59,セクシー・オア・ダイ
まさか……この感じは、フィールド展開か!?
ビギナエルを中心に溢れ出した謎のパワー……おそらくはあやつの言うセクシーが、世界を侵食し、フィールドを上書きしていく。
「フィールド展開。精神解放特設劇場【パラッソネイト・ワンダァホォル】」
樹海の景色が一変し、眩い照明が躍る広大で四角い閉鎖空間へ――これは、劇場……か?
魔王城にも福祉娯楽施設として用意されておった、演劇の公演や楽曲の演奏を鑑賞する大広間。ワシらは全員、その舞台上に上げられていた。
ただ、魔王城にあった劇場とは雰囲気がかなり異なるな……「今宵のスターは誰か?」と荒々しく問いかけるように、無数のスポットライトが高速で劇場中を駆け回っておる。これから始まる出し物へ没入させるための落ち着きは皆無、目にやかましい……!
「ビギナエルよ。このフィールドは一体……む?」
パンダンドラムの砲撃が止んだ?
見ると、パンダンドラムの手から大砲が消えておった。
「あれ!? ヴァーンがいない!?」
フレアの足鎧も消失しておる……!?
まさか、このフィールドの効果か!? 察するに武器の持ち込み禁止!
ヴァーンは元はイケメンと言えど、今の扱いは武装じゃからな。
確認してみるとワシの野菜畑召喚スコップも……いや、こやつはあるんかい。そう言えばフレアも武器じゃなくて土工農具って言っておったな。ワシよくこれで戦ってきたな。
む? エレジィは何を「あれぇ?」と首を捻りながら自身の頭をポンポンして……ッ、まんまる猫がおらぬ!?
短いあんよを使ってエレジィの頭にしがみついておったあの愛くるしさの塊は一体どこへ……!?
なるほどそうか……あまりの可愛さが武器とみなされてしまったか!
納得なのじゃ!
「ここはノット・セクシー行為が全面NGのセクシー・ワールド! 武器などと言う無粋な物質は当然、入場時にお預かり済みさ!! 無事にセクシーを極めたら返却する!」
「おお、セクシー云々は知らぬが素晴らしいぞ!」
猫が弾かれてしまうのはいただけぬが、それを除けばワシもこのフィールド展開を習得したいくらいじゃ!
「ただし、このフィールドはセクシーならざる者の命を保証しない! ノット・セクシー・ポイント……NSPが累積すると死ぬ」
前言撤回じゃ。
「命に関わる系のフィールドなのか!?」
「ああ。ほら。セクシー舞台袖をセクシーに見てみたまえ」
「舞台袖?」
うっわ、何か覆面とブーメランパンツ以外は一糸もまとっておらぬ大男の群れが、大斧を担いで待機しておる……!?
「彼らはセクシー処刑人。セクシーでない者を死なす」
「物騒過ぎる!!」
もう既に帰りたいこのフィールド!!
「舞台上で醜態を晒すとか死刑も止むを得ない……ここはそう言うフィールドなのさ!!」
「よし、今すぐワシのフィールドで上書きしてやる」
筋力を練って――
『ノット・セクシーを探知』
次の瞬間、パリィンッ!! と言う音が響いた。ワシの筋力防殻が砕け散った音じゃ。
そして次に、ひゅんッと風を切る音が頬を掠めて行った。
「……………………」
つぅ、と頬を伝う生温かい感触。流血。
振り返ると、背後の舞台袖の奥の壁に大斧が突き刺さっておる。
正面に向き直る。あの大斧を投げたらしいセクシー処刑人が、親指を立ててそれで首を斬るような動きをワシに見せつけた。
『ワンアウトだ。スリーアウトで首を取る』
それだけ言って、セクシー処刑人は舞台袖へ引っ込んで行った。
「あ、アリスちゃん、大丈夫……!?」
「……うむ。体はかすり傷じゃ」
心には軽いトラウマができた気がする。
って言うか嘘じゃろあれ。
常時展開用に多少出力は下げておったとは言え、ただの斧投げでワシの防殻をぶち抜きおったぞ……!?
やばい。あれが殺しに来たら絶対に勝てない!!
あとNSPとやらのポイント累積制ではないのか!?
なんかスリーアウト制っぽいぞ!?
本当に滅茶苦茶じゃなこのフィールド!!
「セクシーにならなければ死ぬ――その精神的負荷で、無理矢理に潜在的セクシーを引き出す。セクシー強制劇場とも言えるね。さぁ、思う存分に赤裸々になると良い」
「私はセクシーだ! そんな事は簡単だ!」
パンダンドラムはおそらく「いやセクシーって何!? 私にはそんなの無理だよ!?」と狼狽えておるのじゃろうな。瞬間、セクシー処刑人が大斧を投げ、パンダンドラムの頭上すれすれを掠めていった。
『ワンアウト』
「ひぃッ!?」
「嘘もノット・セクシーに入ると言う事でござるか!? まずい、このままではパンダンドラム殿は――」
「パンダンドラム! 頼む、何も喋るな! 何もするな! マジで殺されるぞ!!」
「いいや、わからない! 私は歌うように叫ぶ!! 狂ったように踊る!!」
しまったァーー!!
パンダンドラムに今の忠告は逆効果でしかなかった!!
『ツーアウトだ。腕を三・四本、もっていく』
げぇマジか!? セクシー処刑人が舞台袖からぞろぞろと!?
