62,神・グリンピース!
――イケメン・キャッスル城門前。
「ぐッ、あ、うぉらァだぜ!!」
グリンフィースの荒々しい叫びと共に、その顔に貼り付いていた黒鉄の仮面が粉々に砕け散る!
「ぜぇーッ……だ、ぜぇーッ……おいコラ、ダンダリィ! お得意の洗脳仮面で俺を洗脳しようったって無駄なんだぜ!! 俺のマスターへの忠誠は絶対に曲げられやしないんだぜ!!」
「言うわりに結構しんどそうだなって話」
「普通に瀕死寸前のコンディションだからな、だぜ!!」
ダンダリィは己の魔力を加工し、【黒鉄アイテム】と言う闇属性武器を生産・使用して戦う闇イケメン。
黒鉄の仮面は装着させた相手を洗脳する効果を持つが、精神弱体扱いなので耐性次第では防がれる。
グリンフィースはアリスへの強い忠誠で、どうにかダンダリィの洗脳攻撃をしのいでいた!
「駒にするには、もう少し弱らせる必要があるかって話だ」
「……ッ……」
ダンダリィは黒鉄の仮面を取り出すのをやめ、指を鳴らす。
すると、ダンダリィの足元に転がっていたあるイケメンが静かに立ち上がった。
紅蓮の羽衣をなびかせるイケメン――神イケメン・プロメテス!
その顔にはしっかりべったり、ダンダリィの洗脳★黒鉄仮面が貼り付いている……普通に洗脳されてしまっている!!
つまり完全にダンダリィの手駒である!!
まぁ、プロメテスは生きているのが不思議なくらい股間にダメージを負っていたので、一概に「神のくせに簡単に操られてんじゃあないんだぜ!!」と責められるものではないが……グリンフィースは歯噛みする。
「難儀な状況だぜ……!」
先ほど、ダンダリィは他の美美美美美美が全員やられたと言っていた。
つまり、ユシアとセバセルジュはジャンジャックを撃破したのだろう。アリスたちも無事に勝利していると考えて良い。
しかし、このままでは……グリンフィースもプロメテスと同様の末路!
アリスたちを迎え撃つ駒にされてしまう!
きっとアリスは傀儡として戦うグリンフィースとプロメテスを攻撃できない……そう言う性格だと想像に容易いのだ、あの幼女は!
「プロメテスを解放する、俺自身が操られるのも回避する……両方やらなきゃあならないってのは、中々にハードってもんだぜ」
だがしかし、やるしかない!
グリンフィースはパンッと手を叩き合わせ、その指先をプロメテスに向けて照準を定める。
まずは、プロメテスを解放するために黒鉄の仮面をどうにかする!
「ガンガン・マロンを喰らえだぜ!!」
グリンフィースの背後、タイルで舗装された地面を突き破り一本の木が生える。
見事な枝ぶりのそこかしこには、トゲが光るイガグリが!!
グリンフィースが絞った照準――即ちプロメテスに向けて、イガグリの豪雨が降る!!
グリンフィースが瀕死であるためか、照準を定めたにも関わらず集弾率は低い。いや、照準を定めなければこの程度もままならない低コンディションと言う事だろう。イガグリ弾のいくつかは支離滅裂な方向にも散ってしまったが……そこも織り込み済みで広範囲攻撃をチョイスしたらしい。
このままいけば当たる。仮面を破壊できる。
だがしかし、相手は操り人形であっても棒立ちの人形ではない。
「が……ぁああ……!」
プロメテスの苦しそうな呻きに続いて、その周囲に陽色の炎、神の火が噴出!
イガグリの豪雨を、一瞬にして消し炭にしてしまった。
「ふん、元のスペック差に加えて、炎属性の神イケメンと植物属性のダーゼット卿じゃあ相性もあるって話だ。無駄な足掻きだが……まぁ、満足するまでせいぜい続けてみろって話だよ。どんなクソ調整ゲーでも、案外、運でクリアできたりなんて事もあるって話だ」
「余裕ぶっこいてられるのも今の内だぜ!」
「!」
咄嗟に、グリンフィースは指先の照準を少しだけズラし、ダンダリィを捉えた。
途端、ダンダリィの周囲の地面を勢いよく突き破り、蛇のようにうねる無数の蔦植物が出現する!
