幕間:天界ポリスがテメェの御尻にわからせケツバット。
天界への入り口を抜けた先にある天界フロント。
そこは白と黄色のモフモフおふとん雲で満たされたふんわり世界。
「ウフ……ウフフフ……!」
おふとん雲を踏みしめる足……いや、触手だろうか。
もはや、どちらかの区別もつかない、黒くて細長いもの。
それを足として使って這いずる、混沌とした色合いの泥人形――否。
特定のカタチを持たず、無限の貌へ遷ろう神――ナイアルラト・ホテップ・エトセトラ。
ナイアルラトは腕部に該当する細長い触手で、混沌とした貌を覆いながらフラつく足取りで進む。攻撃を受けたのは仮身体だが、神キラーは神パワーと同次元のエネルギーだ。その塊をぶつけられたため、仮身体を貫通して神体にもダメージが入っているのだ。
「ああ、あぁぁ……完膚なきまでの敗北ぅ……完敗だぁ、完敗だったよぉ……微塵も思い通りにならなかったぁ、興奮したなぁ……ウフフフ、ウフフフフフフ!!」
混沌貌に浮かぶ無数の瞳が、快楽に押し上げられるように裏返っていく。
びくんびくんと打ち震えながら、白眼剥きまくりのナイアルラトはなおも歩き続ける。
クツルフ・クランの本拠地となっているゾス地方へ向かっているのだ。
「次は、どうしてやろうかなぁ……!!」
――懲りていない!!
そう、まったく懲りていないナイアルラト!
略して懲りてナイアルラトはさっさと自身のホームへと戻り、体勢を立て直し次第、次の悪企みを始めようとしているのだ!!
だから一歩ごとに絶頂を踏みしめているような状態でも、その歩みは止まらない……次なる「おもしれー」を求める神は、止まらな――
「止まれ」
「……! おやおやおやぁ……これはこれはぁ? 大物の御登場だぁ」
ナイアルラトに制止の声をかけたのは、魔術衣に身を包み杖を突いた老輩。
杖を突いてはいるが、その背筋の真っ直ぐ具体と筋肉の厚みは相当なもの……ただならぬ老輩!!
「オーデン。スカンディナヴァ・クランのトップが、こんな天界の端っこで何をしているのかなぁ……?」
「天界の端っこか」
ナイアルラトの言葉を聞き、オーデンは長い髭に覆われた口角を意味深に上げた。
「私がキミの前に現れた理由は、言わなくてもわかると思うが」
「……ああ、なるほどぉ……千年筋肉を通じて、見ていたのかなぁ?」
すべてを察したのか、ナイアルラトは混沌とした顔中に口角を歪めた口を大量生産。
「で、どうするぅ? 裁くぅ? いやいや、私は手が滑っただけなんだよなぁ。天界最高裁判所できっちり弁明させてもらうよぉ」
「ああ、そうされたら、厳重注意だけで終わるだろう。その手を使った経験者として確信があるとも」
だから――とオーデンは杖先で足元を軽く突いた。
おふとん雲と杖先がぶつかり、何故かコンッと堅いもの同士がぶつかったような音が鳴る。
「スカンディナヴァ・クランのルール……つまり、私の意思でのみ決定される司法的判断で断罪させてもらう」
「ウフフフ……血迷ったかなぁ、オーデン。私はクツルフ・クランの神だぁ。スカンディナヴァのルールで裁かれる道理は無いよぉ?」
「例外はある。キミが我らが本拠、アスガルド地方まで足を運んでくれれば、私の一存で身柄を扱える」
天界には治外法権など無い。郷に入っては郷に絶対服従!
即ちどのクランの神であろうとも、アスガルド地方に入った場合、アスガルドの統治者であるオーデンの意向には逆らえない!!
「ウフフ、ウハハハ!! それこそ血迷ったかぁ!! 裁かれるとわかっていて、アスガルドにわざわざ行く訳ないだろぉ!? それとも力づくで連れて行くかぁ? 手負いとは言え、クツルフ・クランきっての厄介者を舐めないで欲しいなぁ!!」
「そう言えば、先ほどおもしろい事を言っていたな」
オーデンの脈絡の無い返しに、ナイアルラトは思わず頭上に「?」が浮かぶ。
「天界の端っこに何の用か――まるで、まだここが天界フロントであるかのような発言だ」
「……はぁ? 何を言って――」
瞬間、ナイアルラトは青ざめた。
そんなナイアルラトを嘲るように「キキキ……」と特徴的な笑い声が響き――景色が一変する。
「いつからここが、天界フロントだと錯覚していた?」
無機質なテーブルが一つと、二脚のパイプ椅子、そしてテーブルに設置するための小さなランプだけが煌々と光る狭い部屋――典型的な取り調べ室だ!!
