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05,何か眩しいデジャヴ。


 ワシが何をしたと言うのか。

 ……まぁ、答えは「働き過ぎた」か。


 魔人国家ピースフル首相官邸、中庭に面した優雅なテラスにて。

 いつも通りな魔境の曇り空を眺めて溜息を吐く。


 一〇〇〇年以上も魔境で暮らしておればこの暗く低い空も見慣れたモンじゃが、やはり快晴の方が好きじゃな。何と言うかこう……日向ぼっこはぽかぽかするし。


 カップに注がれた玄米茶を飲み干してテーブル上のソーサーに置くと、いつの間にかおかわりが注がれておった。ワシの監視役を務めるステルス竜系メイド・クリアスの仕業じゃな。千年筋肉アゼルヴァリウス時代のワシなら特に意識せずとも筋圧で認識できたが、幼女アリスのこの身では向こうが気配を消しておるともうお手上げじゃ。


「うむ、ありがとう」


 どこに待機しておるかわからぬが、とりあえずおかわりを注いでくれた事に礼を言って、再度カップを取る。


「……………………」


 幼女舌に合わせてほどよく冷まされた玄米茶。

 一口だけ含み、味だけでなくその香りを嗅覚で堪能しながら、切に思う事がひとつ。


 ………………暇じゃな。


 強制休暇が六年に延びてしまったのは想定外じゃが、しっかり休むと決意したからには切り替えていこう……とは思うのじゃよ。

 しかし……生まれてこの方、休暇の予定なんぞ立てた事が無くてなぁ。

 幼き頃は父上と母上の庇護の元でぬくぬくしておったし、魔王になってからは休みなど無かったし、幼女になってからも休もうとしてこなかった。

 故に、暇を打破するための行動を起こす事に、何かハードルのようなものを感じてしまう。


 そもそも、暇と言う感覚が未だに慣れぬ。

 やる事が無いと言うのは……何かこう……不安になる。

 その不安の波が打ちつけてくる度に、「休むぞー!」と誓った決意がぐらつくのじゃ。「ワシ休んで大丈夫じゃから。四天王の目が黒い内は何の問題も起きぬから」と自己暗示のかけ直しで頭がいっぱいいっぱい……遊びに行く算段ができる精神状態じゃあないぞこれ。


 ……これを見越して、グリンピースの方から動物園に誘ってくれたのじゃろうな。イケメンの気遣いはさすがじゃ。


 またグリンピースを頼るか……いやしかし奴の厚意に甘え倒す訳にもいかん。この休暇は向こう六年も続くのじゃからな。早く自力で暇を潰せるようになるのが理想……と言っても、まだ休暇と言うものの右も左もわからぬこの身。ヒントを得るためにも助力は欲しい。

 負担の分散――こんな私事に巻き込むのは申し訳無いが、他のイケメンにも協力を仰いでみるかのう。


「よし」


 カップを大きく呷って玄米茶を飲み干し、イケバナへ向かうべく腰を上げようとした。

 その時、一通の封筒が風に乗ってひらりひらりとワシの眼前、テーブルの上にぱたんと着地。


「……む?」


 今の動き、明らかに不自然じゃったな。

 何者かが魔術か筋力で風を操作して寄越したのじゃろうか?


 辺りを見回してみるが、特に影は見当たら――ぬお、びっくりした。ワシの傍らに高性能ステルス竜系メイド・クリアスがすぅー……っと現れ、件の封筒を手に取ると、鼻に当ててスンスンと匂いを確認。そして「危険物ではないようです」と静かに呟き、封筒をワシの眼前に戻すと、またしてもすぅーっと消えていく。

 本当、舌を巻く隠密能力じゃな……。


「うむ。ご苦労さまなのじゃ。感謝する」


 さて……ファナン直属の諜報部隊で働いておったクリアスのお墨付き、間違っても危険物ではあるまい。

 手に取って確認してみるが、封筒は完全に無地。送付者も宛先も不明……と言うか、これ封筒じゃよな? 継ぎ目の類が無い。しかし触ってみた感じ、中に空洞があり便箋らしきものが封入されておる。

 わざわざ魔術か筋力で綺麗に溶接したのか……? 謎のひと手間じゃな。

 考え得る線としては……高度な技術を持っておると言うパフォーマンスか?

 まぁ奇妙な封筒ではあるが、わざわざあんな明白あからさまな挙動でワシの目の前に落ちてきたのじゃ。ワシ宛なのはほぼ確実じゃろう。


 と言う訳で、中身を破らぬよう慎重に封筒の端をお手々でちぎちぎ。

 中身はやはり便箋じゃった。折り曲げられたそれを開いてみると……何じゃこの文字。どこの国のものじゃ? 見た事が無いぞ。

 ……しかし、ますます奇妙な事に。

 この文字列がどう言う意味なのかは、理解ができた。


 ――「愛すべきアゼルヴァリウス。いや、アリスと記すべきか? 私だよ、私だ。私、私」


 ……新手の詐欺かな?


