07,その時、密室でタマネギ汁が拡散した
「土生溌傀陣・幽鬼栽培――【鬼怨】」
ベジタロウが鍬を振り下ろす。
床に敷き詰められたレンガに、鍬の刃が激突――しない。
鍬の刃はまるで泥にでも沈み込むかのように、衝突音もなく床の中へと消えていった。
「何をする気じゃ、あやつは……!」
「ベジタロウは植物属性のイケメン、植物魔術の使い手だよ!」
グリンピースと同じか!
「であれば――地面から来る!」
植物魔術の起点は地面。
己の魔力で疑似生命を生み出し、土壌の養分を活用して成長させ、それを操って攻撃すると言うのが植物魔術の基本じゃ。
ワシの読み通り、異変はワシの足元。
レンガの床がメキメキと音を立ててめくれ始めたので、急いで飛び退く。
「ぅおにうおおおおおおおおん!!」
奇声と共にレンガを砕いて現れたのは――巨大なタマネギかこれ!?
おそらくは植物属性の使い魔。巨大なタマネギが二つ重なった、さながらタマネギの雪だるまか。
平時ならば愛らしい使い魔じゃとほんわかする所じゃが……。
「ぅおおおん」
タマネギ頭の皮が一部裂け、黄色く濁った眼球がぎょろめいてワシを捉えた。
前言撤回。目ェ恐ッ!
完全にイッっちゃっとる目じゃ……うっわ、めっちゃこっち見とる!
「さて、次といくでござる」
ッ、ベジタロウがまた鍬を振り上げて……!
まずい、この調子で使い魔を増やされては、こんな密閉された地下武器庫ではすぐに逃げ場が無くなるぞ!
「させないよ! 食らえ!」
意気揚々と叫び、フレアが跳んだ。
ベジタロウの顔面へ向け、膝を曲げて飛び掛かる。
「強烈蹴撃――【爆突槍】!!」
紅鋼に覆われたフレアの右膝蹴りがベジタロウの鼻っ柱に直撃――刹那、ドカンッと爆発が巻き起こった!!
膝蹴りの衝撃に爆撃で追い打ちをかける技か……それを迷わず顔面に! えげつない!
じゃが――
「痒し」
爆炎が晴れ、現れたのは……涼し気な顔のベジタロウ。
フレアの一撃は、ベジタロウの顔にわずかなシワを作った程度。そのシワも、フレアが跳ね退けばすぐに消えて元通りになる。
「ぬにに……やっぱり全ッ然ちっとも効かないや! 爆炎は炎属性攻撃だから植物属性イケメンには有利のはずだのに……アリスちゃん、この状況はヤバいね、笑えてきちゃうね!」
「同感じゃ! 実際の所はまったく笑い事ではないが、ここは意地でも笑っておけ!」
「おけまるちーず!」
フレアは陽気に答えると、指で輪っかを作りながらパチン☆とウインクを飛ばしてきた。
うむ、まぁ、辛気臭くなられても勝てる訳では無し。
フレアにはひとまず笑顔をキープしてもらっておくとして……どうしたものかなぁ!?
逃げるにも、武器庫の出入口はひとつ。その前にはベジタロウが陣取っておる……。
どうにかあやつの気を逸らさねば、逃げる事すらできぬ!
「おんおんうぉぉおおおおん!」
「くッ……!」
落ち着いて考える時間も無いか……タマネギだるまの方が来る!
タマネギを連ねた腕を形成して殴りかかってきた。
「アリスちゃん!」
「構うなフレア! 貴様はそっちのイケメンを警戒してくれ!」
共に戦うと言ったじゃろう。
であれば――役割分担と言う奴じゃ!
ワシではどう足掻いてもベジタロウの動きを止める事すらできぬ!
しかし、幼女の身でも使い魔を引き付けるくらいはやってみせようぞ!
「タマネギ風情が……あまりワシを舐め腐るなよ!」
先ほど拾っておいた短剣を鞘から抜き、刃を指で挟む形で持って振りかぶる。
悔しいが、今のワシの筋力はクソザコ……短剣を振り回した所で、タマネギだるまを微塵切りになどできぬ。じゃが――ワシには過去の経験と言う武器がある!
ワシが魔王に選ばれたての頃。
魔王に抜擢される素養があったとは言え、幼いワシはまだ筋力も魔力も扱いが拙く、すぐに枯渇しておった。そして回復しきる前に次の勇者がやってきて、配下たちは勇者の仲間を止めるので精一杯、枯渇状態のワシと元気な勇者の一騎打ち……なんて状況も何度かあった。
そこでワシは――そこら中のモノを引っ掴んでヤケクソに投げまくり、勇者を撃退しておったのじゃ!
