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69,暴走ベイビィ、メカニック・バブの乱。


 イケメン・イクリプス……サービス終了。

 要は維持管理コストが賄えなくなった遊戯結界魔導書(ゲームブック)の破棄。


 イケメン・ニルヴァーナは元々、遠からず滅びる運命じゃった……と?


「そ、そんなバカな話が……!」

「あるのでしゅ」


 筋肉と魔術の世界に一石を投じるようなハイテク機械の揺り篭に収まり、物憂げにガラガラを揺らす赤子――至高イケメン・マルクトハンサムことマーくんはおしゃぶりの隙間から深い溜息を洩らした。


「結局、ソーシャル形式の遊戯結界魔導書(ゲームブック)は娯楽を売る商売。飽きられれば終わり。赤字経営の続く商売者あきんのが廃業するのとまったく同じ。廃れたゲームは世界ごと幕を閉じる……そう言うものなのでしゅよ。特に最近はゲーム戦国時代と言っても良いでしゅ。素人目には繁盛しているようでも、実質の財政は火の車で、ある日、突然のサ終発表。そんなの、珍しくもないのでしゅ」

「そう言うものなのか!?」


 ワシはゲームに疎い。

 振り返って、皆に確認すると……うむ、全員、気まずそうに眼を逸らした。そう言うものらしい。


「どうせ滅びる運命だったこの世界に、一時の夢を見せた。それがイケメンカイザーでしゅ。性格と声の質はドブ川のようなクソ野郎でしゅが……奴の見せた【虚構の夢】に救われたイケメンが多いのもまた事実。であれば、多少滅亡が早まり、疎ましいプレイヤー共が無数に犠牲になる程度の事……義理立てとして容認するのも構わないとマーくんは考えているでしゅ」

「わかっておるのか!? プレイヤーだって、貴様らイケメンと同じく生きておるのじゃぞ……!?」


 憎しみを抱えておるのはわかる……じゃが、その選択はあまりにも……!


「言いたい事はわかるでしゅ……正直に言えば、これは消極的選択でしゅ」

「消極的選択……じゃと?」

「イケメンカイザーがマーくんにイケメン・インフェルノの真実を開示したのは……既にプレイヤー狩りが実行された後でしゅ。まぁ、イケメンカイザーとしても事前に目的を開示して躊躇われるのを恐れたのでしゅね。ほとほと性格の悪い奴だと呆れ果てるでしゅ」


 マーくんは悩まし気に眉を顰め、ガラガラに額を押し付けると目を伏せた。

 まるで、己の浅はかさを悔いるように。


「しかしてどうあれ、既にプレイヤー狩りは実行された、つまり、ゲーム運営者に取って神に等しい御客様に危害が加えられたのは動かぬ事実なのでしゅ。そこからでは仮にイケメンカイザーを止めたとしても……プレイヤーたちが現実世界に解放されれば、イケバナは問答無用で即サ終確定でしゅよ」


 言われてみれば、危うく多くの命を奪いかねない不祥事の舞台となった結界なぞ、国……いやソーシャル形式である事を踏まえれば世界中から批判の的になる。加えて、どのみち終了が決定しておったゲームとなれば、運営者も処分を躊躇う理由は無いじゃろう。


「魔王アゼルヴァリウス。きしゃまが関わって来たイケメンたちは、露骨にプレイヤー憎しを標榜する者がいなかった。だから実感が無いのでしゅ。『自分たちの世界の滅亡を早めてまで、プレイヤーの命を救う義理がどこにある? どうせ滅亡が早まるのなら、もうイケメンカイザーの好きにさせたら良い』――そう思えてしまう、イケメン搾取被害者の存在に」

「イケメン搾取被害者……!」


 ……そうか。

 いくらプレイヤーが憎くても「自分たちの世界の道連れに、プレイヤーを殺したいか?」と問われて積極的に頷くほどイケメンたちは愚かではない。しかし「自分たちの世界の滅亡を早めてまで、プレイヤーの命を救いたいか?」と問われると、それも頷きかねる話であると。


 今まで命をないがしろにされてきたイケメンたち怨嗟が、プレイヤーたちの命を軽んじると言う形で返って来ておるのか……!


「イケメンカイザーの野望を阻んだ上で、イケバナを存続させる術は無いのか……!?」

「そうでしゅね。無くは無いかも知れましぇん」

「そうなのか!?」

「でしゅが、到底、実現性の無い話でしゅ。言ってしまえば、超越的な【権力】と【財力】ですべてを解決する方法でしゅよ。人々の安全確保を謳う実に正統性のある政治介入処分を、力づくで退けられる地位。そしてこのゲームを資本第一主義の運営から買収し保護し得るだけの資金。その両方があれば、どうにかできるかもと言った所でしゅね。まぁ、どこかの大貴族か王族の資金力でようやく現実的、そしてこれを実行するにはそれらの権力者でも相当の覚悟と苦労が必要でしゅ」


 一ゲーム存続のために、そこまで動いてくれる大貴族や王族がいるはずない……そう言う事か。


 そして理解した。プロメテスがワシを「希望」と称した理由。

 ワシは一〇〇〇年も人間と敵対してきた魔王じゃ。人間の政治的介入を退ける地位、と言う面では申し分なかろう。

 しかし、ワシは人間の通貨なぞ持っておらぬ……貴金属等の資源を売却する手もあるが、魔族と取引してくれる人間の組織は極少数。調達できる資金の限界はかなり低い。

 ゲームの買収にいくらかかるかなど、想像もつかぬが……マーくん曰く大貴族や王族クラスの資金力でようやくとの話。更にワシは魔族。健全な人間企業じゃろうイケバナの運営と売買取引をするには「魔族相手でもまぁここまで金を積まれたらもう売っちまって良いや」と目を眩ませるだけの莫大な上乗せが必要になる……!

