38thキネシス:時に惑い惹かれ死にかかる女性という超能力
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裏世界は表の世界とは違う世界だ。
当たり前だと思っていた物理法則や常識すら、アンダーワールドでは時に怪しくなる。基本的に人間が活動することを前提としない空間だった。
それが一見整備された都市のようであっても、いざ踏み入れば出鱈目な地形が侵入者に牙を剥く事も多々ある。
バリアフリーとは無縁の都市計画であろう。
最上級危険オーパーツ、『エッグ』。
その捜索の為アンダー東京へ入ったチームの12名は、大通りは無論のこと、少しでも何か動いている影が見えたなら、そこを避けて移動していた。
ファージの排除、中枢結晶の回収、アンダーワールド内の探索に、発生したオーパーツの奪取、など。
それらもアンダーテイカーの仕事ではあるが、今回の依頼とは関係ない。
戦闘はリスクしか負わない、無駄な行為である。基本的な収入源だが、中枢結晶の回収も無しだ。
安全なルートを探るうちに、捜索チームは道路を使った移動を断念する事態となった。どの道もファージらしき生き物がいたのだ。そもそもアンダーワールドでファージを避けて通るのが無理筋である。
まともな構造をしているかも怪しい建物内の移動も避けたいところであったが、こうなると是非もなし。
しかもちょうど、ブルーシートで覆われたビルの建設現場を発見。
打ちっ放しのコンクリートに鉄骨剥き出しの建築現場内は、妙な位置に段差があり、床にひと跨ぎで越えられる間隙があるかと思えば、その底は見えないほど深くなっている。
柱も出鱈目な位置に立っており、エレベーターシャフトは横に走っていた。
人間がいかに自分の既成概念の中で生きているのかを、無意識下で突き付けられる空間だ。
そんな奇妙に感覚の狂う場所を、ふたりが左右に広がり先行、他の者が静かに続いていく。当然武器は構えた状態。
黒いハーフコートのフードで顔を隠した陰キャ超能力者、影文理人は集団の後方。後ろの敵を気にしながら付いていくポジションだ。
遠隔視があるので特に苦でもない。
そんな建設現場の途中、行く手に8メートルほどの段差が現れ、チームはそれを乗り越える必要に迫られた。
念動力による移動が便利な場面だが、フードの陰キャに声はかからない。
アンダーテイカーはプロの元兵士が多く、他者に命綱を任せるのをよしとしなかった。無論他に手段が無い場合は、その限りではないが。
まず段差の下にヒトが屈み込み、別のひとりを下から押し上げ、登った者が下にいる者を引っ張り上げる。
依存はせずとも、適時協力するのもプロの姿勢だ。
この間、理人は警戒役だった。
高低差のある地形も単独で踏破できるので、最後尾で他のメンバーが上段に上がるのを見守り中。
チームが無防備なところを襲われないよう、遠隔視も使い現場を俯瞰していたが、
『――――!? ブラスト!!』
唐突に、文字通り降って湧く何かの影を、念動力で吹っ飛ばした。
『なんか出た!!!?』
「なんだ!? 今のはなんだ!!?」
「敵だ! ファージ!!」
何者かの奇襲を見事に防いだが、それはそうとビックリしている陰キャ。次に降ってくるモノも同様に吹っ飛ばす。
地面に叩きつけられたのは、ニヤけた白い仮面をつけた上下黒いスウェットのヒトの姿だった。手には先端が曲がった鉄パイプを持っている。
続けて、鉄骨の梁をアスレチックスのように伝って飛び降りて来るニヤけ仮面たち。こちらの服装はジャンパーやタンクトップ、得物は木刀やナイフと様々だった。
アンダー東京で発生するファージである。
