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05,誓うお手々

 地下牢……によく似た医務室。

 ベッドに座ったまま、しばらく眉間を押さえる。


 反イケメン・ゲリラ……か。


 うむ。言葉の意味がサッパリわからぬ。

 理解し難い……こう、宇宙の神秘的な何かに触れたような感じすらある。


「アリスちゃん、どうしたの? 具合が悪い? 横になる?」

「少し頭痛がしてな……寝転がるほどではない。大丈夫じゃ」


 色々と脳が理解を拒んでおる気がする。

 ……まぁ、頭を抱えてばかりもおれぬ。

 至急、現状を整理しよう。


「フレアよ、いくつか確認したいのじゃが……」

「うん、オッケー。じゃんじゃん訊いちゃって!」


 フレアは「何でも答えるよ!」と笑顔で虚空へ謎の連続パンチ。

 何やら口で「シュッシュッ」と効果音を付けておる。


 こやつの行動はよくわからんが……まぁ、元気なのは良い事じゃ。


「まず、この世界はソーシャルゲームブックなる術式で構築された結界なのじゃな?」

「うん。ソーシャル術式のゲームブック。【大源魔導書サーバー・ブック】で大規模な結界を形成して、その結界に【分割端末魔導書クライアント・ブック】を通して色んな人たちが世界中どこからでも同時に接続できる魔術様式だよ」


 世界中どこからでも……か。

 ソーシャル術式、最近はそう言うゲームがあると言うのは薄っすら聞いておったが……改めて説明されると、その規模の大きさに辟易とするのう。娯楽のためだけにそこまでも……。


「そして、結界の名はイケメン・ニルヴァーナ」

「そ。略してイケバナ。このゲームは数多のイケメンを攻略して、イケメン統治によるこのイケメン・ディストピアから人々の解放を目指すイケメンゲームだよ。簡単に言うと冒険RPGと恋愛SLGが合体した感じ」

「……イケメン・ディストピア……?」

「うん。白昼だのに街にNPCが一人もいなかったでしょ? あれは『危険なイケメンが街を徘徊する時間だから、みんな避難している』って設定なんだ」


 ……これは、あれか。深く考えては駄目系のやつか。

 と言うか、何じゃか最初に聞いておったのと違うぞ……?


「乙女ゲーとは、イケメンにチヤホヤされると言う趣旨のゲームではなかったのか……?」

「イケバナは、倒したイケメンを【イケメン下僕】か【イケメン武装】にして装備する事ができるのさ。ボクのこの爆炎を撃ち出す足鎧も、元は【ヴァーン・ムスぺラント】って言う炎属性イケメンだったんだよ」


 全体的に軽装だのに、どうして足だけは鎧で堅めておるのかと気になってはおったが……ファッションではなく、そう言う武器を入手したから装備しておると言うだけか。


「なるほどな……」 


 この乙女ゲーとやらのシステムはかろうじて理解した。

 イケメンを倒し、武装ではなく下僕にして侍らせてチヤホヤさせる事もできる、と。


「何じゃこの狂ったゲームは……」


 物事に否定から入るのは主義に反するが……すまぬ。これしか言葉が見つからん。

 製作者はイケメンになんぞ恨みでもあるのか……?


「……本当はね、楽しいゲームのはずだったんだよ」

「ぬ?」


 何じゃ……?

 ここまでアホみたいにへらへらしておったフレアの顔が、いきなり曇った。


「この世界は、もう遊戯ゲームじゃないんだ」

「……どういう意味じゃ?」

「【魔王】に、支配されちゃった」


 んー……これは頭痛案件か?

 いや、もうちょい聞いてから頭を抱えよう。


「何日か前に【魔王イケメンカイザー】を名乗る謎の暗黒イケメンが現れて……この世界のシステムを書き換えたのさ」

「い、いけめんかいざー……」


 アホの名前じゃ……耳にしても口に出しても頭痛系の名前じゃ……。


「あー……つまり、魔王を名乗る何者かがこの結界を乗っ取ったと言う事か?」

「うん」


 なに勝手にワシと同じ肩書を使った挙句、至極くだらん事を……こういうの風評被害って言うんじゃぞ。

 ただでさえ不本意な肩書じゃのに、汚名を付け足すのやめれ。


「最初は、何かのゲリライベントが始まったんだと思った……」


 ワシが頭を抱えておると、フレアがうつむき、そしてふるふると首を左右に振った。


「でも、イケメンカイザーが現れてからログアウトができなくなって」


 いくら念じてもログアウトできなかったのは、そう言う事か。

 勇者が細工をしていた訳ではなく、イケメンカイザーとやらの仕業じゃったと……!


