第十三話
「ラフラ、勇者事務局長補佐として此処で働く間、もう二度と謹慎になったりして、俺から離れるな」
「……はい?」
「はい? じゃない。本当に……フスクールの相手をさせられる俺の身が持たん」
結局、三日間ともにド変態の相手をさせられた。で、ラフラが復帰してからと言うもの、全くここに来なくなったばかりか。俺が求めていた全ての属性ごとの訓練計画を、あっさり出して来やがった!
何なんだあいつはぁあああ!!!
「あぁ、そういうこと。そんな些細な事はさておいて、三日間分の仕事が溜まっているのだけれど、どういう事なのかしら?」
き、き、キタぁああああ!!! 半眼睨みいただきましたぁあああ!!! うひょぉおおい! これこれこれこれなんですよぉおお! 待ってましたよぉおお!
代わりにやっておこうかなと思ったけれど〝やらない方がおいしくない?〟って気付いて、本気で遅らせたらヤバいやつ以外、主に面倒な雑務系は残しておいたんだよねぇえ!
「自分が悪いんだろ。私闘に走り、謹慎処分になった事を、俺に尻拭いさせるつもりか? それでも近々で処理しなければならない案件に関しては、片付けておいたんだ。先ずは、迷惑をかけた謝罪と、対応した俺への感謝の言葉があって然るべきだろうが」
こい……来い……こいぃいい!
「確かにそうね。訓練の枠を超え、互いに回復職が本気で仕事をしないと、危うく死にかける程だったから。で、もう一度聞くのだけれど、この雑務としか思えない仕事の束を、貴方は私への戒めの為に、わざと残してここにこれ見よがしに置いておいたということで、良いわね?」
ひぃやぁああああ!? 怒気に丁度よく混ぜられた苛立ちの感情! さらに完全に俺を制圧しにかかる遠慮のない威圧感! 最高だぜぇええええ!!!
「手伝って欲しいなら、素直にそう言うんだな。俺とて、お前が行う予定だった冒険者ギルドへの勇者が来た際の対応や、登録に対する説明などを代わりにやって来たんだ。文官だと舐められながらだぞ?」
ラフラ以外から舐められ蔑まされたとしても、ご褒美にならんのにだ!
「ちゃんと貴方を馬鹿にした冒険者は、シメてきたのでしょうね?」
「そんな面倒なことするかよ。ギルド長からして、大臣付き秘書官だなんて肩書きに、全く興味がないんだぞ。俺を馬鹿にする奴なんて、言うなれば冒険者ギルドの大半なんだから。おい、何故立ち上がる」
「勇者召喚を管理する事務局長が、たかが冒険者風情に舐められたままでは、これからの仕事が上手く流れないでしょう。一度、分からせてやるとしましょう」
しまった! 騎士団が面子を気にすることを、己の欲望を満たすことだけ考えていて忘れていた!
「待て待て、待てったら! 無言で部屋を出て行こうとするな!」
「……何でしょう?」
あ、また単純に怒りの目になってらっしゃるのね。不味いなぁ、また暴走されてもかなわんのだが。その怒りが、取り敢えず俺に向けてくれると役得なんだけども……いや、これはもしかして、うん。ありかもな。
「お前が冒険者ギルドで暴れたとことで、俺への評価は変わらないんだから、仕事も溜まっているこの状況で、さらに手間を増やさせるな。元は言えば、俺が弱いのが原因なのだから、それを解決するほうが、いくらかましだ」
「訓練でもする気? 私は三日間の謹慎は解けたけれど、他部署の者との訓練は、今の所無期限禁止なのよ?」
「訓練所に行って目立たなければ、別に良いだろ。例えば、この部屋なら基本的に俺たち以外は、無断で入ってこないんだから」
「と言うと?」
ここだぞ! 大事なのはココ! あくまでさり気なく、決して興奮している様を見せずにだ!
「俺は、攻撃する方はそこそこ自信があるが、自分を守ると言うのが苦手でな」
「確かに、昔から私と乱取りする時は、ほとんど避けたり出来なかったわね」
そんなことしたら、勿体無いからに決まってるだろうが!
「避けられないのであれば、一先ず耐えられるようにならないとな。前から少し考えていたんだが、耐久力は攻撃を受けていれば上がってくるだろう? こんな書類の処理ごとしながらだと、まともな訓練は出来ないしさ。一日一回でいいんだが、俺の腹を割と強めに……殴ってくれないか」
「殴るわ」
欲望が盛り出しそうになって我慢したせいで言い淀んだが、食い気味に返事が来たな。どれだけ怒りをぶつけたかったんだよ。
だがしかし、言質とったぞぉおおおおお!!! 合法的に毎日、ラフラの拳を腹に受け止められるぅううう!!!
「強くなりたいという貴方の意思、しっかり受け止めたわ。さっそくやりましょう」
「悪いな、手間かけさせて」
「良いわよ、同じ事務局員じゃない」
凄い良い笑顔だな、おい。贅沢言えば、もう少し見下されながら受け止めたかったんだが。
まぁ、しょうがないか。よし、部屋の中央ならそこそこ広いし、大体この辺か? うん、十分ラフラも構えが取れそうだ。
「それじゃぁ、お手柔らかに頼むぞ」
「えぇ、初めてだし、優しくしてあげる」
そして俺は、全身に魔力を巡らせた。ラフラがどの程度の力で来るかは分かんけども、半分気分転換の遊びみたいなものだしな。軽くでくるだろ……
「ふひ」
殴られる瞬間、確かに俺は聞いたのだ。そして見たのだ。
組み手では、これまで見たことがなかったのだが、痺れる程に嗤いながら、変な声を漏らしながら拳を、完全に自ら殴られることを望んだ俺の腹に向けて繰り出すラフラを。
「あ、やば」
その瞬間、俺が記憶しているのは、魔力を収めて、完全に脱力した俺の腹に、ラフラの拳が触れた瞬間までだ。
そして、次に俺の意識が戻ったのは、雪が溶けた頃だった。
そう、勇者召喚が行われるまで、あと三日という時だったのだ。