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02,マスター、休みを手空きとは言わないんだぜ。


 遊戯結界魔導書(ゲームブック)【イケメン・ニルヴァーナ】。

 南西都市ダーゼット中心区画には、自然豊かな緑の城がそびえておる。


 ダーゼットの統治者、グリンピースの居城じゃ。


 そのVIPルームのソファーにて、ワシは屍の如く転がるしかなかった。


「……この三日……まじで、仕事させて……もらえぬ……」


 仕事しようとするといつの間にか背後にメイドが立っていて、見事な手際で抵抗の間も無く寝かしつけらてしまう。プロ過ぎる。まったく仕事ができぬ……。


「この生活が……向こう三年……」

「あー……こりゃあ、完全に魂が抜けちまってるんだぜ」


 ワシと対面して座す緑色のイケメンが、「やれやれだぜ」と言う溜息と共にカップとソーサーをテーブルへ下ろした。

 若草のような緑の髪に、当然の権利が如く端麗な顔立ち。

 細部まで緑系の色合いで統一された詰襟の服は軍服調じゃが、豪奢な装飾からあくまでも軍服風の高貴な衣装である事がわかる。


 グリンピース・ダーゼット。

 この城の主であり、かつてワシと共に戦ってくれたイケメンの一人じゃ。


 今でもこうして時折、顔を合わせて茶を飲みながら雑談に興じる仲。

 しかし……今のワシはとても、楽しく雑談などできる状態ではないのじゃ……すまぬ……。


「まぁ、いっつもいっつもマスターの近況報告はただただ仕事の進捗報告だったんだぜ。そのファナンって奴が心配するのもわかるんだぜ。マスターはいわゆる【ワーカーホリック】って奴になってたんだぜ」

「わーかー……ほりっく……?」

「言い換えるなら労働中毒、だぜ」


 グリンピースが足を組み直し、特に意味も無く手で前髪を払う。イケメンがやると、特に意味は無くとも画になる所作じゃ、と思っておったらなんかキラキラとした不思議エフェクトが散った。

 そう言えば先日のバージョン・アップデート報告とやらに「イケメンがイケメンムーヴすると発生するイケメン粒子が可視化されるようになりました」とか書かれておったな。


「理由はどうあれ、仕事がアイデンティティーになっちまうっつぅ精神疾患だぜ。働いてないと不安になる、そこから心身に異常をきたす……仕事をしなくなった途端に無気力状態化、日常生活まで崩壊しちまう厄介な病気だぜ」


 そんな病気になどなっておらぬ――と言い返したい所じゃが……現に、仕事を奪われたワシはこうして無気力状態。何をする気も起きぬ……仕事が残っておるのに、まだワシがやらねばならぬ事が残っておるのに、どうして他の事が手につくと?


 …………この考え方が、ワーカーホリックと言うものに該当する訳か。

 一〇〇〇年間、義務感と使命感だけでクソ労働に従事し続けた後遺症のようなものかのう……。


「強制休暇三年の実刑ってのは、確かに重い気もするが……それだけ、傍からはマスターの働き方が狂気的に見えた、って考え方もできるんだぜ。『この幼女には休む権利じゃなくて休む義務を課さなきゃダメだ』って心理だぜ」

「うぬぅ……」

「今は模範囚認定で刑期短縮がある事を願って、しっかり休む事だぜ」


 そう言って、グリンピースは懐中時計を取り出し、時刻を確認。

 置いたばかりのカップを持ち直して一気に呷り、空にする。


「さて、打ち合わせの時間だぜ……永遠にマスターと一緒にいたいが、生憎、俺にはバッチリ仕事があるんだぜ。名残惜しさの極みだが……会えない時間は次に会った時の語り種って事で。また会おうだぜ、マスター」

「……仕事……」


 勇者によって買い取られ、根本から刷新されたこのイケメン・ニルヴァーナことイケバナにおいて。

 イケメンの役割は――いわゆる、【アイドル】と呼ばれるものになったらしい。プレイヤーたちはイケメンを崇め奉り、イケメンたちはプレイヤーの信奉にイケメンパワーで応える。そう言う関係になった。


 過去の事からプレイヤーに対して不信や嫌悪を抱いておるイケメンの場合はアイドル業はせず、現イケバナの六割を占める【プレイヤー立ち入り禁止エリア】を中心に生活し、プレイヤーとの関わりを断っておるそうじゃ。

 寂しい話ではあるが……神々を許しておらぬワシが言える事は無い。許せぬものは許さぬ。受け入れるのはどうにか折り合いを付けられる所だけ。感情のある生き物なのじゃ。そう言う結論に至る事もあるじゃろう。


