7thキネシス:化けの皮が剥がれてもその下もまだバケモノ
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俯き気味な陰キャラ少年、影文理人の学校生活は、相変わらずだ。
正確には、悪くなることはあっても良くなる要素は無い。
理人に暴力を振るい、金銭を奪っていたイジメ加害者、その連中の言いがかりを看破した事で、理人は更に学校側から問題児認定されていた。
加害者ではなく被害者が責任を問われる。これが日本社会の現実であるのを、陰キャ少年も齢15にして知ることになる。
そして案の定というか、学校での居心地は悪くなった。
登校して学年主任のヒスおばさんと出喰わせば、甲高い金属質な声で周囲に聞こえるように『だらけた態度』とやらを注意される。
朝のホームルームでは、担任が纏わり付くような言い方で『誰かさんのようにクラスの和を乱しちゃいかんぞぉ』と、理人の机に手を付きツバを飛ばしながら言う。
それを見て、クスクスと忍び笑いを零すクラスメイト。
更に、外面の良い優等生は、『一度クラスの皆で話し合うことかもしれませんね』と尻馬に乗る。
腹が立ったので、担任が教卓とホワイトボードの間に入ろうというその瞬間に、念動力でサンダルの爪先を引っ掛け転ばせた。
体勢を崩し、ホワイトボードの端を掴み損ねて派手に転ぶ担任教師。
ドッと笑い声が起こる教室内だったが、顔を真っ赤にして立ち上がり理人を睨み付ける教師の姿に、その笑いも一瞬で鎮火した。
当然、理人は何の事やら分からない、という顔をしておいた。
◇
そんなことで多少溜飲を下げても、馬鹿馬鹿しくなるのに違いもない。
理人の学校生活は、分からないように教師を痛めつけたところで何も好転しないのだ。
間もなく夏休み。学校がなければ、超能力の教師であるマスター・ドレイヴンから、本格的に教えを受けることになっている。
夏休みが明けたら、そのまま退学するのもありだな、と。
「こんトワー!」
「は!?」
いつも通りの俯き加減でそんなことを考えていたならば、理人は全校的美少女のクラスメイトに奇襲を受けた。
ところは、校舎脇の空間。校門を正面に見る、技術科教室の出入り口になっている石段が置かれている場所である。
ボッチの陰キャ少年は、ここでひとり昼食を取る事が多い。便所飯は臭いがイヤだ。
昼食代も自由にならない理人にとって、食堂に併設された安い菓子パンひとつとっても貴重な楽しみとなる。100%邪魔をされる教室でなど食べようとは思わない。
だからこそ、このような日当たりの悪い埃っぽい騒々しい裏道で、小さくなり目立たないように潜んでいたのだ。
だというのに何故こんなところにいるのだろうか、姉坂透愛は。
「どう? わたしVTuberやってみようと思って! カワカワなアバター作ってゲームプレイ実況とか雑談配信とか歌ってみた配信やってみようと思うんだ!
あ、さっきの『こんトワー』ってのはVTuberの定番挨拶ね。『こんトワー』って言ったらリスナーが一斉にチャットで『こんトワー』って返してくれるんだよー! なんか気持ちがピョンピョンするんじゃー!!」
「は、はいッ」
眩しい笑顔にハイテンションで、陰キャのダークサイダーを殺しにかかっているとしか思えない学校のアイドル。本当にピョンピョンしているし。
理人は今日の昼食を諦めた。
そしてVTuberというのは正直よく分からない。理人が使えるIT器機はスマートフォンしかないし、ネットも自由にできる環境ではないのだ。
スマホにしたって、パソコンより安上がりで連絡手段にもなり好都合、という理由で叔父が持たせたに過ぎないのである。
「えへへへ、夏休みのアルバイトで新しいパソコンとツール買うんだよー。今使っているパソコンは古いから、専用マシン買っちゃうんだー。
影文くんはバイトは? もう決まった??」
「あ」
何がなんだかよく分からないが、希望ある未来を疑わない無邪気な笑みが可愛らしい。
VTuberというのも、上手くいって欲しいものである。
そして、少し前に姉坂透愛と、夏休みのバイトのことに付いて話したのをいまさら思い出す理人だった。
その後色々あって、バイトする必要はなくなったのだ。ある意味普通じゃないバイトの予定はあるが。
姉坂透愛は、その時に「一緒にバイトする」云々とか言っていたが、当然ながら理人は本気にしていない。
仮に姉坂透愛が本気だとしても、みんなに好かれる美少女クラスメイトと同じバイトで働くとか、理人の精神が持たないのである。
