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故地奇譚 ―嘘つきたちの異世界生存戦略―  作者: ユキノト
第19章 戸惑い ―メゼル―
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19-4.薫風堂

『いらっしゃい、ミヤベ。エマとリカルィデなら、女将さんと奥にいるよ』

 ヒュリェルの店『薫風堂』で店番をしている彼女は、ギャプフの村にいた時からのこの店の従業員だ。年の頃は三十くらいだろうか? 原材料の調達や職人との交渉、品質管理、買い付け、販売・接客、在庫管理――何でもこなす、ひどく有能なヒュリェルの右腕だ。

 その彼女に許可を得、郁は奥の応接室に向かった。

 ギャプフの村の店にはなかったその部屋は、領都メゼルで商売を始めるにあたって、オルゲィの妻、サハリーダから助言を受けて設けたらしい。身分の高い貴族や商人との商談が増えるだろうから、と。


 ノックの音に、ヒュリェルの返事があった。

『ひさしぶりだね、ミヤベ。なんか大変だったんだって? あんたらはいっつも騒がしいねえ』

 ドアを開けてすぐの遠慮のない物言いに、郁はくすりと笑いを漏らした。

 さっと部屋の中を確認する。

 一見して高価な調度品類は、確かオルゲィが用意させたもののはずだ。その中でも目立つのが、螺鈿のようにきらきら光る細工が四方に施されたテーブルと、そのセットの長椅子。 

 入り口の郁から見て右側の長椅子にヒュリェル、テーブルを挟んで左側に江間とリカルィデが座っていて、ほっとした。

 足を右に向ける。が、江間の横にいたリカルィデが立ち上がったことで、停止した。

『ミヤベ、交代』

「……」

(なんで)

『ヒュリェルにお揃いの腕輪、見せてあげて』

「……」

(別に、右側と左側、それぞれから見せてもよくない? 大体腕輪だもん、外せるし。というか、そもそも見せる必要、ある?)

 色々思うことはあるものの、笑顔のリカルィデだったり、その奥で観察するように自分を見ている江間だったり、おもしろそうなものを見る目つきのヒュリェルだったりを前に、郁は口を噤むと、無表情を保ったまま、足を左に向け直す。

 そして、不自然にならない限界の距離を目測でとり、江間の横に腰を下ろした。

「……」

 左手に江間の右手が触れて、心臓が跳ね上がる。ぐぃっとその腕を机の上に出され、同時に江間も自分の左手を寄せてきた。結局半身を抱き込まれるように距離が縮まってしまって、江間の香りが鼻腔に届いた。

 咄嗟に彼から意識を逸らす。

『どれどれ……ああ、いい月聖石だね。共振して光ってる。それに素敵なデザインじゃないか。やっぱりあの子、いいねえ。同じ通りに店を持つ者のよしみで、髪飾りの細工のデザイン、引き受けてくれないかねえ』

 腕輪についた、青と金に光る透明な石は、横に並んでほのかに光っている。

 ヒュリェルが“おそろい”の腕輪であることに、触れないでいてくれることに、郁は密かに息を吐き出す。

『だろ? お気に入りなんだ。あそこの店主のハジャキュさん、愛想良くて、客……なんだっけ?』

『客あしらいかい?』

『そう、それもうまかったし、俺たちが持ってた剣見て、さっと腕輪出してきてくれるあたり、気も効くよ。小柄で声も高くて、一瞬子供かと思っちまったけど、話したらすごく大人でさ』

 そう続けていく江間の話を聞きながら、郁は二つの腕輪をじっと見つめる。

 彼女は見た目もだが、中身も愛らしい人だった。同時に、自分の夢をかなえようと真摯に仕事に取り組んでいる大人の女性で、多くの人がそうであるように、江間の見た目で動揺することもなかった。

(実は真面目な江間には、ああいう人が似合うんじゃないかな。愛想もあるし……)

 そんなことをぼんやりと思う。

「いっ」

『? どうした?』

 江間の小さな呻き声に、慌てて会話に意識を戻す。

『なん、でもない……』

『ミヤベはその腕輪、気に入ってんのかい?』

『え、あ、うん。ハジャキュさんの自信作なんだって』

 作り手自らが大事に思う作品を勧めてもらえたことも含めて嬉しい。じゃあ、他に何が嬉しい? という問いが浮かんできたが、即消去して、気付かなかったことにする。

『彼女との仕事、私からもお勧めする』

『……変わんないねえ、あんたたち』

 変わったかと思ったのに、とヒュリェルはため息を吐いた。江間はテーブルの下に手をやり、足をさすっている。


『で、ミヤベ、あんたの城勤めはどうなんだい? 今度は大神殿に行くことになったんだって? リィアーレさまから洗衛石と好水布を納めるように言われて、こっちは大忙しだよ』

