46,筋肉vs技巧、テクニックの猛威!!
「破ッ!!」
ワシの眼筋を以てしてもかろうじて追えるかどうか。
音速の壁を穿つ破裂音を伴って、リン・シェンヴの貫き手がくる!
ギリギリ見えてはいたが、幼女の短い脚で回避するのは難しい。
全身を包むように筋力防殻を五重に展開して受ける!!
クンフゥは一手一殺、どれだけ堅牢な防御でも一撃で一つ砕くと言うのは脅威的じゃが……ならば幾重にも防殻を張るまでじゃ!!
「カカカ、迅速的対策! 良可!!」
凄まじい連撃で刹那にすべての防殻を砕かれたが、カウンター魔王チョップを発動する時間は得た!
「強烈蹴撃、【爆突槍】!!」
更に、フレアが横から爆撃を纏った膝蹴りでリン・シェンヴに突っ込む。
「連携、そして反撃の拍も質も良可」
リン・シェンヴは攻めに固執せず、あっさりと飛び退ってワシとフレアの攻撃を回避した。
単純な火力や人数で劣るとわかっておる以上、技に自信があっても前のめりには攻めてこぬか……!
「アリスちゃん! 大丈夫!?」
「うむ、助かったぞ!」
……しかし美美美美美美、ほとほと厄介じゃな!
ラスボスの直轄配下、魔王軍で言えば四天王と同じ地位とされるだけはある。
強さはもちろん、冷静じゃ。視野が広い。
交戦を最低限に抑えるには圧倒的パワー差で一気呵成に畳みかけるか、不意打ちや搦め手で制圧してしまうのが一番なのじゃが……前者はそこまで彼我の差が無いから不可能、後者は隙が無いから難しいと来た!
「互いに惜しかったな。次だ――大・震・脚ッ!!」
先の地を揺らす一歩――じゃが、今回は規模が大きい!
薄く地割れが起きるほどの揺れが発生、思わず体幹が崩れそうになり本能的に踏ん張ってしまう。
瞬間「それが狙いの拘束技か!」と察したが、遅かった。
もはや眼前に、リン・シェンヴの貫き手が迫っておった。
ワシの回避とフレアの妨害を一挙に封じ、間髪入れずに攻撃してきたか!
まずい、躱せぬ。このまま受ければ一手一殺、確実に死ぬ!
じゃが秘孔とやらから少しでもズラせれば、通常のダメージのみで済むはず!
どの方向でも良い、少しでも身を――いや、待て、ダメじゃ。
ふと悪寒をもたらした違和感。
――リン・シェンヴは何故、事前にわざわざクンフゥの種明かしをした?
おかしいじゃろう。戦闘経験が乏しい者なら己の技をひけらかす事もあるじゃろうが……リン・シェンヴはどう見ても百戦錬磨の風格。無意味に手の内を開示するとは思えぬ。
先ほどのクンフゥの解説、リン・シェンヴに取って一体なんのメリットがあった?
推測するに、今のワシのように「秘孔から少しでもズラせば死を回避できる」と思わせる事ではないか?
じゃとすれば、秘孔をズラそうとしてくる事は折り込み済みの一撃。
身を少し躱した程度では、クンフゥからは逃げられぬと考えるべきか?
秘孔とはワシが思っておるより大きい範囲なのか……いや、じゃとすればクンフゥ以外にもそれを突く事を目的とした武術が溢れかえるはずじゃ。秘孔を突くのは至難の業である、即ち秘孔とはとてもとても小さい針孔のようなものと言う認識は間違いあるまい。
であればこの貫き手は――陽動!!
この貫き手に対し、ほんの少しでも秘孔を逸らそうと無理な回避をして体勢を崩した所を狙う魂胆か!?
いや、そこまで読ませてこの貫き手を受けさせる、裏の裏を読む一手?
……背に腹ァ!!
「魔王チョップ!!」
リン・シェンヴの貫き手を、咄嗟に放った右の手刀で迎え撃つ!
