカゲの上に意識を戻した。そこでこちらを見下ろしている男に、こちらをいぶかしがる様子がないことを確認して、郁はまたひとつ動揺を飲み込む。


『此度の客人はずいぶんと素直でして……あれこれ差し出したれば、ご覧のとおりです。そちらの助力などお願いするに及ばなかったようで』

 リーダーと思しき男は郁らに向かって露骨な優越を見せた後、皮肉な視線を後方の福地ら四人に投げた。

 つられて郁は、ゼミ仲間たちへとフードの下から視線を走らせる。綺麗なこちらの様式の服に着替え、宝飾品を身につけた彼らは、安心と信頼をバルドゥーバ兵に見せていた。


「彼らは? ええと、同じ国の人でしょうか? 仲間というか、その……あーくそ、概念を身振りで説明するというのは難しいな……」

 福地が同じトカゲに乗る兵士に身振り手振りで、何かを話しかけている。

「どう?」

「こっちの人みたいです……」

 バルドゥーバ兵の背後から身を乗り出して郁たちを見ていた佐野が肩を落とし、沈黙が下りた。寺下がそれに耐えかねたように、「やっぱりもう二人とも……」と呟くと、菊田が「わ、私のせいじゃないわ、悪いのは化け物でしょ、宮部さんだってちゃんと逃げればよかったんじゃないっ、彼女のせいで江間君まで……っ」と叫び、ぎゅっと眉根を寄せた佐野が顔を両手で覆った。


(――大丈夫、あっちもまだ気づいていない)

 福地たちの言葉がわからないこともあるのだろう、上機嫌のバルドゥーバ兵の説明は続く。

『もっとも元は六人だったようです。二人ほどイェリカ・ローダにやられたようで……地の利を生かしてそちらがもう少し素早くに動いてくだされば、稀人を二人も失うことはなかったはずですがな』

 これは思惑通りだ。自分たちは死んだことにされた、と郁は息を吐く。

『……それも神のご意思であろう』

 その上でもっともらしい言葉を選んでみたが、それでいいかどうかの確信は当然郁にもなかった。

 大学で言語学を教えていた母方の祖母、桜子の趣味で、郁のディケセル語の発音は直されているはずだが、郁がディケセル語で話したことがあるディケセル人は、祖父とシャツェランだけだ。正直会話が続いていることが信じられない。


 郁はフードの下からもう一度福地の顔を見、続いて他の三人の顔を見た。憂いや疲れはあるものの、どの顔にも安堵がまざっている。

 見知らぬ世界で化け物と飢えに怯えていたところに人に出会い、言葉が通じないまでも親切にされて、文明の香りに触れたのだ。そして今のところ大切に保護されている。


(どうすべきなんだろう……)

 郁は唇を噛む。

 郁の知識ではバルドゥーバに行くより、ディケセルのほうがましなはずだった。だが、情勢は郁の知っている頃から、既に変わっているようだ。自国の王子が他国の手駒にされているディケセルが、バルドゥーバよりましだとなぜ言える?

「……」

 ちらりと横を見れば、江間の口元は引き結ばれていた。

(江間は? 私は……どうすべき?)

 額にじっとりと汗がにじんでくる。


『それよりアーシャル殿下はどこに? 応接使に選ばれたと聞いているが……そういえば、先ほど貴殿らは我らから遠ざかろうとなさっていたようですが』

『……殿下は様子を見に、先にコクラミの洞窟へと向かわれた……ゼイギャク、と共に。我らは貴殿らを』

 不審を滲ませたバルドゥーバ兵をどうかわすかという郁のさらなる焦燥は、一か八かでゼイギャクの名を出した瞬間、杞憂に変じた。郁の言葉を皆まで聞くことなく、バルドゥーバ兵は顔色を変え、他の者たちの間には露骨な動揺が広がる。

(ゼイギャクはあのゼイギャクだ、シャツェランのスオッキの師、ディケセルの英雄――)

 そう確信しながら、郁は浅い呼吸を繰り返す。額からつっと汗が滴り落ちた。


『稀人を捕らえたのであれば、貴殿らはこのまま国に戻られよ。殿下には私から報告しておく』

(――とりあえずいなくなってくれ)

 焦りのあまり早口になりそうなのを必死で抑え、祈るような気持ちで郁は言葉を紡ぐ。


 このままバルドゥーバ兵と共に過ごせば、自分たちが神官でないことはすぐにでもばれるだろう。同時に、福地たちによって、稀人だということもばれる。

 江間はそれで構わないかもしれないが、言葉を話してしまった郁は“半”稀人だと知られてしまう。それはどうしても避けたい。

 こちらの人間でもあちらの人間でもない、そういう半端者を“人”がどう扱うか、それぐらいはわかっている。

(江間がバルドゥーバ行きを望んで、ここで自分たちが福地たち同様、向こうの人間だとばらせば――)

 指先が震え出した。


『その様子ではアーシャル殿下に関する指示は、お聞きになっていないのかな?』

「っ」

 新たな疑念を含んだバルドゥーバ兵の声音に心臓が縮んだ。トカゲの上の彼を見上げれば、歪んだ笑いを見せている。

『タジボーク神の御許に、と女王陛下がご所望だ』


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