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84,理解が深すぎて必要以上に察する四天王。


 ログアウトしたワシが放出されたのは、暗い地下倉庫じゃった。

 焼いた小麦と発酵したブドウの匂いがするな。確か……人間は信ずる神によってパンとワインを嗜む儀式を行う事があるんじゃったか? そのための倉庫……と言う事は教会関連施設、じゃな。


 おそらく勇者の祖国、そのどこかにある教会の地下倉庫……そう言う分析で問題あるまい。


 なんとなく辺りを見渡すと、ワシが放出された際に砕け散ったらしい分厚い金庫の残骸と、それに埋もれる一冊の魔導書が目に入った。ワシを封じておった魔導書じゃな。


「……因縁深いものじゃが、まぁ記念品とも言えるか」


 勇者いわく、ワシを封じた魔導書はナイアルラトから手渡されたもの。

 どうせあやつはもう下界には降りてくるまい。では、少々はしたないが……記念にワシがもらってしまっても良かろう。


 魔導書を拾い上げ……よし、それでは、始めるとするかのう。


 まずは地下ここから出る――までもないか。


 もはやワシに筋力の制約はない。見よ、この筋肉。カッチカチどころの騒ぎではないぞ。

 筋力にものを言わせて空間を捻じ曲げ、地上に筋力立体映像(マッスラグラム)を投射。


 オッディとの打ち合わせ通りに、宣戦布告を行う。

 幼い頃はお遊戯会での演技をエイリズに死ぬほど笑われたが……あの頃と違い、今のワシには一〇〇〇年の経験がある。筋力に比例して演技力も上がっておるはずじゃ。



   ◆



 ……と言う訳で宣戦布告を終え、地上に放った筋力を回収しながら深く深く溜息を吐く。


「ふぅ……緊張したのじゃあ……じゃが、第一段階は無事に終えたぞ」


 我ながら名演技じゃったのう。これで、誰もオーデンの言葉を疑うまい。


 ワシは、魔族すらも含む全生命体の敵となった。


「……………………」


 改めて自覚すると、少し寂しさを覚える。

 己が護り救いたいと願う者たちに敵意を向けられるのは……普通に悲しい。


 ナイアルラトの野望、魔王と勇者の戦いの真実……それらすべてを明かす、と言う手もあった。

 じゃが、それではきっと世界は酷く混乱してしまう。


 人も魔も、心の底から神々を信奉する者は多い。

 その神々に弄ばれていたのだと知れば、自棄を起こす者も多かろう。


 どうせ世界を救うのならば、ワシは最善の手段を取りたい。

 ひとりでも多くが、素直に笑って未来へ歩き出せる方法を選択したい。


 であれば、嘘も方便。


 元々、人間に取ってはこの世の悪の集大成として認識されている存在。

 魔王ワシが、ナイアルラトや神々の罪科を肩代わりする形で事の経緯を公表する。


 魔族内ではそれなりに敬意を集めておるつもりじゃが、近しい幹部らは皆、ワシが隠し事(と言うより神々の呪縛のせいで色々と話せなかっただけじゃが)をしておるのに気付いておった。それがこの事じゃったと勘違いしてくれるじゃろう。そしてそこまで近しくない者であれば、ワシの裏切りが神々の裏切りほど衝撃的なものじゃとは感じるまい。