「ああ……いや、あの、決めてない。何かするのは決まってるんだけど――――」
「それなら一緒にイベントスタッフやろうよ! 特に夏限定で忙しい分これはいいですぜゲヘヘ」
濡れ髪の友人曰く『残念美少女』というのがピッタリなゲスい笑み。
そのテイクマネー的なハンドサインといい、全力で素を出していくスタイルは、素直に理人の憧れであった。
魅力的な容姿、ポジティブな精神、明るい性格があればこそだと思う。
「どうかな……? イベント会社の夏のヘルプスタッフの募集に受かったんだけど、ヒトが足りないから友達いたら紹介してねって言われているんだー。
影文くん、バイトに全力~って言ってから……。バイト代も良いと思うけど」
そんな美少女に上目遣いで頼まれては、否とは言えない理人である。
クラスメイトとなれば、断るとその後が気まずくなりそうであるし。
さりとて、夏休みはアンダーワールド廻りの予定だったが、先生になんて言おう。
完全に自業自得な板ばさみ状態に陥り内心頭を抱える陰キャラボッチであるが、困ったなりに胸が熱くなる自分を自覚していた。
◇
昼休みが終わり間近となり、陰キャ男子は教室に戻る事とする。
何故か、姉坂透愛と一緒に。
先ほどまで一緒にいたのだ。一緒に同じ教室に帰ることになるのも、なんら不自然な流れではない。
それが、イジメ対象の陰キャと、人気絶頂のクラスのアイドル的美少女、という組み合わせでなければだ。
とはいえ流石に多少慣れも出てくるか、落ち着くと次に湧いてくるのは当然の疑問である。
この学校のアイドル的美少女、なんでまた四面楚歌のイジメられ陰キャ男子に関わってくるのか。
そんな疑問を自ら聞きに行く勇気など、理人には無いのだが。
「あ、姉坂さん! と…………」
そんな居心地の悪さを感じながら歩いていると、教室に近付いたところで、似非優等生の外面の良い笑顔に遭遇するハメとなってしまった。
同じクラスに所属しているのだから、不思議でもないと言えば不思議ではない。
そして、見たくもない顔を見た、という感想は、理人にも花札星也にも共通しているのがお互いに分かった。
「ああ姉坂さん、ちょうど良かった。
もう今週末から夏休みでしょ? どうかな、僕と一緒に横浜未来港のビアガーデンでバイトしてみない?
お洒落なところだし、拘束時間が短い割には結構給料もいいんだよ。
近くの横浜でも遊べるしね。どう?」
理人に乾いた目を向けていたのも束の間、その存在に気付いてない風で姉坂へ親しげに話しかける花札星也。
同じバイトをする件はつい先日断られていたのだが、まだ諦めていなかったということらしい。
そして、姉坂透愛の返事も前回と変らないのだが、今回に関してはまた少し事情が違っていた。
「花札君、私もう夏休みのアルバイト決まったよ? 夏休み入ってすぐからお願いしますって言ってあるから」
「それってもしかしてー……影文君と一緒に?」
「うん、そう」
前回、似非優等生のバイトの誘いを断った時と異なり、今回はバイトの内容も、そして理人と一緒にやるのも決まっている。
本人はまだ、先生にどう言うべきか、などと悩んでいるが。
花札の愛想笑いが、一瞬だけ張り付いた作り物めいた表情へと変化していた。
だがそれも、いつも通りヒトに親しみを持たせる笑みへと戻る。
「え? ああ……ハハ、そうなんだ。でも、それはどうなのかな? あまりクラスメイトを悪く言いたくないけど、あまりいいことにはならないと思うよ?
ほら……なんと言うか、影文くんも他人と協力して何かをするのは得意じゃないって言うし、ね?
彼の為にもならないと思うけど…………」
苦笑気味に曖昧な言い方をする優等生。
ハッキリと他人を侮辱したりはしない。そういう少しでも反発や疑問を持たれるような粗は見せない。
あくまでも相手の為に。それを装い、相手を自分の都合のいい方に動かすのだ。
花札星也は、自分の容姿が優れているのを知っている。
それに相手が何を求めているか、何を言って欲しくて、どんな答えが自分にとって都合が良いか分かるのだ。
それを肯定し、満たしてやれば、誰もが自分に対して好感を持つのを知っていた。
そして一度でも自分の側に立てば、その立場を軽々しく変えられる人間など存在しないのも分かっている。
言葉で絡め取るように、相手の心に入り込み、花札星也は大事な位置に居座るのだ。
「花札君……影文くんがクラスで無視されているのは、影文くんのせいじゃないでしょ?