 ――「この一文を呼んだキミは、「新手の詐欺かな」と心の中でツッコミを入れている事だろう」


 この時点ではまだ差し出し主が誰かは見当もつかぬが、余り性格は良くなさそうと言う印象じゃな。

 一体、どこの輩か。


 ――「オーデンだ」


 貴様じゃったのか。


 ――「別に暇は持て余していないが神々の戯れ」


 この手紙、破り捨てて良いじゃろうか。


 ――「ちなみにこの手紙は破り捨ててもすぐに再生するぞ」


 もうこれ前みたいに直接脳内に語り掛けてきてくれた方が早くない?

 と、思った途端に待ってましたと脳内にしゃがれた声が響く。


『聞こえているか、アゼルヴァリウス。そろそろ「これもう直接脳内に語り掛けてくれた方が早くない?」と思い始めている頃だろうからそうしよう』

「オッディ。貴様、実はめちゃくちゃ暇じゃろ」

『いや、実際にそうでもない。シェモーラが盛大にやらかして……ああ、いや、こちらの話だ』


 オッディは気を取り直すように……と言うか何か誤魔化すようにごほんごほんと大袈裟な咳払い。


『とりあえず、まずは挨拶だ。久しいな、アゼルヴァリウス。使い魔を通じてそちらの様子は確認していたが、元気そうで何よりだ。先日は勇者ユリーシアと何やらおもしろそうな相談もしていたな』

「前置きは良い。突然どうしたのじゃ?」


 別に、オッディと話すのが……と言うか神と必要以上に関わるのが嫌じゃから本題を急かしておる訳ではない。

 ……そう言う気持ちが微塵も無いと言えば嘘になるが、主ではない。


 神々は直接的な下界干渉を極力避ける。それがこうして連絡を寄越すなど、剣呑な何かを感じざるを得まい。用件の仔細が気になるのは当然じゃろう。


『ああ、安心してくれ。物騒な話の持ち込みではない』

「何じゃ、そうなのか?」


 しかし、それじゃとますます何の用件かわからぬのじゃが……。


『キミ、今は暇の極致だろう?』

「まぁ……この上無く」


 勇者と会った事まで知っておるようじゃし、事情は把握しておるのじゃろう。


『そこで……前々から天界で議題に上がっていた案件を、この機会に処理しようと思ってな』

「天界での議題? それがワシに関係するのか?」

『ああ。天界の神々の中には、キミに酷い迷惑をかけてしまったと負い目を感じている神々が多い。前々からキミへの埋め合わせをしたいと言う話は出ていた』

「……もう済んだ事じゃろう」


 泣いて謝ろうが許す気は無い。

 じゃが、事を悔いて反省しておるのなら……わざわざ胸倉を掴んで責め立てるつもりも無い。

 ワシがフレアに対して出した結論が、そのまますべて貴様らへの答えじゃ。


『しかし、神の中には悪意無く例のゲームに興じていた者もいる。下界の生き物を命ある存在として正しく認識できていなかった――イケバナに入ったばかりのキミが、イケメンに抱いていた感覚と同じだ』

「……………………」


 ゲームのキャラクターが自分と同じ命ある存在じゃった、なんて思いもしなかった……か。


「……それがどうした。ワシはその勘違いに関して、イケメンたちに許しを乞える立場じゃとは思っておらぬ」


 過去の事じゃとしても、それを糾弾されれば反論のしようが無い。許されざる無知じゃった。許せなどと口を裂かれても言えるものか。ましてや償いの機会をくれなどと、傲慢も甚だしい。

 ワシがその事で何の咎めも受けなかったのは、ひとえにイケメンたちの器の広さ。


 ワシはイケメンではない。

 とてもではないが、神々のしてきた事を「勘違いでしたゴメンナサイ」で水に流す事などできぬ。

 心が狭いと罵られても、それだけは許す事ができぬのじゃ。

 貴様らの遊興のために、どれだけの犠牲が出たと思っておる?


 気付けば、いつの間にか握り固めた小さな拳が膝の上で震えておった。

 ……この感情はきっと、永遠に薄まる事は無いじゃろう。


『ああ、そうだな。キミからすれば「それが何だ。言い訳になると思っているのか。ふざけるな」と言う感想だろうが……それでもやはり、この事を気にしている神々は多い』

「そちらの都合じゃろう。ワシが関知する事ではない」


 少し突き放すような言い方じゃが……まぁ、本音じゃ。


 できれば、もう神々とは関わりたくない。

 しかし、この世界の管理運営から神々が完全に撤退すると各所に綻びが生まれてしまうと言う話じゃし、こやつらの天啓のおかげで平和政策が順調に進んだ手前(元々こやつらが世界を戦乱に導いたのじゃから当然の責任じゃとは思うが)、天上から覗かれる事や多少の干渉については諦めた。