 完璧じゃ……思っていたよりワシのメンタルにダメージが入っている事を除けば。


 じゃが、少しの辛抱じゃ。頑張れワシ。

 すべてが終われば、もう何も悲しむ必要は無い。

 あとは輝かしい未来へ一路突進するだけじゃ。


 この先に、ワシが幼き頃より思い描いてきた理想郷が待っておる。


「……理想郷、か」


 まさか、理想なぞを追う日が来るとはな。

 魔王になってから、何もかも諦め、妥協しながら進み続けてきた一〇〇〇年余り……。


 その締めくくりが理想の結末。

 そう思えば、悪くない気分じゃ。


 くだらない悲劇はすべて、この手にたぎる筋力で握り潰してみせる。


「では、諸々の都合もあるし、さっさと魔王城へと帰るかのう」


 筋力で空間を歪め、魔王城・玉座の間へ繋がる抜け穴を作る。

 よっこらせと抜け穴をくぐり、穴を閉ざしながら玉座へと向かう――途中で、背後に違和感を覚えた。


「ッ……この感覚は……」


 覚えのある強烈な筋圧が四つ、ワシがやったように次元を歪め、この玉座の間に接続しようとしておる。


「……さすがじゃな。想像よりずっと、判断と行動が早い」


 一つ目の穴から噴き出したのは、周囲を瞬時に凍結させてゆく蒼白の炎。

 炎が放つ膨大な冷気に青マントを揺らすのは、青髪と頬を這う鱗が特徴的な竜系魔族の青年――まぁ、ワシよりも年上じゃが。


 絶対零度の蒼炎を自在に操る、竜系魔族の首領。

 その威圧感は相変わらず衰える事を知らぬな。


「直接、御会いできるのは久方ぶりですね、魔王さま。まぁ無事だろうとは思っていましたがさっきのは何だこのヤロウ」


 竜系魔族師団【ファヴニィル】師団長――竜王・ファナン!


 ファナンに続き、二つ目の穴から雪崩るように転び出たのは、無数の米俵。

 その米俵の上に座し、自身の膝に頬杖をつく細長いシルエットの男。


 稲穂のような細長い体つきでありながら、貧弱な印象は皆無。

 雰囲気、立ち振る舞い、あらゆる要素が底知れぬ不気味さを演出する深淵めいた謎多き魔族。

 口元は愉快そうに弧を描いておるが、目がまったく笑っておらぬ。


「いやはやぁ……まったく。当方ってば驚き過ぎてしばらく声が出なくなっちゃっいましたよぉ。当方のライス・ジョークが世界から消えるとか、数秒単位でも宇宙規模の損失だとウワサですよぉ?」


 大食魔族師団【ヨルムンガンド】師団長――米王・エイリズ!


「おうおうおうおうおう!! アーくんテメェゴルァ!! さっきのクソみてぇな演説はなんだグルァ!! お姉ちゃん何も聞いてねぇぞぉ!!」


 穴が開き切るよりも先に粗暴な咆哮を上げ、大きな拳が空間を殴り砕く。

 決して小柄ではないワシでも、完全に見上げるような巨体が、空間をこじ開けながら這い出してくる。

 相変わらず、小高い丘のような立派な体格に、額を穿って生えた二本の角が立派じゃな。

 ワシを含め「すべての魔族の姉貴分」を自称し、全力の魔王チョップですら一発なら余裕で弾く超強靭な姉御肌を持つ史上最硬魔族。


 巨大魔族師団【アーゲルミル】師団長――鬼王・ヨトゥン!


 ヨトゥンの頭が天井を突き、そこらに瓦礫の雨が降るが……まるで重力がシャットアウトされたかのように、瓦礫たちが空中で停止する。魔術によるものじゃろう。重力制御か物体の時流に干渉するものか、どちらにせよ超高度な魔力制御が必要になる術式。


 息を吐くようにそんな超術式を使用したのは、最後の穴からひらりひらりと舞うように姿を現した小さな妖精魔族。淡く光る蝶々のような翅に、孔雀の尾羽のような装飾。鏃のような尖り耳が特徴的。


 小さな女王が、美しい光の鱗粉で尾を引きながら宙で優雅に踊る。

 ふりふり大めで豪奢な服を纏っているが、気品よりも闘気の方が際立っておるな。あれだけ着飾っておきながら、ハイヒールがオシャレではなく凶器にしか見えぬと言うのも珍しいじゃろう。


「ごきげんうるわしゅう。魔王さま。とりあえず諸々素直に説明するか、わたしにボロクソ踏みつけられてから諸々素直に説明するか決めてもらえるかしら?」


 妖精魔族師団【エルフェアン】師団長――霊王・アンルヴ!


「……錚々(そうそう)たる面々じゃな。ワシらが一堂に会するなぞ、何時ぶりか」


 竜王、米王、鬼王、霊王……我が魔王軍の四傑、魔王軍四天王!


