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56,勇気ある者


 ――ユ■■シアが勇者として旅立ってから少しして。

 ある夜の夢現の狭間にて、不思議な男に出会った。


「あんた、誰よ?」

『我が名はヘラク……いや、今はアルキディスと名乗っておこう』


 アルキディスと名乗ったその男は見上げるほどに大きく、筋肉のふくらみは人の領域を越えている。その厚い巨体のそこかしこに、歴戦の猛者である事を証明する古傷が刻まれていた。


『キミに訊きたい事があるんだ。勇者として選ばれてしまった人の子よ、【勇気】とは何だと思う?』

「勇気ィ……?」


 何であんたみたいな不審者の質問に答えなきゃいけないのよ、とは思いつつ、ユ■■シア溜息を吐きながら思考を回す。


「恐れ知らずにガンガン突っ込んでく気合……的な?」

『ふむ。だとすると、ノミ虫やカ虫も勇気があるのだろうか?』

「はぁ?」

『あの小さき命たちは、自身と比べて途方も無く大きなキミたち人間にだって恐れる事無く立ち向かうだろう? あれは果たして勇気と呼べるのかな?」

「それは…………」


 確かに、小虫たちは揃いも揃って恐怖を知らない。どいつもこいつも、人間の領域に平気で踏み入り、時には牙を剥く事さえある。だがしかし……あれが勇気ある、勇猛果敢な姿であるかと問われると、違う気がする。

 アルキディスの言う通り、ただ恐れを知らぬ事を【勇気】と定義するのは無理があるだろう。


 ユ■■シアはその言い分に納得した上で、口をへの字に曲げた。


「……あんた、面倒くさい」

『ごめん。だが、重要な事なんだ。どうか考え続けて欲しい。己に問いかけ続けて欲しい。【勇気】とは何かを』


 アルキディスは心底申し訳無さそうに俯き、その大きく無骨な指でユ■■シアの頭をそっと撫でた。


『キミが、正しい勇者となるために』



   ◆



「ダーゼット卿の考えている事はお見通しですよ。瀕死のイケメンにただ一度だけ許される緊急フィールド展開――それで僕をどうにかしようと言った所でしょう? 確かに、貴方クラスのフィールド展開を捌くのは僕でも手間だ」


 ジャンジャックは鼻で一笑して、懐からある物を取り出した。魔術的な文字列が刻まれた何かの起動スイッチだ。


「そいつは、周囲にいるイケメンを無差別でちょっぴりだけ回復させる広範囲回復アイテムだぜ!?」

「御明察!」


 グリンフィースがフィールド展開するよりも先に、ジャンジャックがスイッチを起動!

 辺りに緑色のふわっとしていてキラキラした光が溢れ、その場にいる全員の体力をちょっとだけ回復させた!


「くッ……! 瀕死とは呼べないけどボロカスには変わりない微妙な体力まで回復されちまったんだぜ! これじゃあ、フィールド展開するのに普通に時間がかかっちまうんだぜ!!」

「敵対しているとは言え、貴方を必要以上に嬲ると各方面から叱られるでしょうからね。申し訳ありませんがさっさと片付けて、奴隷王メインデッシュをいただきます!!」


 使用済みスイッチを投げ捨てたジャンジャックが次に取り出したのは、医療用――いや、解剖用のメスだ!!


「体力を削ってまた瀕死にしてはもとの木阿弥……この即死系の毒をたっぷり塗り込んだメスで即逝きさせてあげますよ!!」

「野郎、戦い方まで地味にえげつないんだぜ!!」


 接近を許してはいけない!

 グリンフィースは足元から食人系の植物を生やし、周囲に展開。八割を防御陣として残し、残り二割をジャンジャックへとけしかける!


 花びらの内に無数のギザギザ牙が円形に並ぶ、まるでヤツメウナギのような食人チューリップがジャンジャックに食らい付いた――と、思った瞬間。ジャンジャックの体が、ぶわっと霧散した。


「だぜッ!?」

「どうやらダーゼット卿でも、僕のイケメン・スキルは御存知ないようですね……僕には『一定時間、肉体を霧に変えてダメージを無効化できる』固有スキル、【踊る濃霧の殺戮者ミストイン・ロストアウト】があるんですよ!! つまり全身霧イケメン!」


 霧の塊になってふわりと浮かび上がったジャンジャック。その霧になった全身から、ジャキンジャキンジャキン!! と無数の金属音を立てて、数えるのも面倒な夥しい量のメスが刃を出した!! 無論、すべて即死毒をたっぷり塗布してあるのだろう!!


