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74,嗤うイケメンカイザー


 元の揺り篭へ戻ったセフィラ・ダート。

 そのふかふかお布団の上に、健やかに眠るマーくんをそっと下ろす。


「さて、マーくんが起きる前にミルクを探さねばな……」


 ベジタロウの予想では、おそらくミルクの紛失はイケメンカイザーの仕業。

 どのみち用のある相手じゃ、丁度良い――と思ったその時、


『マスター!』


 脳内でグリンピースの声が響き、何かが飛来してくるのを察知。

 マーくんに意識を割いておったワシよりもグリンピースの方が先に気付き、ワシの手を動かしてその飛来物を掴み止めてくれた。感謝する。


 ……! この堅く、肌のように適度な温かさの物体は――クリーム色に近い白濁液の詰まった瓶。先端のぷにぷにした飲み口からして間違いなく、哺乳瓶!


「ウフフフ……お探しのものは、それだよねぇ? マルクトハンサムを撃破した報酬ごほうびだよぉ」


 ……なんじゃ、このまるで鼓膜にへばりつく泥水のような……ねっとりとした声は。

 酷い感想じゃが、聞いておるだけで嫌悪感を抱いてしまう。


 声の主、察するに哺乳瓶を投げてよこしたのは、イケメン・キャッスルから出てきたらしい青年。

 あの装いは僧侶……神官か? お世辞にも、似合っておるとは言えんな。青年はひょろりとした痩せぎすの長身で、そこから見下ろしてくる深淵のような光の無い瞳と常に下弦の薄三日月を描く口元……不気味の一言に尽きる。

 神官服よりも魔術衣、十字架ロザリオより髑髏を首から下げておる方が似合いそうじゃ。


 ……何者じゃ、と、問うまでもないか。


『マスター、今の声は……』

「ああ、察しはついておる」


 この哺乳瓶はおそらくマーくんのもの。

 そして今の不愉快な声……前評判で、「ドブ川のような声」とは何度か聞いておったが……納得じゃな。


「……貴様が、イケメンカイザーか!」

「ウフフフ。うん、そうだねぇ。数ある名前のひとつに、そんなものもあるねぇ」


 何がおもしろいのか、青年は絶えずくすくすと嗤っておる。


 ……この男が、イケメンカイザー!

 此度の騒動、そのすべての根源……ついにお目にかかる事ができたな。


 受け取った哺乳瓶に妙な細工が無い事を確認し、マーくんの足元にそっと置いて……イケメンカイザーに向き直り、身構える。


「おやぁ? 千年筋肉は平和主義だと思っていたんだけどぉ? 私とは何の話し合いもせずにいきなり臨戦態勢を取るのかぁい?」

「まともに会話をする気があるのなら、まずその声に込めた呪詛の類をどうにかするのじゃ」


 こやつの声がやたらと不快なのは、異質なエネルギーを帯びておるからじゃ。呪詛に近いが、少し違う感じもする……奇怪な感覚。違和感……としか言い様が無いな。

 ともかく、まさに呼吸をするように何か不快なものを撒き散らしておる輩……申し訳無さはあるが、さすがに身構えるなと言う方が無理じゃろう。


「ウフフフ……別に呪詛なんて込めてないよぉ? ただまぁ、原因は明確だぁ。私はキミたちに取って異端も異端。なにせ生まれ故郷が、星どころか宇宙規模で違うんだぁ。こちらは特に何も感じないけれど……ただの声色ひとつでも酷い違和感があるんだろうねぇ……そうだろぉ? 女神・フーレイア」


 ワシの正体だけでなく、フレアの正体まで!?

 って、待て、何故に今の流れでフレアに話を振るのじゃ?


 で、そのフレアは……何かこう、呆けた顔で目をひん剥いておるな。

 あまりにも予想外と言うか、理解が追い付いておらぬと言う顔じゃ。


「な、何でこんな所にキミが……と言うか待って、キミがイケメンカイザー……!?」

「ぬ……フレアよ、顔見知りなのか!?」

「顔見知りって言うか、気配と声と名前だけは知っているって言うか……」


 なんじゃそら。


「だろうねぇ。私の名前のひとつは【無貌(フェイスレス)()自由(ケイオス)】。その名の通り、特定の顔なんて無いんだぁ。この姿も便宜上のもので、しかも最近こしらえたものだからぁ、『顔を知っている』って事は有り得ないよねぇ」

「フェイスレス=ケイオス……それが貴様の真名か」


 いや、イケメンカイザーなんてトンチキな名が真名とは思っておらんかったが、少し安心した気もする。

 と、納得するワシに対し、イケメンカイザーことフェイスレスは顎に手をやって悩まし気に笑っておる。


「んんん~……真名、真名かぁ。しっくり来ない概念だなぁ……でもまぁ一応、一番有名なのはフェイスレスとはまた別の名前だよぉ」

「ぬ、そうなのか……何やらややこしいな?」

「そうだねぇ。あ、でもさすがに【あの名前】なら千年筋肉(キミ)ピンとくるんじゃあないかなぁ」


 ワシでも知っておる名前……?

