第四話
「これまでの記録では、勇者は召喚時は十代の子供であることが多いようだ。しかも、実戦経験があった勇者は、記録上ではいなかったらしい」
「それでも、これまで発生した魔王を倒してきたと言うことは、成長が凄まじいということなの?」
異世界召喚統轄部改め勇者事務局となったこの一室で、俺とラフラが向かい合わせで机を置いて作業するこの空間、未だ慣れないな。
結婚していた当時は、家にいること自体が稀すぎて、結局寝るためだけに帰ってたような状態になってしまっていたし。
「女神の加護を受けて、この世界にやってくるぐらいだ。それぐらいの素質がなければ、むしろ生きていけないのだろう。ただ、召喚自体が数百年に一度の上に、七カ国でそれを持ち回るように女神からの神託だったことから、うちの国が前回その役割をになったとされているのが、一千年以上前だからな。正直、信じて良いのかどうか」
「よく考えたら、人族の国でそれだけ国が続いているってすごいわね」
「まぁ、確かにそうだが、七つの国の王家は女神からの加護を受けているからな。不思議と王族の血筋が途絶えることがなかったんだ。だが、国としては同じ国とは限らんから、どの国も前回の勇者召喚の記録など、大体が古文書の類になってしまっている。この国も例外ではない。前回の召喚時は、この国を建国した英雄の兄が王だったが、悪政の結果として弟に討たれたからだからな」
「確かに、そんな状況では正確な記録など残らないでしょうね。ところで、なんで統轄官から事務局長に格下げになったのよ。この部屋の扉も、突然今日から〝勇者事務局〟なんてものにかわってるし」
呆れているような、それでいて怒っているかのようにも見える君のその半眼睨みを、真正面で受け止められる俺、幸せすぎないか?
「その原因の一端となっている騎士団員が、それをよく言えるな。俺が今回の〝統轄〟と言う言葉に反応して、騎士団長と将軍が異論を唱えた結果、うちの大臣が折れて、事務局ということになったんだろうが」
「仕事内容は、変わらないのに?」
「そうだ。むしろ、事務局だなんて名前をつけるものだから、雑用まで押し付けれる始末だ」
しかしあのおっさんのことだから、初めからこの感じに収まるように、最初に仰々しい役職をつけたんだろうな。結局、仕切りはウチなわけで、面子を気にする奴の溜飲を下げさせるためなんだろうけど……
「ますます貴方、団員や兵達に舐められそうね」
それが本当に、鬱陶しい。俺に対して蔑むような目を向けて良いのは、ラフラだけだと言うのに。それ以外は、単に腹が立つだけだ。
「それが分かっているから、何も言っていないってのに、同僚や後輩から自分を事務局員に指名しないでくれという泣きが届いているんだ。これだから、脳筋集だ……」
「あぁ?」
「……何でもない」
ご馳走様ですぅぅううううう!!!!
「他の国での勇者召喚に関する記録は、見せてもらえないわけ? 世界の危機であり、神命である勇者召喚に関することを、秘匿しては神罰があってもおかしく無いけど」
「見せてくれないのではなく、見せられない。正確に言えば、現在の国には召喚時の国の様子を残す記録が、殆ど残っていない」
「それは、何故?」
あぁ、その俺を試すかのような鋭い視線……危ない、気をしっかり持て! 身の心も熱くしてしまって失敗しては、ラフラに惚れ直してもらえないぞ!
「とても単純で、しかも大問題なんだが……勇者召喚を行なった国は、これまで全て良くも悪くも〝国が変わる〟ということだ。異世界から来た勇者の価値観、知識、能力が国にもたらす影響は計り知れない。結果として、国は混乱した結果、これまでは旧支配者が倒れ、新王が国ごと作り変えてきたということだ」
「その事は、我が王は知っているの?」
「当然、知っている。だからこそ、他国の王は自分の代で異世界から勇者など召喚したくないんだ。世界を救うという女神から与えられた使命を果たす名誉とともに、自身の立場が危うくなるんだ。だからこそ、武王も魔族の策略に嵌ったという可能性もある」
一国として見た場合、勇者という存在が破壊と再生の使者でもあり、召喚の順番が次に回ってくるのが大体一千年以上はかかるわけなのだから、国としては十分成熟した頃だ。
成熟といえば聞こえは良いが、成長が停滞している状態とも言える。魔王と勇者が、何故にこの世界に現れるのかわからないが、案外そういうことなのかも知れないな。
「それでも我が王は、我が身よりもこの世界を自身の手で救うということを選択したんだ。俺たちは、その志を実現するために命をかけなければならない。そして我が国が、世界を救った後に滅びぬように、準備を怠ってはならないんだ」
「具体的な方針は?」
「少なくとも勇者は、古文書や伝聞、物語から一人から四人ほどの男女で召喚されている。そして多くの物語では、滅んだ国は悪政を引いていたとされている」
「ひっかかる言い方ね」
「正直、本当のところは分からんと、俺は考えている。所詮は、勇者によってそれまでの価値観や制度を壊され、そして勇者と共に新しい国が作られているのだから、当然、滅んだ国は悪として描かれるからな。それで、この国についてラフラはどう思う? そして、我が王は、愚王か?」
「王宮で口にするような事ではないわよ。貴方、不敬罪として王に命をこの身を捧げる誓いをたてている騎士である私に、今ここで斬り捨てられたいの?」
半殺しまでなら、わりと喜んで受け入れますが、何か?