「げッ、マジかよだぜ!?」

「マジです。では、さようなら――【殺り過ぎる(オーバーキリング)午後の通り雨(・デスレイン)】!!」


 即死毒を塗られたメスの豪雨が、降――


「少々お待ちいただくメェ!!」


 高らかな声と共に、メス・スプラッシュ発射寸前のジャンジャックに襲い掛かったのは――もこもこした毛玉!! おそらくあのもこ毛は羊毛だ!!


「何ですか!? どこの誰だか知りませんが、全身霧イケメン状態の僕に物理攻撃は――ッ、何だこのぱっさぱさに乾いた羊毛ウールは!? 僕が、霧の体がァ、湿気として吸われるぅぅぅぅぅぅぅううう!?」


 ウールは吸水性に優れ湿気を取り込み易く、さらに保湿効果も抜群である事は全世界周知の事実!!

 霧と化していたジャンジャックはウールの牢獄に閉じ込められてしまった!!


「時間稼ぎにしかなりメェすまい……しかし、それで充分ですメェ!」

「おまえは……確か、執事系イケメンのセバセルジュだぜ?」


 突如乱入し、グリンフィースを救ったのはもこもこ羊毛ヘアーが特徴的な執事ルックのイケメン。

 彼の名はセバセルジュ! 羊毛を操るスキルを持つもこもこしたイケメンである!


「おまえ、イケメンだのに俺に加勢してくれるんだぜ?」

「申し訳ございませんメェ、ダーゼット卿。それはセバスの決める事にあらずでございますメェ」


 そう言って、セバセルジュはそっと掌をある人物へと差し向けた。


「セバスの行動は、あるじ様の御意向によって決定いたしますメェ。今、ジャンジャック氏をウールッル・プリズンに収監したのは、主様の指示を頂戴する時間を作るための行為でございますメェ」

「主様って……」


 セバセルジュの掌が指し示す先には――呆然とセバセルジュを見つめる、ユシアがいた。


「な、何であんたがこんな所に……イケメンカイザーに解放されて、アタシの砦から出てったはずでしょ?」


 グリンフィースは察した。

 要するに、セバセルジュはかつて奴隷王ユシアが従えていた一〇〇イケメンの一人だったのだろう。


「はいですメェ。カイザーの手によりセバスは主様と引き離されてしまいましたが……執事ひつじの帰巣本能はストロングネス。犬の八倍(当社比)。遂に見つけ出しましたよ、主様!! メェェェイ!!」


 再会を喜ぶ感嘆の奇声を上げ、セバセルジュはすごい勢いでユシアの元へ片膝をつきながらスライディング跪き。ユシアの前に転がっていたプロメテスが弾かれて吹っ飛び、グリンフィースは「プロメテスーッ!?」と叫びながらプロメテスの回収に向かう。

 そんな事には一切構わず、セバセルジュは頭を垂れ、もこもこつむじをしっかりユシアに見せつけた。


「御会いできて……本当に良かったですメェ!!」

「アタシを……探してたって事?」

「ええ、はいですメェ! 御無事でしたか主様! 不埒な強化イケメンどもに酷い事はされておりませんかメェ!? セバスはもうそれが心配で心配でストレスにより毛のもこもこ感が二割ほど減衰してしまいましたメェ!!」

「確かに前より、ちょっとしなった感じがする……いや、そうじゃなくて! 何で、アタシなんかのために戻ってきたのよ……!? アタシ、あんたたちに酷い事いっぱい言ったじゃん。いっぱいしてきたじゃん……!」