 こやつ、まさか有名人か何かなのか?


「――【ナイアルラト・ホテップ】。どうだぁい?」

「…………………………」

「あ、その顔は知らないパターンだねぇ。地味にショックゥ~」

「あ、いや、その……何か、すまん」


 真面目に「誰?」と思ってしまった。

 グリンピースも脳内で『知らねぇ名前だぜ』と言っておる。


「ウフフフ、まさかキミに謝られる日がくるとかぁ、超ウケるわぁ」


 むぅ……あのクスクスと小馬鹿にする嗤い方は非常に腹立たしいが、知名度に自信があるっぽい人の名前を存じ上げとらんと言うのは割とこう罪悪感がある……文句を言うに言い切れぬ。


 皆の反応を見てみると、フレアは未だに「訳がわからない、こんなこと有り得ない」と言いたげ。

 ベジタロウとエレジィはワシと同じく「誰……?」と言う反応。プロメテスは未だにぐったり(そろそろ治療してやらねば)。そしてチシャウォックは「やはりか……」と意味深につぶやいて険しい表情と尻尾。


「見っけた!!」


 ワシがフレアを詳しく訊こうとしたその時、樹海の方からこちらに駆けてくる小さな影が目に入った。


 あの金髪幼女は……勇者ユシア!

 それと何か羊っぽいもこ毛の執事イケメンが連れ添っておるな?


 勇者はワシを見つけるや否や、またしても難しい顔。

 じゃが、足を速めずかずかと前進してくる様子を見るに、精神面の問題は解決したようじゃな。良かった。


「ここであったが一〇〇年目よ、魔王! 話があるわ!」


 うむ、それは丁度いい、ワシも貴様と打ち合わせねばならぬ事があったのじゃ。

 いや、しかし今はイケメンカイザーの方が先か、ひとまず現状について説明して……。


「さぁ、アタシに謝られる覚悟をしておいて……って、あれ?」


 威勢よく噛みつかんばかりの勢いでワシに向かってくる……と思いきや、勇者は不意に立ち止まって、ぽかんとした表情。その視線はワシを越えて、ナイアルラトをじっと見ておる。


「……ナルラットさん? 何でここにいんの?」

「む? 勇者よ、あやつを知っておるのか?」

「うん。うちの国で神官やってる人」


 ふむ、装い通り神官じゃったか。


 しかし、神官で有名人と言う事は……政治的に権力を持つ要人では?

 魔王の責務として、人間の国の名だたる権力者たちの顔はひと通り頭に入れたはずじゃが……あんな奴おったかのう……?


『……おい、アゼルヴァリウス。よく思い出せ』

『うおッ!? なんだぜ!? 急に知らない爺さんの声が聞こえたんだぜ!?』

「む? オッディか?」

『キミは奴の顔や名前は知らずとも、声は知っているはずだ』

『爺さん誰なんだぜ!? つぅかどこにいるんだぜ!?』

「落ち着けグリンピース。そやつはろくでなしかも知れぬ可能性が出てきたが、敵ではない」


 それはさておき、ワシがあやつの声を知っておるじゃと?

 いや、あんな不愉快な声、一度でも聞いておったら忘れられるはずがないじゃろう?


『キミが魔王になった時に、私が聞かせた声を思い出せ』


 ワシが魔王になった時に、聞かされた声……?


 …………ッ。


「……………………神?」


 ワシの口から思わず漏れた言葉を聞いて、ナイアルラトが口角を裂き上げた。


 ……ああ、そうじゃ。

 ワシは、忘れてなどおらぬ。この声を。


 ただ、突拍子が無さ過ぎて、とても結びつかなかった。


 なるほど、フレアの反応も頷ける。

 どうしてそんな輩がこんな所におるのか……そして、よりにもよってイケメンカイザーなのか。訳がわからん。


 じゃが確かに、ワシはこの声を、一〇〇〇年も前から知っておる。


 魔王に選ばれたあの日に聞いた、忌々しい連中の声のひとつ。


 ――『ウフフフ……人間を選び、育て、導き、魔王と戦わせるぅ――最高の遊興ゲームでしょぉ。これぇ』


 あの神々の会合の中心にあった、不愉快極まりない声。

 へばりつくような響きも、嗤い方も、まさしく。


「ウフフフ……いやはやぁ、多少は知っていてくれたようで安心したよぉ。うん、私はクツルフ・クラン所属の神、代表的な名前はナイアルラト・ホテップ。司るのは【大地】、【矛盾】、【混沌】、その他いろいろぉ」


 ナイアルラトは優雅に手を広げ、己を見せつけるようにくるくると回る。

 そしてその不愉快な舞いを唐突に止まると、ニヤつきながら肩越しにワシと勇者を見た。


「ち・な・み・にぃ……勇者と魔王を殺し合わせるゲームの発案者だよぉ。ウフフフ♪」


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