第七話
「そう言えば、今日は一人だったな」
いつも大体同じ時刻に事務局室へとやってくるラフラが来ないということは、そういう事だ。
この国が召喚国となってからというもの、以前にも増して仕事量が増えた。そもそも二人とも忙しかったのだから、この激務は予想されていた通りのこと。
では何故、人を増やさないかというと、実はちゃんと増やしてもらう予定にはなっているのだが、俺が裏で手を回して、しばらくは俺たち二人だけで仕事が出来るようにしているのだ!
「ふっふっふ」
いかんいかん。顔がだらしない感じになっているのが、鏡で見ていなくても分かるな。だってほら、机に涎が落ちたし。あ、おっさんに持ってく書類かこれ。
「しかし、本当に勇者でないと魔王を倒せないものなのかね」
武王が返り討ちに会って死んじまったってことだが、武王も良い歳だったしなぁ。正直、うちの騎士団の団長とラフラで組んで、周りの被害とか一切気にしなければ、勝てないのかね。
「まぁ、俺基準で強さを考えたところで、魔王はその想像の上をいく恐ろしさってことなんだろうが……異世界からきた勇者ってのが、一度も魔王討伐を失敗した記録がないのがなぁ」
国が乱れる程に強い、と言うより勇者がもたらす思想や技術が受け入れ難いということがほとんどであって、勇者が力に物を言わせて王位を簒奪したということは起きてないようなんだが。
そもそも力任せにならないのは、各国には英雄がいるし、勇者の力を監視できる程でもあったようだけれども、それならこの世界の者だけで魔王討伐出来そうなものなのだが……
「何故か、勇者がいないと失敗するんだよなぁ。誰かが、邪魔するかのように……おっと、誰か来たようだ」
俺が物思いに耽る前に、扉を誰かが叩いていた。そして俺が返事をすると同時に、扉が開くと、そこには同期のラビトが顔をニヤつかせながら立っていた。毎度分からせられることだが、腹たつ程に男前な奴だ。
「ん? 愛の巣に一羽しかいないじゃないか。つがいはどうした? 一ヶ月で、また愛想を尽かされたのかい?」
どこかの歌劇団かのような仰々しく大袈裟な動きが、本当に鬱陶しい。それでいて、全て分かった上で、俺を揶揄ってくるこの親友は、いつも喧しいんだ、全く。
「ラフラの前で、そんな軽口を叩くなよ。機嫌が悪くなって、困るのは俺なんだから」
その手があったな、どうせならラフラがいる時に来いよ。あ、ただそれだと、怒りの矛先がコイツに向かうから、余計お預け感が凄くて辛くて悶えるからやめだやめ。
「何考えているか分からないけど、とりあえず顔が気持ち悪いよ」
「お前の顔からしたら、万人の顔が気持ち悪く見えるだろうよ」
「そう言うことじゃ……まぁ、面倒だしいいや。で、順調なのかな?」
「そうだな。どの部署とも小競り合いは日常なんだが、ラフラがいるから捗る。さすが騎士団の隊長を任せられている女傑だ。脳筋どもに話を聞かせるには、これ以上ない人選だ。俺だけだったら、話が進まなすぎてこの部屋にすら帰ってこれなかっただろうな」
とにかく腕っぷしで相手を評価する連中だからな。しかも、定期的に認めさせ続けないと、逆に評価が落ちて余計な労力が増える。本気で、この国ってよくやってこれたよな。
「いや、そっちはよく分かってるんだけど、ラフラさんとはどうなっているんだってことだよ。この一ヶ月、結婚してたより一緒にいる時間が長いでしょ。君……耐えてる?」
「どう言う意味だ」
「あぁ……よだれが垂れて、顔がだらしなくなってるよ……我慢出来なかったんだね……」
「勘違いするな。ラフラの前では、かなり我慢出来ている。瞳が熱くなるとこまでは、隠しきれてないかも知れないが、流石に気付かんだろ。それに見ての通りに、対面して仕事しているとは言え、お互い机越しなのだから上半身しか見えないからな」
「うわぁ、ど変態じゃないかぁ……」
「あぁ? どつくぞ貴様」
「ラフラ以外への煽り耐性が、低すぎるんだよ君は。そのくせ、ラフラに対しての本心は、煽られ痛ぶられ虐められたいとか、どうしたらそんな歪んだ愛になるんだか」
「歪んでいる上に変態であることは、しっかりと自覚している。だからこそ、彼女にだって隠し通しているだろうが。俺の唯一の汚点は、お前にバレたことだ」
「いやいや、僕だって知りたくなかったからね? 親友が、好きな女に罵られて興奮しているとか、そんな心に傷を負いたくなかったんだから……」
心の傷とか、ラフラから離婚を言い渡された時とか凄かったな。あれは……凄かった。凄すぎて、頭が働かずに気付いた時には了承してしまったほどだ。
「もう良い機会だから、ラフラさんに全てを打ち明けたらどう? 案外と受け入れてくれるかもしれないよ? 結婚生活だって、変に隠そうとしたから仕事を理由に家にも帰らなかったんでしょ」
「ラフラは、外面に反して細かいからな。一緒にいる時には、小言をかなり言われてしまうんだ。そんな家でいる間中、もし言われ続けたら理性が保ってられる気がしない」
「君、よく普通に一回目の結婚出来たよね……そんなんで、むしろ今よくここで一緒に働けるね」
「だから、上半身しか見えないから問題ないからだ」
「本気で親友辞めたいよ……もう、いいや。勇者の文字習得については、こっちが折れたよ。うちの大臣が防衛を担うような人に敵うわけないんだから、さっさと白旗あげればよかったのに」
「まぁ、国の行末を案じた故のことだ。だから、うちのオッサンも転移後半年は言語習得を遅らせると譲った訳だしな」
「こっちの顔も立ててもらえて、僕も助かってるよ。そのお礼に、今日はきたのさ。それじゃぁ、微笑みの騎士様にもよろしく」
「わかったよ」
またもや仰々しく歌劇団が舞台を去るかのように、部屋から出ていくラビトを見送り、扉がしまると同時に、俺は思わず呟いてしまった。
「何が〝微笑み〟だ……」
微笑みの先にある〝嘲笑〟、そして出来ればそのさらに先である〝愉快そうに嗤った顔〟で、俺は見下されたいのだが?