咄嗟過ぎて筋力の充填はほんの僅か。リン・シェンヴ渾身の貫き手を叩き落とす事なぞ到底できぬ。
構わぬ。リン・シェンヴの一手を、ともかく奴が想定しておらぬ箇所に命中させられれば、それで!!
瞬間、右手が肩からもげ飛ぶのではないかと思うほどの衝撃に襲われた。
「ぬッ、が――!!」
激痛と共に、小さな体が薙ぎ払われる。
抵抗しても体が壊れるだけじゃ。ついでにリン・シェンヴと距離を取るためにも、体を吹き飛ばすエネルギーには一切抵抗しない。当然、地面を転がるダメージを軽減しつつリン・シェンヴの追撃に備えて全身に筋力防殻は展開しておく。
衝撃が充分に逃げた所で、受け身を取って体を起こす。
爆炎が躍り、リン・シェンヴが跳ねて後退しておるのが見えた。
どうやらワシを追撃しようとしたリン・シェンヴをフレアが妨害してくれたようじゃな。
フレアはリン・シェンヴを睨みながら小さな爆発に乗って高速後退、ワシの傍らに着地した。
「ごめん、アリスちゃん! さっきの地面を揺らす技のせいで反応が遅れちゃった!」
「それが目的の技じゃろう、仕方無し。それよりも感謝する」
一応、追撃対策はしておったが――リン・シェンヴが更にその対策を打った追撃してくる可能性もあったしな。
「でも、アリスちゃんの手が……!」
「まぁ、痛いは痛いが、大丈夫じゃ。傷は浅い」
貫き手を正面から迎え撃った右手……掌底の肉が抉れておるな。ボタボタと血の塊が落ちていく。やれやれ……半端とは言えそれなりの筋力は纏っておったはずじゃが、幼女ボディの脆さか。
痛みには慣れておるし、自分の手じゃからショックは薄い。しかし、もしも自分以外の幼児の手がこんな事になっておったら、心臓を掴まれる気分じゃろうな。フレアが苦しそうな顔をしておるのもわかる……いや、わからんな。貴様、ワシの正体を知っておるじゃろうが。
……ああ、でもフレアはワシよりずっと長生きしておる女神じゃったか。
フレアの認識じゃと、ワシも幼児と変わらぬと?
「あまり気にするな。時間は要るが、筋力で跡形も無く治せる範疇じゃ。それに、良策も思い付いた」
「良策?」
「ほう? 何だ、我がクンフゥを攻略する糸口でも見つけたか?」
「その通りじゃ。ワシの筋力で、貴様の技巧を打ち破ってやろう」
ワシの言葉に、リン・シェンヴの片眉がピクリと跳ねた。
しかし、その後に浮かんだ表情は不快とは無縁。耳まで口角を裂き上げた極上の笑み。
「大変良可的幼女!!」
極めて冷静なイケメンじゃが、あれはあれでキャパーナと近縁じゃな。戦闘を愉しむタイプか。理解できぬ。付き合ってられんな。
「一気に仕掛けるぞ、フレア。一発限りの奇襲になる。最大の一撃を叩き込む準備をしてくれ」
「了解! 最高の一発をキメてみせるよ!!」
クンフゥは、確かに凄まじい。
おそらくただ筋力任せに正面から衝突すれば、致命的なカウンターを受ける事になるじゃろう。
じゃが、クンフゥの凄まじさの根幹は技量――即ち精密性。
並の者ではその存在すら知らぬ秘孔とやらを瞬時に見抜く眼力。そしてその一点を貫くために、リン・シェンヴは膨大な修練を積み、己の体を機械の如く微塵のブレも無く操る脅威的な技術を獲得したのじゃろう。
そこを突く。
さて……これをやるのは、久しぶりじゃな。
本来は戦闘向きの術ではないし……必要になる機会もほとんど無かったからのう。
精神と筋力を研ぎ澄まして、両手を合わせる。抉れた右掌が少し痛むが、まぁ我慢できる程度じゃ。
さぁ、刮目するが良いのじゃ。
「――フィールド展開」