教室とか先生の前じゃ影文くんを擁護するようなこと言うけど、結局影文くんに責任があるみたいに言うよね。
それに、影文くんが用具室の裏とかに連れて行かれて殴られたりお金取られたりしているのも、そこに花札君がいるのもみんな知っていて言わないだけだけだし」
ところが、似非優等生のいつもの手管は、姉坂透愛には通じていなかった。
学校という社会で平穏な生活を送る為には、波風を立てないのが最も重要な事だ。
生徒達はここで、一般社会に出る上で最も重要な事を学ぶ。
多数派もマイノリティもどちらも同じく、物事の正当性やルールなどどうでもよい事なのだ、と。
それを経験で学び、大人になるのだ。
これが、学校という閉じた社会の最も重要な役割であろう。
だからまさか、多数派の中でもトップカーストに属する学校のアイドルが、こうも真正面から自分を否定して来るとは思わなかった花札である。
失敗した。同じバイトにするのを承服させるなら、教室内で大勢の味方がいる中で同調圧力を利用するべきだった。
そんな後悔をさせるほど、花札星也は焦っていたワケだが。
しかし今は、皆の前で顔を潰されなかっただけマシ、とよく回る頭が判断する。
それより、この厄介な反逆者を丸め込むのが急務だ、とも。
「え? え?? いや、イヤだな姉坂さん、誤解だよ。僕は……ほら、仲裁! 仲裁に入っているんだ!
影文君だと何を言っても相手を怒らせるから僕が間に――――」
「いいよまたそんな見え見えの言いワケしなくて……。ていうか、影文くんとか柴崎君をイジメているヒト達が自慢するみたいに大声で言ってるから、隠すとか意味無いし。
そういうヒトにも影文くんのような相手をイジメていい理由をあげて、自分は直接手を出さないで良い子しているんだよね。知ってる」
ところが、誰もが慕う優等生、花札星也を見るアイドル、姉坂透愛の目は、どこまでもドライで軽蔑していた。
まさかここまでハッキリと後先考えない拒絶をされるとは、流石に花札も想定外で声も出ない。
奇しくもその考えは、すぐ隣にいたリアルタイムにイジメられている本人、理人も同感だった。
花札星也は狡猾な支配者なのだ。教室内の空気を意のままに操り、大勢の支持者の総意を私して自分の恣意を通せる。
そんな相手に逆らったら、どんな事になるか。
あるいは、姉坂透愛も自分の人気が高いからこそ、刃向かっても大丈夫と思うのか。
そう考える花札の一方、理人にはそうとも思えなかった。
「きっと私だけじゃなくて、花札君が何をやっているのか知っていて本当に仲良くしようってヒトはいないと思うよ? 私もムリかな。
だから夏休みのバイトは一緒にできないよ。ゴメンね」
振り払うように言うと、隣にいた陰キャ男子の手を勢いよく掴み、優等生の隣を通り過ぎて行くアイドル。理人は喉奥で悲鳴を飲み込む。
その間、花札星也はピクリともしなかった。振り返らないし、表情も変わらない。
ただ、ハラワタが煮えくりかえっている。
誰もが有意義な学校生活を送る為に、場の空気に逆らわず生きているのだ。不本意な行動を強いられる事もある。それでも、皆が協力して住みよい環境を守るべく努力していた。
それを、身勝手で子供っぽい好き嫌いの感情で自分だけは違うというように振る舞うなど、許せない。
「もう……いらないか」
掠れた声で呟く優等生の顔は、酷く投げやりで酷薄だった。
◇
何故あんな事を言ったのか、学校のアイドル的クラスメイトと似非優等生の対決を見ていた理人は、姉坂透愛にそう聞きたかった。
だが、やはり理人にそんな立ち入った事を聞く度胸はなく、また『バイトするの楽しみだね』と笑顔で言う姉坂透愛が聞いてほしくなさそうに見えたので、結局何も言えなかったのである。
その代わりではないが、終業後にメチャクチャ睨みつけて来るボウズ頭から、またしても呼び出された理人であった。
正直もう呼び出しに応じる理由もないと思うが、今回は少し気になることもある。
何がなんだかよく分からないままだったが、理人は姉坂透愛に助けられた、と思うのだ。
終始言われっ放しで何も反論できなかった似非優等生が、その姉坂透愛について何か口にしないか。
それだけが気になり、理人は呼び出しに応じて校舎裏へと向かう事とした。
