04,小娘の身長と刑期は延びるもの。
――『マスターは……動物園を……楽しむん、だぜ……』
グリンピースはそう言い残して、救急馬車に詰め込まれた。
その遺言(まぁ美男専用病院で蘇生できるそうじゃが)に従い、付き添いはせず動物園に残ったは良いが……。
「ふむ、結局、独りではパンダと武術体験には行けぬな」
ベンチに腰掛けて行き交う人々と踊り狂う動物たちを眺めながら結論を出し、自ら頷く。
まぁ、終戦から数年が経ったとは言え戦争孤児も少なくない時勢……子供だけでは参加できないなんて事は無いじゃろう。しかし、受け入れる側はウェルカムでも、受け入れられる側は少々引っかかってしまう部分があるんじゃよなぁ……周りの親子連れに気を遣わせてしまう可能性が高い、と言うのが何とも。
ちょうど、楽し気な親子連れが目の前を過ぎ去って行った。
目当てのショーか何かの時間が迫っておるのか、少し急ぎ足じゃな。あちこち目移りする子供の手を父と母がそれぞれ片手ずつ引いて、慌ただしくも楽しそうじゃ。
「……親子、か」
ふと、己のぷにぷにお手々を眺める。
この手を引いて、歩いてくれた父と母の手の感触……さすがにもう、思い出せぬな。
……まぁ、一〇〇〇年以上も前じゃし。
「やめじゃ。この思考は、気分が沈むだけ」
気を取り直すついでに、出直そう。
どうせ向こう三年は年中有休じゃし、日を改めれば――
「あら、久しぶりに見る顔だわ。あんたが客として娯楽施設にいるなんて珍しいわね」
む、この生意気な感じが抜けきっておらぬ声は……。
「ユリーシアか。久しいな」
いつの間にやらワシの背後、ベンチの背もたれに肘を置いてワシを見下ろす金髪のお姉さん。
かつてワシの首を斬り落とした小娘勇者。現在は勇者財団総帥として世界を引っ張るお姉さん勇者。
勇者ユリーシア……グリンピースと同じく有名人じゃからか変装中じゃな。色の濃いサングラスをかけ、公の場では丁寧なお団子にまとめておる髪も雑に束ねておる。何より服装。確か、ジャージと言うんじゃったか? 人間の近代的最先端運動着。いくら最先端の衣類とは言え、よれよれの使い込まれた感があるそれに身を包んだ者が、まさか勇者財団の総帥じゃとは誰も思うまい。
「ちょっと、見ての通りオシノビなんだからユシアって呼んでよね」
「ああ、すまぬ。ユシアよ。しばらく互いに忙しくて会えておらんかったが、元気そうで何よりじゃ」
「それもお互いにね」
ユシアが静かに掌を差し出してきたので、ぺちぬっとハイタッチで応じておく。
「ところで、オシノビと言う事は貴様も休みなのか?」
「ええ、まぁ……休みと言うか、休まされてるって言うか」
「……もしかして、ワシと同じような経緯か」
「同じって……なるほどね。あんたも働き過ぎで部下に無理やり休まされたクチって訳。道理で」
勇者は悪戯っぽい笑みを浮かべ「うりうり~」とワシの頬をぷにぷにする。やめれし。
「あんたみたいな一にもニにも仕事の話しかしない奴が、超国連発足もいよいよ大詰めってこの時期に休んでるなんておかしいと思ったのよ。とりあえず言っておくわね。ざまぁ。適度に休まないからそうなるの。反省してもっと自分を大事にしなさい。体を壊したら承知しないわよ」
「ワシ知ってる。こういうのブーメランって言うんじゃろ」
数秒前に同じ境遇じゃって話したばっかじゃろ貴様。
「で、あんたは実刑何日よ?」
「……日?」
「……え、まさか数週間単位で休まされてんの?」
「…………………………」
「……あんた、どんだけアホみたいな働き方してたのよ?」
ワシ知ってる。こういうのドン引きって言うんじゃろ。
「ユシアよ。ワシもその件については痛く反省したつもりじゃ。勘弁してくれ」
「え、ええ……わかったわ。この話はもうやめとけって勇者的直感もざわついてるし」
神々の庇護が発動するレベルか……。
「まぁ、ちょうど良いわ。あんたに少し相談したい事があったの」
「相談?」
「隣、座るわよ」
ユリーシアはベンチの背もたれを掴んだ手を軸にひょいっと跳び、軽やかに着席。スタイリッシュなキレのある動きで足を組む。
そう言えば勇者財団発足したての頃に「総帥たるもの、あらゆる所作が華麗でなきゃね。特にアタシ若いし、威厳を出すのはとても重要なの」とか言ってカッコ良く足を組む動作を繰り返し練習しておったな。
そして今のは見事な足組みじゃった。努力は裏切らぬものよ。
「……何よその見守るような温かい目は。あんたみたいな幼女がしていい目じゃないわよ」
そんな事より、とユリーシアは自ら始めた無駄話を早々に打ち切ると、神妙な顔で指を一本立てた。
「学校、ってどう思う?」
「学校?」
「魔人の文化圏にもあるでしょ?」
