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ここはBL小説の世界です。(1)

 思い出すタイミングがちょっと違うんじゃないかなあと思ったけど、思い出してしまったのだから仕方ない。


 私はいま現在、「元の世界」で生前読んだとある小説の中に、登場人物として存在している。

 それ自体は、そこまで驚きに値しない。

 驚かないのよ。


(だって、その手の小説・まんが、浴びるほど摂取していたもの……っ。好きだったの。東に婚約破棄された悪役令嬢があると聞けば我先にと馳せ参じ、西に追放聖女あると聞けば誰よりも先に読んでSNSに感想アップ。南に妹に婚約者を奪われた不遇姉ものがあると聞けば真っ先に手にして悔しさに打ち震え、北に家族に追い出された錬金術師ものを見つければ、ほくほくと買って家に帰ったの……。好きだったのよぅ……)


 およそ古今東西、有名タイトルからいままさに跳ねる直前のWEB小説まで、私は可処分時間どころか生存ギリギリになるほどの生活のすべてを注ぎ込んで読み続けていた。

 もはや私こそ選ばれし者。

 いつ転移転生したって、準備万端。どんな状況でも「ハッ、これは前世で読んだあのシーン……!!」と集中線バリバリの絵柄で思い出してみせる……!! もちろん乙女ゲーも、置きゲーからソシャゲまでひととおり履修済み。

 これで勝つる。

 そんな風にタカをくくっていた日々が私にも、ありました。


 ほとんど唯一……、カバーしていなかった分野がある。BL。BがLする世界観のもの。

 絵柄が好きなものや、よく読む作者さんが書いているものはちらちらとつまんで読んでいたけれど、刺激の強いシーンになると腰がひけてしまって、ぱたんと本を閉じて、そこまで。なまじ想像力がたくましかっただけに、事細かに肌感覚や内臓の内側(内臓の内側?)に至る快楽の伝播まで書かれていると「……私にはまだ早いかな」と誰にともなく言い訳をして手を離し、遠ざけてしまっていた。

 そう、感覚としては「まだ早い」であり、いずれ読むつもりはあったのだ。読んでみれば絶対に面白いはずだと確信していたのだ。


 ことに、敬愛する後醍醐櫻子(ごだいごさくらこ)先生初のBL作品「光と闇のカデンツァ」は、若く精悍な美丈夫である黒髪の王とめくるめく美青年・美少年の織りなす極彩色の物語として大変な評判を呼んでいた。

 いずれ劣らぬアクとクセの強い攻略対象キャラが脇を固める乙女ゲーム風世界観で、なんと各キャラエンドまで用意されているという大ボリュームの原作小説は、またたくまにコミカライズやオーディオブックをはじめとしてメディアミクスが展開されていた。

 カデンツァ旋風は留まるところを知らず、そろそろアニメ化の発表も間近なのでは……!? と話題沸騰のコンテンツだったのだ。


(私だってもちろん名前は知っていたし、SNSでフォローさんが流す情報の乱れ打ちを「受動喫煙」していたから、読んでもいないのにかなり詳しくなっていたと思う。イラストを見ればキャラ名と担当声優さんが浮かぶほど。ひとまず原作小説は入手していたし。攻略対象キャラによって肌色展開はまちまちだと聞いていたから、一番控えめと噂の宰相ゴドウィン版から、手始めに。いつか読もうと、ときどきぱらぱら見ていた。あと、唯一のTLルート、侍女のリリアンちゃんに関しては、待ってましたとばかりに発売前から予約していた。そう、リリアンちゃん……リリアンちゃんさえ読んでいれば……!!)


 悔し涙にくれる私の目の前には、紺色で立ち襟の清楚なメイド服に、白のエプロンとフリルのカチューシャまで完璧な黒髪美少女のリリアンちゃんがにこにこと微笑んで立っている。


「ローランドさん、どうしました? 私の顔に何かついてます? ふふ」


 リリアンちゃんが、気恥ずかしそうに声をたてて笑った。その可憐なこと。


(あ~~、シリーズ唯一のTLヒロインとして、ヒーローのアーサー王に年齢指定BLに負けず劣らずあんなこともこんなこともされてしまうとの前評判だったけど、可愛い……。本当に可愛い。それはそれで純粋に読者として読みたかった……)


 思わず悔し涙にくれそうになったけれど、それどころではない。

 元の世界――前世日本人の自分(これは転生パターンだから不慮の死を遂げているに違いない)に「あれも読んでない、これもまだ読んでない」といった面からおおいに未練を残しているいま現在の私、名前はローランドくん。年齢は十六歳。

 ある朝、というか今朝気づいてしまった事実。

 ここは「光と闇のカデンツァ」の世界で、自分はヒーローであるアーサー王のいたいけな従者の少年であるということ。

 ふんわりとした金髪を首の後ろで一本に結わえており、いつもかっちりとしたジャケットを身に付け、きちっとクラバットを結んだ夢見るような美少年。

 BL知識の乏しい私の目から見ても一目瞭然、えげつない攻められ方を描かれるであろう、まごうことなき「受」ヴィジュアル。

 

 もっとも、奇妙なことに、ファンからはかなり熱望の声があったにも関わらず、ローランドくんルートはリリアンちゃんよりも後に発売されるという噂だった。

 その理由。憶測は憶測を呼んでファンの間では様々な説が囁かれていたが(※情報の受動喫煙済み)。

 オーディオブックの声優さんが、「少年の声を得意とする女性声優」だったことから、かなり確信的に言われていることがあった。


 実は――ローランドくんは、男装の美少女なのではないかと。


 いま、元の世界の記憶とともに、この世界で十六歳まで生きてきたローランドくんの記憶が頭の中を駆け巡っている私には、その真相がよくわかっている。

 すなわち。


(……正解!!)


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