13thキネシス:ケーススタディの活用法とその結果の是非
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事にあたり、権力を持つ者、またはいわゆる『上級民』と呼ばれる層の動きは早かった。
権力を持つが故に、独自の情報網から利益不利益となる情報は即座にご注進されてくる。
三代前の総理大臣、浜奈元総理の高校生の孫が絡む、同校の生徒に対するイジメと巨額恐喝事件。
この事態に浜奈元総理は、マスコミが騒ぐ前にダメージコントロールの方針を決めた。
即ち、被害者に対する全面的な公式の謝罪である。
事件の揉み消しや隠蔽という手段は、早々に選択肢から外された。
『イジメ』『400万円』というキーワードは既にSNSのトレンドになっており、これを責任逃れなどすればダメージが大きくなるという判断に基づいての事だ。
一政治家として、孫を持つ祖父として、正論に沿った行動こそがマスコミと世論と野党の追及を回避する最善手だという結論である。
正論的な行動を取る理由が、即ち正しいというワケでもないのが肝だ。
そして、孫であるチャラ男、浜奈菊千代は祖父をはじめとして家族たちから激しく叱責された。
イジメと恐喝を行っていたのが理由ではない。元総理の祖父や、政治家の秘書を務め将来的には自ら出馬する父、婦人会などで影響力の拡大を図っている最中の母の足を引っ張るな、という理屈である。
家族に迷惑をかけないなら、なにをして誰に迷惑をかけても構わないという事でもあるが。
浜奈菊千代は、当面は『病気療養』の名目で自宅謹慎という沙汰になった。
反省しろというワケではない。マスコミの目に触れさせない為である。
迂闊な発言をさせない処置である以上、外と連絡を取る携帯電話も没収された。
「ふっ……ざけんなよッ!!」
当然、チャラ男は荒れた。納得も出来なかった。
何故自分が責められなければならないのか。形ばかりとはいえ、どうして自分が謝罪などしなければならないのか。
「あんのクソ雑魚、マジ…………」
自分に非があるなどとは思わない、基本的に自己中心的な思考しか持たない人種である。
イジメられる様なヤツは自分たちに逆らってはいけないし、ましてや反撃するなどもってのほかだ。
カースト下位の奴隷が上位の貴族を攻撃するなど、常識的に考えておかしい。
理不尽で憤懣やる方なく、またそれを発散させようにも部屋からは出られないしスマホも無い。
それらの怒りに身を焦がされ、チャラ男はひたすらベッドの上で転げ回っていた。
と、同時に。
「んぁあああああ! なんでだよ花札君の言うとおり大怪我までしたのにさー! こんなの聞いてねーしよー!!」
無意識に、ほんの僅かだけ、今まで疑いもしなかった自分の地位と立ち位置にもヒビが入っていた。
◇
便利な取り巻きのひとりに自意識が芽生え始めているなど知る由もなく、偽装優等生の花札星也も、面白くない立場に置かれていた。
こちらも、高校でのイジメと巨額の恐喝が問題となった為だ。
「大丈夫大丈夫、ほらー……別にセイくんがお金盗ったワケじゃないんだろ? 友達が勝手にやっただけだもんな? 皆にそう言えば分かってもらえるから。
父さんも他のヒトにはハッキリそう言うし。セイくんは悪くありませんって!」
温厚で優しいふっくらとした父は、花札星也の無実を無条件で信じた。
息子は知っている。このヒトは何も考えていないだけだ。
花札家は代々裕福な家系である。
父はそれを引き継いだだけであり、世間知らずで責任感なしで言葉も実感の伴わないどこかで摘まみ食いしてきた薄っぺらいモノばかり。
ただ、息子だけを溺愛した。
「星也、アナタには失望しました。他人のお金を暴力で奪うのは法的にも道理的にも間違った行為です。
たとえアナタが直接手を出していないとしても、その行為を止めなかっただけでも責任は問われます。それがこの社会の考え方です。
アナタはこの行為が問題だと考えなかったのですか?