ナイアルラトは貌側面に生やした眼で、鉄格子の窓の外を見る。その先に広がっていたのは、夜空。この時間帯に天界で夜になっている場所、そして見える星座の配置からして……ここはアスガルド地方!!
「キキキ……クツルフのトリックスターってのはこんなモンかァ? 期待外れだな、おい」
柄の悪い、チンピラのような嗤い声が取り調べ室内に響く。
声の主は、パイプ椅子に腰かけ、態度悪く足をテーブルに乗せた銀髪の青年。目つきが鋭すぎて最早糸目!! 顔中に付けられたノンホールピアスに、一目で上質なそれとわかるスーツをあえて雑に着こなす様は、バリッバリのアウトロー!! 口元には煙草を模したココア風味の駄菓子を咥えている!!
「もしかして自分だけが悪党だとでも思っていらっしゃいましたァ? ちょォいと、自分に向けられる悪意に鈍感過ぎやしまセンかねぇ!? キヒャハハハハハハ!!」
「ッ……スカンディナヴァのトリックスター、ロッキィかぁ!!」
「ぴんぽんぴんぽ~ん、大正解。御褒美に安っぽいガムをやんよ」
ロッキィ――オーデンの義弟にして、スカンディナヴァ・クラン随一のトリックスター、即ちトラブルメーカーの代名詞的神の一柱。まぁ、起こした騒動と同じくらいまともな活躍をした伝承も残っているが、当人がアウトローぶりたい御年頃で精神年齢が停滞しているため、周囲は温かな気遣いでロッキィくんを圧倒的トリックスターとして扱っている節がある。ちなみにロッキィくんは駄菓子をあげるとツンデレの典型みたいな御礼の言い方をする事に定評がある。
「御自慢の悪戯術式かぁ……!!」
ロッキィの権能のひとつに「自他を問わず、あらゆる存在を変身させる」と言うものがある。
そしてその権能は、少し前準備をすれば概念への適用も可能となる!
ナイアルラトが天界へ還ってくる前に、ロッキィは天界の入り口に権能を使用。天界フロントへ繋がる道を、アスガルド地方のどこかにある取り調べ室へ続く道へと変身。そして取り調べ室の壁や床、あらゆるものを天界フロントに似せて変身させていた!!
つまりナイアルラトは――まんまとロッキィの悪戯にハマったのである!
「随分と、根回しが早いじゃあないかぁ、オーデン! まるで最初から私をマークしていたような準備の良さだぁ……!!」
「その通りだとも」
「どうしてぇ……!?」
「違和感だ。ゲームの廃止が決まった会議で、キミはあっさりと引き下がっただろう? あの時から確信していた。『あ、こいつ絶対に何かやるな』と。更にノルルンちゃんの下界予報も不安定になったのがダメ押しだ」
スカンディナヴァ・クランきっての色々予報士・女神ノルルンちゃん。
彼女の権能である予言は、対象となる事象に神パワーが絡めば絡むほど精度が落ちる傾向にある。
フーレイアが出立してからここしばらく、下界予報――特にアゼルヴァリウス関連の予報に大きな乱れが起きていた。フーレイアはオーデンの呪縛でほとんど神パワーが使えない以上、その影響がここまで大きいとは考えにくい。アゼルヴァリウスもヴァリの事を知らない以上、神キラーは発動していない。
なのでオーデンは「もう確定だなあの混沌野郎。アゼルヴァリウスに何かちょっかいかける気か」と決めてかかっていた。
「そしてキミはトリックスター、無軌道なやんちゃ者。何をしてくるかわからない以上、色々と考え、備えるさ。まぁ、まさかあんなにも直接的な手を取るとは、万が一程度にしか考えていなかったが……おかげで、キミを断罪する良い口実ができた」
いくらアスガルド地方内とは言え、何の非も無い者を裁くと天界最高裁判所から叱られてしまう。ナイアルラトがオーデンの目の前であからさまな下界保護法違反を犯してくれたのは、好都合だった。
