64,悪霊令嬢は背後に現れる。
パンダンドラムをビギナエルに任せ、ワシらはイケメン・キャッスルを目指し歩を進めておると……。
「おりょ?」
ふと、エレジィがすっとんきょうな声をあげた。
エレジィの頭にしがみついておった黒いまんまる猫が「ぬぅ?」と怪訝そうな声をあげる。
「どうしたのじゃ?」
「んーとねぇ……ん~……これは植物属性? いや炎属性……何か不思議な感じ」
そう言って、エレジィは酸素を求める小魚のように口をパクパクさせておる。
「何をしとるんじゃ……」
マイペースな小娘で驚かされる行動は多かったが、こんなにもあからさまな奇行は出会って早々頭を齧られた以来じゃな。
どこか具合でも悪いのか?
……先ほどの謎セクシー空間の後遺症とかか?
「エレジィ殿は特殊な【味覚】を持っていると聞いた事があるでござる。例えば空気中の魔力の味を吟味し、情報を得られるとか」
「へぇー。嗅覚とか聴覚でそう言うのは聞いた事あるけど、味覚って珍しいに?」
ベジタロウとフレアが自身について話しておってもまったく気にせず、エレジィはひたすら口をパクパク。
すると突然、眉を顰めながら「おえぇ……」とえづくような声を漏らした。
「もういっこの味は、ダンダリィだ。あいつ嫌い」
べぇ~! と、エレジィは遥か遠く、樹海の奥地へ向けて舌を出す。
……ダンダリィ、か。
そう言えばエレジィはあの闇属性イケメンに無理やり操られておったからのう。嫌悪もするじゃろう。
「察するに……この先、イケメン・キャッスルで何者かがダンダリィと戦っておるのか?」
「うん。何かこう……不思議な感じだけど、たぶん植物属性のイケメンかな?」
植物属性のイケメンでカイザー勢力であるダンダリィと敵対する……おそらくはグリンピースか!
「まずいな……! あやつボロボロじゃろう。早く加勢せねば!」
まぁ、あやつなら機転を利かせてどうにか切り抜けそうではあるが。
「んー? いや、ボロボロ? すごい元気そうではあるけど?」
「なに、そうなのか?」
「うん。普通にダンダリィよりパワフルぅって感じの味がしてる」
何じゃそら……どこかで回復用の魔術アイテムでも手に入れたのじゃろうか?
まぁ、とりあえずグリンピースは元気であると。
「であれば、そこまで心配は要らぬかのう」
この先におると確信を得た以上なるだけ合流は急ぐが、焦る必要は無さそうじゃな。
「そなの? でもダンダリィって癪だけど普通に強いよ? わたし操られる前に結構がんばったけど手も足も出なかったもん」
「じゃろうな」
性根が腐っておっても、魔王軍で言う四天王の地位。
易い相手ではない事はわかり切っておる。
「じゃが、グリンピースも普通に強いのじゃ」
「そだね。元気なグッピーなら、基本的に負ける所が想像できないや」
「同じくでござる」
「ふぅん……そのグリぴっぴってイケメン、そんなに頼りになるんだ?」
「ああ、もう二度と敵に回すのは御免じゃぞ」
あやつの強さと厄介さは、ワシがよく知っておる。
ワシとフレアがあやつに勝てたのは、ワシらを舐めてかかっておったから、どうにか付け入る隙があっただけなのじゃ。相手が強いイケメンならば、グリンピースも油断なぞするまい。
故に断言しよう。
万全の状態で戦えておるのならば、心配は要らぬと。
◆
「クハハハ、形勢逆転だって話。これだから闇属性はやめらんねぇよなって話だ!」
プロメテスを人質に取り、ダンダリィが薄く笑う。
その手に持った黒鉄の洗脳仮面をグリンフィース・プロメテッドアムブロシアに差し向けて、じっくりと狙いを定める。
「言う必要も無いと思うって話だが、動くんじゃあないぞダーゼット卿。途端に、オレの鎖が神イケメンをぐちゃぐちゃに食い散らかしちまうって話だからな」
