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52,ママの味がするキュウリと逃げ惑うニャンコ。


 突然じゃが、ワシは一〇〇〇年以上も生きておる。

 じゃからそれなりに色々な経験をしておるし、知識だって付けておる訳よ。


 しかしまぁ、何と言うか……このイケバナと言うゲーム世界に来てからは驚かされてばかりじゃよ、ほんとにね。


 ほら今も。


 いきなり現れた白黒小娘がすごい勢いで抱き着いてきたと思ったら大口かッ開いてワシの頭に齧り付いてくるとか、もう想定外過ぎて何かこう……あれじゃな。魔族って驚き過ぎると逆に冷静になるんじゃな。


 すごい思考がクリアじゃよ今のワシ。

 凪の水面めいた心地じゃ。


「ちょ、アリスちゃん!? 何でそんなに落ち着いてるのって言うかもはや無の表情になってない!? あとその子めっちゃガシガシ噛んでるけど大丈夫なの!?」

「ああ、うむ。筋力防殻を張っておるからダメージは無い」


 まぁ、防殻から伝わる衝撃からして、素で齧られたら普通に頭蓋を砕かれる顎パワーでガシガシされておるが……。


「筋力ってほんと便利だね!!」


 うむ、筋力はすべてを解決するからな。

 逆にエレジィの歯の方が心配……と思ったが、平気そうじゃな。


 しばらくガシガシやってから、エレジィは不満そうに息を吐きながらワシの頭から口を離した。


「ママ、堅い。噛めない!!」

「とりあえずなのじゃが、ワシは貴様を生んだ覚えは無いし、百歩譲ってママじゃとしてもママは食べ物ではないぞ」

「当たり前だよ? ママみたいな小さい子がわたしを生めるわけないし、食べれるかどうかじゃなくて噛みたいだけ」


 そうか。要するにこやつも何言っておるかわからん系か。


「何でワシをママ呼ばわりするんじゃ……」

「『助けて、ママ』って言ったら助けてくれたから。つまりママはあの時ママになったんだよぉ!」


 あー……そう言えばダンダリィの仮面を剥がす時に、何か言っておった気がしないでもない。

 で、これにて説明終了と言う事か。エレジィは目つきを悪くしてうーうーむーむー唸りながらワシの頭に幾度となく齧り付く。まぁ、いくら並の小娘より強靭な顎でもワシの筋力防殻はビクともせんがな。


「ぐぬぬ……ママ噛みたいのにぃ……」


 行動原理はサッパリ理解できぬが、何か可哀想になってきたな……あとダメージは無いとは言え、こう頭をガシガシされ続けておると集中できぬ。

 ワシは今、可能な限り早く考えねばならぬ。少し離れた所で楽しそうに兄妹喧嘩しておる洪水災害コンビのテンションを下げる術を。

 急がんとマジでベジタロウがやわらかベジタロウになってしまう。


「仕方無いのう……」

「お腹とか丸齧りさせてくれるの!? わたしママまるかじり!!」

「させぬ。ひとまず、これで手を打ってくれ」

「これ?」


 ヴィジター・ファムートを起動し、普通サイズのキュウリを生やす。


「ワシの筋力を込めて作ったキュウリじゃ。実質ワシの一部と言う事で」

「………………」


 エレジィは不満げに眉を顰めつつも、ワシを解放してキュウリを受け取った。素直じゃな。根は良い子か。

 そして一口、しゃくり。


「ん~……まぁ、ギリギリ納得できるママっぽさはあるかも」


 悩まし気に唸りつつも、納得してくれたらしい。

 エレジィは地べたにぺたんと尻をつけて座り、両手でキュウリを持ってぽりぽり食べ始めた。


「さて……気を取り直して、フレアよ知恵を貸してくれ! キャパーナたちのテンションを下げる術を考えよう!」

「がってんまる!」

「キャパーナ? それってキャパちの事……って、あ、あそこで暴れてるのキャパちじゃん」


 キャパち? 察するにキャパーナの愛称、か?