「【ブバスティスの賢猫】がイケメン・ニルヴァーナにいたのもぉ……!」
「バスティト神の使い魔は、彼女の独断行動だよ。なんなら私より先に動いていたそうだ。元々、子供――下界の者たちの守護に熱心な神だし、それに加えてキミは相当、彼女に睨まれていたようだな。古代エジパトで何かやらかしたか?」
まぁ、それはともかく。
「キミの性根は、今日ここで叩き直す。二度とふざけた悪企みなどできないように」
オーデンが指を鳴らすと、取り調べ室のドアが開き二柱――いや、二人の男が入って来た。
一人は大柄で肉厚にもほどがあるグッドマッチョ魔族。
もう一人はモデル体型かくありきと言わんばかりのナイススタイル人間。
共通して、二人とも何やら黒い軍服然とした制服に身を包み、黒い帽子を斜めに被り、大き目のサングラスをかけ、ガムをくちゃくちゃしている。柄の悪いお巡りさんスタイル!! 下界だとメリアッカ合衆国のいわゆるメリケンポリスの様相である。
「え、えぇ……?」
これにはさすがにナイアルラトも困惑を隠せない。
一方、メリケンポリス風の二人組は「ぬぬ……なぁ、マルク。ガムってどうやって膨らますんだ?」「こうですよアズさん。舌を上手く使うんです」と何やらガムの膨らまし方について相談している。
「当初はアズドヴァレオスのみに担当してもらうつもりだったが……うむ、やはりガラの悪いメリケンポリスは二人組の方がそれっぽいだろう。なぁ、ロッキィ」
「義兄貴のコダワリはよくわかんねェけど、まァそうなんじゃあねェの(適当)」
「いや、ちょっと待てぇ……一体、このよくわからない二人組に何をさせるつもりだぁ……!?」
「すぐに身を以て【わからせ】られるだろう」
オーデンは目配せでメリケンポリス風の二人組に「やれ」と合図。
二人そろって頷き、最初に動いたのは人間の方――マルク・ハンス。
「はいはいは~い。僕とアズさんの子供たちにオイタした神様~。ちょっと失礼しますね」
「な、おぉい!? 何のつもりだ! くッ、人間の霊魂如きが気安く……って力が強いなぁ!?」
抵抗も虚しくナイアルラトはマルク・ハンスに組み伏せられ、テーブルに突っ伏して尻を突き出す形で拘束されてしまう。
「……待ってぇ、人間の霊魂のくせに、神に匹敵するパワー……?」
ナイアルラトは途端に血の気がガン引きした。
「気付いたか。そうだ。この二人はエインヘリヤル――強い魂を持つ勇士を私の加護で更に強化した者たち。そしてそのエインヘリヤルを中心に構成されたアスガルド治安維持組織の隊員だ」
「アスガルド治安維持組織……!」
「ウワサ程度は聞いた事があるだろう? オイタする神を逮捕し、そしてその尻をペンペンして反省させる……通称【オシオキ・ポリス】だよ」
ポリス魔族の方、アズドヴァレオスは右手で黒くて太い警棒を抜き、その手ごたえを確かめるように左掌をパシパシと打つ。ガラの悪いポリスを演出しようと頑張ってガムを膨らませようとしているが、上手くいかない御様子。
「……やはり、悪い神が相手とは言え、こんな堅いものでお尻をめちゃくちゃにするのは気が退ける……だが、ここで日和る訳にはいかない。俺は、この手を汚してでもあの子を護る」
強い決意を口にして、アズドヴァレオスが静かに警棒を振りかぶった。
狙うは、マルク・ハンスに組み伏せられ無防備に突き出される形になった――ナイアルラトのプリ尻!!
お尻ペンペンの儀を以て、邪神にわからせる!!
「ちょっ、待てぇやめろぉ!! こんな筋肉の塊がフルスイングとか、そんな激しいのわからせ前に絶対お尻が壊れアッーーーーーーーーーー」
その夜……アスガルド地方全域に、軽快なスパンキング音がリズミカルに響き渡った。