70,女神のてへぺろ。
『議題:ミルク無き世界に存続の価値無し。議決:是。執行のハンサムビーム』
訳のわからぬ音声ガイドの直後、マルクトハンサムを核とする碧眼の機械巨人セフィラ・ダートが手をもたげた。輝かしい立派装甲に覆われた極太の手に、戦闘力の高そうな大爪が五本、人と言うより獣に近いデザインの腕……掌には、ひとつの穴があった。その奥底で、碧色の閃光が瞬く。
機械はよくわからぬ。じゃが、ヤバいと直感した。
体の前で腕を交差させ、全力で最大密度の筋力防殻を展開!
直後、それは放たれた。
端的に言えば、空間が歪むほどのイケメンパワーと科学パワーの集合体。
プラズマビーム、と言うのじゃろうか。
ビームそのものは、筋力防殻の破砕と同時に相殺できた。
じゃが、ビームの余波は殺しきれなかった。
とんでもない暴風が、ワシの小さな体に襲いかかる!
防殻に全筋力を回した直後、耐えられるはずが無い。
「のじゃあ!?」
「アリスちゃん!」
むぎゅッ……おお、助かった。
フレアが抱きとめてくれんかったらどこまで吹き飛ばされておったか……運悪く上昇気流に乗って空へでも持っていかれたらシャレにならんかった。
「すまぬフレア、感謝するぞ……って、おい?」
フレアがワシを抱き締めたまま、がっちりと腕を締めて放してくれぬ。
「アリスちゃん、ちょっとさっきの件でゆっくりお話ししたい事があります」
「今ぁ!? 今ではなくないかなぁ!? ほら前見て前! またあのビーム撃とうとしとるよあれ!」
「グッピー! エレぴ! ベジきち! ちょっとごめんだけど、マルクトハンサム引き付けて! お願い!」
「まぁ、ダンダリィ戦でおまえには恩を作っちまったんだぜ。大事な話があるってんなら引き受けてやるんだぜ」
「エレぴ、かぁ……うん、まぁ可愛いからおっけー」
「ぬぅ。吾輩は? フーレイアよ、吾輩は?」
「ベジきち……?」
チシャウォックとベジタロウは何やら釈然としておらぬ様子じゃったが、皆が一斉にセフィラ・ダートへと飛び掛かった。
セフィラ・ダートはそれを受け、誰に照準を合わせるか迷ったのじゃろうか? 一瞬、動きが止まった。その隙にグリンピースが翡翠の炎を纏わせた植物を大量召喚、セフィラ・ダートの巨体を拘束。エレジィとベジタロウが拘束されたセフィラ・ダートの両腕を攻撃し始める。
おお、何か普通にあやつらだけで止められそうじゃな。
しかし、相手はイケバナにおいて最強のイケメン、ラスボスじゃ。
ワシとフレアも加勢して、何か起きる前にセフィラ・ダートを無力化した方が良い気がするのじゃが……そう訴えるべくワシを抱いて放さぬフレアの顔を見上げて、ちょっと喉から変な音がした。
……うむ、ここまで無表情で目力が強いフレアは初めて見る。
普通に意見するの恐いわ。さすが女神と納得しかない威圧感。
思わず、フレアの腕の中で小さな体を更に縮こまらせる。
「アリスちゃん」
「はい」
「さっき、とても最低な事を考えたね?」
「その……はい」
「ダメだよね?」
「いや、じゃけども……」
「ダメだよね?」
「その通りではあるんじゃが……」
「ダメだよね?」
恐ぇーッ!!
真顔のまま低い声で詰めてくるフレア超恐い!!
高い所より恐いぞ今のフレア!!
大丈夫!? ワシこれこのまんま締め殺されたりしない!?