「……! 品種合成か、って話だ!」
ダンダリィはそのトリックを瞬時に見抜いた。
グリンフィースが放ったイガグリ弾、そのいくつかはプロメテスからかなりズレた場所に着弾しており、神の火による焼却を免れていた。グリンフィースのコンディションの悪さから、いくつかの無駄弾が出ても違和感は無い――そんな心理的な隙を突き、蔦植物と合成した「地中に蔦を伸ばしてダンダリィを奇襲するためにわざと外す用イガグリ弾」を散布していたのだ!
「仮面を剥がすと見せかけて奇襲して、オレを倒しちまおうって話――と思わせて、やっぱり本命は神イケメンの方って話か」
「……!」
ダンダリィは鼻で一笑し、体に巻き付けていた黒い鎖を操作。黒い鎖は黒い雷を帯びてしなり、ダンダリィに襲いかかろうとしていた蔦をすべて焼き切った直後、そのまま流れるような動きでプロメテスの周囲の地面を派手に削り飛ばす。すると、抉られて飛び散るタイル片や土くれに混ざって、プロメテスを奇襲しようとしていたらしい蔦たちも細切れになって飛散した。
「オレを自衛に集中させた僅かな隙に、神イケメンの仮面を破壊しようとしたって話だろ? まぁ悪くは無かったが……良い事を教えてやるって話だ、ダーゼット卿。『奇襲奇策、卑怯な手ってのは相手の予想を超えられなきゃあ意味が無ぇ』って話。誰を相手にしているつもりだって話なんだよなぁ。オレは闇属性だぜ?」
じゃらじゃらと金属の擦れ合う音を立てながら、ダンダリィの体に鎖が巻き取られていく。
「術を破ると見せかけて術者本体を奇襲――言葉の矛盾を感じるが『奇襲としては定番』だって話。だからこそ、闇属性はその先に何かあると勘ぐって動くって話さ」
「……わかっちゃあいたが、一筋縄とはいかないんだぜ」
「ボスが簡単に倒せるんじゃあ、クソゲーにも程があるって話だからな」
「ぐ、ぅ、ああああ……!」
プロメテスの苦しむ呻きと共に、その背後で神の火が躍り出す。
(くッ……まずいんだぜ! ダンダリィの言った通り、素のスペック差に加えて炎属性と俺との相性……まともな戦闘でプロメテスをどうこうするってのは、気合でどうにかできる範疇を越えているんだぜ!)
ただの炎属性攻撃相手ならば、耐火性の強い植物の防壁を出すなり、逆に引火性の高い植物で誘導して逸らす手もあるが――相手は神の火。燃やすと言うより焼き消す炎。ゴールデン・ヴィレッジでは、神の火を受けた建物が燃える間も無く消し飛んでいた!
神の攻撃は概念、物理法則では太刀打ちできない理不尽なのだ!
植物の性質を気にして小手先小細工をしたって、到底対処できる代物ではない……!
(だが、諦めないんだぜ! マスターを思い出すんだぜ!)
グリンフィースと敵対していた頃のアリスは、当時は理不尽とも言える絶望的性能差をひっくり返してグリンフィースを打ち破ってみせた!
キュウリのトゲが持つ『神をも傷付ける』と言う伝承によって付加された概念を活かし、グリンフィースにイケメン大爆発を起こさせたのだ!
「待てよ、『伝承によって付加された概念を活かす』だぜ……?」
その時、グリンフィースが思い出したのはアリス――ではなく。
この窮地で彼が思い出したのは意外にも、フレア!!
「ぁ、ああああああああああああ!!」
プロメテスが黒鉄の仮面の下で吠える。傷口に爪を立てて抉られているような悲鳴だ。
合わせて、神の火によって形成された巨大な怪鳥がグリンフィースへ向かって飛び立った!
「……ワンチャン賭けるんだぜ、女神さまよォ!!」
陽色の怪鳥に対し、グリンフィースはある植物を召喚した。
樹木かとも思える大きさだが……どうやら芹の仲間らしく、いくつもの花が傘を広げるような形で集まった黄色い花束を咲かせている。
「クハハ。何を出すかと思えば、イケメンパワーも魔力も量こそ込められちゃあいるが、それだけ……ただの植物って話か? ゲームを投げたらしいな、ダーゼット卿。つまらねぇ選択肢を選んだもんだって話だ」
迫る陽色の輝きの向こうから失笑が聞こえた。
ああ、傍から見れば笑える愚行だろう……だが、グリンフィースは信じる。
女神を、同じ推しを持つ魂の仲間を!!