「うむ。人間のそれほどシステマチックなものではないが、子供らを一か所に集めて教育する機関と言う意味ではあったな」
ワシが疑問形になったのは学校と言う概念に対してではなく、質問の意図が読めなかっただけじゃ。
「どう思う……とは、もちっと具体的に質問してくれぬか?」
「ああ、そっちの疑問ね。いやね、あれなのよ。こう……学校ってさ、良いと思わない?」
「まぁ、良いか悪いかで言えば、良いものじゃと思うが」
未来を夢見る子供たちと、子供たちの輝かしき未来を願う大人たちが集う場所。
例え今は夢を見出せておらぬ者たちでも、そこで何かを見つけられるチャンスがある。
通えるならば通って損はせぬ所じゃと思う。
ワシには無縁じゃったから、余計にそう感じる。
特に、ウワサで聞いた飼育小屋なる設備にすごく興味がある。
「勇者財団は世界各地の教育機関に支援しているけど……色々と口出ししてて『このシステムは変えた方が良いけれど、今更これを変えるのは難しいか……』って感じる事が何回もあったのよね。例えば未だに家畜糞は廃棄して人糞を肥料活用する農業を教えるなんて非効率の極み、でも、そこには地域の歴史とか慣習とかがある。要は伝統的文化、ね。それを外から口を挟んでるアタシらが無神経に捻じ曲げるなんて、別の問題が起きるに決まってる」
「うむ……とても難しい事じゃな」
国が違えば文化が違う、どころか、ひとつの国の中ですらいくつもの文化があったりする。
一律の改善案ですべて同じ理想形へ持っていくのは、無理があるじゃろう。
「だからまぁ、それぞれの文化圏で最善の形に持っていくとして……それとは別に、アタシなりの理想を遠慮無く反映できる直轄の教育機関を作りたいな、って思った訳。ほら、ソーシャル形式のゲームブックのログインシステムを参考にすれば、『世界中の子供たちが気軽に通える学校』も実現できると思うのよ。良いアイデアだと思わない?」
「それはなんと……うむ、とても良いと思うぞ!!」
「でしょー!!」
このイケバナのように、世界中どこからでも気軽に通える学校を作る、と。
自らの故郷で学ぶか、まったく新しい土地で学ぶか。それを気軽に選べると言うのは素敵な話じゃ。とても良いプロジェクトじゃと思う。
テンション爆上げの余り、勇者の膝にお手々をついて身を乗り出す。
「ワシにできる事があれば何でも言ってくれ! 体こそただの幼女じゃが、知恵だけは一〇〇〇年ものじゃぞ!」
「勿論、頼りにしてるからこうして相談してんのよ。今は超国連の件で手一杯だけど、落ち着いたらこのプロジェクトを――」
と、ここでブブーーーーッと言う何か残念な気持ちになる効果音が響く。クイズで間違った回答をしてしまった気分じゃ。
と言うか、今の音……ワシらが座るベンチのすぐ横、茂みの中から――
「アウトですメェ」
落ち着きある声と共に茂みから出てきたのは……もこもこ羊毛頭の執事イケメン、セバセルジュ!!
イケバナ内では勇者の執事として全力全霊を尽くしておる生粋の執事じゃ。その手にはバッテンマークが描かれた立札が握られておった。
「げぇ!? セバス!!」
「ユシア様、今、仕事の話をしていましたメェ。刑期延長ですメェ。一気に倍プッシュですメェ」
「ぬああああああしまったぁぁああああああああああああああ!!」
うむ……確かに今のは仕事の話になっておったな……夢中になってしまった。
やれやれ、気を付けねばな。幸い、ワシにはイケバナの中にまで監視の目がついておらぬ故、刑期延長を喰らう事は……ん? 何か影が差したな。誰かワシの前に立って――
――顔を上げれば、ファナンの手先の竜系魔人メイド・クリアスが立っておった。その手にはバッテン印が刻まれた立札。
「あ、えぇと…………ぬははは、てへぺろ?」
クリアスが「あら、かわいい」とニッコリ微笑み、
ワシの刑期は六年に伸びた。
◆
――アリスピース動物園。
日中はただの鉄柱と化している魔導外灯の天辺に、二羽のカラスがいた。
一羽は黒羽で右目が潰れている。もう一羽は白羽で左目が潰れている。
二羽はそれぞれの隻眼で眼下を眺めていた。
そこには、ベンチでメイドに刑期延長宣告をされ「のじゃあああああ!!」と悶絶する幼女の姿。
「なるほど」
黒羽のカラスがしゃがれ声と共に頷く。
「学校か」
応えた白羽のカラスも同じ声だった。
「ちょうど良いかも知れないな」「ああ。またしても彼を利用する形になってしまうのは、やや思う所もあるが……」
二羽は互いに頷き合う。
「ここは神らしく」「それが効率的なのだと言おう」「フーは私をこのろくでなしと罵るだろうな」「まぁ、ろくでなし呼ばわりはいつもの事だが」
のじゃのじゃと喚きながらメイドに慈悲を乞う幼女から視線を外し、二羽のカラスは飛び立った。
高く高く、天の先にある世界へ。