81,千年に一度の出来、今生最高の魔王チョップ。
「が、は……ぁ……ああぁ……!?」
爆炎に焼かれ、爆煙と蒸気に巻かれながら、ナイアルラトは無数の白眼を剥いてふらつく。
イケメン・ニルヴァーナでも屈指と言えるメンバーに加え、悪役令嬢の中でもとびきりイカれた奴ら+αによる総攻撃を受け、そしてフレアヴァーン最大の一撃が直撃――逆にまだ意識がある辺り、神パワーを解放しているだけはある!
「こん……な、馬鹿な……どうして、私はぁ、神パワーを解放したぁ……下界の連中はぁ、私を直視する事すらぁでき、ない……はずだろぉ……!?」
だのにどうしてこうも、どいつもこいつもフルスペック以上のパワーで攻撃してこれる?
「千年筋肉……!」
それもこれも、アリスがフィールド展開をしてからだ。
つまり、この世界を包む温かな筋力フィールドが、神パワーに影響を及ぼしている?
有り得ない。いくら魔王と言えど……魔王には勇者パワーのような神パワーに類似するパワーは与えられていない。魔王とは元々、素養のある魔族を選出するのだ。故にアリスも魔王に選ばれてから訓練に励み、その過程で得た筋力そして時々魔力で一〇〇〇年間の君臨を果たしたのだ。
どれだけ量が多かろうと、所詮、筋力も魔力も下界の理の中にあるパワー。
神パワー相手にはどうしようもない、じゃんけんのような話だ。どれだけ堅く握りしめたグーであろうと、相手がパーを出せばそれで負けになるのが宿命。
だのに、どうして。
確かアリスと融合しているグリンフィースは神イケメンのパワーを受け取っていた。
だがその程度でマジ神ナイアルラトの神パワーにここまで抵抗できるはずが……。
いや、今はそんな事、どうでも良い。
このままでは負けてしまう。
イケメン・ニルヴァーナのエネルギー変換が始まるまで、あと三〇秒も無いのに。
このザマでは、その三〇秒すらもたない!!
ここでの最善手は――逃げ!!
屈辱的だ、ままならない、思い通りにならないこの展開……ゾクゾクが止まらない。
ああ、無様に逃げる私を見てくれぇ。
私の無様を嗤い、そして私を取り逃す絶望を味わってくれぇ。
そんな懇願をするため、ナイアルラトはアリスの姿を探した。
「あぁ……? あああ……? ど、どこに行ったんだ、千年筋肉はぁ!?」
いない、どこにもいない。
グリンフィースとイケメン泥洹し、緑色になっていたあの幼女の姿が、どこにも無い。
「前もって言っておく。手品などとナンセンスな呼び方はしない事だ」
そのイケボは、ナイアルラトの背後から響いた。
ナイアルラトは後頭部に眼球を作り、その声の主を確認する。
そこに立っていたのは、ジェントル紳士な装いに身を包んだダンディタイプのイケメン。
その傍らには、花嫁姿の美しい伴侶を連れ立っている。
「キミは、確か、怪盗卿アダム・ワンス……と、メケメケ……!?」
「流れ的に我々も一撃を入れた方が良いかとも思ったが……時間が無い事は承知している。と言う訳で、この程度の支援にとどめておこう」
そう言って、アダムはパチンと指を鳴らした。
「イリュージョンだ」
瞬間、ナイアルラトの正面に突如として、純白のペガサスに騎乗した緑色の幼女が出現した。
「ッッッーー!?!??」
アリス!!
――アリスはオッディの助言を受け、ナイアルラトの逃走を懸念していた。
そこに現れたのは、最終決戦の気配を感じてやってきたワンス夫妻と……先ほどのセフィラ・ダート戦で召喚したニンジン畑に呼び寄せられ地上からやって来ていたグリンフィースのペガサスだった。
アリスはアダムの隠密イリュージョンにてペガサスと共に潜伏。ひそかにナイアルラトへと接近していたのだ!!
「決して逃さぬぞ!」
アリスは吠えると同時に、左手に持っていた野菜畑召喚スコップを起動! 地面を食い破って出現した極太キュウリの蔦で、ナイアルラトの四肢をがっちりと拘束!
「ひひぃん!!」
行っちまいなぁ! と言うペガサスの声援を受けながら、アリスが跳ぶ。
「なッ――」
ナイアルラトは愕然とした。
突然のアリス、そして自らを拘束するキュウリの蔦のパワフルさに驚いたのは勿論。
クロスレンジまで接近して、ある事に気付いたのだ。
アリスの右手に――神キラーのパワーが宿っている事に!!
