79,今、目が合いましたね。運命かなぁ。正気度チェック入ります。
空を埋め尽くすほどの虹の群れ――マーくんが放った一撃は、イケメン・インフェルノβの巨体を呑み込み、世界を駆け抜けていった。
『半端ねぇんだぜ……これがマルクトハンサムの最大奥義なんだぜ……!』
脳内でグリンピースが戦慄の声を漏らした。
ああ、まったく以て同感じゃ。先の戦いで使われていたらと思うとぞっとするな。
虹の眩さが薄れていくと、イケメン・インフェルノβの姿は炭片ひとつ残ってはいなかった。
これにて決着――とは、いかぬじゃろうな。
「ウフフフ……フハハハハ!! 割と普通に焦ったよぉ!!」
そんな小刻みに震える笑い声と共に地面が隆起、ぼごぉんと弾けて、そこから気色の悪い影が這い出した。どうやらイケメン・インフェルノβの中から地中へと間一髪で逃れておったらしい。
ナイアルラト――神官の装いはそのままじゃが、手足が異様に細長く伸び、関節がいくつあるのかわからん挙動をしておる。そして何より、貌……黒いへどろを固めたような輪郭に、巨大な眼球が四つ……いや、増えた。そして減った。眼球だけではなく口・耳・鼻、貌を構成するパーツが生えたり、へどろの貌の中に沈んだりを繰り返して、定まらぬ。一言で言えば混沌とした貌じゃ。と言うかもはや貌なのかあれは。
ナイアルラトはその混沌とした貌にいくつもの口を生やして、それらすべてをぐにゃりと歪めて嗤った。
「さすがにナメ過ぎたぁ。うん。そうだぁ。いくら神とは言え、今の私は天界に補足されないように神パワーを完全呪縛し、キミたちと同じ次元、同じ土俵に立っているぅ……ああ、そりゃあ数の暴力で押されたら負けてしまうよねぇ。思慮が足りなかったぁ。神パワーを使えないのに神である事に慢心していたぁ……それが第一ラウンドの敗因――」
「まだ息があったでしゅか!」
『執行のハンサムビーム!』
「ちょっとまだ喋ってる途中でしょうぎゃああああああああ!?」
容赦無いなマーくん。
セフィラ・ダートが掌から放った強烈ビームはナイアルラトのどてっぱらに直撃。
まぁ、それでもさすがに神か、軽く吹っ飛ばされて着弾箇所から蒸気が上がる程度で済んでおる。悲鳴から察するに傷の割にダメージは大きいようじゃが。
「ぐ、ぐぅ……おのれマルクトハンサムぅ……やってくれるじゃあな――」
「大・震・脚!!」
「喋るのまでキャンセルとか酷すぎないかなぁおぉっと揺れる揺れてるぅ!?」
美美美美美美もマーくんの騎士だけあって同じく容赦ない。
あらゆる行動をキャンセルするリン・シェンヴの地面揺らしでナイアルラトの語りを強制終了させた上に一時的スタン。そこに体中からメスを生やしたジャンジャック、鋭い鱗が逆立つ拳を構えたクゼンジョウ、そして何故か黒鉄のサーフボードに乗ったダンダリィが吶喊。サポートするようにパンダンドラムが砲撃を始め、パンダンドラムの頭上をさまよっておった大きめの死神みたいな奴も何やら怨念の塊っぽいものを飛ばした。
さっさとくたばりやがれと叫ばんばかりの総攻撃!
もはやイケメン・インフェルノβと言う外殻は無い、オッディの策とやらに頼るまでもなく勝負が決し――
「ウフフフ」
その嗤い声は、何故か今までよりも強く響いた。
不気味さが、違和感が強烈に増した……!?
まるで、今までは蓋の隙間から漏れ出していただけの何かが、その蓋を吹き飛ばして溢れ出したような感覚じゃ……!
――ナイアルラト自身いわく、ナイアルラトの声がやたら不気味・不愉快に聞こえる原因は、あやつが宇宙規模で特異な存在じゃから。つまり、その特異な存在としての側面が強まった。
『……最悪のケースとして想定はしていたが――血迷ったか』
オッディの声が脳内に響いた次の瞬間、総攻撃を仕掛けたマーくんたちが全員、見えない何かによって弾き飛ばされた。先ほどの絶対安全領域とは違う、もっと異質で異形な何か。
ナイアルラトを中心に、世界を侵食していく不可視の――いや、下界の者では目視すらできない高次元のパワー。勇者パワーに近しい何かを感じるが……濃度が圧倒的に違う!