一人相手でも勝てる気がしないのじゃが!?
「お、おのれ! やるしかないか!」
劇場とは言え元は樹海じゃ! 舞台の地下は地面判定があるはず!
ワシの予想通り、ヴィジター・ファムートは起動できた。
舞台下が案外深いのか、蔦が舞台板を突き破って出てくるまで思っていたよりラグがあったが……間に合った、筋力を纏わせたアトラス・キュウリ畑を展開して、セクシー処刑人どもの突進を阻ませてもらう!!
『誰かを護るための行為は非常にセクシー』『だが! ノット・セクシーへの断罪はこの程度では止まらない!!』『セクシーは急には止まらない!』『そう、セクシーは止まらねぇからよ!!』『希望のセクシー!!』
セクシー処刑人どもが訳のわからん事を言いながら、アトラス・キュウリの実も蔦を突き破ってこっちに突っ込んでくる!! ええい、障子紙ほども気にされとらん!!
「ここは任せるでござる! 野菜格闘術でどうにか!!」
「ママのためならわたしも頑張るよ~。あとでいっぱいガシガシさせてね!」
『セクシーだが邪魔だ!!』
「ござるゥ!?」
「みゃッ!?」
「ああッ!? ベジタロウたちがすごい雑に吹っ飛ばされてしまったのじゃあ!!」
これは――うん、マジで勝てぬな。
「フレア! すまぬがパンダンドラムを抱えて、とにかく連中から距離を取ってくれ! ワシは筋力でどうにか足止めを!!」
パンダンドラムが自力で逃げようとしたら、セクシー処刑人の群れに突っ込んでいく未来が見える。
「おけまる! パンダンドラムくん! キミはあれだ、もう宇宙の神秘を垣間見た猫みたいな虚無の境地を目指して!!」
「ッ…………!」
「ああダメだ!! この子めっちゃ暴れて抱えられないにゃあ!!」
くッ……やはり「おとなしく抱えられよう」と少しでも考えた時点で、そう言う風になってしまうか!
「セクシーだが無駄な足掻きだ、おもしろい幼女。その嘘吐き野郎が助かる術はただひとつ。セクシーになるしかない」
「おのれビギナエル! アダムの件で味方してくれたから心を許しておったが、これはどういうつもりじゃ!? 横暴が過ぎるぞ!!」
遠距離魔王チョップを放つ――が、『ぬぅんセクシィッ!!』と謎の雄叫びを上げるだけでセクシー処刑人どもは少しも止まらぬ!!
「セクシーを得るのは簡単じゃあない。すぐにセクシーを得たいというのなら、相応にリスキーな荒療治は覚悟するべきなのさ」
「そもそもの話をさせてもらうとな、誰もセクシーとか求めてないんじゃが!?」
「照れ恥じらうのもまた……セクシーか!!」
「ごめん、さっきみたいに一旦ワシの心を読んでみてくれんかのう!?」
ええい、やはりこやつも話が通じない系……この世界は多いな、話が通じない系が!!
ともかく、どう止める……!?
セクシー処刑人……訳がわからぬ連中じゃが、アトラス・キュウリのトゲでも無傷、ワシの魔王チョップが直撃しても意に介さぬと来た!
どうすれば止まるんじゃ、こんな理不尽!
……って、待てよ。
アトラス・キュウリを生やして突き破った舞台板の穴……案外、深いな?
そう言えばさっきも、蔦が出現するまでにワシが予想していたより僅かじゃが時間を食っていた。
どうやら、舞台の下は巨大な空洞になっておるらしい。これは利用できるぞ!
「魔王チョップ!!」
『無駄だ! セクシーの前に、その程度のパワーは――』
貴様らが神以上に理不尽な何かじゃと言うのは理解しておる!
ワシが狙うのは、セクシー処刑人どもの足元!!
舞台板を砕くと、ワシが想像していたよりも深くて暗い、まるで奈落に通じるような大穴が空いた。そこへ吸い込まれるように、セクシー処刑人たちが落下していく。
『なにぃ!?』『くッ! 機転がセクシー!!』『おのれ小癪なセクシーを!!』『セクシー!!』
「やかましい! 穴蔵の底で少し頭を冷やしてこい、セクシーの亡者ども!!」
「セクシーの亡者……フッ。言い得て妙!」
「貴様もやかましい! さっさとワシらをこのフィールドから出せ!!」
「おや……この程度でセクシーを攻略したつもりなのかい?」
「なに?」
ビギナエルがサイドチェストのポーズを取った、その時――
『セクシーの噴出!!』
舞台の大穴から、セクシー処刑人が一人だけ、すごい勢いで飛び上がってきた!?
しかも、何かデカくなっておる!?
最初から大柄ではあったが、四・五倍くらいの巨人になっておるぞ……!?
ま、まさか……合体して飛翔能力を獲得したのか!?
「おもしろい幼女、キミはまだ体験し始めたばかりなんだよ。この永遠に続くセクシーを、ね……」
今すぐ帰りたい……!
☆★イケメン豆知識★☆
◆精神解放特設劇場【パラッソネイト・ワンダァホォル】◆
敵味方関係無くノット・セクシーを殺しにくるため、三獣士として連携する際には使用禁止令が出ている。
ビギナエルを単独で行動させてはいけない。