だから、目は閉じない!
神々しくも禍々しい、陽の怪鳥を正面から迎え撃つ――大型のセリ科植物、巨茴香の群れで!
怪鳥と巨茴香の衝突。
陽色の輝きが炸裂し、世界が白く塗り潰された。
その後に灯ったのは――翡翠の炎。
「ッ……!?」
ダンダリィが剥いた眼の先で、翡翠の炎がどんどん広がっていく。
その色合いは、見覚えがあった。グリンフィースの髪や服、その色合いに神々しさをトッピングしたような炎の群れなのだ!!
「まさか、あの女神のおかげで命拾いする日がくるとは思わなかったんだぜ」
翡翠の炎が割れ、姿を現したのはグリンフィース!
しかしその姿は一変していた!
まず、お肌がつやつやで背筋がシャキッとしている。先ほどまでのボロボロ具合が見る影も無い健康体!
軍服然とした翡翠の詰襟衣装の上に翡翠の羽衣を纏った姿は、まるで緑の神!!
更に、その翡翠の頭髪は――まるで翡翠色の炎のように揺らめいていた!
「ど、どういう話だ……!? なんでダーゼット卿はダメージを受けるどころか……明らかにパワーアップしているんだって話だ!?」
「おまえは知らなかったみたいだが、その神イケメンには元ネタの神様がいるんだぜ」
説明する前に、とグリンフィースは手の甲を下に向けた状態でプロメテスを指差した。そして、その指をくんッと跳ね上げる。
次の瞬間。
プロメテスの足元に亀裂が走り、まるで植物が生えるように翡翠の炎が噴き出した!!
翡翠の炎がプロメテスを焼き尽くす――事は無く。
炎が天へと駆け抜けた後には、黒鉄の仮面だけが消し炭と化したプロメテスが倒れていた。
プロメテスを傷付けず仮面だけを焼く……さながら神業!
「ッ……!?」
あっさりと切り札のひとつをもがれたダンダリィは息を呑んで狼狽!
対照的に、グリンフィースは落ち着き払った様子で、羽衣を風に泳がせている!
「知り合いの女神さまによると、その元ネタの神の伝承はこうだぜ――『【神の火】を【芹の葉】に灯して地上にもたらした』」
それはプロメテスの原型、プロメテオウスの伝承の一部抜粋。
かつて寒さに脅かされ震えていた下界の生き物たちを見て、プロメテオウスは慈悲から【恩寵】を与えたのだ。芹の葉に己が持つ神の火を灯して、下界へと降ろす事で……下界に火の文明を、過酷な世界に抗う力をもたらした!!
グリンフィースは元々御存知なかった話だが、フレアが補足してくれたので記憶に残っていた。
そして、キュウリが『神を傷付ける神話的概念』を持つ事を鑑みれば!
芹の葉は『神の火を受け止め、恩寵として力に変える植物と言う概念』を持っているはず!
グリンフィースはその可能性に賭け、セリ科植物を召喚し、神の火を受けた!
「プロメテスの火はセリ科植物で受け止められる……そう踏んで正解も正解、大正解だったって事だぜ!! しかも、とんでもねぇオマケ付きだったんだぜ」
神の火を防げれば良い程度の考えだったのだが、結果は想像を遥かに越えた!
神の火を受け止め力に変えたセリ科植物を伝播して、グリンフィースに神の力が宿ったのである!
それが、今の翡翠に燃えるグリンフィース!
グリンフィースはそこまで神話に詳しい訳ではない。しかし、最低限の教養範囲での知識はある。プロメテオウスの登場するギルジア神話には、恩寵の代名詞として【神の食べ物】と呼ばれる代物が登場するそうだ。それを食した人やイケメンは、神の力の一端を得られると言う。
今の自分にはぴったりだろう。
故に、彼は今の自身に便宜上、こう名付ける。
神化イケメン――グリンフィース・プロメテッドアムブロシア!!
「さぁ、覚悟しやがれだぜ。ダンダリィ! 俺の神の火で、おまえの闇なんざぶち祓ってやるって話なんだぜ!!」