反省しなさい星也。反省し、謝罪し、謙虚な態度を見せるのです。それが正しい姿です」
能面のように表情を変えない母は、完全な正論で息子を罰していた。
星也の母は、正論しか吐かない。常に自分を正しい立場に置きたいからだ。
その清廉潔白な性格が親族にウケて父との縁談が決まったと息子は聞いていたが、そこに夫婦の情があるかは怪しかった。
母は花札家の支配者だ。
完璧な正しさで武装し反論する者を即悪と断定する、正しさの暴君である。
「うん、ありがとうお父さん。申し訳ありませんでした、お母さん」
息子は母から正しさで取り繕う事を覚え、父のように愚かにはならないとそれを反面教師にした。
正しさの本質とは物事の合理性や理屈ではなく、集団における認識でありそれは操作できると気付いた。
愚かな者は上っ面の言葉だけでもあれば安心し、知りたいこと聞きたいことだけを信じ、結果を誤れば簡単に罪悪感を持ち、弱ったところを容易に操れる事を知った。
そうならない者が許せなかった。
◇
夏休みが明けて、三日後となる。
前日から選択教科ははじまっていたのだが、陰キャラボッチの影文理人は、その初日をいきなり欠席するハメとなっていた。
ある件で校長室に呼び出しを受けていた為である。
理人が札束パワーでイジメと恐喝問題を大炎上させた事により、学校側はマスコミ対応の準備に追われていた。
一日経った現在では相当数の問い合わせが来ているらしく、もはや記者会見待ったなしと思われる。
今のところ、イジメ被害者の当人には、退学しろとも記者会見で弁解しろとも言われていない。
夏休み前には目が合えば嫌味や皮肉を飛ばしてきた担任や学年主任も、理人が退学覚悟の自爆特攻兵器だと分かると、何も言わないどころか露骨に避けるようになった。
とはいえそれは、クラスでの理人に対する肘鉄のような無視とは違う、恐れから来るモノだというのは怯えを隠す表情を見て分かる。
そんな教室内も、イジメを主導する優等生が理人に対して当て擦りのひとつしない為に、どうにも様子見のような空気が漂っていた。
もう何ひとつ期待しない理人には、どうでもいいことではあるが。
「それでねーそれでねー、もう昨日の一日目だけで聞きしに勝るって感じだったね実際。
でもこの授業なら本当に英語覚えられそう。Vtuberでも英語で雑談配信できるかもね!
英語チャットにも対応できるすごすごチューバー……ぐへへへへ」
「さ、左様ですか……」
舌なめずりしてヨダレを垂らさんばかりな学校のアイドルについては、特に何も言及しないとして。
夏休み中イベントスタッフとして一緒に働いていて、流石にこういうのにも慣れたな、と呆け気味に陰キャは思う。
この自分をフルオープンにしていく姿勢が、周囲の人間に好まれるのだろうが。若干中毒性もある気がする。
昼休みが終わると、選択授業の時間となっていた。
理人は姉坂透愛と一緒に、3階にある専門教室に向かっている。
先日、初回の授業を受けたアイドル的クラスメイトの話によると、英語の選択授業は噂通りの高難度な様子。
自分の巻き添えで姉坂透愛を英語科にしたようなモノなので、多少罪悪感も覚える陰キャである。
して、そんな影文理人の英語能力はというと、
「ミスターカゲフミは……スピーキングもリスニングも非常によくお出来になりますね。その抑えめのアクセントは……クイーンズイングリッシュでしょうか? 誰かに習いましたか?」
「えーまぁ…………英語科は大変だと聞いたので、勉強しました」
超能力の先生、渋メン英国紳士のエリオット・ドレイヴンとの日常会話は、基本的に英語である。
夏休み前に理人が英語科を半ば強制的に選択させられたと知り、そちらの指導も請け負ってくれたのだ。
なにせ、ガチネイティブスピーカーな上に念話を併用したイメージ学習込みの英語漬け生活なので、習得も早い早い。
英語科の教師は、事前に目を通した授業評価とまるで違う理人の英語能力に、非常に驚いた様子だった。
