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55,グリンピースの選択


 条件によっては、グリンフィースを見逃そう。

 そう言って、ジャンジャックが提示した条件は「ユシアを引き渡せ」と言うものだった。


「この条件を呑んでいただけるなら、僕は貴方にも、貴方のマスターである千年筋肉にも手を出しません。お約束しますよ。元々どちらも、さして興味がありませんし」

「訳がわからないんだぜ。何でおまえがこいつの身柄を欲しがるんだぜ?」


 口ぶりからして、イケメンカイザーへの忠誠心から厄介者を排除、と言う話ではないだろう。大体、それならグリンフィースやアリスを見逃すと言う条件に矛盾する。


「ちょっとした昔話なんですけど……僕は辺境貴族の出、つまりは田舎ッ子で。子供の頃はセミを捕まえて羽をもぐのが大好きなやんちゃ坊主だったんです」


 お恥ずかしい、とジャンジャックは頬を染めて鼻を掻く。


「リスの尻尾を千切るのも好きでした。意外と簡単に取れるんですあれ。スズメに石を結んで池に沈めたりもしましたね。せっかくの翼も形無しです。そうそう、知ってます? ミツバチの針ってこう……無理矢理ひっこ抜くと、玩具みたいなはらわたがずるりと出てくるんですよ」

「……子供は無邪気で残酷つっても、限度があるんだぜ」


 アリの行列を妨害する程度ならあるあると笑い飛ばせるが、ジャンジャックが語った一連の行為は……明らかに常軌を逸している!

 何もかもが普遍的な男であるだけに、その過去の違和感が強烈だ!


「ええ、ものすごく叱られましたね」


 反省反省、とジャンジャックは演技臭わざとらしく自分で自分の頭を小突いた。

 そして「でも」と続ける。


「ある日、転機が訪れたんです。その日、僕は屋敷の廊下で、一匹のネズミを踏み潰してしまいました。本当、田舎なものでよく出るんですよ、ネズミ。ああ、これは事故だ仕方無い、殺したくて殺した訳ではないのだから、叱られはしないだろう……そう思っていたら、むしろ逆」


 美しい思い出に浸るように、ジャンジャックはうっとりとした表情を見せた。

 そこに胡散臭さは無い。彼が初めて見せる、彼の顔。


「僕は褒められたんです。食糧庫を荒らしていたネズミだったようで。翌日もネズミを見つけたので殺してみたら、また褒めてもらえました。次に見つけたネズミは殺した後に皮を剥いで綿を詰めてみました。さすがにそれは褒められはしませんでしたが、叱られもしませんでした。害獣退治に精を出してくれるならば、と目を瞑ってもらえたんです」

「……………………」


 グリンフィースが不快感から眉間にしわを寄せるのも気にかけず、ジャンジャックは心地好く歌うように続ける。


「僕はそれらの経験から学びました。ただの害獣ならば、壊して良い! 殺して良い! 遺骸を辱めても、ぐちゃぐちゃにしても! めちゃくちゃにしても! 誰も文句は言わない! 何故ならそれは有益な行為だから!!」


 ジャンジャックは熱い吐息と共にぬめった舌を出して、自らの唇を舐めずった。


「あの日から、虚ろな僕に唯一これだけが許された……僕を僕たらしめる快楽! 誰からも疎まれる害悪を嬲り殺しにして、忘れ得ぬ童心の興奮をリフレインするッ……最適だと思いませんか、イケメン奴隷王! 『憎むべきプレイヤー』の象徴とも言える存在! 実情は定かではありませんが、悪評まみれの風聞から推し量るに。旧イケバナにおいて、イケメン迫害の最前線にいただろう害悪の頂点!!」


 だから!! とジャンジャックは高らかに叫び、絶頂を迎えたようにビクンビクンと震えながら天を仰ぐ。


「あぁあ……あの日のネズミと同じだ。何をしたって許される。むしろ褒められるまである!!」


 ……下衆野郎が。

 グリンフィースは唾を吐き捨てたい気持ちを堪えて、ジャンジャックを睨み付ける。


「おまえみたいなサイコ野郎が美美美美美美(ヴィ・シックスメン)に選出されているとはな、だぜ。マルクトハンサムの威光も落ちたモンだぜ!」

「あはは、それが僕みたいなサイコ系イケメンも、それなりに需要があるみたいですよ? 変態趣味のプレイヤーと言うのは結構いるんです。ネズミと一緒で、綺麗な場所を好む者ばかりではないと言う事でしょう。まぁ、どうでも良い話ですが」


 そんな事より、と、催促するような手つきをみせるジャンジャック。


「僕にくださいよ、イケメン奴隷王。お互い、有益な取引じゃあないですか」

「論外だぜ、サイコ野郎」


 その言葉と共にグリンフィースの足元から一本の樹木が噴出! ジャンジャックの顔面目掛け、凄まじい速度で襲いかかる――が、ジャンジャックはその樹木を、素手であっさりと叩き落とした!!