 体を気遣ってくれるセバセルジュに、ユシアは鬱陶しいと罵倒を返した。ゲームシステムに則ってただ機械的に助言しているだけだと思って、その好意を踏みにじり続けた。

 それだけではない。仕事でイライラする事があった日は、八つ当たりにセバセルジュのもこもこ髪の毛をめっちゃわっそわっそと揉みしだいたりもしていた。特に凝っていない時でも肩や足のマッサージをさせたり、特に暑くもないのに団扇で扇がせたり、ユシアの誕生日に向けてセバセルジュが作っていたケーキの飾りつけをつまみ食いしたりもした。

 枚挙すればキリがないほど、ユシアはセバセルジュに酷い事をしてきたのだ。


「酷い事……はて? 覚えがありませんメェが……?」


 しかし、ユシアの苦し気な言葉を受けたセバセルジュの頭上で?がパレードする。


「いや、あんた馬鹿なの!? あんたの発言にいちいち乱暴な言葉で返したり、ストレス発散で髪の毛めっちゃもっさもっさしたり、マッサージさせたり、つまみ食いしたり……」

「メェ? ふむ……確かに」


 言われてみれば、とセバセルジュは顎に手をやって少し考える。


「ぶっちゃけ申しメェすと、小生意気なくせに変な所で繊細な御方で扱いが難しいし、茶目ッ気をみせる頻度がすごいなこの子かまちょの権化かよ、ちょっと面倒くせぇな……的な事は思った事もありますメェが」

「かまちょの権化!?」

「はいですメェ。そんな愛くるしい主様が独りでこんな過酷な世界に……ああ、きっと誰彼かまわず袖をくいくいして『アタシのそばから離れないでよね!!』と、かまちょオーラを振りまいているに違いないとセバスは気が気でなく!!」

「そんな事してないんですけど!?」


 ※魔王にやりました。


「嘘おっしゃい。かまちょし過ぎて、見た目まで幼くなってしまっているではありませんかメェ」

「これは呪いでこーなってんのよ! アタシは断じて、かまちょなんてしてない!!」


 ※魔王にやりました。


「……って、そうじゃない!」


 と、ユシアはここで本題からすごい勢いで逸れていた事に気付き軌道修正。


「アタシはあんたらイケメンに酷い事をたくさんした! あんたらをただの玩具だと思って……散々、ないがしろにしてきた! 苦しい想いだってたくさんさせたに決まってる。屈辱的な想いだって、たくさん……」

「セバスの記憶にある限り、皆、そこそこ楽しくやっておりましたが……」

「そんな気遣いは要らないのよぉ!!」

「めっめっめ。幼くなっても相変わらず面倒くさい性格ですメェな、我が主様」

「面倒くさい!?」


 まぁまぁとなだめるように、セバセルジュがユシアの頭を撫でる。ユシアはその手を引っ掴んで全力で振り払った。


「撫でんなし! 子供扱いすんなし!」

「子供扱いされて怒るのは子供だけですメェ。むしろ歳を重ねるに連れて子供扱いされるとちょっと嬉しくなったりするものですメェ。あ~……バブりてぇなぁ……」

「それは特殊性癖よ! とーにーかーくー! アタシは、あんたらイケメンに許してもらえるような奴じゃないのよ! 謝ったって許される事じゃない……アタシみたいな奴はイケメンに復讐されて当然なのよ!」

「いや、主様。復讐って……、!」


 ふと、セバセルジュは気付いた。ユシアが掴んで払った袖に、僅かだが血が付着している。セバセルジュのものではない。ユシアの血だ。

 見てみれば、ユシアの掌には爪の痕が深く刻まれて、そこから血が滴っている。きっと自分を責め立てるように、強く強く拳を固め、掌に爪を食い込ませていたのだろう。典型的な自罰行為だ。


「ほとほと、繊細な御方ですメェ……まったくメェ」


 つくづく手のかかる主人だと呆れつつも、セバセルジュは己の使命を遂行するべく切り替える。

 血の滴る幼い主の手に自らの手を重ね、優しく包み込んだ。


「主様、復讐の必要性は加害者が決める事ではございませんメェ。被害者が決める事ですメェ」

「それは……」

「そして、セバスはその必要は無いと判断した……それだけの事ですメェ」

「……でも、それは、あんたがそう言う奴だからって話で……」

「では、主様がやるべき事は、このように自らを傷付ける事ではありませんですメェ」

「アタシが……やるべき事?」


 セバセルジュが重ねた手を放すと、羊毛の圧倒的治癒効果によりその手の傷はすっかり癒えていた。


「カイザーによって世界各地に分散された主様の下僕、一人一人に確認するんですメェ。恨んでいるか、復讐したいか。まぁ、全員が全員、そんな気は無いと答えると思いますメェが……それくらいしないと気が済まないのであれば、そうするべきですメェ」