「理人くんスゴーイ……! ぺらぺらのぺらだよ。やっぱりあの外国のヒトの…………?」
『ゴメン透愛さん、先生のことは内緒で。素のオレの方とは接点が無いことになっているし』
「あ……! お……おぉ……」
同じく感心し切りな全校的美少女に、理人は念話の内緒話で、注意して欲しいとお断りを入れる。
姉坂透愛は、念話に対して返事をするワケにもいかず挙動不審になった。
影文理人は、英国紳士のエリオット・ドレイヴンという人物とは関係が無いのだ。
超能力者『マスターマインド』の弟子は、リヒターという顔も知られていない謎の人物である。
夏休みの間に、ふたりはこういうコミュニケーションにも慣れていた。慣れ過ぎて理人は時々声を出すのを忘れるのだが。
そうだよ透愛さんにも念話での英会話フォローは有効じゃん。
いまさらそこに気付いた理人は、巻き添え食らわせたせめてものサポートとして、少しでも負担を減らすべく手助けをはじめた。
念話というモノは、単なる電話代わりの超能力ではない。
それは、長文をタイムラグ無しで相手の脳に直接送信し、イメージを共有し、言葉にできない曖昧な感覚すら正確に伝え得る。
ことコミュニケーションという点については、どんな言語や機械のツールよりも優れた手段と言えた。
「ミズアネサカもよく構文を理解していますね。発音もよろしいと思いますね。
ですがミズアネサカもクイーンズイングリッシュ的スピーキングのような? ミスターカゲフミと一緒にレッスンしましたか?」
『ヤベェ』
「あ、あはは……なんか教わった先生がそうだったみたいで」
情報を共有したところでソース元の知識に依存してしまうのが問題ではあったが。
姉坂透愛が理人のクセまで覚えてしまうというアクシデントはあったが、難関と呼ばれた英語科の選択授業は、どうやら少し楽になりそうだった。
そして、思いのほか優秀なところを見せる陰キャと全校的アイドルに、同じ英語科を取っていた優等生の花札星也は、後方の席から虚ろな目を向けていた。
◇
苦行とまで言われていた選択科目の英語科であったが、理人の今までの勉強と超能力により、思いのほか有意義なモノとなった。
それも理人がアンダーワールドを廻りながら英語で日常会話をしていた成果だが、ここで思わぬ方面からお褒めの言葉をいただく事になる。
「スゴイね。受験英語じゃなくて実用的な英語ができるんだ。別に選択で勉強する必要なかったんじゃないの?」
「え? あの、それは、この授業の為に勉強したんで」
「フフ……だから、勉強の為に勉強したら意味なくない?」
相変わらず、姉坂透愛以外の女子に話しかけられるのには慣れない陰キャラボッチである。
しどろもどろの少年の様子にクスクス笑みを零すのは、メガネをかけ髪を肩まで伸ばした女子生徒だ。
制服の襟の線を見ると、2年生らしい。選択科目は基本的に三学年合同で行う。
一見して地味で真面目そうな先輩だが、一方でイタズラっぽい笑みの似合う美人の少女だった。
フと、理人はその先輩をどこかで見たような気がしたのだが。
「昨日は出席できなかったんだよね? 姫岸燐火だよ。学年違いだけど二年間の付き合いになると思うから、よろしくね」
「は、はい、ヨロシクおねがいします」
緊張してカタコトっぽくなってしまうコミュ障気味の陰キャラぼっちである。
「姉坂ちゃんとはもう昨日お話ししたんだよねー」
「はい! 姫岸センパイも英語つよつよなんだよ。やっぱりこの選択授業だと英語できるようになるんだね……」
「元々英語は嫌いじゃなかったしね。海外に出て行くなら必須になるし……。
何か分からないことがあったら相談してね。影文くんなら特に問題無さそうだから、わたしの方が助けてもらうかも知れないけど」
「はぁ……でもオレもまだ付け焼刃っぽいので、役に立てるかは…………」
ヤバい選択授業だと聞いていたのに、実際にはじめてみたらどうにかなりそうな上に、人当たりの良い優しそうな先輩しかも美人までいらっしゃるという。
他の問題も片付いたので、何やら悪くない高校生活になりそうではないかと。