「影文くん、この前コンサル料として40万請求したよね。あれ迷惑料込みで400万に値上げするから」
「は?」
それで現場に着いたらそんな事を優等生に言われ、意味が分からず間の抜けた声を漏らしてしまう陰キャ男子だったが。
頭の良い相手だと思ったが、今この時だけは相手の頭を疑う理人。
もう金を払う理由など無いのだ。
カツアゲを成立させる条件は、奪う側が奪われる側より暴力に優れていること。
理人は超能力で、それを逆転させた。少なくとも暴力的なだけの高校生など、1000人同時に相手したところで負けはしない。
大げさにケガをしたと被害者を装い学校側に訴えた件も、その場でウソを暴いてやったはずだが。
「えーと……帰るね。いい加減そういうの警察沙汰になってもおかしくないって考えた方がいいよ?」
この場にいるのは、理人の他には花札と取り巻きの4人。よく見る面子だ。
数で威嚇しているつもりだとしても、もう理人は無視して本当に帰るつもりだ。
姉坂透愛についての話も出ないようであるし。
「勝手なこと言ってんじゃねーぞクソ野郎が!」
「そーだよ逃げんなよ犯罪者がさぁ! お前俺に何したか忘れたのかよ!!」
「ビビってんのかよザコ助!? もう一回イキって見せろよあぁ!?」
背を向ける陰キャ少年に対し、一斉に罵声を上げる優等生の取り巻き連中。
とはいえ、前回手も足も出なかったのは忘れていないのか、手を出す気は無い様子だ。
しかし、踵を返して周囲に目線を走らせた一瞬、理人は何か気になるモノを見た気がして、改めて注意を向けてみた。
校長室では4人が派手に包帯を巻いていたが、今包帯を巻いているのはひとりだけ。
茶髪をワックスで整えシャツの胸を開きチャラチャラしている男子は、本当に怪我をしていた。
「酷いよ影文くん、ちょっと冗談言っただけなのに本気で暴力を振るうなんてやり過ぎだよ。
浜奈くん、わざわざ病院に行って看てもらったんだよ。脚の骨にヒビが入って、腕の怪我は縫わなきゃいけなかったんだってさ。
これ……傷害罪、ってヤツだよね? 警察沙汰になって困るのは影文くんの方じゃないの?」
平坦な声で言う優等生。
そのセリフが事実なのは、理人も自分で確認していた。
超感覚に属する超能力、透視で見る限り、本当に包帯の下に縫った傷がある。
誰かを陥れる為にここまでするのかと、理人の中には怒りと同時に今までとは種類の違う恐れも生まれていた。
「…………いいんじゃない? 警察に調べてもらえば。オレがやったっていう証拠、凶器とか、犯行現場、監視カメラとか目撃証言? そういうのがあるなら、全部調べてもらえばいいよ。
この前みたいにウソがバレるだけだと思うけど」
「知ったかぶりしてんなバーカ! 警察はウチの爺ちゃんの味方なんだよ! そんなこといちいち調べなくたってお前が犯人だってのはもう決まってんの! ザマーみろ!!」
勝ち誇ったように大声で喚くのは、怪我をしている張本人であるチャラ男、浜奈菊千代(本名)だ。
『爺ちゃん』こと祖父が3代前の総理大臣だというのは、校内では有名である。
そして、警察と検察それに司法が政治家に甘い、というのは今にはじまった話ではない。
少なくとも、何の権力も無い陰キャ少年よりは、元総理の肩を持つのは間違いなかった。
分からないのは、本当に怪我をして見せるほど理人を憎む理由があるのか、ということ。
それとも、ヒトの心を縛るのが得意な優等生は、ここまでの事をヒトにやらせる事ができるのか。
理人の頭に、『邪悪』という単語がチラついた。
「400万は慰謝料だよ。払わないなら、傷害の罪で少年刑務所行きかな。
でも、今までの事を反省して自主退学するなら、浜奈くんも僕らもそれでいいよ。ね?」
いったい何を『反省』しろというのか。つまり、逆らった理人に対する報復、ということだろう。
力でダメなら悪知恵で、または権力で。イジメられる側の反撃を絶対に許さず、イジメる側は形振り構わず踏み躙ろうとする。
あるいは加害者の方も、必死ということだろうか。
負ければ今までの自分たちが貪ってきた享楽のツケを、全て支払わされることになるのだから。
などという殊勝さは、追い詰められた獲物をニヤニヤしながら見る連中には無さそうだったが。