85,かくして勇者は魔王を討つ。
――どうにか四天王を全員無力化し、諸々説明して帰らせてから半日ほどが過ぎた。
すっかり真夜中――闇が深まり、月明かりがより際立った頃。
魔王城を囲む樹林を抜けて、白い鎧に身を包んだ金髪の小娘が現れた。
――勇者ユシア……いや、羊イケメンにはユリーシアと呼ばれておったか?
「遅かったな、勇者」
勇者が近づいてくるのに合わせて、ワシも玉座の残骸から腰を上げて対峙する。
「色々と訊きたいけど……まず、何で魔王城があった場所に、奈落へ続いてそうな大穴が空いてんの?」
「端的に言えば、日々の積み重ねが招いた惨劇かのう……」
「いや、マジで何があったのよ……」
「貴様が来る前に四天王と揉めてしまってな。じゃが既に事は済んだ。後始末も完璧じゃ。もはや貴様以外にワシに挑む者はおるまい」
「……始末したんだ。あんたが自分で」
「うむ。できれば穏便に済ませたかったが……まぁ、このありさまじゃよ」
向こうが魔力筋力使い果たすまでひたすら防御に徹し、隙を見て筋力で拘束してどうにか制圧した。
それから事情はしっかり説明したし、もう四天王が襲ってくる事は無いじゃろう。
代償として戦場となった魔王城はもはやただの穴じゃがな。忌まわしき場所ではあったが、一〇〇〇年余り過ごした場所じゃし多少の愛着はあったが……まぁ、仕方無い。
……ところで、何故に勇者は「そこまでするくらい、本気って訳ね……」とか呟きながら恐い顔をしておるのじゃ?
不思議に思っておると、勇者は強い圧を込めて息を吐く。まるで怒りを吐き出してどうにか冷静になりたい……そんな風に見えるな? ……え? 何か怒っとるの?
「……魔王討伐報酬が、倍額になるくらい上乗せされたわ。それでピンときた……これで、あんたの狙い通りって訳?」
「ほう、倍にまで増えたか。狙い以上じゃよ。それは」
人間の国々も尻に火がついておるようじゃのう。
ワシを倒した報酬で支払われると言う莫大な金銭。そして、世界の敵を見事に討ち倒したと言う名声。
この二つを得た勇者ならば、イケメン・ニルヴァーナをサービス終了の危機から救えるはずじゃ。
いわゆる、マッチポンプと言う奴じゃ。
ハッキリ言って詐欺じゃが……どうせ魔王討伐費用なぞ、ここで支払われなければ各国で軍事費用に割り当てられる予算じゃろう。そんな事に使わせるくらいなら騙し取るも止む無しじゃ。
問題は、勇者が協力してくれるか否かと言う点じゃったが……まぁ、フレアがよほど雑な説明をしておらん限り、勇者には不利益など無い話。現にこうして来てくれた訳じゃし、改めて意思確認をするのも野暮じゃろう。
もし勇者が怒っておるとすれば……まぁ、実情や経緯はどうあれ詐欺を働く事に関してか?
その辺りのお叱りは、後々しっかり受けるとしよう。
「正直、四天王のおかげで予定よりかなり疲れた。さぁ、さっさと終わりにしよう。勇者よ」
両手を叩き合わせ、ワシの体内で筋力の円環を形成。
「フィールド展開――筋力特異点【パワー・オブ・マッスルヘイム】」
ワシの筋力で、ここら一帯を世界ごと上書きする。
このフィールド内において、ワシの筋力は平等に分配される――つまり、ワシと勇者の筋力が拮抗する訳じゃ。
「神々から勇者アイテムも強化されておるじゃろう。その上でワシの筋力も追加。これならばワシの首を落とすのも、そう手間ではあるまい?」
我ながら巨木めいたゴッリゴリの首筋じゃ。
勇者の力だけでも斬れん事は無いじゃろうが、それじゃとスパッとはいくまい。
さすがに薪割りの如く何度もガスガス首を叩き斬られるのは嫌じゃ。
「ッ……そこまでする必要、あるの……?」
ん? ああ……まぁ、一応やる事は斬首。年頃の小娘には荷が重いか……?
