第十二話
「たまに頭が悪くなるんだよぁ、あの二人は。訓練所で私闘した結果、謹慎処分になるとかさ……俺を殺す気か」
どこまで二人が本気で戦ったか知らんが、騎士団の中でも頭ひとつどころか騎士団長と対等に戦えると聞くラフラと、軍の中でも数少ない将軍を割と本気で追い込めるベストラさんだからなぁ。
「ラフラの分の雑務まで、俺にまわってくるじゃねぇかよ、全く」
ただでさえ、ラフラが担当する事務局としての業務は、脳筋案件だってのに。三日も謹慎されやがって。
「寂しすぎるぅうぅぅぅ……」
五年ぶりに再開してからというもの、それまでとは逆に三ヶ月あまりも、一緒にこの部屋で仕事して来たからなぁ……辛いぃぃ。ん? 床に魔法陣が……
「勝手に入るわよぉ」
「それを言うなら、勝手に入っただろ。それに入ってくるなら、扉を開いて入ってこい。無駄に転移してくるな」
部屋の中央に魔法陣が現れた時点で、コイツが来ることは予想できたが、ラフラがいない時で良かった。コイツもまた、ラフラと仲が悪いからなぁ。
「フスクール魔導士団長殿が、勇者事務局に何用でしょうかね?」
「特に用はないんだけどもぉ。ラフラが三日間の謹慎受けて、貴方が一人と聞いて、これ以上に変なモノが此処に寄り付かないように、私が来たのよぉ」
あぁ、この眼が苦手なんだよなぁ。蒼色の長い髪を無造作に流しながら、魔導士の癖に無駄に肌を露出した装備品を着こなし、ねっとりと品定めするかのように紅い瞳で相手を見ながら、甘ったる声で如何にも誘惑してますよ的な態度。
正直、もっとはきはき喋れよと思うぐらいなんだがな。
「フスクール、お前が割と変なモノに当たるんだが?」
「いやぁん、そんなこと言われると、私滾っちゃうぅう」
ふざけるなぁ!!!! 辛辣にされて滾りたいのは、俺の方だぁあああ!!! ラフラぁああ!!! 早く帰ってきて、同じことを俺にしてくれぇえええ!!!
「やかましいわ。で、頼んでおいた勇者魔法育成計画書は、ちゃんと作成したんだろうな」
「それだけどねぇ。勇者が召喚されてからで、別に良くないかなぁと思ってぇ。全く作ってないなぁ」
「は? お前のところの計画がないと、こっちの準備が出来ないだろうが」
「だってさぁ? どの属性持ちか分かってからの方が、考えやすいしぃ。適応しない属性魔法の訓練計画とか、無駄になっちゃうからぁ。スクちゃん、無駄なこと嫌いぃ」
「だったら、無駄に魔力を消費して、無駄に事務局に来て、無駄に計画を立てないことを言いに来るな」
駄目だ、コイツと話していると、無駄に苛つかせられる。自分の性癖の為に、わざとやってるんだろうな、俺がラフラにするみたいにさ! それなら仕方がないと思う一方で、やられたら腹たつな! 自分ばっかり良い思いしやがって!
「だってぇ、ラウを苛つかせるならさぁ? スクちゃんの目の前でないと、意味ないしさぁ」
「欲望に忠実すぎるだろ。とにかくだ、無駄になろうが全属性に対する計画書は必要だ。そもそも魔導士団での訓練方式を叩き台にすれば、そこまで苦労するわけじゃないだろう。それにそんな実務をするのは、お前じゃなくて大体が副魔導士団長達じゃないか。さっさと指示しろよ」
「だってぇ、そうしたらさくさく仕事が進んじゃうじゃない? そうなるとぉ私がみんなからぁ怒ってもらえないしぃ。だからぁ怒られてからしかぁ仕事しなぁいのぉ」
「いや、それ本当に迷惑だからやめろ」
全員から怒られたいとか、本当に正気じゃないな。ラフラ以外に、罵られたりしたら、俺は普通にキレる。
「お前にいくら言っても無駄だし、副師団長達に俺から依頼をだしておくからな」
「んぅ、それは駄目かなぁ」
「は?」
「普通にぃそれは越権行為だものぉ。事務局長と言えどもぉそんな権限はありませんぅ」
あぁ……あれだ。ビキビキって音が聞こえるのは、アレだ。俺の眉間の皺が骨にまで、その深さが到達する音だな。
要するにだ。あぁあああああああ!!! 自分のことは棚に上げて、こっちには筋を求める正論が腹立つぅうううううう!!!
「……なら、早く部下に指示しろよ」
「嫌ですぅ」
「……なら、はよ帰れ」
「軍と騎士団が張り切っててぇ今は暇だからぁ。帰らないぃ」
「うるせぇ! 帰れ! さっさと部下に命令してこいや!」
「もう一息ぃ」
「要求するな! 俺で性欲を発散させようとするんじゃねぇ! なんでこんなド変態が魔導士の頂点なんだよ!」
「あぁ……そぅ、その本気で苛ついてる瞳が、その声が、その身体から怒りに任せて溢れ出す魔力が、本当に、本当に、愛おしいの」
息遣いを荒くしながら顔を赤ながら言われると、ただただ引くわ。怒りもなにも、熱が冷めるように引いていくのが、体感的に分かりすぎるくらいだ。
「あぁ!? 何で引っ込めちゃうのよぉ! そのまま出し続けてよぉ! 怒りに任せて、それを私に浴びせ続けてよぉおお!!!」
「本当にもう帰ってくれよぉおお! 仕事が進まねぇんだよぉおお! お願いだよぉおお!」
ラフラ、俺には本当にお前が必要なんだ……頼むから、もう謹慎なんて受けないでくれ……