「他のファージを呼ぶ前に潰せ! 広瀬! 牧原はディフェンス! ヴェレスと忍者たちは遊撃! 数を減らすのを優先しろ! リヒターは援護!!」
キャップのリーダー保岡の他、軍用装備のアンダーテイカーは戦列を作り引きながら発砲。向かって来るニヤけた仮面のファージを撃ち倒す。
その側面からは、太刀を振り上げたワイルド金髪ヘアの美女が突進。双子の片割れは大口径対物ライフルで援護射撃していた。
そして現代忍者の三姉妹も、壁面や鉄骨の上を駆け短刀やクナイを手にギャングファージを強襲する。
だがここで更なる異常が発生。
コンクリ打ちっ放しの壁や床、鉄骨の柱や梁が、一斉に動き出した。
当然、それらを足場にしているアンダーテイカーたちは激しく動揺する。
「クソっ!? ヤバいぞ!!」
「ここから出ろ! 行け行け行け!!」
「また来やがった! 止まるな! 撃って動きを止めろ!!」
そんな最中でも、ニヤケ仮面のファージはお構いなしに襲い掛かってきた。
上昇する鉄骨、沈んでいくコンクリの床を次々に飛び移り、軽業のようにアンダーテイカーに急接近してくる。
動く足場、上下を問わず攻撃してくるファージに、捜索チームは足を止められ追い詰められていた。
「リヒター! やれ!!」
『了解……!!』
ここで、キャップのリーダーが黒フードの超能力者に指示。
足場と共に際限なく落ちていた者、またはファージに囲まれていた者が、強力な念動力により一気に引っ張り上げられる。
空中へ釣り上げられながら、アンダーテイカーはアサルトライフルをバースト射撃。
何発もの弾を喰らって倒れるファージを振り返りもせず、地面に下ろされると同時に全力で突っ走った。
「クソっ! ヤバい!!」
「行ける! ダメか!? 飛べ飛べ!! リヒターもしダメなら頼む!!」
「うぉおおちくしょぉおお!!」
建設現場の床が、アンダーテイカー達の進路を阻むようにド真ん中から割れていく。
見る見る広がる大穴。下がどうなっているかなど、ファージに追われている状況では気にしているヒマすらない。
3人は自力で飛び越えたが、3人が落ちかけたので陰キャ超能力者が後押し。
「リヒター」
「受け止めなさい」
「うわッ!?」
ワイルドとパッツン金髪の双子美女が高所の足場から大ジャンプし、どう見ても落ちたら骨折では済まないそれを、ギリギリのところで理人が捉えた。心臓に悪過ぎる。
「あ……!」
「バカ狩菜!? あんたなにやって――――!!」
「堕葉ちゃん鉤ロープ……!」
「さっき使っちゃったよ!!」
たまたま殿のように最後尾でファージを相手取っていた忍者三姉妹、その一番下の妹が大穴の前で急ブレーキをかけてしまった。
開いた距離は、既に10メートル以上。
姉ふたりは走り幅跳び世界記録以上の距離をなんとか飛んで見せたが、末っ子は躊躇する間に足場ごと下方に落ちはじめ、
『――――フリック!』
「ぅわひゃぁああああ!!?」
当然ながら、理人の念動力でポーンと軽々宙を舞い、ボーイッシュ系少女は浮遊感に捕らわれ悲鳴を上げる事となった。
「そこだ! そこから出ろ!!」
「警戒! 警戒! 外に出たらすぐにファージに出くわすぞ!!」
「出口を確保! 脱出を援護しろ!!」
そこでホッと一息吐いている場合ではなく。
キャップのリーダーをはじめアンダーテイカーは、工事現場を覆う青いシートを捲り上げ外に飛び出した。
現場内の組み換えは続いており、競り上がってきた地面が壁となり圧し潰さんばかりに迫ってくる。
銃口を外に向け、または内側に向けファージの追撃を警戒するアンダーテイカー。
その全員が大急ぎで外に出ると、無人の建設現場はまるで何事もなかったかのように、静止したチグハグな景色を取り戻していた。