 ……それでもやはり、できるだけ関わりは少なくしたい。

 プレイヤー立ち入り禁止エリアで暮らすイケメンたちも、こう言う心境なのじゃろう。


『ごもっとも。だから、こちらの都合は考えなくて良い。ただ、この案件はキミに取ってもそれなりに利益があると思ってな。話だけでも聞いてくれ』


 オッディの言葉を合図にしたように、便箋の一文が煌々と輝き始めた。

 変わらず文字自体は読めぬが、意味はわかる。

 それが示す言葉は――


「……『神立・ラグナロク学園 入学案内』……?」

『天界全域を対象とした学園生活体験型・超超規模遊戯結界領域(ゲームパーク)、それがラグナロク学園だ』

「神ってバカなの?」

『少なくとも下界の常識は通用しないな』


 ああ、まぁそうじゃろうな。


『実を言うと、最初は限られたクラン内での催しになるはずだったんだ。しかし癪な話、ナイアルラトの言っていた通りでな……おもしろそうな事には血眼になるのが神々だ。キミの件での反省や教訓はあるが……うむ、性だな。いつの間にか天界全域を巻き込んだイベントになってしまった』


 神々はどこまでも神々か……。


『ともかく、だ。あのゲームの謝罪を兼ねて、キミを天界に招いてもてなす……と言う話は前々から出ていた訳だ。しかし、ただ招いた所でキミは「謝罪なんぞ要らん。必要以上に干渉してくるな」と突っぱねて終わりだろう?』

「そうじゃな。よくわかっておるではないか」


 その上で一体、いかなる了見じゃと言うのか。


『だからこれだ。ゲームを催す。我々がゲームマスターとして、キミにおもしれー学園生活を提供する……そう言う企画だ』


 ……ふむ。学園生活、か。

 ふと、先ほどのオッディの言葉が脳裏を過ぎる。


 ――先日は勇者ユリーシアと何やらおもしろそうな相談もしていたな。


 ……ああ、成程な。話が見えてきたぞ。


『キミは学校と言うものに通った事が無いはずだ。しかし、いずれ勇者ユリーシアと共に理想の学園設立に向けて活動を始めるつもりなんだろう? 経験しておいて損になる事は無いはずだ』

「小賢しい」

『こちらとしては、渡りに舟だと表現してもらえると有り難い』


 神々の誘いを受けるなぞ冗談ではない……が、その意地を呑み込めるだけの利益を用意した、と。


 ……確か、オッディは智慧の神とも呼ばれておるのじゃったか。

 納得のやり方じゃよ。つくづく小賢しい。


『キミは長い長い休みを有効活用して、学園生活を体験する。我々はキミが思い描く輝かしい未来への協力と言う形で贖罪をする。自分で言うのも何だが、名案だと思ってね。どうだ?』

「…………………………」


 ……断る理由は、無さそうじゃな。

 神々に良い印象は無いが、その権能や知見は凄まじいものであると理解しておる。

 勇者やワシが思い描く【理想の学園】と言うのを再現してくれる可能性は非常に高い。


 じゃが、一点だけ。

 正直どうでも良い所じゃが、ちと引っかかる事がある。


「……ところでオッディ。ラグナロクと言う単語、どこかで聞いた覚えがあるのじゃが?」


 しかも、うろ覚えじゃが余り良いニュアンスでは無かった気がするのじゃ。

 それがどうにも引っかかった。


『ああ、それは下界に下ろした神話にオチを付けるため捏造した終末戦争だな』


 …………終末戦争?


『一部例外を除いて、神は基本的にみんな死に絶えるバッドエンド・イベントだ』

「何でそんな物騒な名前を付けたのじゃ!?」

『【神でも死ぬくらい刺激的な学園生活】がコンセプトとなっている』

「それワシが放り込まれて本当に大丈夫!? 今のワシただの長生き幼女なんじゃが!?」

『…………………………』

「まさかの無言!?」

『冗談だ。大丈夫。当然、安全管理には全神全霊を注ぐ手はずになっている』

「…………な、なら良いのじゃが」

『それは了承と取っても?』

「まぁ………………うむ」


 過去について許す許さないの話ではない。ワシは永劫、許すつもりはないのじゃから、それは論ずるだけ無駄。神々はこれで勝手に許されたつもりになれば良い。知った事では無い。


 ワシはただ、神々を利用するだけ――そう考えれば、まぁ、悪くはない話じゃ。


 では、ファナンたちに事を説明してこよう。

 ワシは今、保護児童と言う身分じゃからな。出かける時は保護者にきちんと行先を伝えねばならぬ。あと、理想の学園を創ると言う目標はワシだけでなく勇者の悲願でもある訳じゃし、一応あやつにも一報を……ん? 何か手紙がすごい輝き出して――


『それでは、早速こっちに来てもらおう。一刻も早くだ』

「え、いやちょ待、うわっまぶしッ」


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