「神キラーは【神殺し】の伝承を持つ神や英雄だけが持つパワーのはずだぁ! どうしてキミが――ッ」
ふと、ナイアルラトの脳裏を過ぎったのは、アリスの真名。
――アゼルヴァリウス。
「ま、さか……オーデンは、そこまで想定して、キミを選んだのかぁ!?」
名前は、パワーだ。
名とは存在を示す象徴。とても重要なもの。
筋肉および魔術的にも大きな意味合いがあり、『真名を改竄・封鎖する事で相手を幼児並に弱体化させられる』なんて呪縛も存在するくらいにはパワーを持っている。
神の領域においてもそれは例外ではない。
神名には多大なるパワーが含まれており、神パワーの解放には神名の申告が必要不可欠な手続きとなっているのだ。
故に、神名は――あやかるだけでも、恩恵がある。
例えば、司る要素に【愛】を含む、女神フーレイア。
かの女神にあやかった名を持つある母の愛は、愛情の対象である息子へ「一時的とは言え重篤な高所恐怖症を克服させた」と言う多大なる奇跡をもたらした実例がある。
つまり、神の名にあやかれば、場合により神の権能の一部を借りるような荒業も可能。
「スカンディナヴァの神殺し――【ヴァリ】! オーデンの息子であり、復讐がため異母兄弟である兄神を射ち殺した【司法】と【弓芸】……そして神にすら牙を剥く【報復】を象徴する神ぃ!!」
――かつて魔王を選ぶ際、オーデンは思案した。
もしかしたら、これから自分が選ぶ魔王の奮闘を見ても、神々が改心しない可能性を。
勇者と魔王のゲームが永遠に存続してしまう最悪の未来を。
だから、魔王の素養のある魔族の中でも、神殺しの逸話を持つ神の名にあやかった名を持つ魔族を探した。
そして偶然にも、オーデン自身の息子であるヴァリの名を持つ魔族……アゼルヴァリウスを見つけ出した。
神々が改心しなかった時の最終手段として――いざとなれば神と戦える可能性を秘めた魔王を選出したのだ。
まぁ、その心配は杞憂。ゲームは廃止が決まり、アゼルヴァリウスが天界に乗り込んで神キラーの猛威を振るうと言う野蛮な未来は回避できた訳だが……想定外にも、血迷った邪神への切り札として活きる事になった。
ヴァリの恩恵を自覚し、アリスは神キラーの使い方を知った!
そして神キラーの恩恵を受けたアリスの筋力を分け与えられた者たちも、神キラーの恩恵を得てナイアルラトを直視しても平気になった! そう言う仕掛けだったのだ!!
「オッディの策略家ぶりには舌を巻くのう。なぁ、ナイアルラトよ」
「う、うふ、ウフフフウハハハハハハハハ!! こんなのアリかぁ!? アリなんだねぇ!! ああもう、嫌になるほど思い通りにならなぁい!! 下着がダメになってしまいそうなほどにもどかしいぃぃぃぃ!! ああ、あああああああああもぉおぉう!! キミはどこまでもどこまでもぉ――おもしれー魔王だぁぁああ!!」
――おもしれーは絶対。
ナイアルラトの持論を証明するかの如く、おもしれー魔王が、今、邪悪なる神を討ち滅ぼそうとしている!!
「尻まで回る猶予はない。少し乱暴じゃが、このまま叩かせてもらうぞ」
発狂したように興奮の唾液を撒き散らすナイアルラトを冷静に見据え、アリスは神キラーのこもった右手で手刀を作った。
神を殺す筋力の矢【神殺神矢】。
それを、純粋な神キラーとして、手刀に纏わせる。
「筋力神殺加工――」
報復など、趣味ではない。
だが、救われるべき命を救い、護られねばならぬ者たちを護るためならば。
報復を象徴するパワーであろうとも、彼はそれを振り下ろす。
「魔王チョップ!!」
筋力・植物属性魔力・イケメンパワー・神の火――そして神キラー。
様々なパワーを内包した、魔王唯一、名前のある攻撃技。
戦いを心の底から嫌う魔王が、仕方無く、生涯でたったひとつだけ編み出した必殺技が今――邪神の脳天を穿つ。
もはや、断末魔すらも吹き飛ばす衝撃。
神々しい筋力の輝きと共に――ナイアルラトの邪悪な姿は、掻き消えた。