「ハッ、ハッ……どこだここは!?」
「ファージは!?」
「ここにはいないようだ……。全員静かに。藤井、田村、偵察に行け。リヒター、隠穂は周囲を警戒しろ」
『了解です』
「行きましょうリヒターさん」
「他の者は少し休んで状態を整えろ。周囲の状況が分かったらすぐ移動するからな」
建設現場を逃げ出すと、そこは無人の裏通りだった。一方通行の狭い車道と、小奇麗な歩道に街路樹。看板表示の狂った牛丼の有名チェーン店。
今し方までいた建設現場内からは、何の音もしない。
捜索チームは路上駐車されたバンの陰に固まり、上がった息を整えていた。
フードの陰キャは一台分離れたスポーツカーとの間に入り、通りの向こうを監視している。
そこには相変わらず、顔がボヤけて見えない無個性のリーマンの流れがあるだけだ。
「未熟な妹のミスをフォローしていただき感謝しています、リヒターさん。役目とはいえ、異界で果てさせるには忍びなく思っていました」
気が付くと、音も気配もなく、すぐ斜め後ろに柔らかいし表情の美人がいた。
忍者三姉妹の長女である。やや心臓に悪い。思わず念動障壁まで出してしまったじゃないか。
「私もそれなりに身のこなしには自信があったのですが、リヒターさんにはとても及びませんね。
それで、どうやってお礼をしましょう?」
『は? 「お礼」……とは?』
「もちろん妹を助けていただいたことの、です。
私自身は、妹よりも役目を優先しなければなりません。ですから、私に出来ない事をしてくださったリヒターさんには、私にできる事ならどんな事でもして差し上げます……」
何のことやら。今ファージの警戒で忙しいのだから難しいこと言わないでくれるか。
クールにそう言いたい陰キャの童貞だが、美人で大人のお姉さんに迫られているという状況に声も出ず。所詮異性に慣れてない童貞よ。
ものスゴい強調されているお胸に目がいってしまうのは、男の子のサガである。優し気な微笑なのに肉食獣を連想するのはなぜなのだろう。
念動力で接近禁止するか瞬間移動で逃げるか、いやテレポの方は切り札だから迂闊にヒトに見せられないわ。
追いつめられた頭で現実逃避気味に、そんな思考を展開していたならば、
脳を直接ド突かれたと思うような衝撃が理人を襲った。
「なんッ――――」『――――だ今の!!?』
「なんです……!? 頭の中に、直接なにか……??」
思わず声を漏らしてしまった独り言を、咄嗟に念話に切り替え。
そして、謎の衝撃にも驚いたが、忍者のお姉さんもリアクションしていたのを見て、異常を感じたのが自分だけではなかったというのにも驚いた。
今のが何だったのかというと、強烈な思念だったように思えるのだが。
それも、理人が念話で発するような出力ではない。
アンダーワールド自体が鳴動したかのような思念波だった。
『保岡からリヒター、そっちで何か異常は!?』
『何が起こったんだよ!? そっちでも感じたか!!?』
『姉さん!? 姉さんそっちは大丈夫!!?』
『今度はなんだよ!? 誰か何か見たか!!?』
間もなく、チーム内の無線通信も騒がしくなる。
装備を身体に貼り付けるように整え直し、ライフルを周囲に向けるアンダーテイカー。
そこでピタッと動きを止め、息も潜める。
一見して何事も起こっておらず、聞こえるのは大通りを行進し続けるボヤけ顔のサラリーマンの靴音だけだ。
それでも全員が、今まで経験したことのない、確かな異常を感じ取っていたのである。
それも恐らく、チームが探すべき、エッグに関わる『異常』だ。
「なんだこれ……? 気持ち悪りぃ」