 と言うかキャパーナたちがあれだけ派手にどたばたバッシャーンッとやっておるのに視界に入っておらんかったのか……マイペースがすごいのう、こやつ。


「エレジィ、貴様……キャパーナと知り合いか?」

「うん。普通に友達。昔ね、悪魔パワーが暴走しちゃった時に全力がどうの~って絡まれてから、あれこれあって仲良くなったの。ママはキャパちのテンション下げたいの?」

「うむ。そうなのじゃが……もしかして何か、キャパーナの苦手なものとか心当たりがあったりするのか?」

「あるよ」


 そう言って、エレジィは齧りかけのキュウリを差し出してきた。


「……いや、キュウリはむしろあやつのテンションを最高に跳ね上げさせる大好物じゃろう?」

「キュウリ自体はね」


 キュウリ自体、は?


「つまり『キュウリに由来する何か』であやつのテンションを下げられる……と言う事か?」

「ママ、小っちゃいのに察しが良いね?」


 まぁ、ワシ一〇〇〇歳超えの魔王じゃし。


「わたしはキャパちの友達だけど、ママの方が好きだから協力してあげる」


 エレジィは座ったまま、背の翼をパタパタと動かし始めた。

 ぬ、これは魔力……いや、魔力を何か別の周波数を持つエネルギーに変換して、広域に拡散しておる?


「聞いてると思うけど、わたしは悪魔が混じった悪役令嬢(レディ・ヴィランズ)。悪魔の力を借りて魔力を増強する【魔女】の上位互換だから、魔女と同じ事もできるの」


 魔女、か。ユーロピアンの一部の国家では魔女を兵器として利用しようと言う動きもあると聞いて、対策のために資料を集めさせた事がある。


 生まれながらにして悪魔に魅入られた人間の変異個体。

 人間から生まれ出でて、魔族よりも優れた魔力を誇る存在。

 人間の歴史の中では、大規模な迫害もあったとか。


 そう言えば、魔女が持つ特性のひとつにものすごく羨ましいのがあったなぁ……それは――


「ぬー」


 ――ッ。


 茂みがガサガサと揺れて、直後に響いたちょっと野太い鳴き声……間違い無い!


「ねこ!!」


 ぬおおお……!!

 今のワシでは抱えるのも難しいくらいずんぐりむっくりした真ん丸の黒猫が、気怠げなのたのたとした足取りでこちらに向かってくる!! 可愛い!! デブ猫すごく可愛い!!


 魔境じゃあいるとしても屈強な虎系じゃもんなぁ……いやあれはあれで可愛いのじゃが、可愛いにもベクトルがあってともかく可愛いと言う話で!!


「フレア見よ! ねこ! ねこが出てきたぞ! 可愛い!! 太り過ぎててあんよが短いのう!!」

「猫が出てきただけでここまでハシャぎ倒せるアリスちゃんが一番可愛い」

「寝ぼけておる場合か! こっち来る! こっち来るのじゃ! フレアねここっちくるのじゃあああああ!!」


 あと、ここって猫いたのな!?

 と言うか何故に今このタイミングでワシらに近寄って来て……って、ぬ?


「にゃー」「にゃあ」「なぁーご」「みぃ」「にゃっする」「みゃん」


 ……!? な、何じゃ!?

 あちらこちらの茂みからぞろぞろと猫が大量に出てきた!?

 すべて黒猫なのが少し気になるが――天国かここは!?


「……ん? すべて黒猫と言う事は、まさか……」

「うん。魔女の特性」


 そうじゃ、ワシが魔女の特性ですごく羨ましかったやつ――「自分より小さくて真っ黒な生き物を呼び出し、使役する事ができる」!

 黒猫たちだけではない。見上げてみればバサバサと音を立ててカラスたちも集結しつつあった。


「流れから察するに……この猫たちが、キャパーナのテンションを下げる鍵なのか?」


 有り得なくないか?