『どうも何もそんな感じとしか』

 我ながら確かに愛想がない、と肩をすくめながら、郁はリカルィデが淹れてくれた香草茶を口にする。

 最近は、薫風堂でもサッ茶を出すことが増えたと聞いている。ちらりと横を見れば、江間のカップの中に入っているのも香草茶のようで、郁は息を吐き出した。

『王弟殿下はどんな方なんだい? うちと付き合いのある貴族とかのお嬢さん方――坊ちゃんも時々いるね――は、みんな殿下に憧れがあるみたいだから。噂によると、凄まじい男前なんだろ? エマとどっちがいい男だい?』

『とても優秀で、領民にも気を配ってくださるお優しい方、と分類されないこともなくはないかもしれない。整っているのは確かだ。江間とどっちは好みによるとしか』

『……なんか引っかかる物言いしてるね。まあいいや、あんたの好みはどっちなのさ』

『さあ』

 ぼんやり答えながら、よすぎる見た目もめんどくさいのかもしれないな、と郁は香草茶の水面を見つめた。

 シャツェランのみならず江間も、注目されたい欲求が強いわけでも、ハーレム願望とやらがあるわけでもないようだ。となると、その気もないのに、やたらとその気がある人が寄ってくるのは、面倒だろう。江間なんてストーカーみたいなのがいっぱいいたし。

 でも、想う相手に想い返してもらえる確率が上がるという意味ではいいのかもしれない。

 が、郁の妹の佳乃のように、歪んでいっても、その見た目のせいで甘やかされて、正してもらえないこともあるかも。

(やっぱりろくなものじゃなさそうだ)

 郁は香草茶をさらに一口口に含む。

『さあってあんたねえ……』

『敢えて言うなら、どっちもいい性格をしている』

『……お前にだけは、言われたくねえよ』

と横から響いて、郁はまた肩をすくめた。


『殿下はまだ独身でいらっしゃるんだろ? 同性愛者なのかい? なんかエマと噂になってるって聞いたけど』

『マジか』

 呻く江間を横目で見た後、『異性愛者。結婚するなら一人だって。世継ぎの問題に関わるから、慎重なんじゃない?』とヒュリェルに返す。

『……なんだそれ? てか、いつそんな話をした?』

『異性愛者ってことなら、前に話しただろう』

 唐突に低くなった江間の声音と、嫌な記憶に、郁は眉を顰める。

 シャツェランは、ある日、夢に出てきた妹の佳乃に惚れこんで、それまで毎晩のように一緒に話して遊んで喧嘩して、と過ごしてきた郁を存在ごと忘れた。で、何か月か経って、ようやく夢を見て話ができると思ったら、全面的に彼女を信じていて、あの罵倒に繋がった。

 今のシャツェランが、佳乃みたいなのを配偶者に選んだら、メゼルディセルが窮地に陥る。オルゲィやゼイギャクあたりが、聡明な妃を選ぶのに任せた方がいいだろう、とひそかに思っている。

『違う、結婚相手が一人って方だ』

『……栽培舎の貯蔵庫に、コレの種を探しに行った時』

 江間の顔が妙に真剣に見えて、郁は素で返してしまう。そういえば、その話を江間にしていなかった。

『俺が鉄処に行った時か……、「あの野郎」』

 不穏なセリフをぼそりと吐き、江間は『なんで言わなかった』と郁に鋭い視線を向けてきた。

『話す価値がある内容じゃない。他の話題は作物の品種改良と、「ガッコウ」や避難民キャンプの話だ』

 郁は郁でむっとして睨み返す。

『殿下と栽培舎でコレの種を探したの?』

 険悪な雰囲気を察したのか、割り入ってきたリカルィデの問いに『訳がない』と返す。あの傲岸不遜を地で行き、華やかであることを好むシャツェランが、そんな地道な作業をするはずがない。

『裏門から栽培舎の間、霧が晴れるまで……』

(霧? の間だけ……? ……迷子になるから? 栽培舎まではせいぜい数百メートル、圃場の中をまっすぐ進むだけなのに?)

「……」

 郁はあの日シャツェランに握られていた手に、無意識に目をやった。

『――手でも握られたか?』

『……まさか』

 ひどく平坦な声に、心臓が口から飛び出るかと思った。何とか飲み込むと、郁も平坦な声を作り上げて返す。江間のこういうところが、本気で嫌いだ。

「……」

 声からも顔からも内心が見えないように――冷静に、無表情に江間へと目をやった郁は、目を見開いた。

「……」

 彼が向けてくる、物言いたげな視線に、心臓がきつく収縮する。失敗したと思うのに、視線が逸らせない。

『ミヤベ、悪いけど、神殿に納める洗衛石、一緒に確認してくれないかい。エマでもいいん――』

『っ、行く』

 扉越しにかけられた店番の彼女の声は、まさに天の助けだった。郁は慌てて立ち上がると、小走りに部屋を出た。


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