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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第19章 戸惑い ―メゼル―
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19-5.“助けて”(江間)

 不機嫌を露に、長椅子の背もたれに身を預けた江間に、ヒュリェルが呆れのため息をはいた。

『エマ、あんたさ、ミヤベが殿下を褒めたり、話したりしただけで、そんだけ不機嫌になるのに、なんだってあんたはミヤベの前で他の女を褒めるんだい?』

 冷たい目で、『女も含めて人と話しまくるってのは、生まれつきだろうし、仕方ないにしてもさ』とヒュリェルに言われて、江間は目を瞬かせた。なんとなくリカルィデを見れば、彼女にも白い目を向けられる。

『しかもミヤベのことは、ミヤベには褒めないんだよ。性格悪いとか、可愛くないとかは、言うくせに』

『そんなことは、』

『――あるでしょ。さっきだってそうじゃん』

『あるね。その上、そのミヤベの前で、他の女を愛想がいいとか、小柄でかわいいとか……言葉のチョイスも最悪だね』

『……かわいいとは言ってない』

『言ったも同然じゃないか』

『だね』

『……愛想も背も関係なく、宮部こそ、その、かわいい、だろ』

『本人にお言い』

『言わなきゃ伝わらないって、いっつも私に言うくせに』

『……』

『せっかくお揃いの腕輪ができるようになっても、これじゃあねえ』

『ミヤベがそっけなくなったの、原因は絶対にエマにあると思う』

『……』

(もうぐうの音も出ない……)

 江間は腕をテーブルの上に組むと、その上に突っ伏す。そして、目の前の腕輪に額を押しあてた。


『ねえ、エマ』

 ヒュリェルの声に、からかいがなくなったことを感じて、江間は顔をあげた。

『あんたたち、探られてるよ』

 青い髪の間からのぞく、深い茶色の瞳。普段陽気な色を湛えていることの多いそこには、心配の色がある。面倒見が良くて、思いやりがあって、思慮深い、優しい人だ。


 流行り病が猛威を振るっていた頃だ。

 生ものを喰うな、生水を飲むなと言いながら、せっけんと経口補水液を配っていた時に、三人は殺気だったギャプフの村人たちに取り囲まれた。

 説得を続ける江間と、経口補水液こそ病の原因じゃないのかと詰め寄る村人の前で、宮部はそれを一気飲みし、『私が死ぬかどうか、三日後に見に来い。その時までにお前たちと家族のほうが、死なないことを祈っておけ』と啖呵を切った。

『いいねえ、それ、私にくれるかい?』

 その宮部に大笑いし、声をかけてきたのが、ヒュリェルだった。

『わたしゃ、その子らを信じるよ。だって、その子ら、馬鹿だもん。どこぞの神さまを信じろとか金をよこせとか言わないし、それを配ったっていいことなんか、なんもないのに、なんでだか必死じゃないか。なんたって病人の世話までしてるってのに、その子ら、ちゃんと無事だろ』

 停滞していた状況が動き出したのは、そこからだ。面倒見のいい、やり手商店主のヒュリェルがそういうのなら、と人々が少しずつ江間達の説得を受け入れていってくれた。


『……姉さんは知ってただろ?』

『なんだ、それも知ってたのかい』

 つまらないねえ、と苦笑するヒュリェルの顔を、江間は眩しいものを見るような目で見つめた。

 青髪と青い眉、青い睫毛は、自分たちには馴染みのないもので、異世界の人間であることを感じさせる。けれど、その顔にいつも親しみを持つ。年齢相応に目元と口元に刻まれた皺は、彼女のこれまで生き方を表している。優しさと強さの現れたその顔を、美しいと思う。