 セバセルジュの静かな言葉と、優しい微笑。

 ユシアは思い出す。いつだってセバセルジュはこうだった。

 ユシアが何を言っても、何をしても、こんな風に優しく寄り添ってくれた。正解に導こうともこもこしていた。


「……セバス」

「はい」

「…………今まで、ごめんなさい。アタシのこと、本当に恨んでない?」

「勿論ですメェ。セバスは主様を恨んでなどおりませんメェ。復讐の意思など、このもこもこの毛頭にもございませんですメェ」

「……ありがとう」


 緩やかに溢れてきた涙をぐしぐしと拭って、ユシアは決意する。


「アタシには、謝らなきゃいけない奴がたくさんいる」


 決意を固めたユシアの視線の先で、羊毛の牢獄が弾け飛んだ!

 中に閉じ込められていたジャンジャックが内から破ったのだ!!


「まったく……どこのイケメンか知りませんが、水を差してくれるじゃあないですか! 僕に殺される覚悟をしておいてくださいね!」

「おっと。主様の感動シーンに水を差すとは……無粋ですメェ」

「セバス。アタシの名前を呼んで」

「はい? 主様」

「違う。本名」

「はぁ……ええと、ユリーシア様?」


 瞬間、ユシア――否、ユリーシアの幼い体から、凄まじいパワーが噴出する!

 それは、神々の加護によって与えられ、人類以外のあらゆる外敵に対して行使する事ができる超パワー……その名も、勇者パワー!!

 真名呪縛が解かれ、全盛期の二割程度の勇者パワーが、ユリーシアの体を駆け巡る!


「付き合いなさい、セバス。まず、どこにいるかわかっている奴から謝って、確認しに行くわ」

「御意メェ」


 ユリーシアが天に手を掲げる。勇者パワーがその小さな掌に凝縮され、豪奢な装飾の施された白銀の剣へが天を穿つように顕現した!!


「魔王・アゼルヴァリウス……まずは、あんたからよ!」


 ……正直、恐い。

 誰も彼もが、セバセルジュのように寛容であるとは限らない。

 酷い言葉を浴びせられても、報復として何をされても、抵抗など許されない。

 特に、直接、命を奪おうとした魔王に謝るのは……一番恐い。


 それでも、進まなきゃいけない。前へ。

 うずくまって泣きじゃくるだけじゃ、何ひとつ変えられない、救えやしない。


 震える足を動かせ。

 恐怖を知った上で、乗り越えろ。


 ――勇気を以て!


『そうだ。恐怖に震えながらでも、誰かのために前へ踏み出せ。それが勇気なんだ』


 どこかでいつか聞いた声が聞こえた気がした。でも、今はどうでも良い。


 ユリーシアは白銀の剣を、霧として滞空するジャンジャックへと向ける。


「冷静に考えてみたら、あんたの事なんてまったく知らないし、謝る義理も恨まれる筋合いもないわ! 邪魔すんな! そこを退きなさい、無関係イケメン!」

「ははは! 開き直ったかこの邪悪の化身め! それでこそ嬲り甲斐があるぞ害悪!!」

「はぁ~? 開き直ってませんけど? ただの正論ですけど? 言っとくけどアタシ勇者なんですけど? そこらの有象無象よりよっぽど正義なんですけど~?」

「元気になった途端によくわからないマウントで煽り散らすの、さすがですメェ」


 ともあれ、勇者ユリーシア復活!

 相対するは美美美美美美(ヴィ・シックスメン)にして全身霧イケメン、ジャンジャック!


「おとなしく僕の娯楽になれ、イケメン奴隷王!!」

「うっさい。勇者パワーでとっとと叩き落としてやるわ、この三下」

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