じゃが、ワシが自害してしまうと、フレアの権能の意味が無くなってしまうらしいからのう。
その辺りは説明を受けておらぬのじゃろうか……まったくフレアめ。さては説明する事が多くて抜けたな? てへぺろしとる姿が目に浮かぶ。
「気持ちはわかるが、頑張ってくれ。勇者よ。恐いなら目を瞑って剣を振れ。ワシの方から当たりにいこう」
「そう言う問題じゃない!!」
お、おう。何じゃ、鬼気迫る絶叫じゃな……思わずたじろいでしまう。
むぅ……やはり、まだ齢十数の小娘に、誰ぞの首を落とせと言うのは酷な話じゃったか……神々が勇者に選ぶような人材じゃし、必要とあれば問題無く遂行できるじゃろうと踏んでおったが……少し、配慮が欠けていたのかも知れんな。
「わかってる……最初は訳わかんなかったけど、ここに来るまで考える時間があって理解できた。神様のせいにしてもうすべて終わったからって言うより、全部あんたのせいにして、現在進行形であんたを始末した方が、みんな分かりやすい。混乱が少なくて済む。それにあんたを殺したお金と手柄があれば、アタシは多少の無茶を通せる。もしもイケバナの運営会社がブランドに傷のついたイケバナを捨てようとしても、それを救える」
うむ。その辺りはフレアに説明を受けておるじゃろう。
……ん? ここに来るまでの時間で、理解できた?
フレアの説明が雑過ぎて要領を得なかったとか、か?
それともまさか………………いや、待て。
さすがに、うむ、いくらフレアでもさすがにそれは無いはずじゃよな?
「でも……やっぱり納得がいかない! 確かにイケバナを救うのは重要な事だけど……その犠牲に、あんたが死ぬなんておかしいでしょ!? だってあんた、何も悪くないじゃん! 魔王をやらされてただけで……被害者だのに、どうして神様の尻ぬぐいみたいな形で――って、何よ、その反応……何でそんな『あちゃー』って軽い感じで頭を抱えてんのよ? ふざけてんの!? あんたの命の話をしてんのよ!?」
「いや、久々に頭痛がな……勇者よ、ひとつ訊きたい。フレア――フーレイアからはどんな天啓があったのじゃ?」
「フーレイア? 天啓を下ろしたのはオーデンでしょ?」
ああ、やはりか。
あの女神、何かしくじったな。
そして、勇者は何も知らない状態でここまで来た訳か。
そりゃあこんな鬼気迫る表情にもなるじゃろうよ……。
「勇者、マジで済まぬ。ワシの不手際で、辛い思いをさせてしまった」
「……わかれば良いのよ。だったら、一緒に考えましょう。あんたが死ななくても、イケバナを救える方法を。大丈夫、アタシって、割と頭が良いのよ?」
そう言って、勇者はとても優しい、朗らかな笑みを浮かべた。
小娘相応に可愛らしいが、胸が痛むのう。恨むぞフレア。
「あー……その件なんじゃが、既にある。ワシが死ななくてもイケバナを救える方法」
「……はぁ?」
おう、勇者の顔にすごい攻撃色が。
今にも「じゃあ何で最初からそれやらないのよ!!」と叫びながら噛みついてきそうな雰囲気じゃ。
「いやな、それが、貴様にワシを討たせて、お金と地位を得てもらう、と言うやり方だったのじゃが……」
「はぁぁぁ!? いやいやいや、それだとやっぱりあんた死ぬでしょ!? 頭おかしいの!? それとも何!? あんたは首を叩き落としても死なないとでも!?」
「うむ」
頷いて返すと、勇者は一瞬固まり、そして目を点にした。
「……うむ?」
「うむ。フレアの代わりに……と言うよりワシが説明すべき事をフレアに押し付けた形じゃから、まぁこれが順当か。ともかく、順を追って説明しよう」
まず話すべきは――
「ワシらはイケバナにおいて、貴様と出会う前にある悪役令嬢と一戦を交えたのじゃ。キャパーナ・アクレイジ。知っておるか?」
「う、うん。まぁ……名前は……」
一応最終決戦でナイアルラトに一撃入れに来ておったが、あの蛇龍がキャパーナとは気付いておらぬようじゃな。
