たとえそれが公式の意志だとしても
ほんの少しだけ芽生えていた疑念が確信に変わるまで、ほとんど時間を要さなかった。
朝の執務室で、シャツの首元のボタンをいくつか外した寛いだ姿で机に向かい、書類に目を通していたアーサー。「おはようございます。早いですね」と声をかけると、顔を上げ、窓からの光を背に浴びて微笑みかけてきた。
「おはよう、ローランド。今日も会えて嬉しいよ」
とてつもなく人たらしの笑みを精悍な美貌に浮かべて、アーサーが爽やかに言う。
それを目にした瞬間、中の人の意志など関係なく、ローランドが頬に血を上らせてみるも無残なほど赤面したのがわかった。
(だめだ~~、これ。ローランドくん、完全に好感度マックスじゃない。もう、ちょっとしたことで落ちるよ。書類を渡すときに指と指が触れただけで落ちちゃう絶対に)
これまでアーサーと過ごした時間は、ローランドにとってはひどく甘美なものであった。身分差や性別を伏せている事実が壁になると知っていてなお、惹かれずにはいられなかった日々の出来事を、走馬灯のように思い出す。
覚えている。
たとえば乗馬が苦手なローランドに対し、従者なのだからそれくらいと言うこともなく、アーサーは「俺と一緒に乗れば良い」などと嘯き、拒絶をものともせずに細い体を抱きかかえ、同乗させてくれるのだ。
体の大きなアーサーに背中から腕を回され、胸にすっぽりと収められ、顔を見られないのを良いことに真っ赤になって俯いていたローランド。
或いは、湯浴みをしているアーサーに着替えを用意しておこうと湯殿に近づき、ばったりと遭遇。彫刻のような裸身をまざまざと目に焼き付けてしまい、その場にしゃがみこんで顔を両手で覆ったり。おおらかなアーサーは何ほども気にせず「一緒にどうだ」などと言うものだから、たまったものではない。
もちろん、原作本編には硬派なシーンもふんだんに盛り込まれていて、内政・外交・謀略・戦争における男たちの華麗な振る舞いが「本格ファンタジー」好きを自称する層にまで褒め称えられていた。「エロが目当てじゃなくて、骨太で硬派だから読んでいる」という評も嘘ではない重厚さなのだとか(※本編は読んでいないので、SNSや各書籍販売サイトのレビューを読んだ所感のみです)。それでいて随所に甘いサービスシーンが挿入されていて、読者を飽きさせず虜にしてしまうという、物語の神によって作り込まれた世界……!!
(……カデンツァ好きの読者さんから流れてくる情報ばかりを摂取していたので、詳しいことはよくわかってなくて……。人気カップリングとか、公式からの供給がやばすぎるとか、そういった面での記憶ばかりが鮮明なのが我ながらもっとどうにかならなかったの感すごいんだけど……)
はっきりわかっていることがある。
それは、もしローランドが女性だった場合、アーサーとのカップリングを断固として嫌厭している層があるということ……!!
物語の神様が許しても、(一部の)読者が決して許さない。
なぜならここは、BL世界だから。
それこそが、男装疑いのあるローランドルートの原作小説が、リリアンルートよりもさらに後回しにされた理由。
公式も、かなり慎重に時流を見極めようとしていた事情が察せられるというもの。
(ローランドが本当に女性で、アーサーと結ばれる展開になったら、現実世界ではコンテンツの人気を揺るがすほどの問題が起きかねないのでは……! 自分が耽溺していなかったコンテンツとはいえ、物語を愛する者として、数多のファンを絶望に突き落とし、悲しませるわけにはいかない……!! たとえそれが公式の意志だとしても、食い止められるものなら、ここで私が食い止める……!!)