75,名状し難い系の神様(β版)
……クツルフの神、ナイアルラト・ホテップ。
ああ、何故と言う疑問は残るが……冷静に考えてみれば、納得ではある。
人間の一大組織が運営しておるじゃろう大規模結界を掌握・改竄するだけでなく、ワシの筋力や勇者の勇者パワーをこれだけ強く制限できる呪縛まで……そこらの術師ができるはずも無い!
下界で神の権能はそう軽率にふるえんと言う話じゃが、権能なぞ使わずとも……そもそも生物としての規格が違う。フレアのようにあえて縛りを加えない限り、知識量や魔力量にものを言わせて下界の常識を覆すような神業ができてもおかしくはないのじゃ……!
「ウフフフ……気になるよねぇ。何故に私があのゲームを企画したのかぁ」
ナイアルラトは問われるよりも先に語り出した。
まるで、ワシと勇者にこの話をする日を心待ちにしておったかのように。
「すべてはただの暇潰しだぁ。丁度あのゲームを考えた頃、私はとある人間にしてやられてねぇ。嵌めたつもりが嵌め返された。屈辱だぁ……でも復讐とか陰鬱なのは柄じゃあなくてねぇ。気分をサッパリ! させたくて、『おもしれー』と思える何かを求めていたんだぁ」
「おもしれー……じゃと……?」
「うん。この世界は『おもしれー』と思える事が絶対だぁ。神も人も魔も、知性ある者は誰も『おもしれー』から逃れる事はできない。つまりは娯楽だぁ。当時の娯楽と言えばまずは演劇だったねぇ」
舞台役者の大振りな挙動を再現しておるのか、ナイアルラトは大股でステップを踏みながら片手を胸に、片手を振り上げる。
「私はギルジア・クランとルーマ・クランの神々がこぞって自慢する天界ニ大劇場に何度も足を運んだよぉ。そして何度も何度も劇を見ていて思ったんだぁ……『いつも同じ結末だ! なんてつまらない!』と」
そりゃそうじゃろ。
ワシらの冷ややかな目も気にせず、ナイアルラトが演劇めいて大袈裟に頭を振って悲観を表現する。
「……で、だ。だから私は考えたぁ。ゲームをしよう。結末が予想できないもの――イキモノを使い、理詰めだけでは完結できないアトランダム要素のあるゲームが良い。私の意思である程度は自由に操れるが、どうやってもイレギュラーの可能性が残る……ああ、命って素晴らしい! 自分の意思を持っている玩具は最高だぁ!!」
ナイアルラトは諸手をあげて、感動に震えるような素振りと歓声。
命を賛美する言葉を聞いて、どうしようもなく不愉快になる日がくるとは思わなかった。
「肝心のコンセプトは『善と悪の衝突』。これ良いよねぇ。王道だぁ。最初は人間の敵として魔族を生み出して、世の平和を守る正義を掲げる人間と、世を乱す悪意に取り憑かれた魔族による単純な対戦ゲームだったよぉ。下界だとひと昔前に流行っていた戦略系ボードゲームのような感覚だねぇ。啓示を下ろして誘導して、自分が味方している勢力を上手く立ち回らせるのさ」
「悪趣味じゃな……! 趣旨も、規模も」
「うん、まぁ、規模がナンセンスだったのは否めないねぇ。人間も魔族も放っておけば菌類みたいにもさわさと生えてくる訳じゃあない。余りにも大規模なゲームは、一度やると次を始めるまでに準備期間が長くていけない――だから、規模を縮小してリソースを集約したんだぁ」
「ッ……それが、魔王と勇者の戦いか!」
「大正解」
ナイアルラトは「よくできました」と舐め腐った態度で拍手を送る。
「いやいや、察しの良いキミならわかってくれると思うけど、キミの存在は私に取って最悪だったよ、千年筋肉」
そう言うと、ナイアルラトは口角を上向きに維持したまま、ぎょろりと目を剥いた。墨溜まりのような光の無い深淵が、ワシを真っ直ぐに捉える。目が合うだけで寒気を覚えたのは初めてじゃ。
「古ぼけた駒がいつまでも盤上にのさばって、毎回毎回、変わり映えのしない結末ばかり……私が唾棄した演劇のようだったぁ! ああ、千年筋肉ゥ! 神でも無いのに私をイライラさせた奴なんて、キミとあの猫好き冒険野郎……今までに二人しかいないよぉ! しかも、しかもしかもしかも! キミのせいで私の考えた『おもしれー』ゲームは打ち切りときた! ウフフフ、フハハ! もう笑う事しかできないねぇ!」