「真面目な顔で真面目な事を言いつつもちゃっかりデブ猫を抱き上げてスンスン匂いを嗅ぐアリスちゃん可愛い」

「ママ、キャパちがキュウリ大好きなのは知ってるよね」

「うむ。嫌と言うほどにな」

「でも、猫はキュウリがすごく嫌い」


 証明するように、エレジィが黒猫たちの群れにちょっとだけキュウリを近付けると――黒猫たちは一斉にすごい跳躍を見せて飛び退いた。


「猫は基本的に蛇が天敵だから。蛇みたいな色で細長いキュウリに拒否反応を示すんだって。個体差はあるらしいけど」

「ああ、それは確かに聞いた事があるな」


 まさにその個体差か、ワシが抱きかかえておるデブ猫はキュウリを見ても微動だにせんが。

 ここまで太ると言う事は、サバイバル的な生存本能は捨てて生きておるのじゃろうな。「蛇がなんだ。噛んでみろよ。俺は脂肪たっぷりだぜ」と言わんばかりの堂々たる構えじゃ。ふてぶてしくて可愛い。


「そして、キャパちは実は結構、猫好き」

「…………あー…………」


 すべて理解した。

 キャパーナに取って、猫は二つの意味でテンションを下げる動物と言う訳か。


 そりゃあそうじゃ。

 こんな可愛い生き物が、自分の大好物であるキュウリを嫌っておる。それだけでもかなりのショックじゃろう。


 極めつけは、キャパーナ自身が蛇龍系のドラゴンと言う事か。


「……あやつ、猫に嫌われるタイプか」

「嫌われるなんてもんじゃないよ」


 ……黒猫たちが、キャパーナの存在に気付いたらしい。

 まるで蜘蛛の子を散らすよう、黒猫たちは「にゃあああああ!!」と凄まじい悲鳴をあげながら、すごい勢いで四方八方へ逃げ去って行った。


 キャパーナは……それとクゼンジョウもか。猫たちの逃げ惑う狂乱の悲鳴と、その原因が自分たちだと気付いたらしく、目に見えてテンションが下がった。


「……むごい」


 ワシ、これからあんな露骨にげんなりしたキャパーナの腹にチョップを叩き込むのか……。

 さすがに気が退けるのう……と躊躇しておると、異変が起きた。


 クゼンジョウの口から水色髪の大男――蛇龍形態のクゼンヴォウが吐き出され、トビダンジョウが元に戻った。

 キャパーナも静かに口を開くと、でろっとした胃液にまみれた全裸ベジタロウが地面に落ちた。


「え、えっと……?」


 困惑しておると、二体の蛇龍はみるみる縮み……人型に戻ったクゼンヴォウとキャパーナは、力無く微笑み合った。


「……なぁ、妹。俺は全力で犬派に生まれたかった」

「……全力で奇遇ですわね、御兄様」


 その言葉を最期に、両者、ごふっと豪快に吐血して背中からビターンッと全力卒倒した。

 ……白眼を剥いて完全に失神しておるな。

 トビダンジョウも、立ったままではあるが気を失っておるようじゃ。どうやらクゼンヴォウと同化していたせいで精神的なダメージを共有してしまったようじゃな。


 ……それにしても、あんなに覇気の無い声で喋るキャパーナ、初めて見たのう。

 そんなにショックだったか……いや、気持ちはわかる。猫たちにあんな勢いで邪険にされたら、ワシもたぶん血反吐を撒き散らしながら白眼を剥いてブッ倒れる。


 無事にベジタロウは救出できたし、クゼンヴォウとトビダンジョウも撃破する形になったが……罪悪感えげつな。


「ぬー……」


 こうして静けさを取り戻した樹海に、デブ猫のハードボイルドな鳴き声だけが響き渡ったのじゃった。


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