 そんな額、調達できるはずがない!!


 つまり……イケバナを買収して手元に持ってくるなど、不可能じゃ。

 ……結局、希望は希望でしかなく、具体策として機能するものではなかった……と。


 歯がゆい……人間の金さえあれば……ああ、まったく。

 金のためにワシを殺そうとしたと言った勇者に呆れておきながら、今、ワシは金が欲しくて仕方無――ん?


 思わず、自分の首を触る。今は細く、簡単にへし折れてしまいそうなものじゃが……現実では一〇〇〇年を超える魔王在位期間の末「一国を一〇〇年は運営できる」と言われるだけの莫大な賞金をかけられた極太の首じゃ。


 もし、この首を取る勇者が現れたのなら――そやつは、最強の魔王を討った功績から、莫大な金と共に人間社会における絶対的地位を得るじゃろう。


「………………………………」

「……? どうしたのでしゅ?」


 ……これは本来、絶対に考えてはならぬ事。

 じゃが……「神々によるゲームが終了し、もうワシより後に魔王の業を背負わされる者が生まれない。神々のゲームのために作られた魔族と人間の対立構造も解消されていく」と言うのが確定しておる現状……この選択をしない理由の方が少ない。


 莫大な資金と、絶対的地位。

 その両方を用意する術が――ここに在る。


 ……問題は、勇者の協力を得られるかどうか、か。


「……アリスちゃん、待って」


 ……ワシを推しておると言うだけはあり、察しがついたらしいな。

 声に振り返ると、フレアが珍しく大真面目……いや、怒っておるまである表情をしておった。


「勘違いだったらごめん。でもアリスちゃんは今――すごく、最低な事を考えている気がした」


 ……最低か。


 まぁ、自分のものとは言え、ひとつの命を奪う計画をしておるのじゃ。

 そう言われても、仕方無いのかも知れぬな。

 じゃが――ん? 何じゃ、このピピピピと言う軽快な音は。


「おっと、何やらシリアスムードだのにすまないでしゅ。ミルクの時間なのでしゅ」


 なるほど、音の発生源はマーくんの揺り篭……食事の時間を告げるアラームか。

 赤子の食事は重要じゃからな。状況を選んでおる場合ではあるまい。仕方無かろう。


 そこに哺乳瓶でも保管しておるのか、マーくんは揺り篭内の足元をごそごそ。しばらくすると、背もたれの裏をごそごそ。内部側面をごそごそ。身を乗り出して外装の一部を触るとバカンッと音を立ててハッチが開き、無数の玩具が格納されたスペースが露出。そこもごそごそ。


「……………………」


 最終的に、マーくんは自身の前掛けをめくって覗き込んだまま沈黙の硬直。


「おい、マーくん? ミルクの時間なのじゃろう? 何をして――」

「……無いのでしゅ」

「……なに?」

「ミルク、無いのでしゅ」


 今にも泣き出しそうなへにょっとした顔と声で、マーくんが言う。


「失くしたのか……? 城の中に予備は?」

「マーくんはあの哺乳瓶じゃなきゃヤなのでしゅ!!」


 うーんまさに赤子。


「なんで……なんでミルク無いのでしゅか! ちゃんと用意しておいたのに! こんなの酷いでしゅ! おかしいでしゅ!!」

「お、おい? ちょっと落ち着くのじゃマーくん。何やら魔力やらイケメンパワーやらワシの知らぬ科学っぽいパワーやらがすごい上昇しておる気が……」

「ミルク無いのなんで……なんでぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!」


 マーくんが癇癪の咆哮を上げたのと同時。

 ハイテク機械の揺り篭が、がしゃんがしゃんがしゃん!! と音を立てて――変形した。

 どこから質量を引っ張って来たのか……分厚い鋼の塊で手足を形成。マーくんがいる部分を中枢として、見上げるほどに巨大な機械の巨人が完成しおった!!


「ちょ……!?」

『【王冠ケテル】【知恵コクマー】【理解ビナー】【慈悲ケセド】【峻厳ゲブラー】【美麗ティファレト】【勝利ネザク】【栄光ホッド】【基礎イェスド】【王国マルクト】【正義ハンサム】――セフィラ・ダート、起動』

「ミルクぅ……ひっく……ぶぅ……ぷぇ、むあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 マーくんのぴえんどころの騒ぎではない号泣。

 呼応するように、機械の巨人……察するにセフィラ・ダートとやらの双眸に当たる部分がヴンッ……と音を立てて碧色に光った! カッコイイけど、言っておる場合ではないな!?


「ぬぅ、マーくんの哺乳瓶は一体どこに!?」


 このままじゃとマーくんもといセフィラ・ダートと戦闘になりそうな雰囲気なんじゃが!?


「有り得ぬでござる……」

「何がじゃ、ベジタロウ」

「マルクトハンサムは見た通り赤子でござるが、その最強防衛揺り篭セフィラ・ダートは鉄壁の守り……物理防御は勿論、マルクトハンサムが忘れ物しないようにサポートする機能も完備していると聞いた事があるでござる」

「おいおいだぜ。だけど現に、哺乳瓶が無いんだぜ!?」

「ベジタロウ、ボケた?」「ぬー」

「否。予測に過ぎぬでござるが……イケメンカイザーならば、セフィラ・ダートにも干渉し得るのでは?」


 まさか……!

 マーくんをワシらの前で暴走させるために、イケメンカイザーが哺乳瓶を隠したと!?


 どこまでやってくれるんじゃ、イケメンカイザー!!


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― 新着の感想 ―
[一言] そうか、魔王様にはお金が無かった……。
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