「音じゃない……。赤外か何かが振動になって腹の中まで響いている感じだ」
「リヒターのテレパシーに近いか……? おいリヒター!」
『多分、意図が無い思念ノイズだと思いますけど……』
超能力者でない者すら感じ取れるほどの強力な思念。
とはいえ、理人もそれがどういう思念かまでは、よく分からない。
超能力を扱う分、ヒトより多少思念を察知しやすいとは思う。超能力による思念波なら一定のパターンがあるので判別できるのだが。
それでも、それが個人の主観と感覚に頼ったいまいち曖昧な認識に因るモノであるのに違いもなく、故に新参者な自分が口に出したい事ではなかったが、
『……あっち、の方かな。思念が来ているのは』
依頼達成の成否に関わる以上、黙っているワケにもいかなかった。
◇
高層ビルが映像の早回しのように超高速で組み上がっていた。
かと思えば、同じような速さで建築行程が逆に進んでいく。
ある建物は、ふと目を離してまた視線を戻したならば、全く違う建物に変わっていた。
ある外国人観光客が言った。
東京はまるで蜃気楼の街だ。
次の年に訪れると、そこにあった建物がなくなっている。
建て替えのスパンが速すぎる日本の都市の建物をして、こういった印象を持たれている、という話だ。
アンダー東京を形成する思念は、そのような意識から発生したモノかも知れない。などと思う陰キャ超能力者である。
複雑に重なる高架道路の真下を潜ると、見えてきたのは無限に鉄骨と鉄板だけで組み上げられたかのような、超高層建築物だ。
骨組みだけのような塔と、その四方を囲む鉄パイプと金属の踏み板で出来た足場。
非超能力者にすら感じられる思念波は、この最上部から放たれているようだった。
「……何メートルあるんだよこれ」
「リヒターに行かせるか、あるいはリヒターに何人か運ばせるか……」
「それでしたら私たちが――――」
「上に何があるか分からないからな……。リヒターの超能力も空中で切れたら一巻の終いだ。不測の事態で落ちて死ぬより、足場を使って自分の足で上る方がマシだろう」
「そろそろバックアップのチームもアンダーワールド入りした頃じゃないか?」
「ここまで来るのを待つのは時間がかかり過ぎる。そっちにはファージの陽動と支援を求めるのが妥当か」
天辺は遥か上。足下の不確かな骨組みしかない塔。外からは丸見えだ。
ファージの襲撃がある可能性を考えれば、逃げ場のない空間へ踏み込むのはあまりに危険。
それはアンダーテイカーなら誰にでも分かり切った話であるが、かと言って次善の策を誰も口に出来ず。
「確実に行こう。全員で上り、ファージは迅速に排除。リヒターは全員のサポートだ。だからと言って落ちても安全だと思うなよ」
リーダーの指示に、やっぱりそんな感じになるよな、と嫌そうな顔になる者が大半だった。
アンダーワールド内は見かけこそ人間の住む世界を模しているが、所々明らかに人間の移動を想定していない地形が存在する。
故にアンダーテイカーは、険しい地形を移動する装備を持つのが常識だった。ロープやフック、カラビナ等がそれだ。だからといって危険な足場を喜んで上りたいとも思わないが。
自身の装備を確認したアンダーテイカーは、周囲のファージを警戒しつつ骨組みの塔の真下まで移動。
身を屈めて路地に集まると、改めて直上を見上げ溜息を吐いていた。
「どれだけ高いんだよ、これ……」
「上らなきゃいつまでもこのままだ。リヒター、上が異常の元であるのは間違いないのか?」
『いえすいません分かりません。ただ上に何か強力な思念波を出すモノがありそうだ、ってだけです』
「やっぱリヒターだけ先に行かせて確認した方が……」
「それじゃおまえひとりで偵察して来るか?
