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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第20章 土蟲 ―ディケセル国―
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20-14.一族の者(オルゲィ)

――土蟲について――


外形: 色は概ね灰から茶、個体差あり。体は頭部と腹部に分かれる。頭部にある口は鎌に似た形状で、そのすぐ脇から生えた二本の足の先は、鋸歯のあるスコップ状をしている。触覚の痕跡あり。腹部は頭部の三倍ほどの長さで、足が六本生えている。

 上記の身体的特徴を共通としつつ、下記の異なる特徴を持つ、二形態あり。一つは長さ二ケケル、子供の小指ほどの太さで、翅は退化している。もう一つは長さ三ケケル、平均的成人の親指ほどの太さであり、腹部の背中部分に未成熟の翅がある。なお、成長に伴って、この翅は発達し、初夏ごろ飛翔可能となる。


生態: シガの収穫後、秋口に土中にて卵から孵化、収穫漏れしたシガなど植物の根を食べて成長する。成体は、植え付けが始まる春に卵を産んだ後死に、シガの成長において栄養分となる。地上に出した場合、動きは遅く、日光を嫌って、すぐに土中に潜ろうとする。

 ただし、前述の親指サイズの翅有タイプは、卵を産んだ後死なず、シガを始め、多くの植物の根を喰いつつ、夜間に地上に出て飛翔・拡散、飢饉へと直結するものとみられる。よって、防除対象とする。なお、夜間に移動するのは、このタイプが太陽光に対してより弱く、日に晒された場合に衰弱、最終的に死に至るためと推測される。


防除: シガなどの畑の土壌を掘り返し、サイズの大きい土蟲が出る土地を集中的に調査するものとする。

 大きいものは必ず殺すこと。小さい方は基本放置してもかまわないが、数が多い場合は減らすこと。殺した大きい土蟲の死骸は、必ず火で焼くこと。

 防除の方法として、以下に有効とみられる手法を記す。土中の土蟲を手作業で取り除く他、土の上に、植物の根や不要なシガなどを置き、夜中に出てきた土蟲を夜明け前に取り除く。掘り返した土を、石畳などの上に広げ、太陽光にさらす手段も有効。

 なお、小さい方は食用可、大きい方は食用不可。


機密事項一:

 大きいものは月聖石により死ぬが、有効範囲が狭いため、防除には用いられない。


機密事項二:

 大きいものの発生は、惑いの森からの距離と強い関係があるため、かの森に近い地域を重点的に調査・防除の対象とすること。


――――――――――



 メゼル城の内務処長室。人払いした部屋の中央で、息子アムルゼからの土蟲に関する公信を読み返し、頭に叩き込んだオルゲィは、暖を取る目的で焚かれている火鉢に寄り、その手紙を火にくべた。

 紙がめらめらと炎を上げ、灰と化していく様を見守った後、執務机に戻り、ガラスでできたペンを手にする。

 領内の各地の他、シャツェランが大領主を務める地域を中心に、親交ある領主たちへ早急に連絡しなくてはならない。


『……』

 ペン先を紙の繊維の粗に引っ掛けないよう、慎重に力を加減しながら、オルゲィは眉の間に、娘が見つける度に怒る深い皺を寄せる。

 手紙には衝撃的な内容があったが、今はそれを憂えるより何より、一刻も早くなすべきことがある。

(シガの植え付け、そして土蟲が本格的に動き出すまで、二か月というところか。連絡が行き渡った後、対策にかけられる時間は一か月程度。できれば、さらに半月分の時間を確保したい……)

 是が非でも、領内各地方に置いている軍の人員を借りなくてはならない。後で、キッソニー将軍に助力を請うことにする。


 命令書の原紙とする文書を書きながら、公信と同時に届いた、息子の私信を思い返す。

 土蟲に関して得られた情報は、すべて江間と宮部、そしてリカルィデによるものであること。彼らは大きい土蟲をイェリカ・ローダの一種で、惑いの森と関連があるのではないかと疑っていること。調査を続け、得られた知見をイェリカ・ローダの馴化を行っているバルドゥーバへの対抗策とするつもりだということ。

 江間と宮部については相変わらず測れないが、リカルィデの受けた教育のレベルはアムルゼと比肩、もしくは上を行くのではないかということ。

 宮部の持つ、月聖石とその留め具を確認したこと。留め具の飾り紋様がオルゲィのものと同じリィアーレ家の紋章であること――。


(惑いの森に近い領地、都市、村……)