……かなり頭にキテおるようじゃな。ナイアルラトは笑い続けてはいるが、首筋から顔中にビキビキと太い青筋をいくつも浮かべ、怪物のような貌になってしまっておる。
魔王と勇者のゲームをおもしれーなどと宣った事に、ワシとしてもカチンときたが……何と言うか、露骨にキレておる奴を見ると不思議と冷静になってしまうのう……。
「ああ、ああ! でも安心しておくれよぉ、千年筋肉ぅ……」
ふぅーッふぅーッと獣のような息遣いをしながら、ナイアルラトは自制するように手で目元を覆った。
落ち着いてきたらしく、青筋が引き、息遣いも平常に戻ったようじゃ。
「あまりにもキミが最悪過ぎて……私はもうキミの事が好きになってしまったのだから」
「えッ」
「憎さ溢れて愛が生まれる――アンチはファンより熱狂的……そう言う感情なんだよねぇ」
……割と最初から思っておった事じゃが……何言っとんじゃこやつ。
「ただの筋肉の塊のくせに、一〇〇〇年ちょっとしか生きていない……宇宙規模で見れば幼児でしかないのに、この私をコケにして……むずむずむずむずむずむずさせてぇ!! 変な扉が開いちゃったじゃあないかぁ!!」
「……………………」
「アリスちゃん、ごめん。このタイミングでそんな捨て犬みたいな目で見られても、ボクもどう反応すれば良いのかわからない……!」
理解できな過ぎてアレと同じ神であるフレアに助けを求めてみたが……。
同じ神からしても、今アレが何をほざいておるか理解できぬようじゃ。
頭の中のグリンピースとオッディもぽかーんとしておるらしい。傍らの勇者も呆然というか真っ白になっておるな。それなりに懇意にしておる神官じゃったのかのう? 勇者の後ろに立っておった執事も、向こうにおるベジタロウとチシャウォックも呆れ果てて頭を抱えておる。唯一平気そうなのは割と早い段階でナイアルラトに興味を失くしたらしく拾ったどんぐりを割って中に虫がいないか探しておるエレジィだけじゃ。
「長い前置きになったねぇ……ここからが本題だぁ。気になっているんだろぉ? どうして私がイケメンカイザーなんて名乗って、イケメン・ニルヴァーナを掌握したのかさぁ」
「いや、正直もう良い。もうやめとこう。とりあえず反省するまでシバくから尻を出せ」
「えぇ!? 予想外な反応だねぇ!?」
確かに、こやつがどういう目的で今回の騒動を起こしたかは謎じゃが……もうそんなんどうでも良いから早く帰りたい。
しかしこやつをこのまま放置すればまた何かやらかすかも知れぬ。
じゃから尻を出せ。ビギナエルに食らわせたのよりも強めにシバく。
それに懲りて二度と妙な企みはするな。
「おいおい……私は魔王と勇者のゲームの考案者! つまりキミに取ってはあらゆる怨嗟の矛先に在る神なんだよぉ!? それをそんなに雑にあしらうのかい!?」
「怨嗟の矛先に在る、か……まぁ、それはそうかも知れぬが、そうじゃとしてもじゃ」
こやつを必要以上に叩きのめしても、何か救いがあるビジョンが見えぬ。
ただただ「イカれた変態をとっちめたぜ!」と言う事実しか残らなそうじゃ。
断言しよう。こやつをボコボコにしても誰も得しない。
じゃからさっさと尻だけシバいて終わりにしたい。
「なるほどね。少し舐めていたよぉ……私のような神にすら慈悲を以て接し、復讐の類は考えない。あくまでも反省を促し悲劇が繰り返されないようにするだけのスタンス……ああ、ますます心惹かれるねぇ!! 大好きだぁ!!」
……フレアの時と違って、優しさ由来ではないのじゃが。
もうその辺は好きに解釈させてやるか。
「大好きぃ……ウフフフ……そう、キミの事がこんなにも好きで好きでたまらないからぁ、私はイケメンカイザーになったんだぁ」
なんじゃと……?