「神性顕現――クツルフ・クラン所属、登録神名:ナイアルラト・ホテップ・エトセトラ」
その異形は、目の前におる。この目で、その姿を捉えておるはず……じゃのに。違和感が溢れ出す。視覚と体感の不一致。目に見えているアレと、肌で感じるアレの規模がまったく違う。これがどういう感覚なのか、言葉にできない。理解も及ばない。ただひたすらに気色悪い。視神経の中を小さな蟲たちが這い回っておるようじゃ。思わず、叫びながら眼球を抉り出したくなる。
『落ち着け、アゼルヴァリウス。あれはそう言う神性だ。気をしっかりと持て。キミなら普通に耐えられる』
クツルフ神話群……動物が関わらん神話には疎いワシでも、大まかな概要くらいは知っておる。
元々この星に住んでいた旧き神々と宇宙の果てにある門の向こうからやってきた異形の神々を描く神話体系。そして、異形の神々はその異形さ故に、直視しただけで相手を発狂させる――そんな話に聞き覚えがある。
「正気度没収――ウフフフ……クツルフ・クランの異形系神々に取っては、常時発動型の権能……いわゆるパッシブ・スキルと言う奴だよぉ」
……神の権能。
それが発動しておると言う事は……こやつ……!
「話している途中だったねぇ。第一ラウンドでの私の敗因は、神パワーを使えないのに神として余裕をぶっこいた事……じゃあ、どうすべきかは簡単な話だぁ。神パワーを使う」
オッディが干渉してくれておる影響じゃろう。ワシはどうにか、ナイアルラトを直視して対峙していられる。フレアも少し気分が悪そうにしておるが大きな問題は無さそうじゃな。神パワーの類似エネルギーである勇者パワーを持つ勇者も平気そうじゃ。そしてどういう訳かチシャウォックもそこまで影響を受けておらぬ様子。猫は対象外なのじゃろうか?
しかし、他の者たちがまずい。
エレジィもベジタロウも羊っぽい執事イケメンも、マーくんに美美美美美美や死神っぽい奴……更には機械であるはずのセフィラ・ダートまでも、皆、見た事無い顔色で俯き、硬直してしまった。
「あぁ!? おいどうしたトビダンジョウ!? 全力でキツそうじゃあねぇか!?」「うぷ……気持ち悪いでござるニン……」
水神の末裔じゃからか、クゼンヴォウも平気そうじゃな。ただ、肉体側であるトビダンジョウが再起不能に陥っておる……オッディの干渉があるワシですら眼球を抉りたくなるような感覚だったのじゃ。何の対策も無しにナイアルラトを直視して、無事で済むはずが無い……!
「貴様……神パワーを使えば、天界で後々まずい事になるのではないのか……!?」
「うん、そうだねぇ……規則違反だぁ。神としての尊厳をすべて粉砕されるような屈辱的罰則を受ける事になるだろうねぇ……何の言い訳もしなかった場合はぁ」
「言い訳……!?」
「手が滑ったァ!! そう言う事にしておけば、ある程度は大目に見てもらえるのはオーデンが証明済みだよぉ!! さっきフーレイアもそれで済ませて神パワーを使おうとしていたしねぇ!!」
『先に言っておこう。すまないと思っている』
悪しき前例!!
「ウフフフ……興覚めだけど、もう体験版はおしまいだぁ千年筋肉……思っていたよりキミらが強いのがダメだったんだよぉ。もう無駄な抵抗は諦めて、残り時間は――あと三分弱かぁ。この三分弱、色んな事にのんびり思いを馳せていなよぉ……」
「ふざけるな……!」
「いやいや、大真面目な提案だよぉ? 今、まともに動けるのはパワー制限のかかったキミと勇者、そしてろくに神パワーを使えない女神・フーレイア……それからまぁ、あそこでぐったりニンジャーを熱く励まし続けている水神の末裔イケメン、あれが分離すればまだ戦力になるかなぁ? でも、でもでもでもぉ……たったそれだけの戦力で、私に勝てるとでもぉ?」
「ッ……!」
「さらにぃ、ダメ押しだぁ!!」
吠えたナイアルラトの影が、ぶくぶくと泡を噴き始めた。
弾けた泡から飛び散った飛沫が膨張し、立体化、細長い泥人形へと変形する。
ッ……馬鹿げた量じゃな、完全に包囲された!
「自動攻撃術式だぁ……眷属でも呼べればもっとおもしれー絶望感を演出できたんだけど、生憎ゥ……私は眷属とかいないんだよねぇ。独り旅でどこまでも行くアクティブ派だからぁ……ウフフフ」
「誰も眷属になってくれないだけだと思うよ」
「んんん女神・フーレイアぁ! そこは気付いてもスルーして欲しいぃ!」
それはともかくぅ! とナイアルラトが気を取り直すと、合わせてワシらを囲った泥人形たちが一斉に戦闘体勢に入った。
まずい……残り三分でこれらを処理した上で、神パワーを振るうナイアルラトを……!?
『安心しろ。先にも言ったが、ナイアルラトが神パワーを使う事は最悪のケースではあるものの想定内、そしてそれを踏まえた上で、ナイアルラトさえ引きずり出せればどうにかなると言ったんだ』
おお、オッディ! 頼りになる!
『まぁ、まさかこんな形で活用する事になるとは思わなかったが……私がキミを魔王に選んだその意味を、明かす時が来た。すべてを話そう。そしてすべてを自覚し、使いこなせ』
ワシを選んだ意味……?
『アゼルヴァリウス……ヴァリの名を持つ者よ。今こそ神を射つ時だ』