 ちなみにグリンピースの場合、ベジタロウを始め植物属性イケメンたちとチームを組み、【VEGP(べジップ)】と言うチーム名で活動しておる。何度かライブパフォーマンスを見に行ったが、楽曲の演奏・歌唱だけでなく滑稽なコントや料理対決までこなす多芸さは目を見張るものがあったな。観客みな笑顔で狂喜乱舞。グリンピースたちのドヤ顔も見ていて微笑ましかった。好い光景じゃった。


「……そうじゃ、グリンピースよ。ワシが何か手伝おうか? 先に話した通り手空きじゃぞ?」

「マスターにプロデュースしてもらえる……心がシャンシャンする響きだぜ」


 グリンピースは「良い……」と虚空をうっとり眺めておったが、不意に真顔になり「だが」と続けた。


「却下だぜ。休みを手空きとは言わないって覚えておくと良いんだぜ」

「ぬぅ……」

「そんなに暇なら、ダーゼット最大の観光地、アリスピース動物園に行くと良いんだぜ。と言うか逆に、マスター的には何でそう言う選択肢が真っ先に出てこないんだぜ?」


 確かに、ワシは三度の米より動物が好きじゃ。

 それを知っておる者ならば、「休みになったのなら動物でも愛でてこいよ」と思うじゃろう。


「それがな……仕事の事が頭から離れず、動物の愛くるしさに集中できぬのじゃ……」

「そりゃあもうマジ末期だぜ……」


 じゃから仕事以外のものを切り離し、ひたすら仕事に没頭しておった……と言う側面もある。


「のんびり休む事になれてきゃあ良いと気楽に考えていたが……そこまでとなると一日でも早く切り替えるべきだぜ、マスター。いや、マジでマスターが動物に集中できなくなるくらい重症だとは思ってなかったから正直ちょっと血の気が引いたんだぜ」

「そこまでか……」

「そこまでだぜ」


 ……そう言えば、先日。官邸を訪れた外交官が連れておったシヴァイヌが寄ってきても少しテンションが上がる程度じゃったワシを見て、四天王が明らかにザワザワしておったのう……思えば、あれがファナンに今回の判決を決断させたのかも知れぬな。ワシの動物好きって傍から見るとそれほどのものじゃったのか……。


「マスター。二時間くらい、ここでゆっくりしてて欲しいんだぜ」

「うむ? 絶望的なほどに暇じゃから構わぬが……何故?」

「打ち合わせが終わったら、一緒に動物園巡りをしようだぜ。その様子じゃあ、マスター独りだともう何をどうすりゃいいのかわからぬって感じなんだぜ?」


 ワシがこくりと頷いたのを見て、「じゃあ、俺の出番でしかないって話だぜ」とグリンピースがウインク。イケメン粒子がキラキラと散る。


「心配をかけてしまってすまぬ……うむ。付き合ってくれるとありがたい」

「俺はマスターのイケメンなんだぜ。一緒に休みを満喫するなんて、当然の事なんだぜ」


 じゃあ、行ってくるんだぜ。

 そう言ってグリンピースは身を翻し、颯爽としたイケメン徒歩で部屋を後にした。


「………………」


 カップを取り、黄金色の水面に顔を映してみる。

 しょぼくれた幼い小娘の顔がそこにあった。


「休みを、満喫……」


 ………………できるのじゃろうか。

 一〇〇〇年余りの間、常に何かの役目を背負って生きてきたワシに。


☆★イケメン豆知識★☆


◆アリスピース動物園◆

イケバナが勇者財団に買い取られてリニューアルした後、グリンフィース・ダーゼットが指揮を執り、自身の領地である南西都市ダーゼット郊外に開設した動物園。園名こそ創設者の私情混入が激しいものの、「子供たちが笑顔になれる場所」をコンセプトにしている割とまっとうな施設である。


飼育動物は基本的にイケバナ原生のイケメンと同じ技術で生み出された特殊生命体だが、一部は現実世界からログイン輸入している。「環境整備が容易である」と言うゲーム世界の利点を活かし、現実では管理が難しい希少生物の飼育も行っているので、研究施設としての価値も非常に高い。


勇者財団の支援が入っている学校や教会には基本イケバナにログインするための本が設置されているため、それらの遠足先としてもよく使われている。


グリンフィースと何等かの共通点で意気投合したらしいリン・シェンヴもよく顔を出しており、彼の舎弟と化しているキラーパンダ集団と体験できる健康武術教室はアリスピース動物園の一大人気イベントになっているのだとか。

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