 ああいうふうに年を取っていきたい、いつだったか宮部がそう言っていたのに、江間も同意する。

『あんたたちはさ、どっか変わってるんだよ。良い奴らだってのは、分かってた。でもやっぱり違うんだ』

 そう静かに話すヒュリェルを、リカルィデが戸惑ったような、後ろめたいような顔で見つめる。

『そんな顔すんじゃないよ。人間一番大事なのは、ここなんだ。で、このヒュリェルさまがあんたらのここは、大丈夫って見極めたんだから』

 ヒュリェルはそのリカルィデに笑いかけ、握った拳で自分の胸をどんと叩いた。リカルィデが泣き笑いを零したのを見て、江間は微笑んだ。

『ありがとう、ヒュリェル姉さん』

『あー、やだやだ。あんたね、そんな顔で女に礼を言うんじゃないよ、取って食われちまうよ? そんなんだから、ミヤベに何言っても効かなくなるんだ』

と顔をしかめられて、江間も眉をひそめる。しばらくそうして見つめ合った後、同時に吹き出した。


『内務処長のリィアーレさまの方は、分かってるね?』

『そりゃそうだ。この店自体、オルゲィの提案で始まったことだしな。特に隠すこともないし』

『当たり前だよ、オルゲィさまってことは、あのご領主さまのご意向だよ。私らをバルドゥーバみたいなのから助けてくれるなら、あのお方だもの』

「……」

 ヒュリェルの断言に、江間は苦笑を零した。

 優秀で度量が大きく、王にふさわしいと思う一方で、実は結構わがままで子供っぽいところもあるシャツェランの顔を思い出す。

『今うろついてるのは、バルドゥーバだよ』

 それも知っている、とは言わず、江間はただ頷いた。

『ギャプフ村やキャンプでも、妙なのが色々嗅ぎまわってる。みんな適当に濁したり、嘘ついたりしてくれてるみたいだけどね』

『嘘?』

『みんなあんたらに助けられたって、恩を感じてるんだよ。双月教やバルドゥーバが嫌いってのも、もちろんあるし』

『でも、ギャプフの特にキャンプには、バルドゥーバ人も双月教徒も結構いたよね……』

 リカルィデの不安気な声に、ヒュリェルはにやっと笑った。

『ほとんどいなくなったよ。ミヤベにろっ骨を折られた双月教徒がいただろ? あの子が抜けてねえ、それをきっかけに皆辞めたり、キャンプから出たりしちまって、残ったのも居づらくなったのか消えちまった』

『抜けた……? なんでまた?』

『さあ? ミヤベになんか言われたって言ってたらしいよ。それで、その通りだと思ったって』

 首を傾げるヒュリェルと江間に、リカルィデが『あの人、抜けたんだ』と呟いた。

『ミヤベの考える“正しい”は神様とか関係ない、全部人がどうにかできること――ご飯をちゃんと食べられて、病気で家族を失ったり、人と争ったりしなくてよくて、笑い合っていられることだって。みんなそうあるべきだし、そうあってほしい、って言ったんだ』

 そして、『あの人もそうなるといいな』と晴れ晴れとした顔で笑った。

『……ミヤベ、愛想はないけど、ほんと、いい子なんだよねえ。あんな子がご領主さまのお妃さまになってくれたら……って、ただの冗談じゃないか』

『冗談でも聞き捨てにできない』

『あんた、嫉妬深くなったね…』

 そう呆れを零したヒュリェルは、傍らのゴーゴにくべてあったやかんを手に取り、香草茶の茶皿に新しい湯を注ぎ直した。

 リカルィデが江間と自分のカップをヒュリェルの手元に集めながら、『元々だよ』と何でもないことのように、後を受ける。

『勝手に言ってろ』

 江間は口を右へとへし曲げた。


 ヒュリェルは『話が逸れちまったね』と言いながら、新しい茶を差し出してきた。

『うちの周囲にも、あんたたちのことを聞きまわってるやつが、色々いる。うちにはオルゲィ内務処長がよこした子がいるから、多分内務処の方でも対策してくれてると思うけど、いずれは、あんたたちのこと、バルドゥーバに伝わると思っておきな』

『了解』

 その辺は想定済みだ。探りは入れてくるだろうが、福地の性格からして、多分すぐには動かない。俺たちが俺たちだと確信し、かつ自分にとっての利害を見極めてから、動き出すはずだという点で、江間と宮部の意見は一致している。


『で、本題なんだけど、一件だけ気になるのがあってね』

『気になる?』

 ヒュリェルの顔がひどく曇った。

『ギャプフの店に、洗衛石を作った人に会わせて欲しいって男の子が来たらしいんだ。元々はバルドゥーバの奴隷っぽくてね。砂漠を渡って山を越えて逃げて来たらしいんだけど、どうしようもなく弱ってて、結局死んじまったって話なんだけど…』

『砂漠と山を越えてギャプフ……ひょっとして、バハルのオアシスから? バルドゥーバ王の別荘があるけど、あそこからギャプフまで、一番近くても六十トケルはあるよ……? そもそもあの砂漠、コイゥニの首だらけで、まともに歩けないはずだし……』

 ヒュリェルは眉を跳ね上げ、呆れ半分、感心半分に『あんた、ほんと色々知ってるねえ』とリカルィデに呟いた。江間に『コィゥニの首ってのは、棘に毒のある植物のことだよ。触れただけで腫れあがって、刺さると死ぬこともあるんだ』と説明してくれる。

 それから沈んだ顔で首を横に振った。

『まだ十にもならない子だったらしいよ。よくあんな体で砂漠を渡れたもんだって、うちの子ら、みんな泣いてたからねえ』

 室内を沈鬱な空気が包んだ。

 自分たちを訪ねてきた? なぜ? と思うと同時に、子供が死んだという事実に、この場に宮部がいなくてよかった、と江間は眉根を寄せる。

『それで、その子がずっとうなされながら、言っていたんだって――キクタさまを助けてって』



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