「……チッ、軽くいなしてくれやがるんだぜ」

「イケバナ最高の植物魔術使いも、満身創痍ではこの程度でしょう」


 ジャンジャックの言う通り。今のボロボログリンフィースではそこらの雑魚イケメンにすら勝てるかわからない。そんな状態で、ラスボスの側近であるジャンジャックと勝負になるはずがないのだ。


「今のは無かった事にします。ちょっと抵抗されたくらいで怒るほど、感情豊かぶるつもりもありませんし。でも、次はさすがに対応を考えますよ。僕だって至上の娯楽を前におあずけは辛いので」


 グリンフィースは思考を走らせる。

 まず思い付いたのは、瀕死イケメンの特権――タメ無しのフィールド展開!

 グリンフィースの残体力的に、その特権を行使するにはあと僅かながらダメージが必要だ。適当に舌の端でも噛み切るか。だがしかし、それはジャンジャックも読んでくるだろう……フィールド展開しようとすれば、即座に対策を講じられる可能性が高い。となると、その対策に対する対策も考えて動く必要があるか……!


「……引き渡せば良いじゃない」

「!」


 思考を邪魔する掠れた声は、グリンフィースが小脇に抱えたユシアから。


「あんただって、アタシの事、嫌いでしょ。許せないでしょ。それならあいつにアタシを引き渡して、それで全部解決するじゃない」


 自暴自棄。もう死んでしまいたい。

 まるで牢屋に入れられてから自分の罪に気付いた死刑囚のような、そんな小さな声だった。


「……ああ、そうだなだぜ」


 グリンフィースは溜息まじりに頷いて、ユシアを地に下ろした。そして彼女の眼前に、気絶中のプロメテスを寝かせる。


「この怠け者を頼んだんだぜ」

「……え?」


 グリンフィースはユシアの頭を撫で――ジャンジャックに敵意を込めた視線を向けた!

 ユシアを引き渡すどころか、庇うように背を向けて立つ!!


「ぁ、あんた、言ってる事とやってる事がめちゃくちゃじゃない!?」

「はぁ? 俺が一言でもおまえをあいつに引き渡すだなんて言ったかだぜ?」

「今さっき、そうだなって……」

「ああ、そうだぜ。おまえの言う通り。俺はおまえみたいなプレイヤーが大嫌いだぜ。泣いて謝ったって、首を吊って詫びたって、絶対に許さないんだぜ」


 イケメンを玩具として弄んできた憎きプレイヤー、「生きているとは思わなかった」なんて言い訳で許せる訳が無い、受け入れられるはずが無い。人間の常識として「ゲームキャラクターなんて生き物ではない」と認識していたのだとしても、知るか。その歪んだ認知は人間側の都合だろう。何故イケメン側がそれを考慮しなければならない?

 だからグリンフィースはユシアが嫌いだし許せない。それは確かな事だ。


「マスターは約束してくれたんだぜ。イケメンもプレイヤーも、どちらも苦しまなくて良い世界を創ってみせるってな、だぜ。だったらマスターの第一の下僕である俺が! その理想を信じない訳にはいかないんだぜ!!」


 グリンフィースはかつて、イケメンカイザーの元でプレイヤー狩りに勤しんでいた。プレイヤーに報復するために……だが、何も満たされはしなかった。むしろ苦しいだけだった。


 この世には、報復行為で救われる者がいるかも知れない。

 だが、少なくともグリンフィースはそうではなかった。

 それを自覚してなお、同じ過ちを繰り返すほど愚劣ではない!


 アリスが創ると宣言した世界を信じて、今は憎きプレイヤーだろうと見捨てない!


「それに……マスターも、こういう道を選んだんだぜ」


 ――泣いて謝るフレアに、アリスはただの一言も恨み言を言わなかった。「許さない」とだけ告げて、それ以上、責め立てるような真似をしなかった。

 きっと、罵倒の言葉が思い付かなかった訳では無いだろう。そこまで浮世離れしたお人好しではあるまい。


 アリスはおそらく、恨み言を言わないと言う選択をした。ささやかな報復すら蹴って退けた。

 理由は容易に想像できる。

 フレアを苦しめる意義を見つけられなかったからだ。

 己の罪を嘆く者の首を絞めたって、自分が救われる事は無いとわかっていたのだ。

 だからせめて、フレアが救われる選択をしたのだろう。


 それと同じだ。


「悲劇なんざ願い下げなんだぜ! こっからはマスターの――いいや、俺たちのターンなんだぜ!!」


 グリンフィースはこれから、敬愛するマスターに習い、賢く、そしてせめてもの救いがある選択をする。


「泣いてやがる連中は誰も彼も救って、守って、ゲスやサイコは頬や尻を引っ叩いてでも止める!! 俺たちがするべきは、そう言う戦いなんだろうだぜ、マスター!!」


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