第二話
「は!? ここは!?」
「七星会議からの帰りの馬車の中よ」
確かに言われてみれば、間違いなく馬車の中にいるのだが、正直記憶が曖昧すぎるな。それもこれも、あんな場面で……ん?
「おわぁああああああ!?」
「……なによ」
元嫁が、同じ馬車の対面に座っていた。呆れたような目を向けられたが、そりゃそうだろうな。ラフラなら、さっき再開した時から俺が意識が朦朧としていたのは見抜いていただろうし。
はぁ、5年振りの再会がこれとは……そりゃ、愛想も尽かされるってものだな。
「いや、悪い。突然の帝国の戦乱という情報からの、うちの国が異世界から勇者を召喚するという流れでの、ラフラの登場で、流石に頭が混乱してしまった」
「それでも貴方のことだから、さっきの話自体はちゃんと頭に入っているのでしょ」
「仕事だからな」
いくら元嫁と再会したとしても、仕事をおろそかになることは許されない。あくまで記憶が曖昧なのは、仕事以外の雑談部分のことだ。
おい、半眼で睨むなよ。むしろそこは、褒めるべきだろうに。こういうところは、本当に変わらないんだな。
「全く変わってないのね」
「お互いにな」
俺も歳の割には、若いと言われるが、ラフラは別格だ。俺と幼馴染であり、年齢も同じのはずだが、目の前で軽装の鎧に身を包む彼女は、二十歳そこそこにしか見えない。それは、彼女がハーフエルフである為、当たり前のことではあるのだが。
「大臣付きの秘書のくせに、同じ馬車に乗らなくて良かったの?」
「普段はその筈なんだが……俺がふらふらしている隙に、あの人が俺をこの馬車に放り込んだんだろうさ。記憶はあいまいだが、そんなことをする人だからな。全く……」
こういうことは、大臣になっても気が効くんだからな! ありがとうございます!
俺の言葉に対し、特に返答することなくラフラは馬車の小窓から、外の景色を眺め出したけれども……あぁ、これ本当に絵になるよなぁ。この綺麗さで、聖騎士っていうんだから、本当に凄いよ。
だけれども、流石にじっと元夫から見られているのが分かったら、気持ち悪いだろうな。だから、俺は反対側の小窓から景色を見ることにしたんだ。決して、目があったらどうしようなんて、子供見ないな理由ではない。ないったら、ない。
「はぁ……そんな露骨に、反対側に顔を向けなくたって良いじゃない。自分を捨てた女を見るのなんて、そりゃ嫌でしょうけど」
「確かに、気不味い感じはあるけどな」
おい、睨むなよ! そんな強く睨まれたら、ゾワっとしちゃうだろ! 良い意味でな! こんなことバレたら、ゴブリン以下の存在として斬り捨てられるから、絶対顔には出さないけどな! ありがとうございます!
「まぁ、いいわ。それより、国帰ったらどうするつもり、統轄官殿?」
「統轄官なのは、お前も同じだろうが。俺だけに、仕事を押し付けようとするな」
その目つきの鋭さで、俺を様呼びするとかやめてくれ。威力が凄すぎるのだから!
「騎士団としての任務が、これから活発化するのが分かっているのだから、実務は貴方任せになるのだから、良いじゃない」
魔王が出現してから、魔物の行動が活発化してるし、帝国の戦乱の影響が、どのようにうちの国に関係してくるか分からんから、仕方のない事ではあるのだが。
「別にお前だって、事務作業が苦手な訳ではないだろう。この一年で、異世界から勇者を呼ぶ準備をしなくちゃならんのだ。騎士団との連携は勿論のこと、軍や各ギルドとの打合せなんかは、お前に任せるからな」
「貴方だって、今も鍛えているのでしょう。別に、兵や冒険者なんかとだって対等に話せるでしょうに」
「お前……分かってて言ってるだろ。確かに、大臣付き秘書官として武の心得は持っているが、剣だの魔法だの使っている暇がなく、強さの信頼を得るための時間なんぞ、秘書官にはない」
軍兵も冒険者も、やたら強さにこだわりがあるからなぁ。軍はまだ階級に対しての敬意を示すから、統轄官という将校並の権限をもらえた後なら、なんとかなりそうだけどさ。冒険者は、脳筋すぎてダメだぞ、ありゃ。
「騎士団は、所属しているだけで、強さの証明をしているものだしな。特にお前は〝二つ名〟を持つほどの、聖騎士だ。荒くれ者達の相手なぞ、容易いだろう。俺では、アイツら話を聞きそうにないからな」
「だから、貴方も騎士団に入団すれば良いって言っていたのじゃない。それを、仕事が忙しいとか何とか言って、いつまで経ってもコッチに来てくれないから、回り回って困ることになっているじゃない」
あ、説教だな、これ。こうなると、本当に長いんだよなぁ。まぁ、これも実際には、俺的にはご褒美な訳ですが、それを察せられないように無表情を作ってると……
「はぁ……本当に、つまらなそうにするの、変わらないわね」
だって、ラフラの説教で俺が興奮してたら、引くだろ? 絶対、斬るだろ? 気持ちわる!って言いながら、オークでも斬り殺す感じにしてくるだろう? それは、流石にもう限界突破してしまうよ!
「つまらないという訳でないが、今更だろう。今回は、暴れるだけで良いみたいには、お前もならないからな。関連部署への根回し含めて、俺と同じ部屋で書類見ながら、唸ってもらうからな」
体動かすの命ってラフラに対して、酷いことをさせるのが目に見えてるが、コレばっかりは仕方がない。
「もしかして、それって貴方の住んでる物置き小屋じゃないでしょうね」
「物置き小屋じゃない。正式に、俺の部屋となった」
「家に帰らずに、空き部屋使って寝泊まりしてると思ってたら、最後にはそこを仕事部屋にするなんて……何をしてるのよ。そんなことになる前に、他の者に仕事をふりなさいよね」
「お前が、それ言うか? そもそも騎士団もだが、やたらと強さを基準に、こっちの話を聞いたり聞かなかったりするから、結局俺のところに話が回ってくるんだろうが。事務方に、自分たちの価値観を押し付けるなよ」
「だから、騎士団や軍から、そっちに人を派遣したじゃない」
「君らは、少しは仕事の際に腕っぷしではなく、会話によって相手を知るということを知るべきだと思うね」
「あぁ?」
あ、やべ、煽りすぎた……でも、この顔もまた、好き!
「とにかく、詳し事は、国に戻ってからで良いだろう。互いに、先ずは現状の確認が必要だ」
「……そうね」
「次の宿泊地に着くまで、俺は寝ることにする」
このまま、ラフラの厳しい目線を浴び続けたら、良い意味で辛い。良い意味で!
「それと、明日からは俺は大臣の馬車に同乗することにする。国に到着してからの動きを、確認することが山のようだからな」
「わかっているわ。私も、明日からは通常の任務に戻って、貴方と大臣の乗る馬車の護衛にあたるから」
「あぁ、頼んだ」
「えぇ、任せて」
普段の馬車移動は、揺れるし、おっさんと長い時間一緒だしで、楽しいことなど一つもないが……
今日は、やっぱり楽しいな。楽しすぎて、寝たふりでもしないと、やってられない。
今でも君のことが、俺は好きなのだから。
こうして俺は、寝たふりからの本気寝落ちで、気付いたら従者に起こされるまで、すっかり寝入ってしまったのだった。