「魔神イケメン・インフェルノ……その概要は既に知っているねぇ?」
「……イケバナを構成する魔力と、イケメンやプレイヤーの魂を含むイケバナの中にあるすべてのエネルギーを使って創り出す超・魔動兵器、か」
確か、現実世界のワシを超えるとか言う触れ込み付きの。
それを創るのがイケメンカイザー、即ちナイアルラトの目的じゃったとは聞いておるが……。
「正確には、『千年筋肉の魂を封じ込めた魔導書を使って創り出す、神の領域にも届きかねない魔王』。それが魔神イケメン・インフェルノだよぉ」
………………は?
「私の大好きな千年筋肉を使って、新しい玩具を創り出す。それが魔神イケメン・インフェルノ計画の主旨なんだぁ」
「……待て、訳が、わからぬぞ……? 貴様はさっきからずっと、何を言っておるのじゃ……!?」
つまり此度の騒動は……ワシがこやつの変態性癖を刺激してしまったせいじゃと……!?
「何も難しくなんてないよぉ……簡単な話じゃあないかぁ。責任を取って欲しいんだぁ」
ナイアルラトの指が、ゆっくりとワシを指し示す。
「私の心とゲームを奪った責任。キミは魔神イケメン・インフェルノとして、新しいゲームの駒になってもらう」
「あ、新しいゲーム……じゃと……!?」
「うん。魔王と勇者の殺し合いがダメなら……今度は魔神と――うん? 何を戦わせようか? まぁそれは後々詰めていこう。まずはプロローグだよぉ。魔神イケメン・インフェルノによって、下界は一度、滅ぶ。そこに神が救世の英雄を下ろし、下界の生き残りと魔神の全面衝突! 私はもう魔神の活躍が見れればそれで良いし、思いっきりリソースを使っていこうねぇ」
パン、と手を打ってから「ウフフフフフフフフフフ」とナイアルラトは上機嫌に笑った。
「大丈夫、どんな英雄が出てきたってキミは勝つさぁ。私の千年筋肉……いや、私の大好きなぁ、魔神イケメン・インフェルノぉ」
「ッ……ふざけるな!」
余りの事にワシが呆けてしまっておると、フレアがらしくない怒声を張り上げた。
「そんな事……天界が! ボクたちが許す訳ないだろ!? 魔王と勇者を戦わせるゲームの廃止が決まった理由を忘れたのかい!? もう神々は、下界の命を弄んだりしない!!」
「いやいや、考えが甘いよぉ。女神フーレイア。これだけ豪快な『おもしれー』ゲームなら、同調圧力で仕方無く廃止派に回った御利口さんたちはきっと涎を垂らして戻ってくるぞぉ」
「そんなはずが……」
「あるよぉ。絶対にある」
クスクスと、ナイアルラトは嗤う。
どこまでも口角を裂き上げて、もはや、貌と認識できなくなるほどに表情を歪めて。
「神も人も魔も『おもしれー』からは逃げられない。誰しもが、『おもしれー』ゲームを求めているんだぁ」
悍ましい――そんな忌避感を覚えたその時、ズガンッ、と大地を衝撃が駆け抜けた。
「ぬ!? 何じゃ、地震!?」
『いや、有り得ないんだぜマスター! だってここはイケメン・スカイサンクチュアリなんだぜ!?』
そうじゃ、脳内のグリンピースが言う通り。
空飛ぶ大陸で地震なぞ有り得ぬはず。
では、今の衝撃は一体……?