 機密事項をのぞいて、命令書の原紙のうち一種を書き終えると、オルゲィは頭の中にディケセル国及びメゼルディセル領の地図を思い描き、配布対象の地域を別紙に羅列する。

 ペンを置き、手元のベルを鳴らすと、正式な内務処官となったタグィロが姿を現した。

『この文書を写し、こちらの地域に急使で届けてくれ。一刻も早く対処するよう、使者に口頭でも伝えさせるように。それから、キッソニー将軍に面会を申し入れてくれ』

 続いて、同様の文書をあと三種用意するから、また後で取りに来るよう、タグィロに伝える。


(そういえば……)

 オルゲィは、踵を返した紫髪の内務処官をふと呼び止めた。

『ミヤベは元気だそうだ。まだリバルには着いていないが』

 そういえば、彼は彼女と仲が良かった、リバル行きについてよく相談していたと思い出して、そう口にしたオルゲィに、タグィロは頬を染めた。

『お聞きできて、よかったです』

 そして、そう言うと、慌ただしく出て行った。


 再び静寂が戻り、オルゲィは塗料入れに刺していたガラスペンを取る。

(今頃は大神殿だろうか……)

 次の文書を書きながら、オルゲィは幼い頃見た、自分の叔父の顔を脳裏に浮かべた。もうぼんやりとしか思い出せないが、自分や父と同じ色の瞳をしていた。

 その横に、宮部の顔を思い描いて並べてみる。

 どちらも印象的なのは、理知と意思がうかがえる、あの目だ。

 共通点はまだある。あまり表情が動かないのに、よく見ていると、微かに目元だけを動かし、内心を伝えてくること。

 そして、自分の義務、いや、すべきことに忠実であろうとすること――叔父だけでなく、彼もまたリィアーレの人間ということだろう。


 もう五十年ほどになる。ある日、慕っていた叔父が消え、それまでの暮らしがひどく裕福で、平和なものだったと知った。親しく付き合っていた人々、敬意と信愛を示してくれていた人々から、石を投げられるようになり、原因とされた叔父を恨んだこともあった。

 そんなオルゲィに、父が彼の弟でもあるコトゥド・リィアーレについて、一度だけ語ったことがある。『私は彼を恥じたことはない。あれは信じるに足る男だ』と。

 今、宮部が会おうとしている、オルゲィの父の姉、シハラ・リィアーレもそれは同じだった。

 あの時、叔父に何が起きたのか、事実はオルゲィには分からない。だが、不遇を嘆きたくなり、怨嗟を覚えるたびに、父と伯母の言葉、そして、駆け寄る度に自分の両脇に手を入れて、天へと高く掲げてくれた叔父を思い出した。


 彼が消えてから長い月日を経て現れた、その彼の忘れ形見である宮部は、彼の故国ディケセルで誰かを救おうと病と向き合い、鉄や農具を作り、飢饉の元を除き、新たな食物を探している。

 宮部が我が一族への侮辱に対してひどく敏感だと最初に気づいたのは、オルゲィの長男のアムルゼだった。江間はそのことを知っていて、彼が怒りを表す前に介入していると、次男のエナシャの話から推測している。

 妻のサハリーダからは、昔話をした時彼にひどく辛そうな顔をされた、と苦笑とともに聞かされた。

 食料司のセゼンジュも、『別に慣れっこなのに、目の前でボルバナと大喧嘩された。頭いいくせに、馬鹿だぞ、あいつ』と呆れ笑いを零していた。

 きっと叔父は“行った先”で、苦労したのだろう。だからこそ残されたリィアーレたちの苦労についても、宮部は共感して怒るのだ。

 もう気にせずとも良いのに、と思う一方で、叔父が残した彼がそのような人物であることを好ましく思う。


 その宮部は、ひどく流暢なディケセル語を話すのに、稀人の江間とも会話ができる。その事実が示すのは、叔父コトゥドがマトゥーアンヌ王女殿下を“攫って逃げた”先だ。

『……』

 ディケセル王族について調べていた父が、死の間際に話してくれた、彼らと向こうの世界との繋がりについて思い返し、オルゲィは眉根を寄せた。

 オルゲィの主君でもあるディケセル王弟が、宮部に対し、旧知であるかのようにふるまう理由――何の証拠もないが、宮部は際立って特殊な存在である可能性がある。


 その宮部が一体何を狙っているのか、オルゲィには心当たりがある。

 だが、それを口にしていいのか口を噤むべきなのか、見逃すべきなのか阻止すべきなのか、判断できない。

 主君を、メゼルディセルを思えば……? 彼を、叔父を思えば……?

 コトゥド・リィアーレの姉であり、コントゥシャ大神殿の第二の位にある大神官シハラは、一体彼をどう扱うのだろう……?


 オルゲィは静かにペンを置く。そして再度、ベルを鳴らした。


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