一方で、今までが今までだったので、落とし穴が無いかと警戒してしまう陰キャ不幸少年。
これがまた予感通りに、想定外の方向からこの後メチャクチャ振り回されることになった。
◇
「これ、影文くんだよね? わたし達、結構同じ電車になってたみたいなんだよね。知ってた?」
「はいッ……!?」
初顔合わせをした、翌日の選択授業後。
人当たりの良い優しそうなメガネと三つ編みの先輩に見せられたのは、スマートフォンの液晶画面であった。
映っていたのは、満員電車の中で理人がカメラ目線に近いアングルにてデコピンしている映像である。
その動きに呼応するように、膝から崩れ落ちるスーツの中年男。少し前の映像には、男の手が女子のスカートの上から不埒な行為に及んでいたのもしっかり映されていた。
ここで理人も思い出すのだが、これ電車の中で痴漢見つけて念動力で一発食らわせた場面だわ。
それにどこかで見た覚えのある先輩だと思ったら、その時の被害者だったとは。
それはそうとして、何故、どうして、どんな理由で、とパニくる陰キャ男子である。
「は? え? せ、せんぱい? これどうして??」
「影文くんってさー……こういう特別なことができちゃうの? それに噂だと、なんか夏休み明けてからはスゴイんだってね。
やっぱり、超能力的なのが使えると収入もスゴイのかなー?」
先日は親しみのある笑みを見せていた先輩が、今は意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべている。某不思議の国の猫のようだ。
そして、先日の学校に札束持ち込んだ件と、携帯の映像を結び付けてしまったらしい。
こんな先輩だったのか、とか、なんだご自分で痴漢の現場抑えてたんですねオレ余計な事したわ、と思考が現実逃避するが、それらの意味するところは、つまりひとつである。
どうも理人が超能力者だってバレたっぽい。
ここで陰キャ超能力者は予見視発動。
「あ、あのですよ……電車の中で指弾いていたのは単に爪にゴミが纏わり付いていたのを飛ばそうとしていただけなんですが…………」
「影文くん、中学までは普通だった英語力がいきなりネイティブレベルとか、イジメに遭っていたのに学校も纏めてリベンジとか、ちょっと凄過ぎない?」
ダメだ3秒先が見えても意味無い。
言われてみれば確かにやり過ぎだ。その辺の事は言いわけ出来ねぇ。
しかも、理人の成績から入学間もなく抱えていた問題とその顛末やらを、よく調べている様子。
だとして、まだ超能力者であるという確信は得られてないと考えられた。
なにせ念動力は見えないのが利点である。超能力制御のジェスチャーは撮影されていたが。
「英語は夏休み先生について頑張りました……。学校の方は、アレですよ……。見せ金を使って問題を大きくする計画が上手くいっただけですね。使うつもりがなければ、用意だけは出来るもんですよ」
「ほうほう、やはりお認めになりませぬか」
さも心外のように目を丸くして身体を傾げるメガネ先輩。なんだそのキャラクター。
かと思えば不敵な笑みを浮かべ、二歩三歩と窓際に下がっていく。
今度はいったい何が飛び出すのか。
いやこの先輩が何を言おうとしらを切り通す以外に道もあるまい。
と、こっそり気合を入れた追い詰められる陰キャであったが、
「それじゃー……こんなのはどうかなー!?」
「は!? ちょっ――――!!!!」
危なっかしく窓枠に座ったと思ったら、姫岸燐火がスキューバダイビングのように背中から落下。
思わず手を伸ばす理人は、念動力を発動していた。
後悔先に立たずとはこのことか。
「あっはー! スゴーイ浮いてるー! ウッソーどうなってるのこれなんにもないのに落ちなーい! おもしろー!!」
ヒトの気も知らないで、半端に宙に浮いた状態で脚をパタパタさせはしゃぐ先輩。
スカートめくれてパンツ見えているのだが、もはや理人はそのことに言及する気力も無いのである。