「ゲームには、β版テストが必要だよねぇ」
ずるり、と、ナイアルラトの姿が溶けていく。毒々しいへどろと化したそれは、地面に染み込んですぐに消えた。
「あやつは一体どこへ……ぉう!?」
今度はズガガンッッと先ほどよりも強く、突き上げるような揺れが起きた。
危うく体勢を崩しかけ――へぶっ……ぬぅ、コケた勇者の頭が、思い切り鼻っ柱に……!
「あ、ごめん魔王!」
「よ、よい、今のは仕方無いのじゃ」
「それから現実では殺そうとしてごめん」
「そんなついでの流れで謝る事かのう!?」
「いや、アタシもきちんと謝りたいんだけど……何か勇者の直感が言ってんのよ。今を逃したらしばらくまともに謝る時間なんて無いぞって」
「……嫌な話じゃが、同感じゃな」
奇妙な地震、そしてどこかへ引っ込んだ諸悪の根源……嫌な予感を覚えるなと言う方が無理じゃろう。
そしてすぐに、答え合わせは始まった。
最初に異変が起きたのは、ワシらの眼前に在る白亜の巨大城塞イケメン・キャッスル。
城の外壁全体にビシィッと亀裂が駆け抜けた。謎地震の影響ではないじゃろう。あんな巨大建築が少し体勢を保つのが難しくなる程度の地震で倒壊するはずがない。
おそらくは、逆。
イケメン・キャッスルに起きておる異変の正体が、謎地震を引き起こした何か。
次の瞬間、白い繭を突き破るように――【それ】はイケメン・キャッスルの地下深くから這い出した。
大まかなデザインはセフィラ・ダートに似た、機械の巨人。
じゃが、まず圧倒的に規模が違う。今、地面から露出しておるのは上半身だけじゃが……それで頭が雲を突いておる。超・巨大過ぎる。もはや機械の巨人と言うより機械仕掛けの山が人の形に繰り抜かれておるようじゃ。装甲の配色は……もう、何と表現すれば良いのやら。不愉快な色味のみで構成されたマーブル模様、かのう。混沌とした何かを押し固めたよくわからぬもの……と言った感じじゃ。
「ウフフフ……よく見てぇ、千年筋肉ぅ!!」
「今の声は……!」
あまりにも超・巨大な機械巨人を中心に響き渡ったのは、聞き間違えるはずもなく、ナイアルラトの声!
うすうす予感はしておったが……あの超・大型巨人に乗り込むなり同化なりしておるようじゃな……!
「これはねぇ、セフィラ・ダートを参考に、イケバナの内部リソースで疑似再現した魔神イケメン・インフェルノのシミュレーション・モデル……つまりはβ版だよぉ! キミはこの姿で、下界を蹂躙するんだぁ!!」
その声と共に、超・大型機械巨人――イケメン・インフェルノβが更に這い出した。
……その下半身は、無数の触手状になっておった。まるで樹木をまるごと引き抜いた時の根っこのように、無数の触手が土くれを撒き散らしながら露出する。
「趣味が悪いとか言う次元をぶっちぎっておるな……名状し難いほどに悍ましい!」
「ウフフフ! クツルフ・クラン的には褒め言葉だよぉそれぇ!!」
はしゃぐナイアルラトの声と共に、イケメン・インフェルノβの顔面に無数の紅い光が灯った。
あれ、全部眼球か。何百個あるんじゃ……あと紅い瞳と言うのが、ワシの特徴を意識しておるっぽくて絶妙に不愉快じゃな!
「ああ、ああ良い、良いぞぉ……千年筋肉ぅ……β版の異形さに戦慄しているその表情……ウフフフフフフ! キミの色んな表情が見たいなぁ! だって大好きなんだぁ! 大好きなキミの表情がぐしゃぐしゃに歪むのを想像するとぉ、背筋をむしゃぶりつくされるような感覚を覚えてしまうんだぁ私はぁ!! このゾクゾク感覚をこそ、『おもしれー』と名付けたいぃ!!」
……よくもまぁ、ここまで嫌悪感を煽る発言ができるな。
ワシはそれなりに懐が深い魔族のつもりじゃったが……あやつはマジでキモいと思う!
「さぁ……まずは体験版だぁ! キミ自身の将来に絶望して、最高におもしれー表情を見せておくれぇ!!」