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57,勇者はチートって相場が決まってんのよ。


 白銀に輝く剣、勇者パワーによって顕現するその名も【勇者カリバー】を構える金髪幼女勇者・ユリーシア!!

 そしてその斜め後ろで静かに待機する羊執事・セバセルジュ!!

 二人に対峙するは、肉体を霧へと変換する事で物理ダメージを無効にできるサイコ野郎・ジャンジャック!!


 ジャンジャックはユリーシアをどう調理してやろうかとワクワクしているのか、ゲスっぽさが全面に出たねちっこい舌なめずり……の途中で、ある事に気付いた。


「ところで、ダーゼット卿はどこへ?」

「ああ、あのだぜ系イケメンなら、うちのアホ執事がスライディング跪きで吹っ飛ばした神イケメンを追っかけてどっか走ってったわよ」

「結構、飛びましたなメェ。いやはや申し訳無いですメェ」

「僕が閉じ込められている間に一体なにが……いや、まぁ良いさ、そんな事は。僕はそもそもダーゼット卿なんて興味無いんだから」


 気を取り直したジャンジャックの霧の体内から、ジャキンジャキンと金属音を立てて無数の解剖用メスが刃を出す。


「こっちのメスの表面には麻痺毒が塗布してある。奴隷王、キミを生かさず殺さず、たっぷり嬲るためだ」

「妄想は頭ん中にトドメておきなさい。痛々しいわよ」

「余裕ぶってくれるじゃあないか!! 幼女のくせにさぁ!!」


 ジャンジャックが吠えると同時、その体内から大量の麻痺毒メスが射出された!

 無数のメスが、ユリーシア目掛けて降り注ぐ――が、メス軍団とユリーシアの間に羊毛の壁が割り込んだ! セバセルジュの防御術式だ!!


「なッ、この羊!!」

「主様が快適に戦闘を行えるように取り計らうのは、執事の基本業務ですのでメェ」


 ……と、どや顔執事するセバセルジュだったが――白銀の閃光が一度だけ走り、羊毛の壁が両断されてしまう。


「視界の邪魔」

「ああ!? 主様がセバスの防御術式を雑に斬って捨てたメェ!?」

「ははは! 傲慢故の愚かさだな奴隷王! せっかく下僕が守ってくれようとしたのにそれを自分で破壊するだなんてさ! さぁ、そのままメスの雨に打たれて死にかけのカエルみたいにピクピクと――」


 ジャンジャックの言葉を遮ったのは、空気を揺らす圧。

 魔力の圧でも、筋力の圧でもない。それは、普通に生きている内はまず体験する事は無いエネルギー。神々の神パワーを人間にも扱えるように若干のデチューンが加えられたもの。


 神々からの加護として勇者に授けられたエネルギーを、世は【勇者パワー】と呼ぶ。


「覚えておきなさい、セバス。こんなもん、勇者は防ぐ必要が無いのよ」


 ユリーシアが勇者カリバーを軽く振るう。白銀の刃が、キラキラと光の尾を引いた。

 別に、光線や炎や氷が出る事は無い。今のは技ではないのだ。ただ、勇者パワーを込めて剣を振るっただけ。


 だから普通に――神々の加護によって、奇跡が起きるだけ。


 次の瞬間、いたずらな竜巻が突如発生し、麻痺毒メスをすべて空の彼方へと吹き飛ばしてしまった。


「………………は?」

「アタシや魔王たちを玩具にしていた神々の力に頼るのは癪だけど……まぁ、アタシは利用できるものは利用する主義だから。それに使う者の問題で、力自体には善悪とか無いって言うし? 遠慮なく使っていくわよ」

「ちょ、ちょっと待て奴隷王!」


 普通に戦闘を続けようとするユリーシアに、ジャンジャックが動揺に震える声で待ったをかける。

 まぁ、そうもなるだろう。さらっとトンデモない事が起きたのだから。


「何だ今の現象は!? どう考えても不自然な竜巻が、明らかにキミに都合の良いタイミングで――」

「当たり前でしょ。あんた、アタシがさっきから勇者だって言ってんの聞こえてないの?」


 やらやれだわ、とユリーシアは白銀の剣を肩に担ぎ、これみよがしに溜息。


「改めて教えてやるわ。アタシは勇者・ユリーシア。神々の加護をアホほど盛られた、人間の代表よ」


 元々、神々に取って【勇者と魔王を殺し合わせるゲーム】は勇者の冒険と成長を愉しむものだった。

 その成果を確かめるためのハードルとして、魔王を設置していたに過ぎない。

 しかし、千年筋肉の奮闘により、最近の勇者制作時の趣旨には変化が起きていたのだ。

 それは『千年筋肉が強過ぎるから、勇者の初期値もそこそこ盛ってこうぜ』と言うもの。


 要するに、最近の勇者は千年筋肉と勝負になるよう、盛り盛りのぶっ壊れ性能に調整されている。

 なお、それでも人間の体が耐え得る勇者パワーには限界があり、正面戦闘では千年筋肉に遠く及ばないと言う結果に終わっているが。どんな奇跡も筋力で突破できる魔王は頭が筋肉。


