第十四話
「ここは……何処だ? って、いつもの事務局の部屋だよな、何言ってんだ俺は」
ラフラの拳を腹に受けた瞬間までは、結構はっきりと覚えているんだけどな。
「何をぶつぶつ言っているのよ。もう勇者を召喚する日まで、時間なんてないんだから。ぼけっとしてないでよね」
「まぁ、確かに時間はあるわけじゃないが、まだそんな焦る日でもないだろうが。雪だって、まだ降ってさえいないんだからな」
勇者召喚を行うのは、雪解けを待ってから国の神殿で行うのだから。確かに時間はないのだが、そこまで疲れた目で見られる程に、余裕がない状況じゃなかった筈だが?
「……本気で言っているのよね?」
「何をだ?」
「ちょっと待ってて。絶対に、この部屋から動いては駄目よ。フスクールを呼んでくるわ」
「は?」
いやいや、そんな難しそうな顔をして出て行かないでくれるかな? これは、アレだ。ご褒美にならない感じの、あかん系の事が俺に起きているんだろうな。
本気でなんなの!? 怖い怖い怖い怖い!? ラフラを追いかけちゃ駄目なの!? 一人は、怖いよ!?
いやぁああああああ!?
「で、結論から言うとぉ。全く問題ない健康体ねぇ。魔力の干渉や残滓はぁ残ってないのぉ」
事務局室を出て行ったラフラが、数分後にはフスクールを連れて帰ってきたと思ったら、何やら俺を魔術式の身体検査をかけ始めたのだから、益々頭が混乱する。
「外部からの術式による精神への干渉はないと……だけど、こうなってから考えてみると、明らかにこの人、まるで機械のように仕事をこなしていたわ。微かな心の動揺も、瞳には表れなかったわ。それなのに、今日のこの人は、表情こそ平然を装っているけども、瞳は動揺しているのがわかるのよ」
ちょ!? 俺の目から、動揺しているかどうかを判断できるのか!? 聞いてないぞ!? 待て待て待て、落ち着け俺。ラフラは、動揺しているかどうかは瞳を見れば判断できると言ったんだ。
興奮しているかどうかは、瞳からバレてないよな?
「なぁ、そろそろ何をしているのか状況を教えてくれ」
「魔導具の類で操られてる可能性はあるかしら?」
おっとぉ、完全無視入りましたぁ! そろそろ本気で不安になってきたタイミングでの、一瞥を俺に向けてからの完全無視ぃ! そして当然の様に放置ぃいい! ひゃっふぅううう!!!
「……正直ぃ問題があるようにぃ見えないんだけどもぉ」
やめろ、フスクール。俺の言動を怪しむ目で見るな。え? この人って、私の同類なんじゃない? とか思ってないだろうな。
俺はお前みたいに、誰彼構わずに興奮するような気安い男じゃない! ラフラのみだけに、俺は反応するんだ!
「ねぇクラウトが正気かどうか確認するためにぃ魔力弾ぶつけても良いぃ?」
「嫌に決まってるじゃない」
「嫌に決まってるだろ」
「んぅ、でもぉ強い衝撃を加えては欲しいのよぉ。でも考えたらぁ、魔力弾じゃなくても良いわけだから私がぁ殴ってみればぁ」
「殴れば良いのね。殴るわ、私が」
「必要なら仕方がないな」
そう、これ仕事だから! 仕事だからさぁあああ!!!
って、ちょっと待てよ……このやりとりは記憶にあるぞ。ということは……
「やっぱりちょっと待て!」
「もう無理ね」
「のわぁあ!? だから待てと言ってるだろうが!」
俺の静止を振り切り殴りかかってきたラフラの拳を、断腸の思いで避ける。
そう、断腸の思いでだ! このまま顔にうけていたら、きっとまた意識を数日飛ばすことになっていたに違いない!
俺は全てを思い出した結果、この拳は避けないとならないと判断したのだ。何故なら、この拳は俺の魂にまで快感をもたらすからだ!
「昨日寝るのが遅くなって、寝ぼけていただけだ! 俺は、正常だ!」
あぁあああ! もう一度ラフラの拳を受けたいぃいいいい! ぬぐぉおおおおお!
「本当に?」
「あぁ!」
「でも貴方、寝ぼけたことなんてこれまで一回もなかったじゃない」
当たり前だ! 寝ぼけているところを見せて、ゴミでも見るように蔑まれたい夢はあるが! あるのだが! 本当にそれをして、仕事に不真面目だと思われると君に幻滅されるだろうからな!
「勇者召喚が、あと数日と言うところまで来ているんだ。俺も、疲れが溜まってきているのだろう」
あぁあああ!!! くそがぁあああ!!! なんで俺は、意識を異次元まで飛ばされていたんだぁああ!!! 意識が快感で持って行かれていても仕事をする俺って偉いけども、その事実がわかった今となっては、溜まっていたモノが逆に押し寄せてくるよぉおお!!!
「そんなことよりだ、フスクール。こんなことでサボっていないで、召喚陣の確認を急げ。まだ終わっていないから急いで欲しいと神官達から苦情が来ているぞ」
「えぇ〜、私に直接言ってきてくれないとぉ意味ないじゃぁん」
「そういうのはもう良いから。さっさと仕事してこい」
「はぁいぃ」
取り敢えず部屋からフスクールを追い出すことに成功したが、先ほどから俺に避けられた拳を凝視するラフラをどうするか。
「ラフラ? どうかしたか?」
「……何でもないわ。それより、本当に大丈夫なのね?」
「あぁ、そんなことよりも時間が足りてないんだ。作業を続けるぞ」
「貴方の様子がおかしかったから、作業が止まっていたのだけれど?」
あぁ! その冷たい目線! すごく久しぶりな気がするぅうううう! ご馳走様ですぅうううう!!!