「イケメンたちも妙に狂暴化して……以前はまずイケメンと会話をして、その受け答え、選択肢次第でバトルの難易度が変わったり、上手くやれば戦闘無しで対話攻略もできたのに……今では問答無用で即・最高難度のバトル開始。しかも、イケメンたち戦闘能力が異常なほどに上昇してる」


 ……結界から出られなくなり、イケメンが妙に強くなった……か。


「その魔王を名乗る不埒者の目的は、判明しておるのか?」

「わかんない……でも、ログアウトを封じて、イケメンたちを強くしたって事は……」


 ……まぁ、第一目標はハッキリしておるな。

 まず「プレイヤーをイケメンで狩る」つもりじゃと言うのは断定して良いじゃろう。

 ゲーム内でのイケメンによる人狩りの先に、何が為すと言うのやら……などと、一概に呆れられるものでもないな。


 遊戯結界は精神に深く干渉する術式じゃ。

 悪意を以て支配すれば、致命的な何かを仕込む事も不可能ではないじゃろう。

 しかも事の首謀者は、わざわざ全人類の敵という概念を持つ【魔王】の肩書を使い、人々を結界に閉じ込めて狩りたてる輩。どんな企みがある事やら……。


 イケメンカイザーとやらの手の内がわからん以上、油断はできぬ。

 もしかしたら、ゲーム内での死が現実に恐ろしい影響をもたらすように何か仕組まれておる可能性もある。


 先ほどまでニコニコと陽気じゃった小娘も、不安で表情が曇って当然じゃ。


「魔王イケメンカイザーに対抗するために、プレイヤーはみんなで手を組む事にしたのさ。それが反イケメンカイザー系武装組織、反イケメン・ゲリラ……だった」

「……待て。過去形だった、じゃと? まさか……」

「少し前に、イケメン軍装師団レギオンとの総力戦になって……」


 ……壊滅した、のか。


「ボク以外にも何人か生き残りはいたけど……このアジトまで戻って来れたのは、ボクだけだった」

「…………!」


 つまり、フレアは……この閉ざされた世界で、獰猛なイケメンどもに囲まれながら、独り戦っていたのか。次は自分かも知れぬと、怯えながら。


 ――脳裏を過ぎったのは、ある魔族の幼少期。


 望まぬ場所に閉じ込められ、次々現れる恐ろしい勇者に、愛しき父と母、頼れる配下たちを奪われ「次はいよいよ自分の番なのか」と……いつも震えていた。


 ……あんな思いを、こんな小娘が。

 不自然なほどに元気を装って、ずっと、耐えてきたのか。


 今のワシの無力な手では……この状況を一瞬で覆してやる事などできぬ。

 じゃが、


「……アリスちゃん?」


 その握りしめた拳に、手を重ねてやるくらいならばできる。


「……状況はあらかた把握した。情報の提供に感謝する。ありがとう……それから、フレアよ。一つ頼みがあるのじゃ」


 話から推し量るに……この世界ゲームから脱出する鍵は、そのイケメンカイザーとやらが握っておる。

 そして、そやつはおそらく……まともではない。


 名前からしてそうじゃが……「人類の敵の象徴」と言っても過言では無い魔王を名乗り、悪行を働く……その行為に、明確で堅い害意を感じる。そこまでの意志を固めるに至った理由が、そう易いものじゃとは思えぬ。譲れない目的と、そしてやり遂げる覚悟を以て動いておるはずじゃ。

 断定はせぬが……話し合いで手を取り合う結末は、かなり難しいじゃろう。

 無論、可能であればその道も模索するが……今は期待せぬ。


 であれば――やるべき事は、単純明快。


 フレアを、このふざけた世界から救い出す。

 そして、ワシも現実の世界へと戻る。


 この二つの目的を一挙に叶える手段は、ただ一つ。


「ワシは、イケメンカイザーを倒したい。手を貸してくれぬか?」


 ……歯がゆい。

 こんな小娘……本来は、誰かが手を差し伸べて救うべき相手じゃ。


 そんな小娘の手にすがるしかないこの現状。

 恐怖に顔を曇らせる小娘を、戦場に引きずり込むしかない己の無力。

 筆舌に尽くし難いほどに、もどかしい。悔しい。恥ずかしい。

 己へ怒りで、小さな奥歯が軋むのを感じる。


 ……それでも、こうする以外に無い。

 ワシの現状、幼女のこの身ひとつでは……あのグリンピースのように強烈なイケメンには到底、太刀打ちできぬのじゃから。


 ワシ独りでは戦えぬ。


 じゃからせめて、もう貴様を独りでは戦わせぬ。


「頼む」


 小さくなってしまった己の手に精一杯の力を込めて、フレアの手を握った。


「……もちろんだよ」


 ぽん、と、ワシの頭にフレアの手が乗る。

 その顔には、笑顔が戻っておった。


「にひひ……頑張ろうね、アリスちゃん。ボクたちで、イケメンカイザーをやっつけよう!」

「うむ!」


 ……ああ、やはり小娘には笑顔が似合う。


 成し遂げてみせよう。必ず。

 フレアと共に、イケメンカイザーを倒してみせる。


 この狂った世界から、脱出するのじゃ!

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