 なのでぶっちゃけ、千年筋肉以外の相手なら、勇者は鼻ほじりながら雑に剣を振ってるだけで大体の戦闘に勝てるクソゲー調整なのだ!!!!


「まぁでも、今は勇者パワーが二割しか使えないし……さすがにフル舐めプは危険ね。ちゃっちゃと、確実に終わらせるわ」


 ユリーシアは勇者パワーを右足に集中。爪先で、軽くトンと地面を叩いた。

 その一撃は奇跡的な感じで地脈を刺激したらしい。ボンッと何かが炸裂するような音を伴って、超局所的(ピンポイント)大地震が発生!!

 その衝撃を受けて、ユリーシアの体はものすごい速度で上空へと打ち上げられた!!

 しかも打ちあがった方向はまたしても奇跡的! まっすぐジャンジャックの元へ!!


「な、ななななんなんだキミは!? とにかく回避……うぐぅ!? 何だこの不自然な気流の流れは!? 体が霧になっているせいで全然この場から動けない!?」

「それも勇者パワーよ」

「なんでもありなのか!? 理不尽だ、こんなの! に、逃げられない……!!」

「知らなかったの? 勇者からは逃げられない」

「ぐぬ……だが、僕は霧の体、物理攻撃は無効! ノーカン……! ノーカンなんだ! キミの剣は妙にキラキラしているが霧ボディに有効な加工をしている気配は感じない! それで僕を斬る事は――」

「この期に及んで勇者パワーを舐めてかかるとか……ある意味で才能あるわよあんた」


 ジャンジャックには残念な話だが、勇者パワーは物理無効状態の無効状態を付与する。

 スライムとか、生きるマグマとか、物理無効系の魔族もすぱすぱっと倒してさっさと魔王に到達できるように神々がそう設定したのだ。まぁ、魔王が魔族に「勇者と戦うな。そやつは真っ直ぐ魔王城に来させろ」命令を発布していたので、現実でこれを活かす機会は無かったが。


 それはさておき。

 ユリーシアは確実にジャンジャックを戦闘不能にするべく、勇者パワーを込めた必殺技を放つ。


「喰らいなさい、勇者スラッシュ。そしてあんたは程よく死にかける」

「ぐああああああああああああああ普通に斬られたぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!?!!???」


 袈裟斬り一閃。かなりズバッと言ったが、ユリーシアの望み通り奇跡的に、ジャンジャックは『しばらく戦闘不能になるが命に別状はない』程度のダメージで済んだらしい。普通の体に戻ったジャンジャックはマヌケ面で落下して、地面に転がりぴくぴくと震えている。


 ユリーシアは都合よく優しく包み込むような風に乗る事ができ、そのまますんなりと着地。


「はい、おしまい。勇者にたてつくからこうなんのよ」


 ユリーシアがその辺に勇者カリバーを投げ捨てると、勇者カリバーは白銀の光の群れとなって霧散する。


「ほう、持ち運びの必要が無いとは便利な武器ですメェ」

「まぁね。さ、行くわよセバス。まずはあのだぜ系イケメンと合流しましょう。あいつ魔王の仲間だから。手土産として連れてってやるわ」


 それで魔王の怒りをちょっと和らげるという頭脳プレーよ、とドヤ顔で胸を張るユリーシア。

 しかし、


「主様。そこは素直に『あのイケメン、ボロボロだし。魔王と合流する前にやられないようにアタシが守ってやるわ』と仰られても別に恥ずかしがる事は無いのでは?」

「はぁ~? 別にそんな風には考えてませんけど? あんたそう言う『主の考えている事はすべてわかります』みたいな感じやめてよねほんっと。うざいしキモ……あ、いや……ごめん。アタシ、ほんと口悪くて……」

「おやおや。別に、その程度の暴言ではむしろ物足りないくらいですメェ」

「……キモい」

「おや、ガチのが出ましたですメェ。それでこそでございますメェ」


 めっめっめっ、と愉快に笑う羊執事と少し距離を取りながら、ユリーシアは踏み出した。

 まずはグリンフィースとの合流、そして――魔王に会って、今度こそちゃんと謝るために。


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