 人間たちの戦争を抑止するため、各大陸の要所を固めてもらっておったからのう。

 魔族内で王の肩書を持つ者が全員集合したのは、ン百年ぶりかも知れぬ。


「そんな話はどうでも良いのです。魔王さまこのヤロウ」

「そうですよぉアッちゃんさまこのヤロウ」

「お姉ちゃん困惑してんぞアーくんこのヤロウ」

「跪いてわたしの尻を舐めなさい豚野郎」


 おい妖精の女王。


 ともあれやはり……全員、怒り心頭(げきおこ)と言った様子じゃな。

 それもそうじゃろう。ワシの完璧な演技により、皆の視点からすれば、ワシは魔族を裏切り世界を乱した大悪党で――


「とりあえず、先ほどの不愉快極まりないクソみたいな演技についての弁解から聞きましょうか」

「クソォ!?」


 と言うか演技ってバレとる!?

 何でッ!? めっちゃ頑張ったのに!!


「アッちゃんさま、昔お遊戯会でもあんな感じでしたよねぇー……」

「お姉ちゃんもうなつかしくて震えが止まらなかったぞぉ!! あの棒読みは結構クセになるんだぁ!! いずれ癌にも効くと思うぞ!! 癌細胞すら耐えられない的な意味で!!」

「お似合いの無様でしたわよ。笑い過ぎてお腹筋が大崩壊してしまう所でしたわ」

「ボロクソ言うなぁ貴様ら!?」


 嘘じゃろ、会心の出来じゃと思っとったのに……!


「さぁ、魔王さま。これ以上、四天王総出の言葉責めを受けたくなければ、何を企んであんなフザけた真似をしたのか。白状していただきましょうか?」


 ぼうっ、と音を立ててファナンの周囲に蒼炎が躍る。

 解答次第では言葉責めから割と強めのオシオキに移行しますよ、と言う意思表示か。普通に恐い。


 むむむ………………まぁ、問題は無いか。

 どのみち、すべてが終わったら四天王には事情を説明しようと思っておった。

 順番が前後するだけじゃし、さして事に支障も無い。むしろ今の段階で協力を得た方がスムーズか。

 勇者より先に四天王が総出で突っ込んできたのは予想外じゃが、これはこれで良し。


「では、すべてを説明し――」

「まぁ、どうせ話してはくれないのでしょう。いいえ、話す事はできないのでしょうね」

「え。いや、今から全部を説明し――」


「当方たちは皆、知っていますとも。アッちゃんさまが、神が如きとても大きな理不尽(なにか)に縛られている事。そしてそれを誰かに話す事も封じられていて、独りでとっても頑張っている事。今回もきっとそうなんですよねぇ」

「ちょっと待て。ワシは今からすべて説明す――」


「こんな大事を起こすのにお姉ちゃんたちに事前説明無しだもんなぁ!! 相談できない案件なんだよなぁ! 辛いなぁ頑張ってんなぁ!!」

「いやいやいやいや、だから説明――」


「ここでわたしたちと戦う――それがきっと、必要な事なのでしょう?」


 いや、話を聞けし。

 本当にワシの声が聞こえてないと言うか、決めつけがすごい。

 確かに、貴様らへの事前説明もフレアに頼んでおくべきじゃった。ワシの落ち度は認める。

 でもさ、ここまで上司の話を聞かないのは酷くない?


 などと呆然としておる間に。


 ファナンは蒼いドラゴンに変身。

 エイリズは周囲におにぎり爆弾を召喚。

 ヨトゥンはこの世で最も堅い合金で作った棍棒を抜き。

 アンルヴは空中でワシを踏みつける素振りをしておる。


「この戦いに、如何なる意味があるのか!! 我々にはサッパリわかりません!! ですが――」


「アッちゃんさま、良い顔してますよぉ。まるで台風一過の快晴と瓜二つ。澄み渡る空の彼方に希望を見ている、そんな目。この先に在るのは、アナタが望む豊作の未来なんですね……であれば、望むままに、たらふくとぉ!!」


「お姉ちゃんたちは魔王軍四天王! 魔王アーくん(しもべ)であり家族(ファミリー)!! だったら信じて付き合ってあげるのが愛情ってモンだよなぁ!!」


「今はただ、尽くして差しあげましょう。女王のサービス、感謝を以て受け取りなさいな。この豚野郎!!」


「あー、うん。貴様らマジで落ち着け。無駄じゃと思うけどもっかい言うぞ。ワシは今からすべて説明――」


 予想しておったが言い切る前に、四天王が各々の最大技を一斉射。

 玉座の間が崩壊する轟音で、ワシの声はかき消された。



 こうして、限りなく無駄な一戦により、魔王城は消し飛んだのじゃった。


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