青ざめて視線を逸らし、心中悲鳴をあげておると……つむじにポツリと温かな水滴が落ちる感触がした。
「アリスちゃんは……一〇〇〇年、ずっと独り苦しんできたじゃないか」
「フレア……」
「これからようやく普通の子として、生きていけるって所じゃないか……!」
「………………」
……勇者が協力してくれるのなら。
ワシを討った功績による名誉と賞金を使って、勇者にイケバナを救ってもらう。
それがワシの考えじゃった。
前提として、ワシは死ぬ。
当たり前じゃ。莫大な金が動くと言うのなら、ワシの死を証明する何かが必要。
人間側も馬鹿ではない。偽装は難しいじゃろう。
確かに、死を望んでおる訳ではない。
じゃが、ワシが今まで必死懸命に生きてきたのは、「魔王の業が次代に引き継がれる事」と「魔族と人間の戦いに消極的な魔王と言う存在がいなければ、神々の戯れのためにたくさんの命が散る事」を忌避しておったのが大きい。
既に、神々の戯れは終わった。魔王の業はワシの代で潰え、魔王と勇者を戦わせるために作られた魔族と人間の全面対立構造も、神々による啓示なり預言なりで解消する方向へと動くと予想される。
ワシの死でたくさんの命が救えるのであれば、ここで死ぬのも選択肢として有りじゃろう。
そう……考えておったのじゃが。
「……すまぬ」
こんな小娘を……実際はワシよりかなり目上の女神じゃが………………とにかく誰かを悲しませる選択は、良くない。ワシは誰かのための献身のつもりでも、フレアからすればそれは誰かのせいで犠牲になっているようにしか見えない、そう言う事なのじゃろう。
「ボクも、できるだけの事を考えてみるから……もう、そんな酷い事を考えるのはやめて」
「……うむ、わかったのじゃ」
『酷い事……そうか? 私は割と、悪くない案だと思ったが』
「「…………え?」」
今、何か頭の中にしゃがれた声が……フレアも同時に同じリアクションをしておったし、ワシら二人とも聞こえておるのか?
感覚としては、グリンピースを倒した時に聞こえた天の声に近い。じゃが、あの天の声とは似ても似つかぬ、年老いたお爺さんの声じゃが……あれ、どこかで聞き覚えがあるような、無いような……。
「……なんで、オッディが話しかけてこれるの?」
「オッディって……」
確か、フレアと共に天界で死者の魂を出迎える神じゃったか?
ワシを魔王に選出した憎き神でもあるが、同時に神々の狂ったゲームを終わらせるために大きく動いてくれた神でもある……ワシとしては、まぁ何とも微妙な認識に在る神じゃな。
……しかし何故、この声に聞き覚えがあるのじゃろうか?
むかし聞いた神々の嗤い声には無かったと思うが……。
『以前、フーが権能を使った時にそちらの座標は補足・念のため追跡していた』
「……ついでに盗聴もしていたと」
『私はデリカシー無い系の伝承には事欠かない系の神だぞ?』
「反省しようか!?」
……なんかこう、悪い神ではないんじゃろうが、ろくでなしっぽいのう。
「って言うかさっきの発言はなに!? 悪くない案!? 嘘でしょオッディ!?」
『いや、実際に悪くないだろう? むしろ、最大限に状況を活用した名案まであると思うが』
「名案!? マジで言ってるの!? 今回ばかりは正気を疑うよ!?」
『おいおい、何をそんなにいきり立って――』
ふと、オッディの声が途切れた。
少しして何かに気付いたような息遣いが聞こえると、オッディの声はまるで「いや、そんなまさか馬鹿な話が……」と頭を抱えるような雰囲気が伝わる不思議な声色に変わる。
『待て。ちょっと待て。フー、キミはまさか……』
「なにさ! ボクの方が間違ってるっての!?」
『いや、さっきも言ったが、アゼルヴァリウスに権能を使っただろう?』
「そう言えば言っておったが……権能じゃと?」
女神としての力はオッディに呪縛されたのではないのか?
それをワシに使った? いつ? ワシが気絶しておる時とかか?
「いくらオッディでも、さすがに同格の女神であるボクの全権能を縛るのは無理だからね。『まぁゲーム世界でこんなん使う機会は無いだろう』って感じの一部権能はノータッチで、ボクが衝動的に使っちゃいそうな権能をメインに呪縛してもらったんだ」
『ああ、そしてその使わないだろうと思っていた権能を、普通に使いやがったんだこのバカタレは』
「バカタレて!!」
『なんと軽率な……と呆れつつ、何か重大な狙いがあったりするのかも? とか考えていたのだが……まさか、使ったのを忘れるくらいマジで考えなしでやったのか?』
「そうだけどそれが何……………………」
ん? どうしたのじゃ?
フレアが急に固まった。
「……てへぺろ」
ああ、このウインクと共に可愛らしく舌をぺろっと出す仕草は見覚えがあるぞ。
確かミスってワシを爆撃した時の反応じゃ。
つまり……何かやらかしたな、この女神。
誤魔化されんぞ貴様。