幕間:だから少女は魔王を倒す。
アタシの両親は医者だった。二人そろって、病気で死んだ。
薬さえ買えれば治せる病気だった。でも、うちにはそんなお金はなかったのだ。
父も母も、お人好しだったから。
「お金が無いから救われないなんて、可哀想じゃないか」
なんて言って、患者からろくにお金も取らないで。
「お金なんかで救えるのなら、素敵な事じゃないか」
なんて言って、裕福でもないくせに誰かのためばかりお金を使って。
最後は自分たちのための薬すら買えない有様になり、誰からも助けてもらえずに死んでいった。
……きっと、アタシもしっかり血を受け継いでいるのだろう。
父と母は馬鹿な死に方をしたと思うけど、どうしてもその信念が間違っていたとは思えない。
問題だったのはおそらく、その信念を貫けるほど経済的体力が無かった事。
つまり、お金持ちじゃなかったのが原因なんだと結論した。
身寄りがなく教会に引き取られてからアタシは、ずっとお金を稼ぐ方法について考えるようになった。
一攫千金は現実的じゃない。労働条件は多少厳しくても、王城とか、高い水準で安定した賃金で長く働ける仕事を主にして、何か無理の無い副業もするのがベスト。アタシはアタシが築ける財力の範囲で、救えるだけの人を救える未来を目指す。
大人になった時、スムーズに就職できるよう、子供の内にたくさん勉強しよう……と思っていたけれど、そう上手くはいかなかった。
アタシの計画を邪魔したのは、お金だった。
教会の財政難で、施設の子供たち全員を学校に通わせる余裕は無くなった。
学費を削りつつシスターたちと一緒に有償奉仕活動をする事で、この財政難をみんなで乗り切ろう……と言う話だ。
……あの時のアタシの学力なら、学校に通える枠にねじ込んでもらえるよう頼めたかも知れない。でも、じっとしていられなくて、アタシは奉仕活動に回った。
目先の善に飛びつく馬鹿――遺伝を感じて、自嘲したっけ。
そして、お仕事当日。渡されるのは募金箱か、それとも農具か、裁縫で内職と言う線もあるかと思っていたら……シスターから支給されたのは一冊の魔導書で、表紙にはイケメン・ニルヴァーナと書かれていた。
「……あの、シスター。これって【遊戯結界魔導書】? アタシ、お仕事するんじゃないの?」
「ユゥちゃん、これも立派な内職よ」
何でも、ゲーム内のレアなイケメンやアイテムを集めるために人を雇う貴族様なんてのが、世の中にはいるらしい。
「お金があるって、本当になんでもありなのね……って、ちょっと待ってシスター。それってもしかしてこの利用規約の『リアルマネートレード禁止規約』って部分に……」
「ユゥちゃん。確かに道徳心や倫理観はとても大事だと神も言っています。でもね、神は試したり罰を与えたりはするけど、決して助けてはくれないの。何から何まで神様の言う通りにしていたら明日の御飯が無いのよ」
まぁ「信仰や良識は大事だけど、それだけでは救い切れない命がある」と言う話だったんでしょうけど、あの時のシスターは目がマジ過ぎてちょっと怖かった。それくらい教会の財政は火の車だったのかも知れない。シスターたちも、孤児たちの明日を護るために必死になってくれていたんだと思う。
結局あれもこれも、お金が無いせいだ。
こうして、アタシは日夜イケバナでレアイケメンやレアアイテムの捜索に明け暮れる事になった。
効率良くアイテムを探すために、まずは土台作り。弱くても良いからイケメン下僕を増やして増やして増やしまくった。多数で囲めば逃げ足の速いレアイケメンを捕獲できる可能性も上がる。
「主様。ログイン時間が一〇時間を超えておりますメェ。一度、現実に戻って御休憩なされた方が……」
羊のようなモフモフ髪の毛が特徴的な執事イケメン・セバセルジュのこの助言は、耳にタコができるほど聞いていた。
「うっさいわね。今日はまだ収穫が無いから引き下がれないのよ。ゴルドーンとか言うのの妨害もあったし……やってらんないわ、まったく……!」
この仕事は歩合制だったから。アタシはそれこそ血眼になってレアイケメン・レアアイテムを探していた。
「しかし、御体に障りますメェ」
「あんたには関係無いでしょ。黙ってサポートナビだけして」
最近はゲームブック依存症なんてのが社会問題になっているから、それを抑止するための助言機能なんでしょうけど、煩わしいったらありゃあしない。
「セバスは主様が心配ですメェ。主様の健全なプレイを支援する事こそがセバスの使メェ」