いわばヤケクソでモノを投げる事において百戦錬磨!!
「せいッ!」
腕を振るって、短剣を投擲。狙うは――タマネギだるまの不気味な目!
筋力が無さ過ぎて勢いは出ず、軌道も想定より少し低いが……当たるコースじゃ!
「ぉんッ」
短剣はタマネギだるまの目、その少し下に命中!
さくっと刺さった。
「ぬぅ、目を潰して時間を稼ぎたかったのじゃが……む?」
急いで足元に転がっている折れた矢を拾おうとしたが……タマネギだるまの様子がおかしい?
こちらに向かう足を止め、わなわなと震え始めた……?
「かかったでござるな。鬼怨はただ敵に襲い掛かる使い魔にあらず」
「なに……!?」
「ぅおおおおおん……うぉんおおんおおおおおおおおん!!」
ッ……何ぞ、タマネギだるまが急に鳴き……いや、泣き始めた?
不気味な眼球からぼろぼろと大粒の涙を――ッ、
「ふぎゅ……な、何じゃ……!?」
急に鼻がつんとして、目もちゅんて……痛ッ!?
「目が痛いのじゃい!?」
まともに目を開けていられぬ……!
これは、まずい――目が痛い!! 前が見えぬ!!
「ふにゅおおおお!? 涙が止まらぬぅ!? 目が痛い目が痛い目が痛いのじゃぁああ!?」
ぬぉおおおおお!?
何の嫌がらせじゃこれはァァァ!?
「鬼怨は少し傷付けられると自衛のために特殊な涙を放つのでござる。その涙の主成分は【リューカアリル】。非常に揮発性が高く、鼻や目の粘膜に触れれば最後……鼻水が止まらなくなり目がすごく痛くなるのでござる。これにより敵の動きを封じ、拙者自ら鍬で頭をかち割って――目が痛いッ!?」
「って、貴様にも効くんかい!? 目が痛い!」
こういうのって発動者に効いちゃダメじゃろって目が痛いのうマジで!!
「ぐおおお……しまったでござる目が痛い! いつも屋外で使っていたから目が痛い! こんな狭い密室ではそりゃあ拙者にも目が痛い!!」
無表情なクールサムライも台無しじゃな、目が痛い!!
「間抜けか貴様は目が痛い!!」
「いや、ここはおぬしらに一本取られてしまったと言う事で目が痛い!!」
「「目が痛い!!」」
「おおおぉおおおおん!! おおおおおん!!」
何じゃこの地獄は!?
「アリスちゃん大丈夫!? 目が痒いのはわかるけどそんなにぐしぐししちゃ駄目だよ!?」
「くぬぅ……!?」
目が痛くてまともに見えんが、ワシの手を掴んで押さえておるのはフレアか!?
「うぬああああああ!! 放せフレアァァ目が痛いィィィ!」
「それでもぐしぐしはダメだよ! あとでお目目がもっと痛い痛いしちゃうよ! めっ!!」
「そうは言われても目が痛くて目が痛いのじゃあああああ!!」
「めっ! アリスちゃん、めっ!」
「無体で殺生ぅぅひぐぅうぅぅ目が痛いぃ……! って、ん?」
待て、おかしくないか?
「フレア、貴様……語尾に目が痛いと付いておらんが……まさか効いておらんのか? 目が痛い!」
「うん。多分、足鎧のおかげだね。確か、リューカアリルって熱に弱いから。沸騰したお湯につけたろイチコロらしいよ。タマネギを切る時は事前にサッとひと茹でがオススメだね☆ 目が痛くない!」
な、なるほど……フレアの足鎧は装着者の体を温める効果を持っていると言う――それでリューカアリルが効いておらんのか!
……え、と言う事は何? フレアって体内で体液が沸騰でもしとるの?
道理でやたら薄着だし元気な訳じゃ。
「お、おのれ小癪なゲリラどもめ……目が痛い……! きぇええええ! こうなれば鬼怨を召喚しまくって圧死させてやるでござる目が痛い!!」
「ッ、まずいぞフレア目が痛い!」
「そうだね……ここは一旦、逃げよう! 目が痛くない!」
そうじゃな、ワシはまともに見えんが、おそらくベジタロウもワシと同じ惨状。
今ならばあやつの隣を抜けてここから脱出できる!
問題はワシもまともに動けないと言う……うぬぉ?
何じゃ、体が浮いたぞ? あ、そうか、フレアが担ぎ上げてくれたのか!?
「よっこら背負い! フレアお急ぎ便いっくよぉ~!」
「すまんなフレア! 頼むぞ目が痛い!」
「了解!! 唸れボクの逃げ足! って、あ! 良いもの見っけ!」
「ぬ……?」
目が痛くて何も見えぬが、何か見つけたのか……?