この深度まで潜れば、リヒター無しでの撤退すら難しい。思い切った手札を切るのは、その必要が出てきた時だけだ」
キャップのリーダーの号令で、チームは気乗りしない者も含め、鉄の渡り板を上がり始めた。
ホワイトノイズのような街のざわめき。
それでいて奇妙な静けさが一帯を満たす中、武装した集団も無言のまま鉄骨と金属の足場の塔の中を進む。
ある程度登ると、周囲のビル群の景色や下界の風景を見ることができた。
東京のようでありながら、地平線の果てが見えないほど広がる大都市の姿。
霞んでボヤける地上では、顔の無いサラリーマンが黒く濁った大河のように建物の間を流れている。
高度約300メートル。
目線の高さの建物が少なくなり、地面の人影が区別し辛くなっていた。
足がすくむが、ファージが湧いて出ないのが不幸中の幸い。
「ったくアンダーワールドはこんなんばっかだ……」
「これで5000万……」
「いくらだろうと命に釣り合う額じゃないさ」
「今回は超能力者のヤツがいるだけマシだろー」
足のすぐ脇にある奈落を見て、心底嫌そうな顔になるアンダーテイカーのひとり。風通しが良すぎる。
上を見ても、ガスで煙って未だに天辺が見えない。
強風に吹かれて身体が揺れ肝を冷やし、疲れから足下が怪しくなり、精神的にも辛くなっていた。
壁が無く吹きさらしの階層。下が見える金網の床の上で、落ち着かないまま小休止を入れる。
上を見ても、建物自体が邪魔して相変わらず頂点は見えない。
だが登らねばならず、疲労とうんざり感で一切の無駄話も途絶えた。
そんな移動を続けていたが、
「あ……あれ? ここで終わりか??」
「マジか!? クソ終盤意識飛んでたぞ、危ねぇな」
終わりは唐突に。
もはや無心で上っていたら、登りのスロープが見当たらなかったので、一瞬戸惑ってしまった。
頂上。金網の床のフロア。
心底疲れた溜息を漏らし、一同は周囲を見回してみる。
地上は、遥か下方。薄く黄味がかった空気のせいで、ぼんやりとしか見えない。
そして、階層の中心の床を見てみると、そこにはポツンと無造作に黒い卵が落ちていた。
「あ? アレか??」
「おいおいこんな簡単に……」
「簡単じゃなかっただろどれだけ上って来たと思ってんだよ」
「持ち逃げした奴はどこだ……? 全員警戒しろ」
拍子抜けした気もするが、得るべきモノがそこにあるのなら別に迷う理由もない。
こんな仕事、誰だってさっさと終わらせたいのだ。
ニット帽のおっさんアンダーテイカーは漆黒の卵に近づき、屈み込んでそれに手を伸ばす。
「すいませんが、これはいただいて行きますね」
一瞬ヒモのような何かが伸びてきたかと思った次の瞬間には、視界からその黒卵が消えていた。
「は……? あ!? おい!!」
「ブツは――――!?」
「忍者どもなんのつもりだぁ!!!!」
ニット帽のおっさんが戸惑いの声を上げ、キャップのリーダーが怒声を放つ。
全員がプロのアンダーテイカーだ。状況はすぐに把握できた。
つまり、チームに参加していた三姉妹、ぼんやりボーイッシュ少女の狩菜、つんつんツーテール次女の堕葉、おっとり長女の隠穂が黒い卵をかっさらい、しかもビルから飛び降りたのである。
「止めろリヒター!」
『どうやって!?』
経験の浅さから混乱気味の陰キャだったが、とりあえず逃走阻止と落下防止で念動力発動。
落ちていく3つの影を遠隔視で捉え、下から突き上げる力場で撥ね上げようとした。
次の瞬間、縁から下を覗き込もうとした理人の額に、鋭利な刃が突き刺さっていた。
「あっぶ――――!!?」
そんな0.3秒先を予見した陰キャ超能力者はギリギリのところで仰け反って回避。鼻先とフードを赤い刃が掠めていく。
普段から理人は、大なり小なり念動防壁を張り自分を防御していた。
しかし今の一撃は、その力場の膜を貫通して来ている。
(AHED!?)