絶体絶命――のはずだが。
グリンフィース・プロメテッドアムブロシアは、ふっと笑った。
「……何がおかしいって話だ? 負けを確信しておかしくなっちまったか? って話」
「ダンダリィ、ひとつだけ良い事を教えてやるんだぜ」
「……?」
「俺は結構、おまえの事を評価して、信頼しているんだぜ。闇属性イケメンかくありきってくらい、とことん闇属性だぜってな……だからこのバトルが始まってから、ただの一度だっておまえを舐めたりはしていないんだぜ」
「……何が言いたいって話だ?」
思わせぶりなグリンフィース・プロメテッドアムブロシアの発言、そして不敵な笑み。
その意図を図り兼ね、逆にダンダリィの顔からは笑みが消え、眉が僅かに浮く。
グリンフィース・プロメテッドアムブロシアはその問いかけへの答えとして、ある方向を指差した。
その指し示す先には――地面にぐったりと転がるプロメテスの姿が。
「……? ――ッ!!」
一瞬、ダンダリィはその光景の意味を理解し損ねたが、すぐにわかった。
そう、プロメテスが地面に転がっている。
ダンダリィが黒い鎖で捕縛したはずのプロメテスが、何に縛られる事もなくぐったりと野ざらし状態で!!
つまり、ダンダリィが自慢気に人質にしていたプロメテスは――陽炎的なアレの幻影!!
グリンフィース・プロメテッドアムブロシアが先ほど自身の分身を作ってダンダリィを欺いたのとまったく同じ。ダンダリィはまたしても完全に騙され、虚像のプロメテス……何も無い空間を鎖で縛り上げていたのだ!!
「闇属性ならとことんまで卑怯な手を使ってくる。そう信頼して、プロメテスを護る時に陽炎的な何かをあれこれした幻影のトラップを仕込んでおいたんだぜ。そんで、ここからが教えてやるって言った『良い事』だぜ」
ダンダリィは舌打ちする間も惜しみ、鎖を操ってプロメテスを捕え直そうとしたが――それを待つ義理など、無い。グリンフィース・プロメテッドアムブロシアが、掲げた拳に翡翠の炎を灯す。
「奇襲奇策、卑怯な手ってのは――相手の予想を超えなきゃあ、意味が無ぇって話らしいんだぜ」
ダンダリィの敗因は、普段から闇属性アピールを欠かさなかった事だ。
闇属性である事に開き直って、ひけらかしてきたから、どこまでも卑怯で狡猾な手を使ってくるはずだと読まれた。裏の裏をかいた策のその裏をかかれた。
「【勇壮心燃・覇王樹神掌】!!」
グリンフィース・プロメテッドアムブロシアが振り抜いた拳。
そこから放たれた翡翠の炎塊は、巨大な覇王樹のトゲトゲ拳と成り、飛ぶ!!
――せめて少しでも防御を!
そう動こうとしたダンダリィの体が、止まる。
「……ッ……!?」
声も出せない。この感覚は――金縛り。
つまり、ゴースト系のスタン!
(誰が……まさかッ、悪霊令嬢!?)
そう、悪霊令嬢ことホロロは、敗走したふりをして潜み、虎視眈々と狙っていたのだ。パンダンドラムにイケメン・インフェルノの情報を与え、望まぬ戦いを強いたクソッたれの闇属性イケメンに、致命的な一矢を報いるチャンスを。
それが、今。
ハイレベル闇イケメンであるダンダリィが相手では、状態異常:金縛りなど一瞬――いや、刹那も持たない。だが、それで充分。僅かな希望をもぎ取る、刹那の拘束。
もはやダンダリィは、何をする猶予も無い。
迫りくる強烈なファイヤーサボテンパンチを、ノーガードで受けるしかなくなった。
――……フフッ……ざまぁ……。
背後から、悪霊の囁き声が聞こえる。
正面から迫る熱塊とは真逆、絶望の冷たさがダンダリィの背筋を舐めあげた。
「……あーあ。やっぱクソゲーだわって話だ」
つまらねぇ……そう、ぽつりとつぶやいて、ダンダリィは翡翠の閃光に呑み込まれた。