それはともかく。
「その戦いの最中……ワシは高所恐怖症の余り、死にかけた」
「…………………………馬鹿なの?」
「馬鹿ではない。高い所が苦手なのじゃ」
フレア曰く、気絶したワシの口から霊魂的なものが飛び出すくらいもうマジで昇天五秒前って勢いじゃったらしい。
「そこで、フレアはワシを死なせまいと女神の権能を使った」
「女神の権能……?」
「フレア――女神フーレイアは色々と司っており、階級も高い方じゃから天界では色々と役割もあるそうじゃ。その中に『天界で死者の魂を出迎える』と言うものがあるらしくてのう。まぁ、つまり――特例的に『死者の魂を追い返す』とか『天界への出入りを禁じる』的な事もできるそうじゃ」
「……まさか」
うむ。そのまさかよ。
「【天国出入禁止措置】――要するに、ワシのこの体が生命活動を停止しても、ワシの魂は天界に行けない。下界に留まり続ける。じゃから、別の肉体に入ればそれで普通に復活する。フレアの権能が解けるまで、ワシは不死身……いや身の方は一応死ぬから不死魂か? で、その別の肉体についても、オーデンとフレアが天界とかけあって手配してくれる手はずになっておる」
先も勇者が言っておったが、これは神々の悪趣味な遊びで生じた歪みを払拭する尻拭いのような側面も確かにある。
天界には諸々の都合から「下界への干渉は最小限に抑えたい」と言う思惑があるらしく、ワシが中心的に動いて事を解決してくれるなら好都合。それを止める理由は無し。そのための必要経費として、新たな肉体の調達くらいならばまず却下される事は無いじゃろうとの事。
そして、自害じゃとダメな理由は――自害とそれ以外の死因で、魂を迎え入れる管轄が変わるらしいのじゃ。そうするとフレアの権能の対象外。普通に召される。さすがに一度天界に入ってしまった魂を下界に戻すのは、天界的にも厳しいらしい。じゃからワシは魂が下界に留まれる方法で――あくまでも、誰かに肉体の生命活動を止めてもらう必要があるのじゃ。
まぁ、そう言う訳で、ワシは勇者に殺されても死なん。
普通にこれから先の平和になる世界をエンジョイする気マンマンじゃ。
そりゃあ、まぁ……首を斬られるのは多少痛いじゃろうし、最悪の魔王として名が広まった以上【アゼルヴァリウス】を名乗って生きる事はできなくなる言うのも寂しい。母上と父上よりいただいた名と体じゃ。当然、手放す事への抵抗はある。
しかし逆に言えば、名と体を変えさえすれば、全てを丸く収める事ができると言う事。
ワシとしては、これから先の未来は、名と体を対価とするに釣り合う成果じゃと思えた。
多くの代価を払いながら成果とも呼べぬ妥協の産物ばかりを拾って来ただけの今までとは大きく違う。
じゃから、ワシはワシ自らの意思で、この計画に乗ったのじゃ。
「…………………………なんじゃそりゃ」
「いや、ほんと済まぬ」
「なんじゃそりゃ」
「ん? 勇者?」
「なんじゃそりゃ」
何か勇者が壊れた。
無表情で「なんじゃそりゃ」を繰り返す勇者の手が、白銀に煌めき――勇者カリバーを召喚。おお、何か装飾がゴツくなっておるな。あからさまに強化されておる。
「なんじゃそりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
「ちょ、勇者!? いきなりじゃな!?」
勇者はくわっぱと目を見開くと、勇者カリバーを構えて咆哮しながら突っ込んできた!
すごい勢いじゃ! 完全にブチギレとる! うん、全面的にワシが悪いからすごく申し訳ない!!
「あ、って言うかちょっと待って。やっぱいざとなるとちょっと恐いこれ! 予防接種と同じアレあるこれ! 待った! 一回これ、覚悟を決める時間をぐわあああああああああああああああ!?!??!?」
こうして、魔王はひとまず勇者に討たれたのじゃった。