一瞬だけ見えた、ツインテの次女忍者が理人目掛けて放った物体。
それは、反恒常性効果弾、アンチホメオスタシスエフェクトダートを投げナイフに加工した物と思われた。
ファージの体内にある中枢結晶を加工したAHEDは、ファージに対して高い殺傷能力を持つ。
ついでに、超能力に対しても効果を発揮した。
忍者三姉妹が、この仕事の最中にAHEDやその類の武器を使ったという事はない。
つまり、超能力者である、リヒター対策。
この突然の裏切りも、当初から計画されていたという事だ。
「――――コイツら!」
カッ、と。
短い間だが優しく接してくれた記憶が陰キャ童貞の中で180度反転し、怒りと共に高出力の念動力を発動。
「キャ――――!?」
「うキャアああ!?」
「フギャー!!?」
数十メートル下で少々悲鳴が上がり、裏切りの忍者姉妹は骨組みだけのビル内へ、ハエ叩きされたかのように叩き込まれていた。
ウィングスーツ、モモンガのように四肢の間に膜を広げて滑空していた忍者たちだが、不測の事態にも対応し、受け身を取ってビルの床に着地。
とはいえ、世界トップクラスの超能力者を怒らせしかも逃げ損ねた、という事実は重く、これまで余裕をもって事にあたっていた長女『隠穂』さえも顔を顰めていた。
あるいは、誠意をもって接していた少年を裏切ったからこそか。
そしてここで、忍者の裏切りに面食らっていた捜索チームの方にも動きがあった。
「リヒター」
「支えなさい」
『はい!? だから何を!!?』
主語を明確にせず、リヒターの両脇から空中へと飛び出していくふたつの人影。
冷めた無表情を崩さない巨乳金髪美女のふたり。『ヴェレス』の双子だ。
忍者と違いスカイダイビング用の装備も持たないで、双子はリヒターの返事を待たず獲物を追う。
『支えろ』ってなんじゃい!? と内心で悲鳴を上げながら、理人は落下中のふたりを念動力でビル内に押し込んだ。
忍者たちの1階下となる。
双子の対物ライフルを持つ方が、その砲口をスロープの方へと向けた。
すぐさま、ドゴンッ! と発砲。頑丈な鋼の足場に大穴を開け破断させる。
当然警戒していたとはいえ、忍者たちもフロアを駆け降りるワケにはいかなくなった。
ほぼ同時に、双子の太刀を持つ方が垂直の柱を伝い外側から上に出るや、鞘から刃を抜き放ち裏切り忍者へと斬りかかる。
「納得の上なら警告はいらないわよね?」
「ええ、必要ありません」
彫像のような無表情で意思を問う双子の片割れに、微笑を浮かべたまま応える忍者の長女。
風切り音を立て斜めに太刀が振り抜かれるが、隠穂の方は紙一重で、しかし余裕を残したまま飛び退る。
そこを読み、真下から双子のもう一方が対物ライフルを発砲。
ギャンッ! と、足下の鉄板をブチ抜き、鼻先を12.5ミリ弾が突き抜けた。
「――――ぬぇ!?」
流石に予想外な位置とタイミングに、女忍者は空中で背を仰け反らせ、辛うじて直撃を免れる。
「器用ね」
「恐れ入ります……」
やはり表情を変えない、双子のウェーブヘアの方。相手を仕留めそこなった落胆も悔しさも窺えない。
一方、忍者の長女の微笑は剥がれかかっていた。
ヴェレスの双子。
名の売れたアンダーテイカーが、単なる双子の姉妹なワケがなかった。
まさに、ふたりでひとつの連携。
『リヒター』以外のアンダーテイカーなら容易にあしらえる、と考えていた忍者だが、想定外の強敵に歯噛みせざるを得ない。
第2射、第3射と足下の金網を撃ち抜いてくる砲弾から、滑るような高速のバックステップで逃げる忍者の長女。
自分がフレンドリーファイアを喰らうなどとは全く考えていない勢いで、その中を太刀を振りかざし突っ込んでくるヴェレスの片割れ。
ビジネスに徹する女の兵同士が派手にかち合うが、ここはアンダーワールド、当然起こるべき問題も迫りつつあった。