「はッ……健全なプレイ? 笑わせないでよ」
こちとら利用規約ガン無視プレイ中だっての。
……そう言う、罪悪感へのストレスもあったんだと思う。
イケバナでの長時間内職生活は、アタシの心をどんどん荒ませていった。
自分でもわかるくらい言葉遣いが荒くなっていって、アタシを気遣ってくれるイケメンたちに酷い言葉を言ってしまって、独り後悔する夜もあった。ゲームキャラ相手に何を気にしてんだか、ってすぐに開き直ったけど。
あと、アタシがあまりにもしつこいセバセルジュにキレ散らかしているのを目撃したプレイヤーがいたらしくて、加えて下僕を量産して毎日毎日長時間の捜索活動に駆り出している様から【イケメン奴隷王】なんてあだ名までついて……。
まぁ、そんな生活も終わる日がきたわ。
ちょうどアタシが一〇〇人目の下僕を確保した日、雇い主の貴族様がイケバナに飽きた。それで終わり。
お情けなのか、とことんまで興味を失くしたのか、支給された魔導書はアタシの手元に残された。
それからはお花屋さんのお手伝いとかベビーシッターとか、普通の仕事をしていたわ。イケバナには時々ログインして、使う暇が無くて有り余っていたゲーム内通貨や従順なイケメンたちを使って息抜きをする遊びに変わった。
「現実でも、これくらい財力があったらなぁ……」
一〇〇部屋以上の居住スペースを備えた砦を買って、虚構世界でイケメンに囲まれたセレブ生活の疑似体験……我ながら虚しいとは思うけど。現実はもっと虚しいから。
やがてアタシもそれなりに歳を重ねて、教会を出てからは過去の縁からお花屋さんに住み込みで働かせてもらうようになった。その頃にはもう、父や母の言葉は薄れかけていたんだけど……。
ある日、夢の中で神様の声を聞いて、アタシの人生は大きく変わった。
何の因果か、アタシは勇者に選ばれたのだ。
勇者に選ばれた者は自国の政府に報告して、あらゆる援助を受けながら魔王討伐の使命に勤しむ。
その援助には、金銭的なものも含まれていた。
「千年筋肉が現れてから、勇者は連戦連敗。だが何故かどの勇者も五体満足の健康体で帰ってくる――それに対し『神に選ばれたのなら死ぬまで戦え』と怒りを向ける民は少なくない。故に、勇者の正体は魔王が倒されるその日まで明かされてはいけない。だが、勇者独力で攻略できるほど魔族どもも易くはないのだ。これだけの資金があれば、口止め料込みで優秀な仲間を雇う事ができるだろう」
そう言って王様がくれた資金額は、教会の年間運営予算と比べても桁が二つ違った。
もし魔王を……千年筋肉を倒せたなら、世界各国からの御祝い金と合わせてこの資金額の桁数が四つ増しの報酬が出ると。もう目が金貨になったわよ。
それから数日後、王様がくれた資金を使い切ったアタシは独りで魔王討伐の旅に出た。
途中、近所の広場でシスターたちが浮浪者向けの炊き出しをしているのが見えた。
「おう、シスター様よ。ここんとこは毎日だな? こっちとしちゃあ助かるが……大丈夫なのか? 経済的に。今の御時勢、教会だからってポンポン寄付が集まるモンでもないだろ?」
浮浪者のおじさんの心配する声に、シスターはニッコリと余裕の笑みで返した。
「御心配なく。先日、教会内で軽いパニックが起きるくらい気前の良い匿名寄付がありまして。近々無料で流行性感染病のワクチン予防接種会も開催しますので、是非おこしください」
「ほぉ~パニックが起きるほどの寄付って、そりゃあまた豪快な……」
「本当、何が起きたのかと騒然ですよ」
「どっかの貴族様の気まぐれかねぇ?」
「ふふん、もしかしたら我々の信仰心に根負けした神がついに、恩寵をお与えくださったのかも知れませんよ?」
「んな訳あるか生臭シスター集団。あとそう言う事なら遠慮は要らねぇよな。大盛で頼むわ」
浮浪者のおじさんに卍固めをキメるシスターを遠くから眺めながら、アタシはぎゅっと拳を固めた。
やっぱり、お金だ。
お金があれば、ああいう平和な世界を創れるんだ。
額が多ければ多いほど、きっと、それに応じた広さで平和な世界を創れる。
――「お金が無いから救われないなんて、可哀想じゃないか」
――「お金なんかで救えるのなら、素敵な事じゃないか」
アタシは、父と母の信念を間違いだとは思わない。
胸を張ってその信念を貫くためには、そう――お金が、必要だ。
「覚悟してなさい、千年筋肉!」
魔王を殺したお金で、勇者は世界を救うのよ!!